団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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「ご飯の大盛りはサービスです」 [2007年06月20日(水) ]
「ご飯の大盛りはサービスです」

これ、有名な老舗うなぎ屋さんで見た張り紙です。

どう、感じますか?

外来語と言う言葉が、独り立ちして、それなりの解釈に
なっていくのは良いのですが、「サービス」については、
もう、前から問題ありと思うわけです。

・「こちら、サービスです」→無料

・「これは、サービス特価品です」→儲け無用の激安

・「もっと、サービスしてくださいよ」→もっとマケロよ!

という具合で、サービスという言葉は、まるで、
「相手に対し一方的に奉仕する事」の意で、
日本中に浸透しています。
サービスに対価があるという概念が、
非常に希薄になって当然です。
ほんとうに、日本人は「サービス」を理解していないと
言われても仕方が無いですね。

でも、サービスの意味を真剣に、考え直さなければ
ならない時期に来ていると思います。

こんな経験は、有りませんか。

JRの「みどりの窓口」で、新幹線の切符を買うために
並んでいて、なかなか進まず長い列で順番待ちを
している人が、イライラして怒鳴りだすという光景です。
そして、窓口で今、発券して貰っている人も、
後ろの人に悪いなぁと思う事です。

この事は、実は「サービス」を理解していないし、
日本独自の解釈の結果です。

「サービス」が良く理解されている国では、
こんな事有り得ないそうです。
どうしてかというと、今、窓口で切符を買うために
係員と話しをしている人は、「現在サービスを受けている」
という、認識があるからです。
窓口の人との、やりとりは「自分の料金に含まれており、
十分なサービスを受けるのは当然」という、気持ちが
本人にも、後ろの人にも有るからです。
ですから、時間をかけて切符を買っている人に
文句をいう人は少ないんですね。
ただ、明らかに平均以上に時間が掛かれば、
それなりに常識で判断されるでしょう。

どうして、このような独自の解釈が日本に、
定着してしまったかと考えると、

日本は「モノ作りの国」ですから、モノ以外に対価を
払う感覚が薄いのではないか。
これは、漠然としていますね。

視点を変えてみると、
文化的に日本人が理解できないのは、現代の日本には、
差別や階級が事実上存在しない事が、
理由ではないかと思えます。
→(存在するしないの論議をする事の認識はあります)

この事は「お金を払って何かをして貰う」ということに、
抵抗感があるのですね。
なんだか自分が偉そうで気が引けたり、照れくさかったりします。

「老々介護」の世帯が介護保険を使わない、使いたくないの
気持ちが、ここに現れているのではないでしょうか。
この感覚は、日本の「平等」が根底にあるのでは
ないかと思えます。

人種差別とか階級社会、その是非に言及するつもりは
全く有りませんが、白人と黒人、侵略者と原住民という、
使う側と使われる側という図式が、文化的に染み付いて
いる国では、お金を払って何かをして貰う、ということに、
国民全体が慣れているのだと思います。

日本では、そのような感覚は、お手伝いさんを雇えるような
金持ちや、偉い人?に限定されていて、極、一般的な
庶民レベルでは馴染みが薄いのでしょう。
事実として、日本人のサービスに対する理解の薄さが
この「差別、階級の無さ」「人を使う事に対する無頓着さ」
「サービス=無料、という認識」などの思想につながって
いるんじゃないでしょうか。

ですから、極端かもしれませんが、
介護保険、年金問題にしても国、政府、役人が、もともと、
サービスの意味を理解していないし、理解しようとしないことから、
起きてきた事だと言えないでしょうか。
また、給食費を払わない、理不尽な要求をする
親などが出てくるのでしょう。

「サービス」の新しい意味として学問的に、
「相手の立場に立って、相手の求める所を尊重する。
すなわち、お客本位で、サービスする事」であると、
定義付けられるようになってきました。
現代では、価値観も、どんどん変化するので
「サービス」の意義も内容も、変化していくのでしょう。
人は、それに追いついていけないようですが!

Posted at 02:12 | 介護 | この記事のURL
コメント(11) | トラックバック(0)

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コメント


おっちょ様, 「契約」の概念、難しいことに興味をお持ちなのですね。
This waiter gives good (poor) service. の場合のserviceは客扱いの良し悪しを言っているのであって、客は受けたサービスに対してチップを置きますので無償ではありませんね。
勤め、勤務、業務とか公共事業(postal service), 奉仕、部局、兵役などを表すにも使われますね。
serviceには日本で使われる「おまけ」「値引き」の意味はありませんが、似たような外来語は他にも沢山あり、日本人同士のコミニュケーションに支障がないのであればserviceではなく「サービス」という日本語として使うのはあながち間違いではない、と思いますが如何でしょうか?

Posted by:Kenrob  at 2007年06月21日(木) 21:46

Kenrob様、お立ち寄り、有り難う御座います。

確かに、ビジネスの観点からは言われる通りと思います。
日本では、「サービス」を理解できないと同じように、
「契約」と言う概念が、理解されていないと思います。
契約では、両者の立場が対等であると民法にも、書かれています。今回は、「サービス」の視点から述べたつもりです。物事を見る場合、多くの視点が必要ですが如何でしょう。

Kenrobさまの言われる事は、間違いではありません。
「契約」の概念が日本人には無いと先に書きましたが、戦国時代の主従関係は、契約の概念に入るのではと、思う事も有ります。自分なりに検証していないので、面白い件だから、調べたいと思っている一つです。

如何でしょうか、これからも積極的なコメントをいただきたいと思います。どうぞ、これからも、お立ち寄りお願い致します。
有り難う御座いました。
Posted by:おっちょ  at 2007年06月21日(木) 00:57

子鹿さま、いつも有り難うございます。

いつも書かれている言葉、日本語を外国の方に伝えて、居られるので、大切に大事に、使われているのが良くわかります。ですから、一行の文でも、心から、素直に感じられます。
私の文に付いては、友人から、「まわりくどいです。読むのに疲れる。もう少し、推敲して言葉を選んだらいいのに」と言われています。
ですから、子鹿様の文を読ませていただき、勉強させていただきます。
これでも、ある会社の企画宣伝の仕事をしていた時期があり、コピーライターを目指したことも有りました。
言葉の大切さ、面白さ、素晴らしさ、日本語の奥の深さを
真剣に勉強していたのでしょうね。
でも、いつのまにか、仕事のレポートを多く書くことになり、何かを忘れてきたようです。
今は、それを、取り戻したいためにも、言葉を並べています。もう、ここでまわりくどくなっているのでやめます。

子鹿様、素敵な文を期待しています。
Posted by:おっちょ  at 2007年06月21日(木) 00:38

道祖神様、色々と有り難う御座います。
ルル様、しゅんか様にご紹介頂き恐縮です。

いつも、素敵なコメントも、有り難う御座います。

自分の気持ちを、ただ、ダラダラと書いているだけです。
全ての事が、一つの言葉で表せるとは思ってはいませんが、ナニカ、考えるきっかけになるのではと、思う訳です。
言葉の意味は時代ともに、変化していきますが、
もともとの意義は、急には変わらないと考えます。
国民性とか、人間性とかも同じと思います。
しかし、変化のきっかけは、いつでも、訪れるとは思いません。良くも悪くも、そのときに掛かっていると思います。結果は、後から付いて来るものですが、変化する時は、ナニカ予感が感じられると思います。
人生の節々で、自分なりに感じて生きてきたと思います。

その予感を感じる”勘”と言いますか、それを無くさない様に、これからも生きていきたいと思う訳です。
Posted by:おっちょ  at 2007年06月21日(木) 00:15

ミルフィーユさま、コメント有り難う御座います。
医療、介護、年金、国民が信用して任していた事が、
一挙に大問題になってきました。政府も駄目ですが
それを許してきた国民も考えなければ、
解決になりません。

もう、安部晋三さんの古臭い精神論はウンザリ。
ご自分のお母様をおぶってみたら如何と言いたいです。
一番の問題は、ずるずると、レーガン政権や小渕政権でも
失敗した法人税引き下げ、福祉切り下げ、増税などの庶民への負担増、そして庶民から所得を奪う労働条件切り下げという二重、三重の「往復ピンタ」をこのまま続ける事です。
皆で、知恵を出し合い、経済がうまく回り、安心して暮らせるような社会へ変えていきたい。
今はこんな気持ちです。
Posted by:おっちょ  at 2007年06月20日(水) 23:53

しゅんか様、お立ち寄り有り難う御座います。
道祖神様からのご紹介、いたみいります。
どうぞ、勝手な事を書いております。
お茶のお供には無理でしょうが、
軽く考えてお読みいただければ幸いです。
お付き合いの程、よろしくお願い致します。
Posted by:おっちょ  at 2007年06月20日(水) 14:34

今、窓口で切符を買うために係員と話しをしている人は「現在サービスを受けている」 という認識はおかしいですね。売る側も買う側も対等であって、一方が「受けている」と言う状態ではありませんから。「Business中,或いは売買の交渉中」という言い方が正しいと思いますが、如何でしょうか。

米国などで航空券発売カウンターやマーケットのレジで待たされることがよくありますが、怒鳴る人はめったに見かけません。でもこれは「サービス」が良く理解されているからではなく、怒鳴っても自分の立場を悪くするだけで、待ち時間が短縮されることはない、ことをよくわきまえているからです。公共の場で雰囲気を壊す人は周囲の人から非難されることを知っているからです。

Posted by:Kenrob  at 2007年06月20日(水) 11:09

サービス・・の乱用は時に混乱しますね。
イコール・無料の認識でしかないからですが・・。
ここまでは、有料、ここからはサービスだと思って
いましたから。
「介護サービス」がそもそも範囲の認識が夫々違い
現場の矛盾、混乱を招く原因にもなろうかと思い
ます。
ホテルでポーターは荷物を運ぶのが仕事であっても
チップが要る、レストランしかりです、外国との
差を感じますね。
Posted by:子鹿  at 2007年06月20日(水) 10:59

おっちょ  様

おはようございます。
道祖神です。
ルル様からご連絡がありました。
ありがとうございました。
ルル様のブログも驚きの素敵なブログです。
是非、お時間のおありのとき、ご訪問をお勧めします。

サービス=無料、という考えは、私どもに当然のことのように定着していると思います。
ですから、ご指摘のような現象も生じてきているのでしょう。
給食費未納=払えるのに支払わない、ということは
嘆かわしいとしかいいようがなく、身勝手な解釈と思います。
「品格」と言う言葉があります。
この言葉の意味を、私も含まれることは当然ですが、再考してみてもよろしいのではないかと思います。
戦後の「モノヅクリ邁進」の結果のマイナス面とも言えるのでしょうか!

サービスを受けた場合、相応する対価性を伴うことは当然と考えます。
私達自身にとって、有用で必要な「サービス」を受けられるのですから。
特に、いわゆる知識的な側面をを業としていると、
お客様は、対価を支払という感覚はどうしても希薄な面をお持ちになることもあります。

営業などで、住宅売買など、お客様に住宅の引渡しのみでなく、住宅取得に伴うぜいきんや登記等の知識をお話しする。
こういったことも、サービスといわれますが、それぞれの場面に応じたケースもあるとは考えております。

サービス=相当の対価性のあるもので、サービスを受ければ対価を伴うもの、との認識を新たにする良い機会と思います。




Posted by:道祖神  at 2007年06月20日(水) 08:51

おはようございます。
>「老々介護」の世帯が介護保険を使わない、使いたくないの気持ちが、ここに現れているのではないでしょうか。
>この感覚は、日本の「平等」が根底にあるのでは
ないかと思えます。

深い意味はわかりませんが、実父は警戒心と自分が看られるのに他人の力を当てにしたくないというのと、永年の介護力で他人に任せられるか?というプライドがあるようです。
おっちょ様が書いておられますように、「サービス」に対する認識サービスは「ただ」であるような錯覚は確かにあります。医療者・介護者側は優位に立つ発言をしましたり、保険点数が落ちないからと手を抜き接客業であることを忘れがち、また、最近顕著な場面は受ける側はいくらか支払っているのだからと、殿様?気分の状況。

社会保険が充実していた時代乱診乱療で暴利をむさぼり、大判振る舞いして投薬検査をしまくった結果財政破綻したことは間違いないです。

そして、受ける側も病気をしても「ただ」もしくは「安価」で治療を受けられると錯覚してしまった国民も問題だと思います。
旅に行き一泊でいくら掛かる?と考えますと、24時間ベッドを独占し治療・介護を受けることができる事に対する評価が低すぎると思います。政治は上手く保険診療の破綻を介護にスライドし、いくらか時間を稼ぎ、「現場の責任」と上手く誤魔かして行くのでしょうか?
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年06月20日(水) 08:51

道祖神さんからのコメントで
知りました。
じっくり読ませてもらいます
Posted by:しゅんか  at 2007年06月20日(水) 05:42