百万本のバラ/マーラが与えた人生 
>百万本のバラは加藤登紀子さんが唄って日本でも大ヒットしました。
元々は、ソビエトの歌で、ソビエト・ロシアの大スター、
アラ・ブガチョワが、唄って大ヒットしました。
作詞はヴォズネンスキー、作曲はライモンド・パウルス。
作曲のライモンド・パウルスはラトビアの人で、ラトビアの
文化大臣を歴任した人物です。(この事を記憶して置いてください。)
もとの歌詞はラトビア語でしたが、多くのロシア人にはラトビア語の
歌詞の意味がわからない。そこで放浪の画家ニコ・ピロスマニを、
モデルにヴォズネンスキーが詩を付けて、大歌手アラ・ブガチョワが
唄い「百万本のバラ」として世に広まりました。
ラトビア語で作られたもとの詩は現在知られているものとは、
違う内容だったようです。
ここで、画家ニコ・ピロスマニのことを、簡単に紹介します。彼は、ロシアが革命へと向かいつつある、グルジア地方で
居酒屋やレストランの壁に絵を描いて暮らす画家でした。
一時は、モスクワに出て中央画壇にデビューしますが、
認められずグルジアに戻ります。その後は故郷の人々を
描きましたが、生前は恵まれず孤独と流浪のうちに、
トビリシで56歳で生涯を終えています。

モスクワ・アルバート通りにあるピロスマニ記念像
ピロスマニの故郷グルジアは、北をロシア、南をアゼルバイジャン、アルメニア、西をトルコと黒海に面して旧ソ連邦から1991年4月に、
独立をしました。首都はトビリシで、赤いバラ、ワインが特産品です。
彼の人生を描いた映画が有ります。
映画「ピロスマニ」1969年・グルジア フィルム製作です。
日本でも、DVDが手に入りますから、ご覧下さい。
さて、本題に入ります。最初のグリジア語の歌詞の唄の事です。この歌は、「百万本のバラ」として作られたのではなく、ラトビアの
作詞家レオン・ブリディスの詩で、ブレジネフ体制末期の1981年
に、「マーラが与えた人生」として世に出たのです。
「百万本のバラ」は、絵描きの失恋の歌ですが、
原曲は、スウェーデン、ポーランド、ロシアに蹂躙された
小さい国ラトビアを、幸せ薄い母娘3代の人生を通して
語っています。民族の嘆き、いや、抵抗の詩に曲を
付けた歌なのです。
マーラとはラトビアで生命と母性を象徴する女神の名前です。また、良くあるラトビアの女性の名前でも有ります。
この歌には、百万本のバラには無い「母性」を感じます。
自分ではどうにもならない悲しみを踏まえた愛情。
メロディーが名曲ですので、歌詞が変わっても、素晴らしい
歌だと思います。これは、幸せの歌です。
「マーラが与えた人生」を唄ったのは、ラトビアの歌手アイヤ・クレレです。彼女は1956年10月生まれ、
現在は、子供を対象にした音楽教育に携わっているようです。
ここでは、「マーラが与えた人生」の歌詞をご紹介します。
「百万本のバラ」の歌詞は、加藤登紀子さんの訳詩が
知られていますので、省略させていただきます。
「マーラの与えた人生」の訳詩は、2005年現在ラトビアの首都
リーガに在住の黒沢 歩さんが12〜3年前に行ったものです。
実際の歌は、子守唄のような優しい語り口で「悲しみ」を切々と
謳い上げています。最後に小さな子供がサビの部分を唄っています。
マーラが与えた人生
子供のころ泣かされると
母に寄り添って
なぐさめてもらった
そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
「マーラは娘に生を与えたけど
幸せはあげ忘れた」
時が経って、もう母はいない
今は一人で生きなくてはならない
母を思い出して寂しさに駆られると
同じ事を一人つぶやく私がいる
「マーラは娘に生を与えたけど
幸せはあげ忘れた」
そんなことすっかり忘れていたけど
ある日突然驚いた
今度は私の娘が
笑みを浮かべて口ずさんでいる
「マーラは娘に生を与えたけれど
幸せはあげ忘れた」
政治的な感じを抜きにしても、心に響く歌だと思います。
「百万本のバラ」のロマンチックさも、「マーラの与えた人生」の
慈しみも、どちらも 愛 の歌です。

ラトビア共和国は、1989年にリトアニア、エストニアのバルト諸国と共に非武装で人々が手をつなぎ、いわゆる
「人間の鎖」で、1991年、旧ソ連邦から独立を果たし、
今、「自由という幸せ」を謳歌しています。
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at 22:32
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黒沢 歩さんの情報が判りましたので、ご紹介いたします。
紹介する著書は、私も、読んでいないので早速読みたいと思います。
・黒沢 歩(くろさわ あゆみ)
茨城県東海村出身
1991年モスクワ留学後、93年日本語教師として渡リーガ
97年ラトヴィア大学にて文学修士を修得。
在日本国大使館勤務を経て、現在ラトヴィア大学講師
著書:「木漏れ日のラトヴィア」2004年11月初版
・世界文化遺産であるリーガを中心に、美しい街に暮らす
人々、家族、文化の魅力を描いている紀行。
・発行 新評論 \2520−
・2冊目として「ラトヴィアの蒼い風」を、今年の1月に
出されています。 \2520−
・どちらの本にも、「百万本のバラ」の原曲の生まれた
背景などが綴られているようです。
・今年の5月に天皇、皇后両陛下がラトヴィアを訪問された時、
通訳をされたそうです。
>ご参考までに