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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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食育の一つの考え方[2007年07月19日(木) ]
食育と言っても大げさな論議をするのではありません。
あくまでも私の考え方ですので、軽くお読みください。


私の感覚ですが、ここ24,5年程前
日本の食生活は理想的なスタイルでした。
米を主食とし、水産物、畜産物、野菜などを
しっかり食し、栄養バランスも適正でした。
現状はどうでしょうか、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や過度の痩身志向など、飽食ではなく崩食の時代といえないでしょうか。

これではいけないと考えたのか、政府は平成17年6月「食育基本法」を成立させました。食の教育は生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるものと位置付けました。子供たちには何事も、始めて出会うものが記憶の基準になります。
そう考えると、日本の食文化に根ざした食育を指導しないと、豊かな人間性の形成に影響が出てくるでしょう。

食事には、洋の東西を問わず色々なマナーがあります。
それぞれのマナーには、宗教的な意味合いも有るでしょう。
しかし、元々は食事を美味しくいただくための知恵にも通じています。
日本には「箸の上げ下げ」までも日常の仕草を通じた躾まで、
発展させてきた歴史もあります。

要は、料理には「作る人」と「食べる人」また「一緒に食べる人」が
いるという当たり前のことを、改めて考えてみたいのです

料理人の技は、味の追及と料理を美味しそうに見せるものです。
その背景にあるのは食べる人への心配りです。
この心配りには、それ相応の食べ方をするのが基本でしょう。
他人への思いやりが薄らいでいる昨今、一緒に食べている人や
作った人への思いやり、他人への感謝の気持ちが、和食の作法を
通じて養われていくのなら、これほどいいことは無いでしょう。

私たちは、食膳に向かったとき「いただきます」といいます。
これは「四季の恵み」へ感謝の気持ちを込めたものです。
素晴らしい自然・風土への感謝であり、作る側の料理人も同じです。
このように、ごく当り前の基本を教える事からスタートしたいのです。




最後に、最近聞いた素敵なお話しを書いて
締めくくりとさせていただきます。

あるコミュニティーで、同席した70歳台の女性から
お聞きした事です。


「今日は、ある会合に出席なさったそうですね。
 どの様な会なのですか」

「ボランティアです。食に関する仕事を頼まれていっています。
 学校などにも行って、調理実習をしたりしています」

「へー、調理実習を」

「先日ね、ある小学校で、面白い事があったの」

「どんな事ですか」

「小学生が自分たちで作った人参の皮を剥きたくないので、
 このまま使っても良いか、と聞いてきたのです」

「それはすごい話しですね、人参の皮や端の部分は、
 取る物と思っている人が多いですから、
 無意識に剥いちゃいますね。消毒剤が付いて
 いるんじゃないかと思っていますからね」

「ここの小学校の場合は、自分達で面倒を見て
 作っているので、消毒剤などは使わないのよね。
 自分達で作った野菜は、最後までキチンと食べたい、と言うのです。
 それも、もったいないから、みんな食べたいって」



自然へと、作った側への感謝の気持ちが判っているんですね。
合わせて節約の気持ちも素直に、理解されているようです。
とてもいい食育の、一つの姿だと思います。

Posted at 03:36 | おっちょ流食べ歩き | この記事のURL
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コメント


ルル様、本当に今は、結果しか見ない傾向が
強すぎます。プロセスは問題じゃないと言う考え方、
それこそ問題です。食べ物でも出来合いが良いものが
多く供されすぎています。料理をすること、食材を
無駄なく利用する事、合わせて、お米を洗って過熱して
炊飯する。昆布、いりこで出汁をとり、味噌汁を作る事など、
基本的なことを子供に継承する事、こんな昔からやってきた事が
目に見えません。どういう風にすればいいのか、
考えている人もいるでしょうが?
「いただきます、ごちそうさま」この言葉から
入るしかないのでしょうか。
私も、介護でお世話して、美味しそうに召し上がり、
手を合わせて「ごちそうさま」と言われる、お年寄りを見ていると
食べる大切さが身に染みてきます。
今回も、心理的にはモヤモヤして、書いてみましたが
まだ、落ち着きが出てきません。
自分なりにどうしたら言いか、問答中です。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 23:41

子鹿様、有り難うございます。
アメリカの食育プログラム、取っ掛かりがわかりました。
確かにアメリカの肥満対策は半端じゃないようですね。
日本だと、栄養とカロリーを計算してバランス良く
献立を考えるようですから、向こうも同じですね。
簡単に判りやすいビタミンからが、入り易いのでしょう。

研究してみます。助かりました。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 23:21

現代は何でも出来上がった物しか見えないので、
残す事捨てる事に抵抗が無いのでしょうか?
昔は、お米粒1つにも神様が宿るので、バチが当ると言われましたね。
我が家では子供が小さな時から、『いただきます』の前に、皆で手を合わせて、『我、今、この清き食を頂きます。天地の恵みに感謝します』と言うのが習慣になりました。外食の時は、恥かしいので『いただきます』しか言わないですが…。
Posted by:ルル  at 2007年07月19日(木) 20:57

アメリカの食育について・・・説明させていただきます。
(10歳の子供に教えるのですから、絵で分類している至って簡単)
ビタミンを
A、B、C、D、Eなどに分けてなるべくこれらを摂取すること。
例)今日の私のそれらだけを書くとすれば

朝・・・キャベツ、トマト、きゅうり、たまねぎ
昼・・・かぶら(酢漬け)ねぎ、しそ バナナ、人参(ミックスジュース)
夜・・・かぼちゃ、大根、なす、スイカの皮(笑い) 桃

栄養のバランスを余り真剣に考えていませんが、カロリーについては
幾ら、野菜お食べても気にするまで食べるには、象にならないと・・・。

アメリカの肥満は深刻で。子供から、教育していく方針のようです。
一日。10種類は基本で、以上はどれだけでもいい訳です。

メニューと、材料、味のバランス、これは、頭を使います。
一見簡単なのですが・・なさってみてくださいね。
Posted by:子鹿  at 2007年07月19日(木) 19:28

子鹿様、いつもありがとうございます。

立食パーティーの事、そうですね、見ていて恥ずかしい場面
よく見かけます。実は仕事でパーティーの企画と施行を
やっていましたので、毎回必ずこの場面を見せて頂いて
おりましたので、傑作な事も有ります。それは機会を改めて。

アメリカの食育については、勉強不足なので詳しく知りたいですが。
このビタミンの摂取は、サプリメントではなく食事での事ですね。
栄養学に基ずいての教育だと思いますが、興味ありますね。
アプローチの方法はどうやっているのでしょうか。

どちらにしても、外国でも実施している事を
日本が真似していなければ良いですけど。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 16:07

Ruiさま、文明に利器は便利でも、よく効く薬と同じように
どこかに副作用があるようです。使わないで済むなら、
それに越した事は無いでしょう。一度使うと、その便利さから
抜けられなくなりますから。必要なものだけで生活する、
この辺にもECOの考え方があるようです。

オーガニック農法も悪くありません。
行う方が、ただブームで入り込むのでなく、
考え方などを理解して欲しいのです。
今、周りにある食材が汚染されているから
安全面だけで利用するなら悲しいです。
自然との会話ですから。
昔から、身土不二の考え方が有りますから。

Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 15:52

ミルフィーユさま、それが一番大切だと思います。
あいさつは、どんな時でも関係の始まりの、第一歩です。
それが出来るかどうかは、大きな差です。
素敵なお母様と思います。

話しが変わりますが、大阪に行く度感じるのは、
定食の充実感です。美味しくて安くて、内容の満足度。
食の合理的な考え方は、いいですわ。東京も、それなりに
頑張っていますが、食(お水も含めて)の業界の考え方には
大阪には敵いません。実感です。

ありがとうございました。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 15:29

Kenrob様、お立ち寄り有り難うございます。

そうなんです、私たちは食育なんて言われなくても、
自然といい習慣を身に付けてくれた時代がありました。
今は、この自然のなかに子供たちは置かれていないようです。
子供たちは、未知のかたまりですから、最初に感じたことが
記憶の始まりなんです。いい事を、出来るだけ多く感じる
環境が必要なんです。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 15:17

遊歩様、礼儀はその人の感覚ではなく、
言いたくないけど育ち方だと思います。
私でも、全て満足に対応出来る訳ではないので、
良いと感じたことは、マネでも良いですから
やるようにしています。良いと感じる事も
礼儀の一つと思います。
「いただきます、ごちそうさま」を、多くの人が
やるようになれば、いい習慣になっていくと思います。

ありがとうございました。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 15:07

道祖神様、ありがとうございます。

食育については、考えなければならない視点が多くて、
全てに目を配るのはむずかしいです。
食糧事情も、国の大きな基本事項です。
その意識が薄いと感じています。目先の経済効果や
政治的考慮が先行して、肝心の実行施策がオザナリニ
なっています。農業人口の減少は、製造企業への就業人口の
集中、都会への人口集中を目的としてきた政策の結果です。

休耕地の増加ならまだ、救われますが破棄農地が
増えている事が問題です。真剣に考えないと、
大袈裟かも知れませんが日本が飢餓国になるかもしれません。
暗い事は考えたくないけど、時代の逆行が進行しているかもしれません。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月19日(木) 14:58

食事のマナーにつきましては、各国各々違い(ご存知のように食器を
手に持つは日本だけでは?)何んとも云えませんが、周りを見る
一番大切だと思います。
ある、立食パーティーで、(生かき)のオードブル、一人でいくつも
持ち去り、それが何人もで、見苦しい場面を見たことがあります。

食ですが、何時ですか、アメリカの小学校で、一日10種類のビタミンを
摂取しましょう、と授業していました。
家へ帰り、パパ、ママを教育するのが、目的とか。

それからは、私も10種類を確かめていますが、以外に難しく
よければ、挑戦なさってみてくださいね。
Posted by:子鹿  at 2007年07月19日(木) 14:48

食べる物を無駄にしない等当たり前の事が今
学校で教育しないとならないなんてなんだか
??ですね。
私達が子供の頃はお茶碗に1粒でもご飯が残っていると
親に怒られました。

農薬等も問題ですね。
でも今その事に気が付いてエコ問題や
オーガニック農業に関心をもつている若い人達も
沢山います。

私も昔から化学調味料もインスタント食品も
殆ど使った事がなく友人には「文明の利器」を
知らない人と笑われています。

Posted by:Rui  at 2007年07月19日(木) 14:07

お久しぶりぶりです。私はステージの方はこういうことを真面目に語って下さる方が多いので好きです。
気取った生活から程遠い私ですが、日本人として人間としの有り様みたいな・・・遊歩さんの挨拶もいい話しです。
昨日息子と難波でランチをしました。和食のお店。日替わり定食の息子のは鯖の味噌煮が半身二切れも付き、私は鯛めし定食・・二人で1760円。息子は下宿中なので、美味しい美味しいと嬉しそうに食べるので私のも沢山皿に入れてあげました。レジで「美味しかったです」と伝えましたら何か反応があるかな・・「恥ずかしい」とかいうかしら?と思いましたが、何も言わずニコニコしてました。考えたらずっと我が家は「ご馳走様でした」といい続けてますから、何とも思うわけないですよね。何も財は残してやれませんが挨拶だけはできる子に育てたつもりです。
Posted by:ミルフィーユ  at 2007年07月19日(木) 12:41

はじめまして
「食物はみな人の命のために神の作りたまいしものぞ、何を食べるにも飲むにも有り難く頂く心を忘れるな」私立中学校での昼食前、手を合わせ全員で合唱したのを今でも忘れません。
Posted by:Kenrob  at 2007年07月19日(木) 10:26

おっちょ さんへ
体験談?です。
ある時 仲間とランチサービス喫茶で昼食。
食べ終わったあと、下げに来た人に「ごちそうさま」と言ったら、同行の人が「いつも言うのですか?」と怪訝な顔。

どっちが変なのでしょう?
Posted by:遊歩  at 2007年07月19日(木) 10:18

おっちょ様

 食事の作法については、「いただきます・ご馳走様でした」ということ
くらいしか、というより、いただきますくらいしか言っていません。
長期間の一人住まいでしたから、いつの間にか、その言葉も忘れてしまった部分があります。
 調理してくれた人への感謝の心、これも忘れていますね。
自分が作ったときには思い出しますから、勝手なものです。
ま、自分の体が動くときは、自分で食事は何とか自前でできます。
他の人に食べてもらうのは、やや疑問がありますが!!!!!

 「崩食」は間違いのないところでしょう。
特に、ファーストフード、欧米型の食事etc,利点はあるのでしょうが、
そのまま受け入れてしまったような感じがします。
日本人お得意の、改良を加えればよかったのに。
 遅まきながら、現場でも食事の大切さにつき、気がついてきたようですからいささか救いはありますが!

 但し、40%くらいの日本の食料自給率の低さ、海外との農産物の価格競争、お上にとっては海外政府との難しい問題もありましょうが、先日の
中越地震、異常気象等を考えたとき、最低、国民が飢えないような主食量の確保、上杉鷹山的な発想も必要かと考えております。
 また、現状の食生活では、国民の平均寿命もしだいしだいに短くなる気がします。
 いくら医療の発達があるとはいっても、「食は命なり」なのですから。
Posted by:道祖神  at 2007年07月19日(木) 08:27