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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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浅草・雷門[2007年10月03日(水) ]
季節は、秋に向ってヒタヒタと歩き始めました。
最近の私の行動は、仕事と遊びでまた忙しい。
つい先日は雨の中、3年前からのF1日本グランプリの観戦。
ご存知の通り、今年から富士スピードウェイでのレース。
雨でも、それなりの興奮する内容でした。
この観戦については、別の機会に書きますので、今日の本題へ。

やはり、食べる事が頭から離れないのです。
だいぶ前に東京の蕎麦屋の食べ歩きをしたのですが
また、そろそろ新蕎麦の時期だけど、食べたくないですか?
そんな、掛け声が聞こえてくるのです。
そこで改めて、蕎麦屋の歩き回りをする事に、勝手に決めたのです。

手始めに、たまたま神戸から妹が帰って来ていて、
久し振りに浅草に行ってみたいとの、ご要望が出たのです。
それなら、ついでに浅草の蕎麦屋をと出かけた訳です。
そんなことから、妹から.雷門はどうして、そう呼ばれるの?
なんて、質問が出たので、その由来を調べてたら、面白いので
ブログに書かせていただくことにしました。
ですから、前振りとは違って蕎麦屋の話は、
次回に勝手に回させていただきます。

さて、浅草といえば雷門。
東京を代表する観光名所です。右に「風神」、左に「雷神」、
それぞれが鎮座する朱塗りの門は、余りにも有名です。
正式名称は「風雷神門」、
略して「雷門」と呼ばれるようになったそうです。

元々、江戸城から見て鬼門(北東の方角・丑寅)の方角に、
浅草寺が存在する事から、寺の総門に鬼に関わるモノを置き、
その名前が付いたものと思われます。
ちなみに鬼とは丑(うし)と寅(とら)に基づいて、
角が二本で、寅のパンツを穿いています。

さてこの門が昔からずっと有ったのか、と言うと、
そうでもないというのは、今は知らない人も
多いのでは無かろうか。
実の所、私も今回の機会が無ければ知らなかったのです。

この有名な、雷門は幕末の慶応元年に焼失して以来、
明治、大正、昭和と再建されなかったのです。
やっと再建されたのは戦後も、昭和35年の事です。
それも、関西の松下電器の寄進であったのです。
それにしても東京のシンボルといえるものを、
再建してくれたのが関西の企業であったのは意外な気がします

提灯・表側
                         提灯・裏側
この門の風神、雷神の裏側には、
天竜像、金竜像が安置されています。
また、「雷門」と書かれた大きな提灯が下がっているが、
よく見ると「松下電器」の文字が入っています。


門の間口は六間半(11,8m)、奥行き三間(5,4m)、
中央に下がる大提灯は、高さ4m、直径3,4m、重さ670kg、
平成4年12月に改修され、新しくなっています。

これが雷門の由来です。
他にも有るようですがこのくらいにします。
最後に、雷門の川柳を一つ紹介します。

・門の名で見りゃ風神は居候

お粗末でした。

Posted at 00:21 | おっちょ流食べ歩き | この記事のURL
コメント(7) | トラックバック(0)

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コメント


おっちょ様

 台東区は第二の故郷ですので、浅草にもよく行きましたが、
雷門のこのような由来は知りませんでした。
ブログが新しくなるたびに、新しい知識が増えます
そして、いつも前向きさを感じます

 自分の知らない世界の中で、知る世界の広がっていく楽しみを
少しずつ味わわせていただいております。
ありがとうございます
Posted by:道祖神  at 2007年10月04日(木) 16:34

勉強させてもらいました。
おっちょさんのブログにはいつも感心するばかりです。
今度雷門へ何時たらよく覗いて勉強します。
Posted by:yumezi  at 2007年10月03日(水) 22:14

おっちょ様

学生時代に1956年頃だと思います。血気盛んなころ奥にある赤線地帯
(吉原)
に足を運んだのを思いだしました。こんな事思い出して申し訳あり
ません。
xx禁止法が施行される少し前頃だと思います。浅草六区とかよく行ってい
ました。当時雷門の所は良く覚えておりません。今初めて知りました。
Posted by:ジャズ親父  at 2007年10月03日(水) 16:35

「知るを楽しむ」という番組があったように思うのですが・・
まさに、知ることの楽しみを味合わせて頂いています。

松下幸之助氏は・・何故、その様な寄進をされたのでしょうね。
今日の観光活性化を、もう考えておられたのでしょうか・・・。
Posted by:子鹿  at 2007年10月03日(水) 15:53

大阪の人間にも浅草の雷門は有名で、私も何度か行っています。
そういう謂れとは知りませんでした。ご教示ありがとうございます。

又、松下が寄進したというのも納得できます。
元々大阪は、橋でも学校でも、殆どが個人や町衆の寄進で成り立っている町です。お江戸と違って、幕府を頼りにしてもいつの事になるか分らないから、自分達で力を合わせてやる習慣が付きました。それが今も続く、大阪人の反体制、反骨精神になっています。
Posted by:ルル  at 2007年10月03日(水) 15:34

うら茄子さま、お立ち寄り有り難うございます。

色々と驚いていただき、私も驚き!
ブログの内容を見ていただいたように、
好き勝手な事ばかりアップしています。

これからも興味がありましたら、
お立ち寄りください。
宜しくお願い致します。
Posted by:おっちょ  at 2007年10月03日(水) 10:47

お邪魔します。
雷門にはそういう いわれ があったのですか!

彼岸花、赤や白は知っていましたが黄色は初めてです。

ハワイ語、へぇーーー。これも
Posted by:うら茄子  at 2007年10月03日(水) 10:00