食育と言っても大げさな論議をするのではありません。
あくまでも私の考え方ですので、軽くお読みください。
私の感覚ですが、ここ24,5年程前、
日本の食生活は理想的なスタイルでした。
米を主食とし、水産物、畜産物、野菜などを
しっかり食し、栄養バランスも適正でした。
現状はどうでしょうか、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や過度の痩身志向など、飽食ではなく崩食の時代といえないでしょうか。
これではいけないと考えたのか、政府は平成17年6月「食育基本法」を成立させました。食の教育は生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるものと位置付けました。子供たちには何事も、始めて出会うものが記憶の基準になります。
そう考えると、日本の食文化に根ざした食育を指導しないと、豊かな人間性の形成に影響が出てくるでしょう。
食事には、洋の東西を問わず色々なマナーがあります。
それぞれのマナーには、宗教的な意味合いも有るでしょう。
しかし、元々は食事を美味しくいただくための知恵にも通じています。
日本には「箸の上げ下げ」までも日常の仕草を通じた躾まで、
発展させてきた歴史もあります。
要は、料理には「作る人」と「食べる人」また「一緒に食べる人」が
いるという当たり前のことを、改めて考えてみたいのです。
料理人の技は、味の追及と料理を美味しそうに見せるものです。
その背景にあるのは食べる人への心配りです。
この心配りには、それ相応の食べ方をするのが基本でしょう。
他人への思いやりが薄らいでいる昨今、一緒に食べている人や
作った人への思いやり、他人への感謝の気持ちが、和食の作法を
通じて養われていくのなら、これほどいいことは無いでしょう。
私たちは、食膳に向かったとき「いただきます」といいます。
これは「四季の恵み」へ感謝の気持ちを込めたものです。
素晴らしい自然・風土への感謝であり、作る側の料理人も同じです。
このように、ごく当り前の基本を教える事からスタートしたいのです。
あくまでも私の考え方ですので、軽くお読みください。
私の感覚ですが、ここ24,5年程前、日本の食生活は理想的なスタイルでした。
米を主食とし、水産物、畜産物、野菜などを
しっかり食し、栄養バランスも適正でした。
現状はどうでしょうか、栄養の偏り、不規則な食事、肥満や過度の痩身志向など、飽食ではなく崩食の時代といえないでしょうか。
これではいけないと考えたのか、政府は平成17年6月「食育基本法」を成立させました。食の教育は生きる上での基本であって、知育、徳育、体育の基礎となるものと位置付けました。子供たちには何事も、始めて出会うものが記憶の基準になります。そう考えると、日本の食文化に根ざした食育を指導しないと、豊かな人間性の形成に影響が出てくるでしょう。
食事には、洋の東西を問わず色々なマナーがあります。それぞれのマナーには、宗教的な意味合いも有るでしょう。
しかし、元々は食事を美味しくいただくための知恵にも通じています。
日本には「箸の上げ下げ」までも日常の仕草を通じた躾まで、
発展させてきた歴史もあります。
要は、料理には「作る人」と「食べる人」また「一緒に食べる人」がいるという当たり前のことを、改めて考えてみたいのです。
料理人の技は、味の追及と料理を美味しそうに見せるものです。
その背景にあるのは食べる人への心配りです。
この心配りには、それ相応の食べ方をするのが基本でしょう。
他人への思いやりが薄らいでいる昨今、一緒に食べている人や
作った人への思いやり、他人への感謝の気持ちが、和食の作法を
通じて養われていくのなら、これほどいいことは無いでしょう。
私たちは、食膳に向かったとき「いただきます」といいます。これは「四季の恵み」へ感謝の気持ちを込めたものです。
素晴らしい自然・風土への感謝であり、作る側の料理人も同じです。
このように、ごく当り前の基本を教える事からスタートしたいのです。
最後に、最近聞いた素敵なお話しを書いて締めくくりとさせていただきます。
あるコミュニティーで、同席した70歳台の女性から
お聞きした事です。
「今日は、ある会合に出席なさったそうですね。
どの様な会なのですか」
「ボランティアです。食に関する仕事を頼まれていっています。
学校などにも行って、調理実習をしたりしています」
「へー、調理実習を」
「先日ね、ある小学校で、面白い事があったの」
「どんな事ですか」
「小学生が自分たちで作った人参の皮を剥きたくないので、
このまま使っても良いか、と聞いてきたのです」
「それはすごい話しですね、人参の皮や端の部分は、
取る物と思っている人が多いですから、
無意識に剥いちゃいますね。消毒剤が付いて
いるんじゃないかと思っていますからね」
「ここの小学校の場合は、自分達で面倒を見て
作っているので、消毒剤などは使わないのよね。
自分達で作った野菜は、最後までキチンと食べたい、と言うのです。
それも、もったいないから、みんな食べたいって」
自然へと、作った側への感謝の気持ちが判っているんですね。合わせて節約の気持ちも素直に、理解されているようです。
とてもいい食育の、一つの姿だと思います。
Posted
at 03:36
| おっちょ流食べ歩き
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強すぎます。プロセスは問題じゃないと言う考え方、
それこそ問題です。食べ物でも出来合いが良いものが
多く供されすぎています。料理をすること、食材を
無駄なく利用する事、合わせて、お米を洗って過熱して
炊飯する。昆布、いりこで出汁をとり、味噌汁を作る事など、
基本的なことを子供に継承する事、こんな昔からやってきた事が
目に見えません。どういう風にすればいいのか、
考えている人もいるでしょうが?
「いただきます、ごちそうさま」この言葉から
入るしかないのでしょうか。
私も、介護でお世話して、美味しそうに召し上がり、
手を合わせて「ごちそうさま」と言われる、お年寄りを見ていると
食べる大切さが身に染みてきます。
今回も、心理的にはモヤモヤして、書いてみましたが
まだ、落ち着きが出てきません。
自分なりにどうしたら言いか、問答中です。