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最高に感激した第九演奏会 [2007年12月11日(火) ]
68歳になって、こんなにも素晴らしい経験が出来たことを神に感謝したい!・・・・そんな演奏会でした。

 会場は、西宮北口にある「県立芸術文化センターの大ホール」でした。
 
 西宮北口の記憶は「幼稚園」のちっちゃナいすに腰掛けてのパート練習(46年前)でしたが、全く当時の面影は全くなく、その変貌振りに驚きました。
 2000人のお客様(チケット完売)で久しぶりの舞台上から見る客席は4階まで満席状態でした。
  
 最初にエルガーの「威風堂々」に合唱をつけての演奏。
 オーケストラの演奏が良かった、曲そのものが良かった、合唱が渾身の歌声で歌った、それを引き出した指揮者、それぞれの相乗効果で最高の演奏が出来たように思えた。第九の演奏に入る前の舞台裏で指揮者の感想・・・素晴らしい!!歌声が最後部まで突き抜ける勢いがありました。この勢いが第九まで持つかな!(年寄りが多いので)。
 
 そして第九の演奏   1楽章2楽章を舞台上でオーケストラの後ろ上から聴く、3楽章の前にソリストの入場、3楽章を聴く・・・・合唱団の実行委員長の感想(鳥肌が立つ程の素晴らしい演奏でした。)

 4楽章、私自身も驚くくらいの声が出た、気持ちも乗って、歌っているときに声がかすれてしまうんではないかと思ったくらいに渾身入魂の合唱になったのではないかと思う。最後の方では目が潤んできて泣いてしまいそうになった。
 オーケストラも最高の演奏が出来たのではないかと思っています。

 やっと終わった。!!ブラボー、拍手の嵐、いつまでも続く・・・・・舞台上でも客席でも涙をぬぐう人がいた。私もその一人でした。

 ソリストや指揮者に花束贈呈・・・それが終わっても拍手は続く・・・・・指揮者が客席に呼びかけて「ふるさと」を一緒に歌うことにした。
 
 それが終わっても、拍手は続いた・・・・・オーケストラのメンバーが退場を始めて、ようやく演奏会は終わった。

 こんな風にして私の第九演奏会は感動のうちに終わったのですが、たった一人でマンションの管理人室に戻ったとき、その寂しさはどうしよう
も無いものでした。家内と息子に電話しました。私がこんなに感激の体験をしたことを、とても喜んでくれたのでようやく気分も落ち着くことが出来ました。

 来年12月14日に同じ指揮者、同じオーケストラ、同じ会場、での第16回演奏会が決まっています。(震災の年も開催15年連続)  
 私は絶対参加したいと思ってます。
 
    因みに オーケストラ:神戸市民交響楽団(100名)  
         合唱: コープ神戸第九合唱団(270名)  
         指揮者:高谷信光

 12月23日には宝塚ハーフマラソンを走ります。
 先週練習中に坂道で転んで、膝、顔、肘はすり傷だらけ、手の平はずる剥け、右胸を打って肋骨が大きく呼吸をすると痛み大変でした。 
走るのが恐ろしくなってましたが、昨日の朝思い切って走ってみました。  10キロを何とか走れたのでもう大丈夫だと思ってます。でも2時間を切るのは少し難しくなったような気がしています。
 
 それから、来年1月23日に石垣島でフルマラソン走ることにしました。鹿児島より南は始めての旅になります。

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東京マラソンは夢でした。 [2007年10月16日(火) ]
 「東京マラソン2008」の抽選の結果のメールが来た。
 残念ながら今回も駄目だった。
 71歳になる前に走ってみたいと思っているのでもう2回チャンスがある。 そう思ってあきらめるしかない・・・か。
 8月から東京マラソンを走る・・・を目標にトレーニングを続けていたのでいささかがっくりした。
 でも、その前段階として12月23日に宝塚ハーフマラソンを走ることにしていたので、今のトレーニングはそのまま続けていくつもりだ。
 無理をしないで走ろうと、 2時間10分位を目標にしていたが、このところ体調がよくなってきたので、4月に走った芦屋ユニセフカップの1時間58分を上回ることを目標にすることにしようと思っている。

・・・・・というのも
8月に受けた人間ドックで高脂血症の判定があり、9月の始めに診察と食事療法の指導を受けて1ヶ月、努力の甲斐あって
  総コレステロール 244が211に、・・・・・
  HDL         72が77.7に、
  中性脂肪      143が106に
・・・と改善できた。
 急に涼しくなったこともあるが、ここ数日のジョギングも近年では最高のペースで走れるようになっている。この調子をずっと維持できるように精進していくつもりだ。
 以前フルマラソンの1ヶ月半前に膝を痛めてしまい、歩くことも困難になったことがあるので十分に気を付けなければならないと思っている。

ところで、東京マラソンに参加できないとなると、別のフルマラソンに参加してみたいと思ってしまうのが今の私だ。

 1月27日の石垣島マラソンなんかいいのでは・・・・
 それとも、思いきって大阪2008ハーフマラソン(大阪国際女子マラソンの往路を2時間以内で走る)なんかも・・・・最初で最後のチャンスかも知れないし・・・

・・・・まぁ・・・ゆっくり、じっくり検討して見よう。

 

Posted at 14:42 | この記事のURL
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ようやくペースが戻った。 [2007年10月03日(水) ]
 10月になって急に涼しくなった。・・・・が日中27〜28度と暑い日がまだある。早朝ジョギングも、キロ5分40〜50秒でコンスタントに走れるようになった。       9月月の間走行距離 112km
           10月目標        150km

 8月に人間ドックで総コレステロール値が高いとの判定を受け、管理栄養士の指導を受けた。
 毎日必ず食べていた卵と鉄分補給のためのレバーを止めることにした。
コレステロールのゼロか少ない食材、コレステロールを下げる食材、脂質の少ない食材、野菜類を出来るだけたくさん採る様にしてみた。
 ただ、走る為のエネルギーやスタミナが確保できるようにしなければならないので、サプリメントも利用するようにしている。
 そして、10月10日の血液検査でその成果を見ることになっている。

 9月30日第九の合唱の合同練習があった。
 10回目の練習なので、ようやく練習を楽しめる状態にまでなった。
とはいっても、自分の声が全体の中で少し音程を外しているな、とかここは口パクで行こうなんてレベルの低い内容だ。

どちらの練習もようやく楽しんで出来るようになったのはうれしいことだ。


Posted at 14:21 | この記事のURL
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ハーフマラソンと第九合唱 [2007年09月10日(月) ]
今年の秋は、第九の合唱に参加することとハーフマラソンを走ることを決めてたところで、書き込みを休んでいた。
 ジョギングも思うようにはかどらず、6月・102km、7月・88km、8月・37kmでお盆前にはとうとう走れなくなってしまった。
 走るどころか、歩くのさえ大変な状態で、暑さのために参りました!という状況に至ってしまった。
 7月29日から第9合唱の練習が始まった。歌う体力を温存することもあってジョギングを控えていたが、第一回目の顔合わせでもあり、オーケストラなしだったが、4つのパート全員で一通り歌った。
 やはり付いていけない状態だったが、やはり合唱することはいいなあーとやや興奮しながら練習会場を後にすることが出来た。
 9月になって、演奏会でもう一曲演奏されるエルガーの威風堂々の合唱も歌わせてくれるということでその練習も加わり、ボイスチェックを受けわずかの時間ですがボイストレーニングも受け少しずつ自信を持って歌えるようになってきた。
 日曜ごとの練習がとても楽しみだ。
 
 これまで長い距離を走った後に声が思うように出なくなっていたこともあり秋のハーフマラソン参加もも演奏会の後にすることと決め、12月23日(日)第3回宝塚ハーフマラソンに参加申込みをした。
 手塚おさむさんがしばらく住んでおられたということで、参加記念品が鉄腕アトムのイラスト入りのTシャツというのが楽しみだ。
 今度は、あまり無理をしないで2時間10分位を目標にすることにした。 9月になってジョギングを再開したが、遅いペースで6km走るのがやっとの状態だ。
 あせらず徐々にペースも距離もあげていく様にすることにしている。


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ハーフマラソンの次は第九の合唱だ。 [2007年06月15日(金) ]
4月9日以来の書き込みです。
 2ヶ月の間にいろんなことがあった。
 一番の出来事は、61才の家内が甲状腺のがんで手術を受けた。甲状腺を全部摘出しましたが他に転移もなく、今は元気に過ごしている。ただ、一生甲状腺ホルモンのクスリを服用しなければならないとのことだ。
 6月になってバイオリンの練習を少しずつ再開している。また、週一回のスペイン語の勉強会に参加し始めた。
 私は、芦屋のハーフマラソンを走った後は、4月48km、5月120kmとジョギングを続けているが、雨が降ると喜び勇んで休むような状態だ。
 4月の終わり頃、近くのコープに一週間分の食料の買物に行ったとき面白いものを見つけた。コープ第9合唱団員の募集チラシだ。
 初心者歓迎!とあった。
 私は、ちょうどマラソンに挑戦した頃、佐賀で暮らしていたが、初心者歓迎の募集チラシに引かれて、社長や同僚を誘って練習に参加したことがある。最終的には、オーケストラと合唱するすばらしさに感激してずっと参加する気になっていたが、主催の佐賀新聞社が役目は終わったと3回参加したところで主催を降りてしまった。2年後に自主公演が開かれたのが最後になってしまった。
 演奏会のビデオテープ、佐賀テレビの放送、佐賀新聞の報道紙面、写真など大事に持っているので、時々ビデオを見たりして感激を蘇らせていた。
 そして、12年ぶりに参加できる喜びにひたりたいところだが、試しにCDに合わせて歌おうとしたが殆ど付いていけない。歌詞を忘れている、声が出ない、音程がいい加減だ。まったくの初心者だ。
 もともと、12年前の参加した時も、中学校の音楽の時間に合唱をして以来の第九だったのでドイツ語の歌詞の発音、発声、音階等々を懇切丁寧に教えてもらったものだ。
 
申込みの前に、練習日を聞いたところ、8月9月10月11月の4ヶ月間は、大部分が日曜日で土曜の場合は夜とのことなので、申込みをすることにした。
 第九の参加で、秋はハーフマラソン参加とし、2008東京マラソンの申込みをすることにした。
 

Posted at 14:37 | この記事のURL
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ユニセフカップ芦屋国際ファンラン [2007年04月09日(月) ]
「あした天気になーれ」と祈った甲斐があり、いいお天気になった。
午前8時30分、家族3人で投票を済ませそれぞれの目的地に向かった。
ここ数日の冷え込みで満開がちょうど今日になったようだ。
 丸48時間走っていないので休養十分、体力回復が感じられる。家内と息子には、少し高い目標だけど2時間を切るように頑張ってみるよ!と宣言してきた。阪神の芦屋の駅から会場に向けてランナーの行列が続いている。
だんだん気分が高揚してくる。
 12時スタートは初めてのことなので、食事やサプリメント、水分の補給のタイミングがわからず、いつもの練習生活ペースに経験を加えて自分なりに調整してみた。
 6時半に起床、朝食、持参する荷物の整理、8時半出発、9時30分到着会場到着、持参のアミノサプリを飲む、10時コンビニで買ってきたおにぎりを1個食べる。着替えをする。今日は少し暑そうなのでランニングシャツに短パンと言うスタイルを考えてきたが、土壇場で膝を保護する意味もあり、CR−Xのハーフサイズと参加賞の半そでTシャツを着ることにした。
 体力を温存する為に会場内を歩いたり柔軟体操をするだけでジョギングなどは全くしないことにした。11時頃にアミノサプリとおにぎりを1つ食べた。参加者全員に配られた380gのVAAMを1時間の間に飲んでしまった。
本日のハーフマラソン男女の参加者は約2000人とのことでゼッケンナンバーの順にスタートラインに並ぶも真ん中あたりなっているので号砲からスタートライン通過まで2〜3分はかかりそうだ。でも記録はRCチップを使用するので正確な計時をしてもらえる。何の心配も要らない。
 芦屋市の埋め立てをした芦屋浜の高層マンションや住宅地を走るのでコースはかなり入り組んでいるみたいで事前にコースの状況はわからなかった。道路を跨いだ歩道橋や公園の横のかなり狭い道や結構アップダウンがあった。スタートしてようやくジョギングペースになったと思ったところで、急に止まってしまったのには驚いた。広い車道を広がって走っていたところから前方に信号機が見えた所で止まってしまったのだ。少しずつ進んでみてわかったのは、信号を左折して歩道の左端から3人位しか並べない坂を登り住宅街の中を進むことになっていた。
 スタートしてからしばらくは前がつかえて歩いたり走ったりとペースが無茶苦茶状態だった。これでは目標の2時間以内は無理かも知れないと思った。
 距離表示は5km10km15km20kmと言うことであったが15km地点だけわかった。6kmを残して手元の時計では1時間13分だった。キロ6分のペースで1時間50分だ。足はかなり重かったが少しペースを上げるようにしてみた。途中でシャワーがあったがとても気持よく感じたので、相当暑かったのだろう。
 「あと4km」という声を聞いたところで時計を見ると1時間29分、2時間は切れるぞと思うと笑顔になってしまった。最後の4kmは川沿いの桜並木で散策道路には応援の花見客が延々と続き、頑張れー頑張れーと声援をして下さった。
 運動公園に入ると回りは人人人で少しずつゴールに向かうランナーはみんなの声援を受けながらのそれはうれしいものだ。まして、目標の2時間前にゴールが出来る私には大変気持ちのいい走りになった。ゴール横のタイム表示は1時間59分50秒ぐらいだった。手元の時計での正味の時間は1時間58秒を示していた。(正式な記録は後日郵送とのこと。)
 RCチップを外すためにしゃがもうとしたがしばらくは無理な状況だった。
足は円太棒のようになっていたが、フルマラソンと比べると雲泥の違いで楽に思える。
 これを書いているのは月曜の19時だが、足腰の痛みは殆どなくなっている。意識して疲労回復を早くするために食べ物、飲み物、フロにゆっくりと入る等気をつけたお陰だ。ただ、昨夜は途中で目がさえてなかなか寝付けなかったので、今日は睡眠を十分にとるようにしたい。
 
今回の練習、ラン当日、アフターケアーの経験を今後に生かしてランニング人生をより楽しいものにしていいきたいものだ。

Posted at 16:42 | この記事のURL
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あした天気なーれ [2007年04月07日(土) ]
桜満開状態なのに、気温は低く少し寒い上に雨が降っている。
時折選挙カーがにぎやかに通り過ぎていく。
明日は、ユニセフカップ芦屋国際ファンランなので、本日は休養日に当てている。
一週間一日の休養では疲れがたたまる一方になってきたので、3週間前から週2回の休養日を設定した。しかし、それでも疲れがとれないので、今週は一日おきに休んでみた。その最後の休養日が今日である。
 こんな天気だと気分が沈んでしまい、体まで重くなったよう気がする。

明日が天気になることを祈り、目標をイメージして前向きに取り組むことにしよう。少し高めの目標として2時間を切ることに挑戦してみたい。
 この数値は日頃の練習で8kmを全力で走る時のペースが続けられれば達成できる時間だ。とても無理のような気がするし、家族からは「もう年なのだから無理したらいかんよ」と常々言われているので無理しないつもりだ。
 でも、走ってみないとわからない。応援が背中を押してくれるかもしれないし。
 明日は、12時スタートなので投票してから会場に出かけることにしている。よーし頑張るぞ!

Posted at 15:58 | この記事のURL
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音楽っていいですね。 [2007年03月31日(土) ]
今日は3月31日、家の前の桜並木のつぼみが1つ二つと咲き出したようだ。
 この分だと、4月8日の芦屋のファンランは満開の桜を楽しみながら走れそうだ。
 とはいいながら、今朝は走らなかった。昨日の朝、なんとなく身体が重く少し走っただけで足がだるくなったので、疲れが溜まっているのではないかと今朝は用心をしてみたのだ。
 私の仕事は、45戸の小さなマンションの管理人、拘束時間は24時間と永いけれども机の前での待機時間がたくさんある。その間、本を読んだり、パソコンで音楽を聴いたり、DVDを見たりする時間が結構ある。
 この仕事に就いた2年前には、この時間を利用して住環境福祉コーディネーター2級の資格も取った。一番うれしいのは好きな音楽が一杯聴けることだ。
 自宅に帰るのは日曜だけだ。食事も作るし洗濯掃除も自分でする。
自己管理が出来ないと大変だと思う。
 今日は、ハリー・ベラフォンテとナット・キング・コールの懐かしいCDを聴いてみた。シェナンドー、ダニーボーイ、さらばジャマイカ、バナナボート、
モナリザ、トゥヤング、ルート66、80日間世界一周、どれもものすごくいい。
 特にダニーボーイは、チェロで演奏してみたいといつも思う曲だ。
でも、チェロも音階も満足に弾けない初心者なのでいつのことやら。頭の中ではチェロのメロディーが朗々と浮かんでくるのに、自己流でそれも一日30分ぐらいの練習ではいつまでたっても駄目かもしれない。
 家内は元々ピアノを弾いていたが今はバイオリンを習いに行き、アマチュア合奏団にも参加しており、息子は4歳からバイオリンを始め今は学生時代の仲間と仕事の傍ら小さなコンサートを開いたりしている。そんな3人でいつの日か合奏が出来ればいいなあと夢を見ている。
 このブログを書いているのは、息子からコピーしてもらった葉加瀬太郎のsweet melodiesのCDを聴きながらだ。最近後輩の結婚式で何曲か演奏をしてきたとのこと。練習風景も含めてCDに録音してその新婚夫婦にプレゼントしてきたそうだ。

Posted at 16:27 | この記事のURL
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ランナーズ5月号(東京マラソン) [2007年03月27日(火) ]
2週間ぶりに自宅に帰る途中、本屋によって「ランナーズ5月号」を買った。東京マラソンの特集が載っている。募集開始と同時に申し込みをしたけれども残念ながら落選だった。妹は当日の天候気温を見て参加しなくて良かったと言ってくれたが、やっぱり走ってみたかった。
 学生時代に、東西4大学合同演奏会で初めて東京に行って以来、就職して東京の本社で2ヶ月間の研修、それ以後は、仕事で10回ぐらい行った位でもう20年間はテレビで見るぐらいだったので、現在の東京のど真ん中をランナーとして走り、見てみたいと強い憧れに似た気持だったのに。
 来年は是非とも走ってみたい。体調を整え幸運を得られることを祈るばかりだ。
 初めてフルマラソンを走ったのは、1995年宮崎の青島太平洋マラソン。55歳だった。社会に出てから悪いことが重なり、胃潰瘍で倒れてから、53歳まで、ずっと腰と胃に爆弾を抱えた生活だった。悪性でないとの確認は取れていたが常に出血していて貧血にあるきっかけで母の里で仕事をすることになり、胃潰瘍のリハビリのために毎日の散歩を続ける事になった。散歩からジョギング、そしてオリンピックデイランで3キロをへとへとになりながら、介助の人に見守られながらのゴール。
次は5kmラン、10km、ハーフマラソン、そして夢のまた夢とあきらめていたフルマラソン、最初で最後かもしれないが思い切って挑戦してみた。
 青島の陸上競技場をスタートして宮崎市内に入り一葉有料道路を走り、シーガイア近くで折り返す大変見通しのよいコースで、折り返し地点までようやくたどり着いたところで、ボランティアのおばさんから「よくここまでこれましたね。後半分頑張って」と励まされた。しかしゴールの方向には宮崎の市街地が小さく見えるだけで、この先の長さを改めて感じながら走り始めた。エイドステーション以外で立ち止まったら2度と走れなくなるのではないかと必死で足を動かしていたが、市街地に入ったところで私の名前を呼ぶ声が聞こえた。兄嫁とその娘だった。写真を写してくれた。後日送ってくれた写真を見ると笑顔で手を振って元気に走っているのだ。
沿道の応援が背中を押してくれた、というのは本当だと思った。
 競技場が見えてきたとき、あそこまで走ればもう走らなくてすむのだ。2度とフルマラソンは走るまいとも思った。競技場の入り口で、折り返し点にいたおばさんが「よーく頑張ったね。もうゴールですよ。」元気が出た。とうとう走りきった。涙が自然に出てきた。
 来年も又走るぞ。!!そして、挑戦を続けて12年が過ぎ去った。

来年の「東京マラソン」 初心にかえって挑戦するぞ。

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21km走ってみた。 [2007年03月22日(木) ]
昨日の春分の日にハーフマラソンの距離を走ってみた。
いつもよりは30分遅く起きて特別ジュース(私の体質を変えてくれた。)とアミノサプリを飲み、軽く豆乳とパンを食べて出かけた。
いつもの3倍の距離を走るので、楽に走れるスピードで走り始めた。
2km過ぎたところで、時計を見てみると、驚いたことに、いつものがんばっているときより20秒ほど遅いがキロ5分50秒で走っているのだ。このまま最後まで走れれば2時間10分以内だ。
 10km走ったところで足が重くなってきた。キロ6分を少し超えていた。そこで意識的に歩幅を広げるようにしてみた。特にゆるい登りでは前傾姿勢を強めてつま先の方から地面に着くような気持ちで走ってみた。
 19kmを過ぎたあたりでもうやめようかと何度も思った。
やめるための言い訳はいくらでも思いついた。年を取って気力はずいぶん弱ってしまったようだ。定年で退職したが、阪神淡路大震災の年に家を建て替えたローンがあり、年金も少なく、働かなくては食っていけないので現在もフルタイムで仕事をしているが、体力も気力も大いにあった当時と比べると何かと言い訳けがましくなってきたようだ。
 仕事が満足にできなくなったときには、マラソンもやめることにしている。
だからマラソンを走りたいために、仕事はきちんとすること。睡眠と食事にも気をつけて、足腰を鍛え、走れる身体を維持していくこと。その上で、写真、チェロ、クラシックギターの練習、音楽鑑賞、パソコン・・・多忙な楽しい毎日だ。

とうとう21kmを2時間6分で走った。そして今日も元気に仕事を終えてこのブログを書いている。まだまだ大丈夫だと思う。 

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