テキサスの黄色いバラ 
隣家の庭先からフェンスを越えて、時期はずれの美しく立派な黄色いバラの花が咲いていました。不思議とこの時期に咲いているのです。ところで、黄色のバラの花言葉をご存知でしょうか?「薄らぐ愛」、「恋に飽きた」、「別れよう」、「不貞」、「嫉妬」等など、あまり良いイメージのものが無いようです。同じバラでも白は「尊敬」や「純潔」、赤は「美」や「情熱」の象徴とされている事からすると、黄色いバラのイメージはなんとも気の毒な限りです・・・。「黄色いバラ」でほかに連想するのがアメリカの民謡、「テキサスの黄色いバラ(The Yellow Rose of Texas)」です。この歌は、テキサスに実在したといわれるエミリーモルガン(Emily Morgan)という混血の若い女性を歌ったものといわれ、彼女はテキサスのメキシコからの独立(19世紀後半)を成功に導いたとされる伝説の少女と伝えられています。日本ではミッチ・ミラー男声合唱団のが有名です。
元々この原曲は1900年代に採譜された黒人民謡でした。現代の曲よりもスローテンポで、後にカウボーイの間で歌われるようになってテンポが速くなりました。今の歌詞も原曲のものではなく、黒人民謡の時も歌詞はあったが一定のものではなく、歌う人が即興に作っていたようです。カウボーイ達に歌われたバージョンが南北戦争で南軍の行進曲として愛唱されました。その後この歌は長らく埋もれていましたが、ニューヨークの楽譜出版社に勤めるフィル・カールがテキサスで発掘し、作詞家のドン・ジョージに依頼してつけたのが現在の歌詞です。また、フランクリン・ルーズベルト大統領の愛唱歌としても知られています。
この歌が日本でヒットしたのは、映画「拳銃稼業」(The Return of Jack Slade‘)に主題歌として使われたからです。歌ったのは”テキサス”ビル・ストレングスでした。彼は、そのニックネームの通りテキサス生まれで、父親は炭鉱を経営していたが、もうその頃は石炭が少なくなり、生活も豊かなものではなかったのです。16歳の時、ヒューストンで催されたアマチュア・シンガー・コンテストに出場して見事に優勝。10代で早くもプロ・シンガーとしてスタートするという経歴の持ち主です。日本人では昭和31年にコロンビアから出た小坂一也が大ヒットさせました。ちなみにこの録音には、当時の人気コーラスグループ「ダークダックス」が参加しています。この頃は我が国ではカントリー系シンガーが活躍し、ジミー時田、寺本圭一、黒田美冶、竹田公彦、石橋勲たちが活躍していました。後の「日劇・ウェスタン・カーニバル」の基礎がここら辺からあるのですね。
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同じ年の4月に、アンナ・マニャーニ、バート・ランカスター主演の

題名と歌手名だけですが、どのくらい、知っているかなぁ?



ハワイアン・スラックキー・ギター
『
