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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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薔薇の歌 その二[2007年07月14日(土) ]
 百万本のバラ/マーラが与えた人生 

百万本のバラは加藤登紀子さんが唄って日本でも大ヒットしました。
元々は、ソビエトの歌で、ソビエト・ロシアの大スター、
アラ・ブガチョワが、唄って大ヒットしました。
作詞はヴォズネンスキー、作曲はライモンド・パウルス。

作曲のライモンド・パウルスはラトビアの人で、ラトビアの
文化大臣を歴任した人物です。(この事を記憶して置いてください。)
もとの歌詞はラトビア語でしたが、多くのロシア人にはラトビア語の
歌詞の意味がわからない。そこで放浪の画家ニコ・ピロスマニを、
モデルにヴォズネンスキーが詩を付けて、
大歌手アラ・ブガチョワが
唄い「百万本のバラ」として世に広まりました。
ラトビア語で作られたもとの詩は現在知られているものとは、
違う内容だったようです。


ここで、画家ニコ・ピロスマニのことを、簡単に紹介します。
彼は、ロシアが革命へと向かいつつある、グルジア地方で
居酒屋やレストランの壁に絵を描いて暮らす画家でした。
一時は、モスクワに出て中央画壇にデビューしますが、
認められずグルジアに戻ります。その後は故郷の人々を
描きましたが、生前は恵まれず孤独と流浪のうちに、
トビリシで56歳で生涯を終えています。


モスクワ・アルバート通りにあるピロスマニ記念像

ピロスマニの故郷グルジアは、北をロシア、南をアゼルバイジャン、
アルメニア、西をトルコと黒海に面して旧ソ連邦から1991年4月に、
独立をしました。首都はトビリシで、赤いバラ、ワインが特産品です。
彼の人生を描いた映画が有ります。
映画「ピロスマニ」1969年・グルジア フィルム製作です。
日本でも、DVDが手に入りますから、ご覧下さい。

さて、本題に入ります。最初のグリジア語の歌詞の唄の事です。
この歌は、「百万本のバラ」として作られたのではなく、ラトビアの
作詞家レオン・ブリディスの詩で、ブレジネフ体制末期の1981年
に、「マーラが与えた人生」として世に出たのです。

「百万本のバラ」は、絵描きの失恋の歌ですが、
原曲は、スウェーデン、ポーランド、ロシアに蹂躙された
小さい国ラトビアを、幸せ薄い母娘3代の人生を通して
語っています。民族の嘆き、いや、抵抗の詩に曲を
付けた歌なのです。


マーラとはラトビアで生命と母性を象徴する女神の名前です。
また、良くあるラトビアの女性の名前でも有ります。

この歌には、百万本のバラには無い「母性」を感じます。
自分ではどうにもならない悲しみを踏まえた愛情。
メロディーが名曲ですので、歌詞が変わっても、素晴らしい
歌だと思います。これは、幸せの歌です。

「マーラが与えた人生」を唄ったのは、ラトビアの歌手
アイヤ・クレレです。
彼女は1956年10月生まれ、
現在は、子供を対象にした音楽教育に携わっているようです。



ここでは、「マーラが与えた人生」の歌詞をご紹介します。
「百万本のバラ」の歌詞は、加藤登紀子さんの訳詩が
知られていますので、省略させていただきます。

「マーラの与えた人生」の訳詩は、2005年現在ラトビアの首都
リーガに在住の黒沢 歩さんが12〜3年前に行ったものです。

実際の歌は、子守唄のような優しい語り口で「悲しみ」を切々と
謳い上げています。最後に小さな子供がサビの部分を唄っています。


マーラが与えた人生

子供のころ泣かされると
母に寄り添って
なぐさめてもらった
そんなとき母は笑みを浮かべてささやいた
「マーラは娘に生を与えたけど
 幸せはあげ忘れた」


時が経って、もう母はいない
今は一人で生きなくてはならない
母を思い出して寂しさに駆られると
同じ事を一人つぶやく私がいる
「マーラは娘に生を与えたけど
 幸せはあげ忘れた」


そんなことすっかり忘れていたけど
ある日突然驚いた
今度は私の娘が
笑みを浮かべて口ずさんでいる
「マーラは娘に生を与えたけれど
 幸せはあげ忘れた」



政治的な感じを抜きにしても、心に響く歌だと思います。
「百万本のバラ」のロマンチックさも、「マーラの与えた人生」の
慈しみも、どちらも  の歌です。

ラトビア共和国は、1989年にリトアニア、エストニアの
バルト諸国と共に非武装で人々が手をつなぎ、いわゆる
人間の鎖」で、1991年、旧ソ連邦から独立を果たし、
今、「自由という幸せ」を謳歌しています。

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コメント


みなさまへ、「マーラの与えた人生」を訳詩された、
黒沢 歩さんの情報が判りましたので、ご紹介いたします。
紹介する著書は、私も、読んでいないので早速読みたいと思います。


・黒沢 歩(くろさわ あゆみ)
 茨城県東海村出身
 1991年モスクワ留学後、93年日本語教師として渡リーガ
 97年ラトヴィア大学にて文学修士を修得。
 在日本国大使館勤務を経て、現在ラトヴィア大学講師

 著書:「木漏れ日のラトヴィア」2004年11月初版
    ・世界文化遺産であるリーガを中心に、美しい街に暮らす
     人々、家族、文化の魅力を描いている紀行。
    ・発行 新評論 \2520−

    ・2冊目として「ラトヴィアの蒼い風」を、今年の1月に
     出されています。 \2520−
    
    ・どちらの本にも、「百万本のバラ」の原曲の生まれた
     背景などが綴られているようです。
 
・今年の5月に天皇、皇后両陛下がラトヴィアを訪問された時、
 通訳をされたそうです。

>ご参考までに
Posted by:おっちょ  at 2007年07月15日(日) 16:08

子鹿様、さくら様、遊歩様、しゅんか様、
パウアヒ様、Rui様、E−ちゃん様、道祖神様、

皆様、有り難うございます。
皆様、コメントのご返事をまとめて、ごめんなさい。

たくさんの事を書いていただき、有り難く思います。
皆様、お一人が感じられる事は違うと思いますが、
この歌に、込められた事は共通だと思います。

故郷を思う、母を思う、父を思う、子供を思う、恋しい人を思う、
友を思う、亡き人を思う、人々を思う、自然を思う、・・・・・
それぞれ思う事は違っても、思う事には違わない、それは、愛、

ちょっと、お涙ちょうだいに近いですけど、どうでしょうか。
愛だけでは、生きられない、そんな事みんな、知っています。
でも、このことを忘れないでください! と・・・。

心の中で、叫んでいるようです。

皆様、有り難うございます。
この、「薔薇の歌」、続けていきたいと思います。
皆様から、勇気をいただきました。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月15日(日) 14:59

おっちょ様

グルジアも、バルト3国もロシア帝国に併合され、その後いったん独立を回復したバルト3国も再びソビエトに併合され、独立を回復した国々ですね。
政治史的な事実は世界史で知識としてはありますが、その国の人々の悲しみと苦しみは、報道等で知るのみです。

『マーラが与えた人生』の詩は、心に余韻を残すよい言葉ですね。
訳された方も、原語の意図する想いを体感されたのでしょうか?
分かりやすい言葉で、哀切な心が表現されていると思います。
同時に、母の愛情も!

写真の石造の画家は、寂寥感と苦悩を抱いているような感じを受けました。
独りで生きることの苦しさ、辛さは、当時の事情と現在の社会事情は異なるものはあっても、相通ずる部分はあるように思います。

おっちょ様のブログは、おっちょ様がステージに参加された当時から読ませていただいております。
「薔薇の歌」をはじめ、詳細な調査内容には驚くばかりです。
そして、おっちょ様の文章の底には、他の人を温かく優しく見守っている
という感じを受けます。
私には不足する点です。
学ぶことのできる自分の幸せを感じております。
Posted by:道祖神  at 2007年07月15日(日) 13:45

おっちょさん、感動ものの力作ブログ拝見しました。趣味が広く詳しくお好きな音楽のレパートリーも大変豊富ですね。「百万本のバラ」がソ連の歌であったこと、そして作曲者はラトビアの人だったんですね。バラをテーマにした音楽は世界中にあってどれも素敵な曲が多いですね。
Posted by:E-チャン  at 2007年07月15日(日) 11:52

おっちょ様
感動を有難うございます。

「マーラが与えた人生」
何度も読ませて頂きました。

最期のフレーズはジーンとしますね。

Posted by:Rui  at 2007年07月15日(日) 11:13

こんにちは♪
「マーラ」という名前は、聞いた事がありますよ。
それと、今習っている曲の中に「マーラマラーマ〜」と言う
フレーズがあるので、ちょっと調べてみました。
スペルは「malamalama」でした。
そこのフレーズ全体は、「'O Hina Ka wahine ho'o malamalama」です。
「月の女神ヒナが神秘的な光を放つ」って感じかなぁ。
この女神、ポリネシアでは「この世のすべての物の母であり母性の象徴」
と信じられています。
なんかぁ、つながってますよね
Posted by:パウアヒ  at 2007年07月15日(日) 10:36

台風大丈夫でしょうか。

「マーラが与えた人生」歌詞がいいですね。

”娘に生を与えたけど幸せはあげ忘れた”
 このフレーズ使わせていただきます。
Posted by:しゅんか  at 2007年07月15日(日) 10:24

おっちょさんへ
「百万本のバラ」は、今の今まで加藤登紀子さんが作った歌 だとばかり思っていました。
おっちょさん 今度「世界ってオモシロイ」をお作りになっては如何ですか?
Posted by:遊歩  at 2007年07月15日(日) 10:11

はじめまして

「百万本のバラ」は、亡き夫の大好きな曲です。
出逢いの頃、百万本とはいかなかったですが、
真っ赤なバラの花束 を プレゼントしてくれて
この曲が好きだと聞きました

人を愛することの幸せを感じる・・・と。

でも こんな素敵な原曲も、あったんですね。
Posted by:さくら  at 2007年07月15日(日) 08:11

詳しく、力強い文章に感動しています。
日本人は政治、時として残酷になるものをあまり好まないのか、
直訳は日本語に当てはまらないのか、全く別の歌になることが
ありますね〜ある意味残念ですね。

百万本のバラ・は気の毒な画家です。全財産をなげうって買った
彼の気持ちは、きずかれないまま。そこがいいのですが・・。

マーラの歌詞、フレーズがいいですね〜〜夫々の人生なのですね。
初めて知りました・・とてもいいですね〜。コピーさせてくださいね。
Posted by:子鹿  at 2007年07月15日(日) 03:54