環境が変わりましたね
私は、幼い頃は夢と現実が一緒になった世界を
楽しんできたような気がします。
人、それぞれ育った環境が違っていても、
そんな気がしませんか

今では考えられない遊びが日常生活の中に有りました。
自分がしたいと思ったことは、
自力で出来る小さな世界がありました。
小さな想いを叶えられる世界がありました。
その代わり、自己責任で、
自分の「能力」と「限度」をしっかりと
わきまえていました。
今は、その頃とは随分違った環境に、子供が置かれています。
「能力」を出そうとする前に制限され、
「限度」を見極める前に、ストップが掛けられます。
「能力」と「限度」を最大限に、いや、
それ以上に求められるのは、勉学だけ・・・・?
どう考えても、個性が伸びる環境とは言えないのでは・・・。
私の幼い頃の夢は、欲が無いだけに微笑ましかった

そして、コロコロと変わっていく、
朝と夜が違うなんて、しょっちゅうだった。
最近の子供たちを見ていると、何か不思議な気がします。
「夢」ってあるのだろうか

進路の事ばかりで、それが「夢」と摩り替っているのでは?
悲しい事件ばかり報じられる今こそ、
情緒ある子供たちが育っていって欲しいと思います。
本当に自分がしたいこと、堂々と言える家庭であって欲しい!
そして、笑顔で聞いてくれる両親であって欲しい!
心身ともに、健康で美しい社会になって欲しいと思う最近です。

我が家の庭に咲く、唯一の白薔薇
皆さま、ご無沙汰しておりました。ここ2週間ほど、家族の事で仕事の合間の殆んどを、
東京と神戸を往復しておりました。
その間STAGEにお邪魔できませんでした。
コメントを頂きながら、ご返事が出来ずに失礼致しました。

Posted
at 00:41
| 雑記帖
| この記事のURL
コメント(10)
| トラックバック(0)



本当に、どうしてこんなことが起きるのか、
考えるべきだし、単に犯人探しではなく、
どこがおかしいのか、身近な事として見るべきでしょう。
興味本意の報道は結構です。真剣な、問題の投げかけでも
いいから、マスコミは考えるべきでしょう。
子供たちが、悲鳴をあげているのを見るべきでしょう。
確かに日常の生活が大切だし、働かなければ何事も成立しない事も現実です。
しかし、これからのことを考えたら、目を向ける方向が違っているのでは、ないでしょうか。自分ができる事は限られています。が、できる事はあります。
それから、入っていきたいです。