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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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座禅とお茶[2007年09月09日(日) ]
暑い夏も終盤のご様子!
そんな中、誘われて体験座禅会に行ってきました。
前の仕事で懇意にしていただいている
臨済宗のお寺にお世話になりました。

夏の座禅はとても爽やかです。
蝉時雨しか聞こえない静寂の禅堂に座すと
つい睡魔が襲ってきます。
これが実に心地よい。その結果、
警策(きょうさく)をいただくことになりますが。

体験と言う事で気軽に構えていますが、
修行僧の方々にとって睡魔は禁物。
他に邪念や空腹にも打ち勝たねばなりません。

座禅が終わってから、
お抹茶をいただきながら
座禅とお茶に付いてお話をお聞きしました。

庭に咲く桔梗

鎌倉時代初め、茶を日本に伝えた
臨済宗祖栄西禅師は、
「茶は禅の修行に欠かせない飲み物(くすり)」と、
大いに喫茶(抹茶法)を奨励しました。

茶を飲む習慣は禅僧に始まり、
茶には「不眠・消化・不発」の三徳があると
その効能が称えられました。

@不眠とは茶カフェインの穏やかな興奮作用が
座禅中の眠気を払うのに効いたのでしょう。

A消化とは茶カテキンは腸内のビフィズス菌の
成長を促し消化を助けます。
痔が「寺の病」と言われるように、
運動不足になりがちな禅僧にとって
消化は大切な要素だったのです。

B不発とは淫らな考えを払うという意味。
茶は精神の均衡を保つ効果があるので、
邪念を払い修行に集中する事が出来ました。

私達が行っている喫茶の習慣は、
禅僧から平安貴族へ、
やがて茶道の確立とともに、
武家社会から庶民へと広がっていきました。

また、お茶に対する世界が広がりました。

Posted at 10:58 | おっちょ流食べ歩き | この記事のURL
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コメント


子鹿様、いつも有り難うございます。

子鹿様の「漱石」に関するブログ楽しませていただきました。
有り難うございました。

座禅は本当の所は判りませんが、自分を見詰めなおす手段としては、
良いことだと思います。今回は40分と短時間でしたが、長く感じました。
それだけ、自分と向かい合う事が殆んど無い日常なのですね。

お茶は、時々茶筅とお抹茶茶碗だけで、真似事をしています。
ゆっくりと、お茶をいただく事も座禅と繋がる所があるように思います。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月16日(日) 17:37

チバックさま、ありがとうございます。

約1週間ぶりにSTAGEにもどりました。
皆様、それなりにブログをアップなさっておられるので、
読ませていただくだけで、一日が終わりそうです。

私も座禅は、二度目ですから、偉そうな事はいえません。
ただ、ユッタリト自分と向かい合う時間が持てるのは
いいことだと思います。他にも手段は有りますが、
たまには、いい事だと思っています。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月16日(日) 17:29

おっちょ様、おはようございます。
私は体が硬い所為で、
正座も胡坐もダメ。
すぐに痺れてしまいます。
睡魔に襲われるところまで
辿りつかないように思います。

先日、読売だか日経に高野山の座禅センター?が
東京にオープンしたという記事を目にしました。
昨今、座禅が静かなブームだとか。
それでも私は敬遠します。
残念ですが。
Posted by:チバック  at 2007年09月15日(土) 13:07

yumeziさま、

日常の忙しさにかまけ、自分を見直す時間を持てた事有意義でした。
とりあけ、どう言う事ではないけれど、静かに自分と向かい合うこと、
必要ですね。自分の事は判っていると思っていても、そうじゃないようです。
毎日の多くの人との交あいはあっても、それに振り回されている自分に、
気がつかない事が沢山あります。それの一端を見つける事が次の、ステップになります。こんなきっかけになりました。

いつも有り難うございます。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月12日(水) 06:00

おっちょさん

いい体験をなさいましたね。
私も大いに興味があるのですが、そんな機会がなかなか無くてと言ったところです。
座禅もお茶も日本古来からの文化でありながら、現代社会では別世界の様にかけ離れた存在になってしまっています。
悩める現代人にこそ必要なものだと思うのですが、喫茶店のコーヒーとパンと新聞で憩いのひと時を済ませてしまう。
座禅もお茶も日常の生活の中で身近なものにして欲しいと思いまが、少し敷居が高いようで・・・
Posted by:yumezi  at 2007年09月10日(月) 19:52

ルルさま、

心を落ち着かせる事、これだけ忙しい日常の中では、
必要な事ですね。そんな時、熱い一杯のお茶、ホッとします。
座禅も、そんな心に近いものだと思います。
実際に経験する事は、最近身近な、お寺さんで出来るようです。
構える必要は無いですから、挑戦してみたら如何でしょうか。

いつも有り難うございます。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月10日(月) 07:14

道祖神様、いつも有り難うございます。

座禅は思っているより身近なものである事と実感しました。
煩わしい日常の中でも、気持ちを落ち着かせ、ホッとする時間を持つ、
この考え方でやっていくと良いと思います。

お茶の世界は、日本の文化の根本にあり、色々考える事ができると思います。
これもかと思い当たる事が有ります。その辺は、また、ご紹介してまいります。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月10日(月) 07:09

座禅はやりたいと思いながら、まだ経験はありません。
『茶は禅の修行に欠かせない飲み物』分ります。
茶道のお免状を持っていますが、茶道自体が心を静めますものね。
Posted by:ルル  at 2007年09月10日(月) 04:37

おっちょ様

 座禅は、クラブの合宿でお寺さんで行ったことくらいです。
遥か昔のことなので忘れましたが、仮に今体験すれば、
何か自分に役立つことを得ることができる可能性も考えられる
と思います。

 お茶はよく飲みますが、お茶の三徳の効用は初めて聞き、なるほど
と頷くことしきり
ものの背景を聞き知って改めて体験すれば、従前とは異なる意味合いを
もって認識できる。
ありがとうございました。
Posted by:道祖神  at 2007年09月09日(日) 20:37

ほばしらさま、お立ち寄り有り難うございます。

警策は痛そうに見えますが、それほどではありません。
かえって身が引き締まる思いです。
特に課題は無く壁に向って、約40分、ただ黙々と足を組む。
住職より「座禅は心安らかに生きていくための作法。
忙しい毎日の中で、落ち着いたひとときを過していただきたい」
と言われました。「座禅は、何かを得ようと思ってするものではない」
とも言われました。ですから、大上段に構えることではなく、
日常の延長線上にあるものだと考えるべきなのでしょう。

この40分間は、現状から断絶されたような感覚があり、
まるで深い眠りから覚めたような清々しさと、心地よさを体感しました。
慌しく過ぎていく日々の中、こんなひとときを過すのも良いと思います。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月09日(日) 20:30

私は経験がありませんが、
警策(きょうさく)とは、あの平たい棒でビッシとやるやつですか?
痛いだろうなあ。

茶には「不眠・消化・不発」の三徳の効能、成る程と思いました。
Posted by:ほばしら  at 2007年09月09日(日) 18:08

ジャズ親父様、ありがとうございます。

言われるように外国では、禅を宗教と見るより
精神修養の一環と見て、キリスト教にない部分を
補っているように感じます。
作法などは守っていますが、それも一つのセレモニーと
解釈しているようです。外国のミュージシャンは、特に
発想の助けを求めて禅に入り込む事が目立ちます。
禅の中には茶道の基になるものがあり、
それが茶道の成立に大きな影響を受けているようです。
禅と日本の日常生活の中には、大きな繋がりがあるのでしょう。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月09日(日) 17:29

Ruiさま、

座禅は思っているよりなじみやすいです。
一度経験すると、またの気持ちになります。
それなりの作法が有りますが、大上段に
構えることも無いと思います。
参加者は女性が多かったですね。
中には自分専用の坐蒲(ざぶ)を持参された方もいました。
坐蒲は座布団のようなものです。

お茶のことに限らず、日本の食事作法には禅宗の影響が多いようです。
また、別の機会に書きたいと思っています。
「茶三徳」をご紹介しましたが、正式には「茶十徳」があり、
後世、茶道の基になったと言われています。
Posted by:おっちょ  at 2007年09月09日(日) 17:15

おっちょ様
座禅なんてなかなか出来るものではないので、貴重な経験を
なされました。実はアート・ブレーキだったと思いますがを主題にした
曲を発表したことがあるのですが、その時jazz仲間の一人が禅に詳し
いのがいました。その友人に聞いたことを思いだしました。
禅と云うと千の利休でしょうが、その利休の奥さんはクリスチャンだった
ので彼は聖書にも大変に詳しかったとか。然しその根本には禅があり
茶人であったと同じに優れた宗教家であった。
彼の言葉に無想の自己を自覚し、心が自由になった者が又茶道によっ
て人を創る、つまり己を知ったうえで他の世界を知る事が出来るのだと。

その時はあまり良く分からなかったのですが、昨今は少しは感じる気が
します。
Posted by:ジャズ親父  at 2007年09月09日(日) 13:55

こんにちわ〜

私は未だ体験した事はないのですが
とても興味があり以前同じタイトルのブログ
を書かれた方からアドバイスも頂き
近いうちに体験しようと思っています。

今回おっちょ 様から又お茶について
させていただきました。
有難うございます。
Posted by:Rui  at 2007年09月09日(日) 13:48