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青春旅行記(その2)〜明日香村編 [2008年04月08日(火) ]
香具山は畝傍雄々(をを)しと 耳成と相争ひき
神代よりかくにあるらしいにしへも しかにあれこそ
うつせみも つまを争ふらしき
(万葉集 巻1-13 中大兄皇子)

と、万葉集に歌われた飛鳥に30数年ぶりに行ってきた。
その飛鳥、変わりようには眼を見張るものがある。昔はただ普通の田舎の村と言う風情だったのだが、今では至るところ整備され、歴史公園となっていた。

今回は自転車を借り、飛鳥サイクリングを楽しんだ次第。
飛鳥駅前−高松塚古墳−文武天皇陵−天武・持統天皇陵−亀石−橘寺−川原寺−石舞台−板蓋宮跡−酒船石・亀形石造物−飛鳥寺−飛鳥坐神社−甘樫の丘−鬼の俎・雪隠−飛鳥駅前
を経巡るコース。所要時間はウグイスの声を聴きながら、桜を愛でながらの4時間。久しぶりの飛鳥を堪能した。

さて、冒頭の歌だが、解釈に様々な説があるが、最も有名なのは額田王をめぐる兄・中大兄皇子(後の天智天皇)と弟・大海人皇子(後の天武天皇)の三角関係。
桜満開の甘樫の丘に登れば、この大和三山が手に取るように見ることが出来る。


耳成山と畝傍山

不思議な石造物
この飛鳥には意味不明の不思議な石造物がいたるところに転がっている。
鬼の俎に鬼の雪隠、猿石に二面石、酒船石に亀形石造物そして亀石や石舞台などなど。


左から酒船石、亀形石造物、亀石

酒船石は表面に皿状のいくつかのくぼみとそれを結ぶ溝が刻まれており、酒を造る道具、あるいは薬などを造るための道具ともいわれ諸説定かではない。
亀形石造物は斉明天皇の時に造られ、なんらかの祭祀が行われた遺構と言われている。
また亀石はその形が亀あるいはカエルに似ているが、何のために造られたかは全くの不明。

そして有名な石舞台。蘇我馬子の墓と推定される古墳の封土が無くなり、その石室が露呈したもので、昔は自由に出入り出来たが、今は回りに柵を作り、入場料を取るようになっていた。

橘寺
橘寺は聖徳太子誕生の寺として有名。寺伝によれば、推古14年(606)、太子は推古天皇に請われて勝鬘経の講説を三日間この地で行った。すると、蓮の花が天から溢れ落ちてきて庭に積もった。さらに南の山に千の仏頭が現れ、太子の冠からは日月星の光が輝くなど不思議なことがおこった。そこで、天皇がここに寺を建てるよう太子に命じられ、太子が尼寺を建立したのが橘寺の始まりとされている。


中々気品のあるお寺

飛鳥坐神社
飛鳥坐神社は創建は不明だが、どうも神代の昔からあるようだ。宮司は代々飛鳥家がつとめ、現宮司は第87代。ちなみに民俗学・国文学の折口信夫の祖父はこの飛鳥家の出。
この神社、境内の至るところに男根石や女陰石があり、思わずニンマリしてしまう。また毎年2月の第1日曜日に行われる例祭の「おんだ祭り」は西日本四大性神事の一つで、最も露骨なもの。興味のある方は一度ご覧になってください。お帰りにはお守りを忘れずに

飛鳥寺
飛鳥寺は日本最古の寺で。創建は蘇我馬子で当初は広大な寺域を誇ったが、何度も火災に遭い、現在の規模になってしまった。


1400年の歴史を見守ってきた飛鳥大仏

飛鳥大仏と呼ばれる本尊釈迦如来像は止利仏師の作と伝えられ、丁度今年が建立1400年の節目の年にあたる。しかし度重なる火災で建立当初の部分は顔の上半分、左耳、右手の第2・3・4指に残るのみだといわれる。またこの寺の境内で、中大兄皇子と藤原鎌足が蹴鞠にかこつけて大化の改新の謀をしたことでも有名。西門近くにこの大化の改新で討ち取られた蘇我入鹿の首塚がある。

次回は平城京遷都1300年のお話

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