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団塊・だんかい・ダンカイと後から後から、寄せる波を、どう言う訳か十羽一絡げで、世間は見たがるのです。皆、自分ラシク生きて行こうと、思いながら人生をやってきたのです。60歳になって後ろを見たら、本当に色々なモノが観えます。前を見たら、自分を見ながら、そんなこんなで気侭にやって行こうと思うばかりです。気侭な親父に気楽にお付き合い下さい。*カネオア マクレ:ハワイ語で、気侭なオジンの事。

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十五夜お月さん [2007年09月22日(土) ]
昨日カレンダーを見ると、9月25日は「十五夜」ですね。

十五夜とは・・・・・・
仲秋の名月(十五夜)は、旧暦八月十五日の月のことです。
新暦では九月の半ばから十月の初めの頃になります。
旧暦では、七、八、九月を秋としました。
そして春夏秋冬ともに季節を孟、仲、季に分けて
秋は七月を孟秋、八月を仲秋、九月を季秋と呼びました。
「仲秋の名月」と呼ばれる事も有りますが、孟・仲・季の
「仲」の月、八月の名月と言う事で、「中秋の名月」、
秋の真ん中、八月十五日の名月と呼ばれるようになりました。

すっかり秋めいてきた頃に見る十五夜の満月は、
空気が済んで一年で一番美しい月といわれます。
十五夜の月は、地球を中心に見ると太陽の反対側に位置するので、
ちょうど日没の頃に月が上がり、真夜中に南天します。
実は「十五夜の月」は必ずしも満月になるわけではなく、
今年は27日の満月の前々日が「十五夜」になります。
それでチョッとだけ、左側が暗くなっているお月見になります。
25日の月の出は、東京で午後4時38分ごろになります。
日没が午後5時36分なので、月の方が先に上ってきます。

中国でも同じようにこの時期に月見をして、
お餅を食べる習慣が有ります。
このお餅を「月」と「もち(餅)」という字を書いて
月餅(げっぺい)」と呼びます。
この風習が奈良時代から平安時代の頃、日本に伝わり、
貴族が月を見ながら歌を読む行事になりました。
この行事とは別に、日本では満月の夜に作物の実りに
感謝してお祭りをしていました。
秋には野菜や果物など自然の恵みがあります。
この時期にそうしたお祭りが有るのは、そのためで、
お月見団子や季節の食物を神にお供えするのです。

十五夜の後、10月にお月見をするところも有ります。
旧暦で9月13日に行う事から、この日を「十三夜」と呼びます。
十五夜にお月見をしたら、十三夜もしなければならない所もあります。

毎日が忙しい生活では、ゆっくりと空を眺める事なんて、
少なくなってきています。一年で一番空気の綺麗なこの時期に
秋の七草を思い出しながら見る月は、また格別と思います。

野口雨情の「十五夜お月さん」を口ずさむのも、一興でしょう。



・十五夜お月さん     野口雨情

十五夜お月さん
ご機嫌さん
婆やは お暇(いとま)とりました

十五夜お月さん
妹は
田舎へ 貰(も)られてゆきました

十五夜お月さん 母(かか)さんに
も一度 
わたしは 逢ひたいな



また、こんな歌も如何でしょうか


・う さ ぎ    日本古揺

うさぎ  うさぎ
何見て  はねる
十五夜お月さま
見て  はねる

Posted at 03:39 | 雑記帖 | この記事のURL
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街中雑記 【14】 [2007年09月16日(日) ]
 江戸しぐさ 

早番で仕事に行く朝早く、NHKを見ていたら
「江戸しぐさかたりべの会」の、辻本牧子さん
江戸しぐさの由来など、現在の世相と
比較しながら話をされていました。
今は、江戸しぐさと言っても耳にタコが出来るほどだし、
書物も多く出されているので、
多くを書いても又かと思われる方がおられると思います。
それでも、江戸しぐさは庶民のものと思われている方が多いので、
その辺を整理するつもりで書かせていただきます。

”江戸しぐさ”は「江戸思草」という字を充てます。
”思う”は文字通り、思う、とか、考える、ということですね。
”草”は「行動」、アクションの事です。
どんなに頭で思っていても、
それが行動に表れなければ意味がないという、
立体的な考え方をしていました。

江戸しぐさは町民達によって自然発生的に生まれてきたと、
誤解されるのですが、そうではありません。
当時の町のリーダー、今で言えば経団連とか経済同友会などに
当たる大商人たちが中心になって考え、実践したものです。

そして、それを見た人たちが「ああ、これはいいなあ」という感じで
広まっていったものだといわれといます。

徳川家康の時代に、東西南北から江戸へ江戸へと人が集り、
異文化のルツボと化した江戸の町に、
様々なトラブルが起こるのは当たり前でした。
そのトラブルを未然に防ぐために
町衆たちが衆知を集め真剣に考え抜き、その結果生み出された
ケースバイケースのやさしい身体技法が「江戸しぐさ」だそうです。

一言でいうと、世界的基準として通じる江戸の感性(センス)だそうです。
見て良し、されて良し、して良しの江戸しぐさです。
まあ、細かいしぐさについては多くの方面で書かれているので、
省略させていただきます。
続きを読む...

Posted at 22:22 | 雑記帖 | この記事のURL
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街中雑記 【13】 [2007年09月02日(日) ]
 女心と何とやら 

少しずつですが秋らしくなってきました。コスモスの花が咲いたとの
ニュースもちらほら聞こえてきます。天気も何故か変わり易く感じられます。
そんな事に関係する事を、チョッといじって見ましょう。

「女心と秋の空、変わりますぞぇ、日に三度」とは、
女心を変わりやすい秋の空に例えたものです。
日に三度とは大袈裟ですが
「秋の日和と女の心日に七度変わる」というものまであります。
イギリスでは「女心と冬の風」だし、
フランスでは「4月の天気と女の心」です。
冬になったり春になったり、
その国の一番変わりやすい季節に女心が例えられています。

一方、「女心と春の空、男心と秋の空」と言うのがあって、
女心が春のように揺れ動きながら熱くなっていくのに対して、
男心は秋の空のように変わりながら徐々に冷えていくという意味らしい。
また、「男心と川の瀬は一夜に変わる」とは
男の浮気性を表わしたもので、
つまるところ男も女も同じなのでしょう。



そんな男と女と同じように、社会の心も消費者の心も秋の空です。
移り気だし冷めるのも早い。
大袈裟に開店したピザ屋がもう閉店しているし、
満員だったラーメン店がいつの間にか牛丼屋になっている。
回転寿司でこれが寿司種かと思うのが出てくるし、ヤクルトを飲んだり
宴席では、いつの間にかウーロン茶が当たり前に出てくるし、
常識で考えられない事ばかりが起きている。
もう何がなんだか判らない秋の空。

Posted at 00:39 | 雑記帖 | この記事のURL
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おっちょの一言二言E [2007年08月31日(金) ]
 悲しい! 疑いの目 

暫らくぶりのアップです。仕事も遊びもが順調なのか忙しいのか、
ここ毎日が朝早くから遅くまで、飛び回っていました。
体は順調のようです。

今日朝早く4時から、久し振りのウォーキングをしました。
チョッと悲しい、シャクニサワル経験をしたのです。
時々通る家の前に来た時の事、ちょうどタイミング良く
その家の人が玄関から出てきました。
そして、私の顔を訝しげに見詰めるのです。
私はいつものように関係ない様に、通り過ぎるだけですがその方は、後姿をズーット目で追っているのを背中に感じました。
まさか、こんな朝早くから空き巣狙いに疑われる訳はないでしょうが
人を疑う目って、イヤーナ気分でした。

同じような経験有りませんか?
満員電車に乗れば、吊革を両手で持っているおじさんが多いのは痴漢と間違われないための自己防衛でしょう。痴漢に間違えられて釈放された男性が民事で相手の女性と警察を相手に裁判を起こすほど、深刻な時代です。女性専用車はむしろ男性の方が歓迎しているようです。現金搬入時間に銀行に行くと警備の行員がいつも睨みます。思わぬ濡れ衣を着せられて困惑してしまう可能性が、ごく身近に潜んで居ます。いつから、こんな悲しい疑いの目が多くなってきたんでしょう。

務めていた頃は、タバコ休みが多い社員は社用で席を外しても疑われる。
欠勤の多い人は、そのうちアテニされなくなる、どんな場合でも普段ちゃんとしておれば、決して問題になる事はなかったのです。

ススキとコスモス

今回の教訓として「瓜田に履を入れず、李下に冠を正さず」です。
瓜が実っている畑で履(くつ)を履き返ると、いかにも瓜を盗ったように疑われるし、李(すもも)が実っている木の下を通る時、手をあげて曲がっている冠を直そうとすれば、いかにも李を取った様におもわれる。
要するに人から疑いをかけられるような行いは避けよ、という古い戒めです。悲しーい

Posted at 01:45 | 雑記帖 | この記事のURL
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街中雑記 【12】 [2007年08月25日(土) ]
 ごとび・ごおとおび 

今日は8月25日です。ごとびです。
久し振りに車で新宿、四谷、半蔵門、日比谷、銀座、晴海、
月島、門前仲町、木場界隈をドライブしました。
道路は思ったより空いていて気持ちのいい運転が出来ました。
どういう訳か東名や中央道の上りが20km以上の
渋滞と交通ニュースが流れていましたけど。
運転中に仕事をしていた頃を思い出しました。
今日はごとびだから道路が込んでるなあ」なんて言っていました。

月のうち、5,10,15,20,25,30日の
各日を五十日(ごとび)と言い、昭和40年代の後半から
特に道路の渋滞する日として、こう表現されるようになりました。

これも商習慣の多くが大阪から来ているのと同じように、
もともとは、五十払い(ごとばらい)から来たもので、
五の日と十の日ごとに支払いをしたことから、
掛け取りの商人が行き交って道が混雑しました。
やがて現金や小切手による支払いが減り、
今では殆んどが月末の銀行送金となりました。が、
せめて「ごとびぐらい営業マンが顔を出せよ」と言う事で、
相変わらずの道路の込み合う日となっています。
最近はエコ、エコと叫ばれているせいか必ずしも
ごとびが混むとは言えないようです。

沙羅(夏椿)の花

この商習慣が関西人によって東京に持ち込まれた当時のウソの様な話し。
関東人は「ごとび」ではなく、「ごおとおび」と発音するので
五と十のつく日は「都内で強盗事件が多発する日」と
誤解していた若者が多かったとか。
今では考えられないけど、逆に若い人たちは「ごとび」なんて
本当に判らない言葉の一つになっているかもしれません。

Posted at 21:23 | 雑記帖 | この記事のURL
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おっちょの一言二言D [2007年08月19日(日) ]
 緑の黒髪 

日本の女性は美しい」のキャッチコピーに引かれて、
流れていく映像に見入ってしまいます。
そうです、資生堂「ツバキ」のCMです。
バックに流れるSMAPの曲もいいテンポです。
風にそよぐ黒髪、これになぜ、緑の色を使うのか?
こんな疑問から、スタートです。

「緑の黒髪」、髪は緑なのか黒なのか、こんな矛盾を感じた事ありませんか?
まず最初に、日本の色の名前から調べてみました。
どうも、日本の古には色の名前は4種類しか存在していません。
あか」「あお」「しろ」「くろ」です。
明るい=あか、暗い=くろ、ぼんやり淡い=あお、はっきりした=しろ、と
言う具合です。「みどり」は色名ではなく、他の意味があるようです。

「緑」とは、色を意味する言葉ではなく、
新芽や若い枝そのものを指したそうです。
みどりとは、新しく生まれた、みずみずしいものを意味したものです。
松の緑とは松の新芽の事だし、
みどり児と言えば元気のいい赤ん坊の事です。
これから、緑の黒髪とは新芽のように、つやつやとした黒髪を意味し、
日本人の美しさを表わしているのでしょう。

しかし折角の黒髪を脱色したり、金髪のように染めたりするのが
普通になってきました。これを総称して「茶髪」と言いますが、
緑のイメージが強い茶の文字が、なぜ違う茶髪色を表わす言葉に
使われるのでしょうか。
よく見ると煎茶本来の色が黄色に近い山吹色である事から、
ここら辺が名の由来かもしれません。

チョッと戻ると、「緑の黒髪」の伝播については色々説が有りますが、
女性に対して使うことから、中国語で美女をたたえる熟語に「緑髪紅唇」と
朱顔緑髪明目皓歯」(顔立ちは美しく、髪は黒く輝き、目元は涼しく、
白い歯がこぼれている)があります。これから来ているのではと思います。
「緑」という漢字から「みどり」が生まれたのではなく、
やまとことばの「みどり」に中国語の「緑」を借りて宛てたわけです。

これらの熟語は、島崎藤村の詩集「若菜集」の「高楼」でも使われています。

君が ささけき 目の色も
君 くれないの唇も
君が 緑の黒髪も
また いつか見ん この別れ
(前後の詩文は省略しました)

今朝咲いた朝顔です。

これで「緑の黒髪」の謎解きも終わりかと思いましたが、
昨今唇、目の色まで変える事が出来ますので、
新たな謎は増えるばかりです。
ちなみに英語で黒髪を賞賛する時は、
・raven black hair(烏の濡れ羽色の髪)
・lustrous ebony hair(輝く黒檀色の髪)
と言う表現が一般的らしいです。

夏が過ぎると、髪も日焼けで痛んでしまいます。
そんな髪の手入れには、柘植の櫛と椿油がいいと聞いています。
椿油の特産地は、伊豆の大島も有名ですが長崎の五島列島も有名です。
名物の五島手延べうどんも純正椿油が使われているとの事。
また、茶の実油を塗ると効果的ともいわれています。
いまは沢山の茶の実は手に入りにくいので、煎茶に髪を浸すだけで
艶を取り戻せるとの事。茶成分のポリフェノールが有効とのこと。ご参考まで。

Posted at 16:23 | 雑記帖 | この記事のURL
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街中雑記 【11】 [2007年08月11日(土) ]
 涼しい気分をどうぞ! 

風鈴、このチリリ〜ンという音で、一瞬涼しい気分になれます。
でも、夏はやっぱり暑い。 残暑と言うにはまだ早い気がします。
家の朝顔はまだ、花らしいのが咲いておりません。
風鈴は中国から伝わったと言います。中国では竹林の東西南北に下げて、風の向きや音の鳴り方で物事の吉凶を、占う道具だったそうです。日本でも初めは魔除けとして使われていたそうです。江戸風鈴と呼ばれているガラス製風鈴が登場したのが、1700年頃、長崎から上方、江戸へと伝わってきました。江戸風鈴の特長は、下側の口部分がわざとギザギザになっています。ここに「ふり管」が触れるだけでチリ−ンと涼やかな音が鳴ります。今様の風鈴になったのは、昭和40年代の頃。透明なガラスに金魚や季節の花々が描かれる様に為ったようです。今に残る、江戸風鈴を作る職場として、江戸時代には加賀屋と上総屋を二大勢力としていました。現在は加賀屋の流れを汲む所しか残っていません。それでも、良い技術が残り世代交換も取り込み、これからも夏の涼しさを提供してくれて感動的です。

Posted at 01:54 | 雑記帖 | この記事のURL
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おっちょの一言二言C [2007年08月08日(水) ]
 色気より食い気 

この歳になって食べる事が、益々楽しくなってきました。
前職から「食」に付いて勉強しなければならない立場になって、
「食べ歩き」や「食に関する事」が、最初は面倒でした。が、
段々楽しさや奥の深さに魅了され、トリコになりました。
もちろん色気も好きですが、今は、食い気に至っております。

色気と食い気、よく比較されて話題になりますね。
色気は男女共にあると言います。

食い気がいっぱい!

女性に付いては「娘十八番茶も出花」の、諺に言われるように、
粗末な番茶でも、最初は味わいが良いように、娘も年頃になると
それなりに美しくなるとしたものです。
若い色気も、やがて中年になると「淑女」と形容され、年齢と共についた
立ち居振舞いが加味され、評価されるようになります。
老いては「きれいなお婆さん」という表現には、人生を達観した、
美しさが
感じられます。

翻って、男の色気とは、資質、教養、心意気と言った、
男としての魅力を意味します。
一方、あの人は組合長の座に色気があるとか、
議員に出るためだとか、こういう色気には野心が、
潜んでいるかのようですが、野心があればこそ
人は仕事に励み努力もします。
要は控えめで、凛とした姿勢が大切でしょう。
こんな風になりたいと思っていても、なかなか!

それと、よくある例え話、孤島で餓死寸前の時、
美人と食べ物を差し出されたら、たいていの男は、
食べ物を選ぶ。つまり、実利や実質を取ることの
たとえが「色気より食い気」です。
だが、食い気ばかりでは夢がありません。
梨園の大御所のように、いつまでも、
若い色気を愛でる元気が羨ましい。

この話題、女性から見たら、男性は勝手な生き物、
女性から見た例え話は無いのの、声が聞こえてきます。
私の頭の中には有りませんでした。有ったら、教えてください。

Posted at 00:04 | 雑記帖 | この記事のURL
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おっちょの一言二言B [2007年08月03日(金) ]
 しんまい 

介護の仕事も3ヶ月過ぎましたが、まだまだです。
新人、しんまいの域を抜け切れません。
介護の仕事にはエプロンが必需品です。
私の行っている施設は、家庭的雰囲気を大切にしているので、
エプロンの色も明るいのをベストとしています。
私も、ちょっと恥ずかしいのですが、淡いグリーンを使用しています。

お年寄り、こう呼ぶと怒られます。
「利用者様」、「○○さま」と言っています。
利用者様には明るい、すこし派手な色の方が刺激があり、
精神的に良い影響を与えると言われています。


エプロンに引っ掛けて、ここでちょっと、新人の意味で使われる
「しんまい」の由来を一言、二言、

普通「しんまい」と言えば、秋の収穫の新米をイメージしますが、
全く違うのだそうです。今風に言うエプロン、つまり新しい前掛
(まえかけ)を略して新前(しんまえ)、それが転じて新米となった
のが始まりだそうです。


前掛けは、室町時代からあり、もっぱら前垂れと呼ばれ
女性が使うものでした。 
その便利さから江戸時代中期(天明期)より商家の男性も
用いるようになり、新人の奉公人が新しい前掛けをした事から
「新前」の言葉が生まれました。
綿の藍染で丈夫なものでした。
やがて明治以降、奉公人の前掛けスタイルがすたれて来ると
共に「新米」に変化したと思われます。

ちなみに「エプロン」は、英語「apron」からの外来語です。
少し古い英語でエプロンは「napron」でしたが、不定冠詞「a」の、
付いた「a napron」が「an apron」と誤解されて「apron」になりました。
もう少しお付き合いください。
「napron」の「nap」は古期フランス語で「テーブルクロス」を意味する
「nappe」、ラテン語で「ナプキン」を意味する「mappa」に由来します。

古今東西、同じ意味する言葉でも、由来は面白い

早く私も新前、いえ、新米の域を脱して
一人前の介護の仕事が、出来るようになりたいです。



       

Posted at 17:27 | 雑記帖 | この記事のURL
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捨てる勇気 [2007年08月03日(金) ]
今日の話題は一般的な話しとして、お受け取りください。

私達団塊世代(今日は、こう呼ばせて頂きます)の、
子供の頃(小学生だった)は、おかっぱ頭、イガクリ頭、坊ちゃん刈りで
鼻タレばかりで、色白の女の子はクラスに多くは存在しなかったですね。
まさにほとんどが「炭団に目鼻」と言った生活環境だったですね。

色白の少女の顔立ちに付いて「卵に目鼻」のたとえが有ります。
広辞苑によると
「卵に目鼻を付けた様な、色白でかわいらしい顔かたち」と有ります。
小学校5年生のクラスで、その顔立ちにぴったりだった女の子の名前が、
弘美ちゃんだったのを思い出しました。

イヤー、そんなことは良い思い出の中のことで、
私達がそれなりに色っぽい感情をもった頃は、
「瓜の種に似た色白く中高で細面の美人」の意である瓜実顔を、
意識したと思います。それなりに風情を感じますよね。
ある程度区別できる、了見を持っていましたね。

現在の若い娘さんたちを見ると、
お化粧は上手だしファッションセンスも垢抜けて美人ばかりです。
ところが私も含め友人達の意見は、みんな同じ顔、同じ化粧方法に
同じ髪型、同じブランド品を持って、しゃべり方まで同じ。
友人のむすめさん、AちゃんとBちゃんを区別する事が出来ません。

:これは何を意味するか、ちょっと考えてみると、
同じブランドに頼るから、そうなるのか。
これは自分に自信がもてない表れなのか。
とりあえず世間が良いとするものは良いだろうと、右にならべば安心なのか。
選択眼の無い、表面的な一流意識ではないか。

「ヴィトンやシャネルだって、みんなが持てばただの買い物バック、
一度は乗りたいベンツもドイツへ行けば、大衆車」ではないですか、
世の中のすごいブランドも猥雑な形容詞として、一切捨ててみる勇気を持てば、
本当に良いものだけが見えてくるのではないでしょうか。


これには、相当、時間が掛かるでしょうね。

Posted at 00:27 | 雑記帖 | この記事のURL
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