シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

故郷の山、帆柱(ほばしら)山の見える所から、
暇人間がぐうたらぶりを発信します。

プロフィール
続プランター農園 & ラスト記事 [2008年07月26日(土) ]
暑い日が続きますね。
前回、紹介した我プランター農園も頑張っています。
この暑さで、野菜たちは懸命に水分を補っているようですが、
悲しいかなにはプランター育ち、すぐに干しあがり、
おまけに、ここの亭主はぐうたらで、もうご臨終と思われる位、
萎れて初めて気が付き、水をたっぷり貰うけど、
毎日、この繰り返しじゃ、たまったもんじゃない。

これは二代目のキュウリです。

初代のキュウリは、葉っぱにメリケン粉を降りかけたような
状態になりあえなく、リタイヤしました。
この二代目は「夏すずみ」と言うブランド品です。
”強い耐病性と高い秀品性! 作りやすさ抜群!”
のキャッチフレーズ、農協(JA)で種を買いました。
17粒で525円は高くないだろうか?
使ったのは10粒で採用したのが、ここの2苗と他の所で2苗。
(今のところ、小さい実がふたつ付いています。)
まだ、7粒残っているが、来年も使えるだろうか?


このトマトの葉は、相当痛んでいます。
(毎日、萎れてはピン、萎れてはピンの繰り返しですから)

ミニトマトよりチョット大きいトマトと思っていたら、
イエロートマトでした。結構大きく、もう10個くらい収穫した。
味は抜群です。

おまけ

以前紹介した子宝草です。(こんなに大きくなりました。)
本名はカランコエと言って、多肉植物の仲間です。
葉っぱの周り、下に落ちて少し根を張っている子株が、
分かるでしょうか? 
(クリックで俄然大きくなります、確かめて下さい。)




< お急ぎの方はパスして下さい。 >
------------------------------------------------------
続きを読む...

Posted at 07:29 | 雑感 | この記事のURL
コメント(19) | トラックバック(0)

来年の7月22日 [2008年07月23日(水) ]
 欠け始め : 09:35
 食最大  : 10:54 (食分0.90)
 食終了  : 12:15


これは来年2009年7月22日福岡での日食の予測時刻です。
福岡では90%の部分日食ですが、南に下がると、
さらに大きくなり、屋久島〜トカラ列島〜奄美大島では
皆既日食となります


各地ではどのくらい欠けるのか、
2009/07/22 日食データ 」 を参考にして下さい。

(最終更新はチョット古いがデータは変わっていません)
   
数年前から、この日の皆既日食とやらを、
この目で、この体で感じたいと思っていた。
気温が2、3度下がるらしい。 
真っ暗になれば、星(北斗七星)が見えるかもしれない


処が今・・・、
屋久島〜奄美大島の島(特にトカラ列島)では、
悲鳴をあげている。 
島、始まって以来の人が押し寄せて来る。
宿泊施設なんか、ありゃしない。
村の対策は、テント村かな? 店は、電気、水、トイレ、・・・etc


(5月2日の毎日新聞を参考)

殺到が予想される。 交通手段は?費用は?ハブ対策は? 
あぁ、頭が痛い。
鹿児島あたりで我慢しようかな?(只今、思案中です。)
2009年の皆既日食について

次に日本で見られる皆既日食は28年後の、2035年9月2日。
この時は、北関東〜能登半島を横断します。
(まぁ、100%無理だろうな?)




Posted at 12:13 | 雑感 | この記事のURL
コメント(15) | トラックバック(0)

暑中お見舞い [2008年07月20日(日) ]
全国的に梅雨が明け、夏本番になりました。
 「暑中お見舞い 申し上げます
                平成二十年 盛夏」


暑い時は暑い所に行くのが一番。(そう思いませんか?)
写真は真夏に沖縄に行った時のものです。
このシーサーはジィーと南の海を見つめていました。

沖縄には「ニライカナイ信仰」と言うのがあります。
沖縄で生まれ育った大昔の人達は、はるか水平線の彼方、
海の彼方を見て、そこには人が求めている幸福な世界がある・・・
自分達の住む世界と違った珍しい世界、華やかな文化を持った
理想の国、楽園が存在する・・・・と信じていた。
(仏教の西方浄土に似ています。)
このシーサーも「ニライカナイ」を求めているのだろうか?


「平和の礎(いしじ)」です。
世界の恒久平和の確立に寄与することを願い、国籍及び軍人、
非軍人を問わず、沖縄戦などで亡くなったすべての人々の氏名を
刻んだ記念碑です

もうすぐ、8月15日がきますが、沖縄では6月23日が「慰霊の日」でした。




Posted at 16:30 | 雑感 | この記事のURL
コメント(17) | トラックバック(0)

ああ西鉄ライオンズ(小野博人) [2008年07月17日(木) ]
15、16日 ソフトバンク・ホークス対西武・ライオンズの試合で、
西武の選手が、過っての ”西鉄・ライオンズ” のユニホームで
臨みました。野武士軍団と呼ばれた西鉄のユニホームが
福岡でよみがえるのは、最後の年となった昭和47年年以来、
36年ぶりです。

西武・ライオンズも粋な計らいをしてくれました。
今年はホークス誕生70周年、福岡移転20周年でホークスが
大阪で、南海ホークスのユニホームで試合をしています。
シニアのファンは懐かしいやらで、どっちを応援したのだろう?

昔のユニホームはいいですね。
シンプルで、後ろは背番号だけで名前が入っていない。
ネーム入りはファンサービスかもしれないが、逆効果だと思う。
選手の名前は背番号と選手名鑑で覚えてファンと云う者です。

西鉄が最強軍団と言われたのは、昭和31〜33年巨人を相手
に、日本シリーズ3連覇した時だろう。
特に33年は凄い。誰もが知っている3連敗からの奇跡の大逆転。

実はこの年、ペナントレースでも奇跡の大逆転をしている。
7月末での時点で、首位南海に11ゲームも離させていた。
それを8月は17勝6敗1分け、9月14から10月2日まで、
1分けをはさんで13連勝、ついに南海をけ落とした。
稲尾は130試合のうち実に72試合に登板と云うから凄い。



昭和33年の日本シリーズ、巨人はこの年、
新人長島の活躍もあり3連勝、勝負あったかに見えた。

その夜、三原監督は大下弘を呼んで現金10万円をポンと、
渡し「ご苦労さん、これで今夜は若い連中と思いきり飲んでくれ」
大下は自分の耳を疑ったが、中西や稲尾らを連れて中洲へ、

一方、
三原は自宅に新聞記者らを呼んで徹夜マージャンを始めた。
開き直りである。
最初は負け続けたが、午前4時近くなってツキ始めた。
三原が雨の音を聞いたのはそのころである。
「降り続けてくれ!」 とにかく、投手陣に休養が欲しかった。

午前8時すぎ、コミッショナーから中止決定が発表された。
巨人水原監督は怒った。
「天気予報では午後から晴れると言っている。なぜ、やらん」
−−− この雨が、明暗を一気に変えた。


(「ああ西鉄ライオンズ」 より
  昭和58年4月発行 著者:小野博人 発行所:西日本新聞社)

当時の日本シリーズは全てデーゲーム。
3連敗した夜、明日も試合があると云うのに、
選手たちは中州でドンチャン騒ぎ、監督は徹夜マージャン。
ホントどんなチームや?
もし、試合をやってたら確実に負けたであろう。
いや、実際は分からない。(そこから、また伝説が?)

Posted at 09:23 | 雑感 | この記事のURL
コメント(16) | トラックバック(0)

梅雨明け前 [2008年07月05日(土) ]
 梅雨明け、ま近かの北九州です。
今日は朝から、どんよりの曇り空、ちょっと歩いても汗ばむ。
予報では明日、梅雨明け宣言が出るらしい。
近くを見わたしても、もう夏ですね。 いよいよ夏本番。


 近くの川です。 こう見えても県が所轄する二級河川です。
このアサガオは琉球アサガオ(イリオモテアサガオ)です。
もうすぐ、清掃(除去)作業しますが、強いですね。
取っても取っても、毎年生えて、きれいな花を咲かせます。



(川横の)街の田んぼも順調です。




 これは合歓の木です。(これも、川横です)
♪ねんねの ねむの木 眠りの木♪ 
で、本当に眠っている姿を撮影するのに成功


Posted at 16:27 | 雑感 | この記事のURL
コメント(20) | トラックバック(0)

北斗七星の水汲み [2008年06月26日(木) ]
♪おおぐま座の 杓の底の ふたつのお星を結ぶ線を
    5倍の長さに延ばしたら そこらにピカッと北極星♪
 


こんな歌を歌ったこと、聞いたことはありませんか?
子供の頃、北極星を見つけるのに歌っていました。
夏のキャンプの時かな? 
夜、道に迷ったら、この歌で北極星を探せ!と。

その大熊座(北斗七星)は北極星の周りを毎日、反時計回りに
1回転しています。
もし、柄杓の底に当たる星が水平線に沈み、「水汲み」を
する姿になったら、ロマンチックだとは思いませんか?
実は、その現象が7月1日〜8月30日に起こります。

場所は北緯33〜34度で、北に海を望む地域だけだそうで、
この条件に当てはまるのは、ギョギョギョ、地球上でも日本の
「関門地区から宗像市・さつき松原までと、宗像大島の海岸」

に限られると云うことです。
時間は7月1日は午前3時半頃で、日々早まり、8月30日は午後11時半頃。

これを見ながら願い事をしたら、北斗七星が柄杓で掬ってくれる。
こんな伝説が北部九州から生まれそうです。

              (北斗七星が水を汲むイメージ図)
(6月26日の毎日新聞を参考にしました。)

Posted at 14:27 | 雑感 | この記事のURL
コメント(15) | トラックバック(0)

「坊がつる讃歌」の裏話 [2008年05月30日(金) ]
 ♪ 人みな花に 酔うときも
    残雪恋し 山に入り
    涙を流す 山男
    雪解
(ゆきげ)の水に 春を知る

「坊がつる讃歌」です。
ご存知でしょうか? 知らない方も先に進んで下さい。

写真は平冶岳に登る途中、ピンク色はミヤマキリシマです。(数年前のものです。)

毎年、今の時期になると九重はミヤマキリシマが見頃になります。
いつも、皿倉山ばかり登っている我が腐れ縁の連中も久しぶりに、
ミヤマキリシマ観賞と洒落込んで、九重登山の計画を立てました。
我々が行くのは、法華院、坊がつる、段原、大船山(だいせんざん)、
など等、これらが登場する「坊がつる讃歌」を、思い出しました。
                         
 九重を歌ったこの歌、実は替え歌なんです。
元歌(原歌)は広島高等師範(現広島大学)の”山岳部の歌”で、
その内容はよく分かりません。

 それはさて置き、「坊がつる讃歌」の誕生は九州大学の学生が
アルバイトで、法華院の「あせび小屋」の小屋番をしていた頃、
長雨が続き、暇を持て余していた彼らは「替え歌でもを作ろう。」
と云うことで出来たのが、この「坊がつる讃歌」です。
(昭和27年の夏です)

私がこの歌を覚えたのは昭和30年代の終わり頃で、
何処で覚えたのか、記憶にないが、山仲間の間(山の会)では、
良く唄われていました。  全国的に有名になったのは
芹洋子さんが唄った昭和53年からです。
NHKの「みんなのうた」、「紅白歌合戦」でも唄われました。

そのきっかけは、
昭和52年夏、芹さんの阿蘇山麓・野外コンサートが終わった夜、
宿舎のテントにギターを持った若者たちが遊びにきて、
みんなでワイワイガヤガヤやっているうちに、若者たちがこの
「坊がつる讃歌」を唄い、芹さんにコンサートで歌ってみたら、
と勧めたそうです。

その年の秋、福岡市で行われたコンサートの最後で、
「 阿蘇で、若い人達から、こんな歌を教わりました。
  もし、ご存知の方がおられましたら、一緒に唄って下さい。
    ♪ひ〜と み〜な は〜なに♪ 」
 
 
 一小節が唄い終わらないうちに、あちこちから歌声が聞こえ、
やがて大合唱となりました。 
これには芹さんも大感激、大変驚かれたそうです。
その後、NHKで唄われるようになり、全国に広まりました。

 でもその前に、この歌を広めた第一の功労者は西鉄のバスガイドさん」、だと言われています。
ガイドさんの虎の巻、歌の教本の中に、「坊がつる讃歌」が
載っていて、貸切バスでよく歌われていました。
                    
それとレコード化されていない、勿論、テレビ、ラジオでも唄われた
ことのない歌が若者の間で広まったのは、 ”うたごえ喫茶”や、
当時の青年サークル(青年団)なんかで良く唄われていました。
「幸せなら手をたたこう」、なんかも一般に流行する前から、
よく歌われていました。 ですから、
「坊がつる讃歌」も芹洋子さんが唄う前に、福岡の若者の間では
既に広まっていたので、コンサートでの大合唱も当然だったと思います。
 (坊がつる讃歌の誕生に関しては「法華院 EXPRESS vol.013」を参考にしました。)

 この写真は数年前、大船山(だいせんざん)の中腹から写したもの
です。中央の三股山は、やまなみハイウエーの長者原から、
見るのとは全く逆で裏側からです。
左端の谷間(下の方)に見える赤い屋根が法華院温泉で、
手前の緑の草原が坊がつる、左の山から噴煙が上がっている
山は硫黄山です。
(処で、九重にいつ行くかって? 6月9、10日を予定しています。)

芹洋子さんが唄っている歌と元歌(以前、九州で歌われていた歌)
とは歌詞も曲も微妙に違っています。 
一番は同じですが、二、三、四番の元歌を載せました。

  作詞:神尾明正/松本征夫
  作曲:竹山仙史

   二、 石楠花谷の 三俣山
      花を散らして 薮わけて
      湯沢に下る 山男
      メランコリーを 知るや君

   三、 みやまきりしま 咲き誇る
      山はピンクに 大船の
      段原さまよう 山男
      花の情けを 知る者ぞ

   四、 四面山なる 坊がつる
      夏はキヤンプの 火を囲み
      夜空を仰ぐ 山男
      無我を悟るは この時ぞ

Posted at 13:50 | 雑感 | この記事のURL
コメント(22) | トラックバック(0)

不思議な道 [2008年05月11日(日) ]
 大潮の日、干潮時の干潟。 
沖に向かって、まっすぐに延びる道が出来ている。 (何故だろう!)
この道はコンクリートで固めて、自転車は勿論、軽なら通れそうです。


海岸から約1.5キロ地点、ここがその道の終点と思いしや、
更に、その先に車が交差出来るような立派な架橋に繋がっていた。
(本当に向こうから軽トラックがやってきた。)


この架橋を歩いて行くと、約1キロで行き止まり。
どうも、ここは漁港建設予定地(建設中or中断?)らしい。

この謎のような所は自然の宝庫として有名な(北九州市)曽根干潟です。
8日の午後3時半、干潮時に友人と行ってきました。
市内でも有数の野鳥の宝庫として知られているそうですが、
悲しいかなには、そんな知識はなく、案内人もいないので、
この架橋の先端まで来て、ただ、ボゥーと眺めていた。 
サギのような白い鳥と、100羽くらいの群れを作って飛んでいる
鳥の集団を数グループ発見した。
(ここから更に、この干潟は続いている。海岸から4〜5キロはありそう。)

干潟特有の生物も多くいるようで、特に有名なのはカブトガニ、
2億年前からその姿をほとんど変えずに生きてきたことから
「生きた化石」とも呼ばれています。
6月から8月にかけて、産卵のため干潟にやって来るそうですが、
年々減っているそうです。今度はその時、又来ようと話してあとにした。

沖で潮干狩りをする人発見(後ろに見える赤い橋は北九州空港に行く橋)

Posted at 12:29 | 雑感 | この記事のURL
コメント(18) | トラックバック(0)

ほばしら記念切手発行 [2008年05月07日(水) ]
 ユーザー設定で画像を設定するところがあります。
これに、好みの画像を入れると自分のブログの記事が表示された時、
プロフィールの表示箇所に、その画像とニックネームが出ます。
何も入れていない人もいれば、みなさん、自分の写真とか色々
思考を凝らしていますね。

 その中で、アバターを使っている人もいます。
アバターとはサンスクリット語で地上に降りた神の化身の意味で、
ネット上では、顔・髪形・服装・持ち物などを自由に選択して作った
オリジナルのキャラクター(分身)がそれです。

 私は最初の頃は「郷土の山の写真」を入れていましたが、アバターの
無料作成サイトを見つけて、似顔絵風に作って入れ替えました。
一瞬、見た感じでは若き日の自分に似ていると思った。
(だから、今でも一瞬、見た目は似ているだろう。)

 処が先日のオフ会で、この話題になった時、
「似てる?」 「似てない。」
「いや、チョット見た感じ一瞬、似てるだろう?」 「全然、似てな〜い!」
で、シュンとなった。

 あくる日から、再挑戦。ほぼ毎日、作っては入れ替えていた。
コメントでも「似顔絵、苦戦していますね。」 とあった。
そんな或る日、ともだち登録している人から、
「これはどうですか?」 と送られてきたのが、
現在使っているアバター(似顔絵)です。(友達は有難いですね。)

 見た瞬間、「うぅ〜ん」と唸った。
ベレー帽みたいのは気に喰わぬが、似てる。 
早速、使ったら、コメントに、「今度は似てますね。」が数件あった。
2回目のオフ会でも、みなさん「今度は似てる。」と言ってたが、
敢て、話題をそらした。

 今回、白状した記念に今まで使ったアバターと共に、
記念切手を発行しました。
非売品ですから、どこにも売っていませんのでご理解のほど。

          (上が現在、下が最初のアバターです。)

          
     今まで使用した似顔絵(切手)です。使用済みでスミマセン。

Posted at 20:29 | 雑感 | この記事のURL
コメント(17) | トラックバック(0)

PCはハズレだった [2008年04月18日(金) ]
PCがいかれた。 買ってまだ3ヶ月、どうもハズレだったようだ。
買った当初から予感はあった。 
「初期設定はどうなさいます?」
「こう見えてもPC暦20年、ネット暦8年です。自分でやります。」 

 (ブログ暦は1年もないが、)
「念のため聞きますが、頼のめば費用はいくら?」 
確か5、6千円だった。

家に持って帰って早速、説明書を見ながら、ルンルン気分でやっていたら、
あっれ〜、フリーズ! 色々やっていたら、いよいよダメになって、
まだ、システムを完全にインストールしていないのに、早くもリカバリーだ。
そのリカバリーの途中でもフリーズ!

恥ずかしながらも、買った店(パソコンショップ)へ持っていく羽目となった。
原因は基本RAM、1Gのところを、1G(購入して)追加し2Gにしていた。
その追加のRAMの合相(愛想)が悪いらしく、交換したらOK。
勿論、店側の責任。(何だか可笑しいけど、納得?)

しかし、使い始めて2ヶ月位から使用中に勝手に再起動するようになった。
それが今週に入って頻度が多くなり、遂にドック入りと相成りました。
で、現在は前に使っていた98のPCを使っています。 
これがお陀仏寸前で、恐る恐る使っている次第です。
動き、反応が遅くイライラが募るばかりです。

写真は近くであったチューリップ祭りの模様です。(4月13日)
当日はJRウォーキングのコースになっていました。



Posted at 17:31 | 雑感 | この記事のURL
コメント(30) | トラックバック(0)