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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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薔薇の歌 その四[2007年07月28日(土) ]
 バラの刺青Rose Tattoo 

ご存知、ペリィ・コモが唄う『バラの刺青』です。日本で大ヒットしました。
”He wore the rose tattoo,To prove his love was true..”
と言う文句は、今でも忘れません。同名の映画の中で、いつ聞けるのだろうかと楽しみにしていたら、全くでて来ませんでした。
「主題歌」ではなかったのです。

この歌が日本のヒットパレードに登場したのは、1956年2月でした。
4,5月には2位まで上昇しました。年間総合順位で、7位の好成績を、
残したのですが、この年の大ヒットは「エデンの東」でした。
何しろ、78週連続でヒットチャート1位の記録を作りましたから。

同じ年の4月に、アンナ・マニャーニ、バート・ランカスター主演の
映画「バラの刺青」が公開されました。
イタリア系移民の物語ですが、日本では当時イタリア映画の人気が高く、
イタリア人の生活や習慣はよく理解されていました。
ルイジアナ州のメキシコ湾岸にあるイタリア人コミュニティーが舞台です。
また、1951年の「欲望と言う名の電車」が大ヒットしたあとだけに、
同じテネシー・ウィリアムズの戯曲の映画化は、容易に
受け入れられたのでしょう。
この映画は、1955年のアカデミー賞で、主演女優賞、助演女優賞、
映画音楽賞などを取っています。



映画の音楽はアレックス・ノースが担当、
ペリー・コモが歌ったのは、ジャック・ブルックス作詞、ハリー・ウォーレン
作曲したもので、映画には直接関係が無く、
映画にインスパイアされて、
作られたものでした。結果としては、映画がこの曲のヒットの後押しを
したことになります。

日本では大ヒットしましたが、アメリカではヒットしませんでした。
1956年度年間順位は、79位だったんです。
後年、ペリー・コモが日本でのコンサートでプログラムに、
「バラの刺青」が入っていたのですが、大ヒットでなかったので
ほとんど唄う機会が無かったのか、「こんな曲を歌ったことさえ
忘れてる、曲を覚えていない」ということで、伴奏に合わせて、
紙に書いた歌詞を読むと言うパフォーマンスを披露しました。
こんな事も彼だから、許せたのでしょう。
ペリー・コモは、ヒット曲だけでも150曲あるほどですから、
仕方のない事でしょう。

 The Rose Tattoo

いい訳詩が手に入りませんでしたので、簡単に訳してみました。


彼女はバラの刺青をしていた
彼の愛の証に
しかし、愛は騙す、否定は出来ない
バラが消えれば、恋も死ぬ
彼女は人生、ずーと待つ
まるでバカが夢見るように
彼女は生きる、それを付けた人を待って
バラの...バラの刺青を、  


He wore the rose tattoo
To prove his love was true...
But hearts can lie,so why deny,
That roses fade and love can die...

She‘ll wait her whole life through,
Like fools an‘ dreamer‘s do...
She‘ll go on caring for one who‘s wearing,
The rose...The rose tattoo...

<instrumental verse >

She‘ll wait her whole life through
Like fools an‘ dreamer‘s do...
She‘ll go on caring for one who‘s wearing,
The rose...the roses tattoo...


集団就職列車第1号」が、
岩手県盛岡駅を発車したのが
昭和30年3月の事でした。
多くの若者が東京に向いました。
その若者も今は、60歳代後半に達しています。

Posted at 17:31 | 音楽のお気に入り | この記事のURL
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コメント


パウアヒ様、ありがとうございます。

書いてある事が頭に全て入っていれば、大学の講師になれますよ。
(ちなみに大学は教員免許がいりませんから)
整理しながら書いているので、今までバラバラのものが、
まとめられるので助かっています。皆様からのコメントが
ヒントとなって、違う視点や補充する事がわかって、
また広い世界が見えて来たりしています。
ですから、パウアヒさまのコメントも大変有り難いのです。

これからもお願いいたします。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月29日(日) 11:05

ルルさま、いつもありがとうございます。

テネシー・ウィリアムスの作品を手掛けられたのなら、
彼の戯曲が映画化されたリストを書きます。
結構多いですよ。

・「欲望と言う名の電車」1951年、ヴィヴィアン・リー主演
・「バラの刺青」1955年、アンナ・マニャーニ主演
・「べビィドール」1956年、キャロル・ベーカー主演
・「熱いトタン屋根の猫」1958年、エリザベス・テイラー主演
・「去年の夏突然に」1959年、エリザベス・テイラー主演
・「蛇側の服を着た男」1959年、マーロン・ブランド主演
・「肉体のすきま風」1961年、ラゥレンス・ハーヴェイ主演
・「渇いた太陽」1962年、ポール・ニューマン主演
・「雨のニューオリンズ」1965年、ナタリー・ウッド主演
・「ガラスの動物園」1987年、ジョアン・ウッドワード主演

一応これだけ有ります。中には日本でも、よく舞台で上演
される作品もあります。全て見応えのある作品ですね。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月29日(日) 10:53

子鹿様、この時は映画も音楽もノスタルジーではなく、
人間性を追求しそれで人間らしく生きる事を取り戻していった
時期の始まりだったから、乾いた土が水を吸い取るように
素直に受け入れる事が出来たと思います。
アメリカという事を色々言いますが、日本人特有の
新しいものは貪欲に吸収しても、必ずそれなりに加工して
日本風の独自のものにしてしまっています。
その中に本質的なことを見落としているのが特長ですけど。

子鹿様がおっしゃる通り、今の映画も音楽も見た目は綺麗で楽しく
有りますが心に強く訴えるのを感じられるのが少ないです。
表面的に泣く、笑う、怒るの顔面体操的作品です。
心のヒダニ残るのを鑑賞したいですね。
まさか、現代人は、それさえも無くしてはいないと思いますが。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月29日(日) 10:31

おはようございます♪
おっちょさんのブログ、復活のきざしで嬉しいです
すごいなぁって思うのは、連日のように長文のブログをアップできる事。
いろんな事が、頭の中に、た〜くさん入っているんですね。
また楽しみに読ませて頂きます
Posted by:パウアヒ  at 2007年07月29日(日) 08:56

あ〜、あまり知りませんので、足あとだけ残していきます
ただ、『欲望と言う名の電車』は劇団で練習しましたのでよく知っています。
ブランチの悲しみ、心境を、この歳になると分るような気がします。
Posted by:ルル  at 2007年07月29日(日) 03:41

バラの刺青は空で歌える程、好きな歌です。
この頃の歌は、覚え易かったですね・・シナトラ、A・ウイリアムスと
懐かしく思い出されます。
バラついでに、キーワードになった「市民ケーン」今でも、トップに
位置していますとか・・O・ウエルズの良さを私は理解していませんが・・。

欲望と言う名の電車・・B・アンリーが良かったですね。N・ウッドも
観ましたが・・人はこのように残酷になることが出来るを知りましたね。

この頃の映画は、人間の奥深さを突き詰めて行き、勉強にも
なりましたね。イタリア映画も、戦後の生活を描き生きるを
テーマにしていたと思います。
昔を懐かしむのではなく、娯楽も良いけれど、メーッセージも
大切だと、今の映画に望みます
Posted by:子鹿  at 2007年07月29日(日) 00:37

ジャズ親父様、ありがとうございます。

このブログを書くに当たり、彼の履歴を見ていたら、
面白い事を二つ確認しました。歌手としてデビューする前は、
理髪師として一本立ちしていたこと。あちらでは理髪師が喉自慢で
歌手になる事が多いとか聞きました。スラングで呼ぶ単語が有る様なんですが、
判りません。また、RCAでそれなりのヒットを出していた頃、
20世紀フォックスと契約して、4本のミュージカル映画に出ているんですね。
この頃から、後年の「ペリー・コモショー」の下地が出来ていたんでしょう。
この映画は今、見れるか調べている所です。
いろんなことが判るほど、奥が深いですね。

お話しの、S盤アワーの番組でのヒットチャートの
記録を書いた本を探しています。ご存知でしたらご教授ください。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月28日(土) 22:57

道祖神様、いつも有り難うございます。

実際の所、この歌の時代は私が10歳になった頃です。
私の印象では「エデンの東」なんです。
ジェームス・ディーンが翌年に自動車事故で亡くなった事、
主題曲が映画館に行くたびに幕間に流れていた事、
映画が好きでプログラムが変われば、観に行っていました。
洋画も見たと思いますが、最近になって封切られた記録を
見ながら思い出しています。
歌謡曲も覚えているのは、歌手が出ていた曲名が題名の映画を見て
いたからでしょう。このブログを書くことによって思い出す事が
多くて整理が追いつきません。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月28日(土) 22:41

おっちょ様
遂にでましたね。薔薇シリーズで多分出てくると思ってお待ちしておりま
した。お説の通り映画とは直接関係無いものなのですね。
確か1955年度製作のモノクロ映画でしたね。
毎週云々S盤アワーに流れていたのを思い出します。
彼独特のウオームボイス唱法は1度聞いたら忘れられません。
1943年頃にはRCAに於いて600万枚の売り上げと20枚のゴールド
・ディスクの保持者ですからね。
日本人にとってあのメロディは良く会ったんでようね。
Posted by:ジャズ親父  at 2007年07月28日(土) 21:13

おっちょ様

 登場した名前は全部知っています。
映画も見ています。
が、肝心の映画のみ見ていません
バラの刺青の曲も、聞けば分かると思います。

 ちょうど、日本が朝鮮戦争の特需を経て、高度経済成長の入り口に
差し掛かったころでしょうか?
集団就職では、「ああ上野駅」でしたか!
井沢八郎さんの歌を思い出します。


Posted by:道祖神  at 2007年07月28日(土) 21:04

しゅんかさま、メダカ達は元気です。
暑い時は水の中の方が、うらやましいです。

ペリー・コモの名前はご存知だったら、
彼のポピュラーなヒット曲「パパはマンボがお好き」を、
聞いたことあると思いますが、どうでしょう。

刺青に関しては、昔と違う考え方をしなければならないのでしょうかね。
若者は気軽に入れますが、公共施設では刺青のある方の入場を断っています。
彼らは入れるのでしょうか。聞いてみたいです。
Posted by:おっちょ  at 2007年07月28日(土) 20:39

暑いですが、メダカさん元気ですか?

薔薇続きできましたね。ペリー・コモは名前
だけ知っております。

昨日、美容院で週刊誌に浜崎あゆみと長瀬智也が
2人並ぶとハートになる、入れ墨の写真が載って
おりました。ミーハーですみません。
Posted by:しゅんか  at 2007年07月28日(土) 19:58