帆柱山系の古い言い伝え
帆柱ケーブルに乗り、山上駅から山頂に向かう坂道の中程に、「雨情碑」
があります。この歌がこの地方の古い伝説、歴史を語ってくれています。
その説明文に、
「詩人野口雨情は昭和七年五月、この山に登り、神功皇后西征による
伝説を聞き、帆柱山の詩を書いた」とあります。
くきの海辺の 船もよい
船も帆がなきや 行かれない
お供についた くまわにが
山で帆柱 きりました
その時きった 帆柱は
帆柱山の 杉でした
「くきの海辺」は洞海湾のこと、「くまわに」とは土地の豪族熊鰐のこと。
作曲上原げんと 歌森繁久弥でレコード化されているそうですが、
聞いたことはありません。
これがくきのうみ(洞海湾)です。埋め立てて新日鐵の工場地帯となっています。
昔は、白い煙突(記念高炉)辺りまでが海だったと云われています。
帆柱ケーブルに乗り、山上駅から山頂に向かう坂道の中程に、「雨情碑」
があります。この歌がこの地方の古い伝説、歴史を語ってくれています。
その説明文に、
「詩人野口雨情は昭和七年五月、この山に登り、神功皇后西征による
伝説を聞き、帆柱山の詩を書いた」とあります。
くきの海辺の 船もよい
船も帆がなきや 行かれない
お供についた くまわにが
山で帆柱 きりました
その時きった 帆柱は
帆柱山の 杉でした
「くきの海辺」は洞海湾のこと、「くまわに」とは土地の豪族熊鰐のこと。
作曲上原げんと 歌森繁久弥でレコード化されているそうですが、
聞いたことはありません。
これがくきのうみ(洞海湾)です。埋め立てて新日鐵の工場地帯となっています。
昔は、白い煙突(記念高炉)辺りまでが海だったと云われています。
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at 13:15
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