シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
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故郷の山、帆柱(ほばしら)山の見える所から、
暇人間がぐうたらぶりを発信します。

プロフィール
福翁自伝のしらみ取りの話 [2008年02月29日(金) ]

先日、中津に行った時、福澤諭吉の旧宅の庭で見た立て看板です。
「福翁自伝」にある「しらみ取りの話」のことを書いています。
写真の字は読み辛いので、そのまま列記します。

しらみ取りの話
少年諭吉の母お順さんはまことに心のやさしい
情ふかい方でありました。 このころ中津の下辺に
家は大へん貧しくいつもボロボロの着物を着て 
髪の毛はボウボウとなった知恵おくれの女の子が
いました。 母はその娘を見ると毎度のように庭に
呼び入れて筵の上に坐らせて頭の虱を取ってやる
のでした。 私は母に命じられてその虱を石に上で
五十匹、多い日は百匹もつぶすのです。 それがすむ
と母はこの娘に虱をとらせて貰ったお礼にと握り
飯を作ってやるのです。 娘はおいしそうに食べて
うれしそうに帰って行くのでした。     


ここで私は「奉仕、ボランティア」について考えさせられました。
「奉仕、ボランティア」とは、けっして人にしてあげているのではなく、
させて貰っている、のだと。 皆さんはどう思いますか?

Posted at 19:29 | 雑感 | この記事のURL
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中津城の今後は? [2008年02月26日(火) ]

このお城が売りに出されています。今がお買い時の物件です。
「大分県中津市の観光名所の一つとなっている中津城天守閣と周辺の
土地、計約2300平方メートルの売却が検討されている。
市は景観、観光のシンボルとしての役割を果たしていると考えており、
購入なども含めて対策を検討中。 9月定例会一般質問(9月3〜5日)
でも複数の議員が市の考え方を問う質問を通告しており、
今後、議論が深まりそうだ。

中津城(鉄筋5階建て)は1964年、当時の旧中津市などの要望を受け、
旧藩主の奥平家が市民からの浄財も得て建設した。
天守閣は同家19代目、奥平政幸氏(50)が社長の中津勧業が、
土地は同氏が代表役員を務める奥平神社が所有。
天守閣内には同家ゆかりの書画や武具などを展示していて、
年間の入場者数は約2万人。

市は武具など5点を文化財に指定しているほか、九州最古と
言われる石垣の復元作業などを続けている。中津勧業に対しては、
年間38万円を助成しているが、奥平氏は「(固定資産税などを含め)
現状では天守閣を維持管理していくのは厳しい」などとして売却を検討。
7月末、福岡市内の不動産会社の広告に「3億2000万円」
という売却額が掲載されていたことなどから明らかになった。」

昨年の新聞より、その後の進展はないようです。

今の中津は「城下町中津のひなまつり 期間2/23〜3/9」が開催中
でお雛さまのオンパレードです。最近このてのイベントが増えていますね。
JRウォーキングで、中津の街を歩いてきました。
福澤諭吉旧宅、中津城には一度行ったことるけど、街の中を歩くのは
初めてです。古い城下町の雰囲気は今でも残っていました。



余談 
この日、朝食の後、何時もの様に、□□□を□□して、僅か残りの□を
□□□ながら、ふと時計を見ると。 あっ、もう時間が無い。
慌てて、出かけた。 JRの列車の中で、ふと気が付いた時はもう遅し。 
あぁ〜、どうしようもない。 諸町のお雛さま通りで、休憩して桜もちでも
食べようと思っていたけど、勿論、昼食も抜き、残念無念、悲しきことなり!

教訓:♪この世で あわてちゃ だめさ わてて女に惚れて 百年の不作に
     泣いている奴が うようよいるからね

あんまり、関係ないっか!

Posted at 22:16 | イベント | この記事のURL
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福澤諭吉先生の「學問ノスヽメ」 [2008年02月23日(土) ]
                  JR中津駅前の福澤諭吉像

「天ハ人ノ上ニ人ヲ造ラズ人ノ下ニ人ヲ造ラズト云へリ」
ご存知、福澤諭吉先生の「學問ノスヽメ」です。
さらに、
「サレドモ今広クコノ人間世界ヲ見渡スニ、カシコキ人アリ、オロカナル人アリ、貧シキモアリ、富メルモアリ、貴人モアリ、下人モアリテ、ソノ有様雲ト泥トノ相違アルニ似タルハ何ゾヤ」
とあります。

                   福澤旧居とその敷地内ある銅像

つまり、
「天は人の上に人を造らず人の下に人を造らず。人は生まれながら貴賎上下の差別ない。けれども今広くこの人間世界を見渡すと、賢い人愚かな人、貧乏な人金持ちの人、身分の高い人低い人とある。その違いは何だろう?それは甚だ明らかだ。賢人と愚人との別は学ぶと学ばざるとに由ってできるものなのだ。人は生まれながらにして貴賎上下の別はないけれどただ学問を勤めて物事をよく知るものは貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるのだ。」
だから、「学問のすヽめ」です。これは今日、福澤諭吉旧居で学びました。
最初の1行しか知らなかった。目から鱗です。無学な私を笑ってください。

また、福澤諭吉はここ中津で生まれ育ったとばかり思っていましたが、これも誤りでした。
天保5年(1835年)大坂堂島浜(大阪市福島区)にあった豊前国中津藩の蔵屋敷で下級藩士福澤百助・於順の次男として生まれました。
天保6年(1836年)、1歳6ヶ月のとき父の死去により中津に帰藩しています。

福澤諭吉先生の業績は今更ここで記することもありませんが、
何と云っても壱萬円札、この記念館には日本銀行発行の壱萬円札、
番号A000001Bが展示されていました。勿論本物です。
左が旧札、右が新札のです。

今日は、JRウォーキング「城下町中津のひなまつり」のテーマで、
約8Km歩いて来ましたが、途中の福澤諭吉旧居・記念館で感激し、
これをアップしました。ひなまつりの模様は次回に廻します。

Posted at 21:35 | 雑感 | この記事のURL
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この建物に見覚えは? [2008年02月21日(木) ]
 この建物に見覚えはありませんか?


北九州市八幡西区黒崎岸の浦にあった、九州厚生年金病院です。
な〜んだ!九州の田舎のことなんか、分かる訳ないじゃないか、
ご尤もです。
この病院、昭和30年に建てられ、平成16年に建て替えられるまで、
半世紀間、地域の(公立の)総合病院として親しまれ貢献してきたました。

私が中学生の時、この写真と同じものが社会科の教科書に載っていて、
ビックリしたことがります。 どんな内容だったか忘れて覚えてないが、
写真は東京の厚生年金病院だと説明にありました。 
東京と同じものがあると思ったら、八幡も大都会だと自慢したくなった
記憶があります。


という訳でよく分からないけど、当時、全国に数ヶ所にあった厚生年金病院
は、みんなこのデザインの建物ではなかったのでは? と思っています。
何しろ40年以上前のことで、ネットでも調べようがありません。

現在の九州厚生年金病院は約500m離れた所に建て替えられています。(現在の年金病院)

Posted at 17:12 | 郷土 | この記事のURL
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冬の飛騨・北陸の旅 [2008年02月17日(日) ]

 念願の白川郷に行って来ました。 九州生まれの九州育ち、雪に憧れ、
雪と戯れたくて、何10年ぶりかでももひきを穿き、沢山のホッカホッカロン
を持って出かけました。 腰まで埋まる雪を掻き分けて、ひょっとしたら、
行き倒れになることも覚悟してましたが、意外と思ったより雪は少なかった。
多かったのは観光客でした。

出発の日(13日)こちらは大雪で、中部・北陸地方も雪の予報が出ていて、
積雪1m以上を期待していましたが、飛騨高山も金沢も雪はイマイチで、
第一そんなに寒くなかった。

 白川郷・五箇山の合掌造り集落(しらかわごう・ごかやまのがっしょうづくりしゅうらく)は、飛騨地方の白川郷(岐阜県大野郡白川村)と五箇山(富山県南砺市)にある合掌造りの集落で、1995年12月9日にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されています。
(こんなのStageの皆さんには説明不要ですね。)

 旅行社のツアーを利用して、友人3人で出かけました。
このツアー、格安と強行日程で有名なH交通社の主催です。
往復は夜行のフェリーを使い、実質は泉大津から1泊2日のツアーで、
泉大津→飛騨高山→白川郷→金沢(泊)→加賀→泉大津、走行距離は
約1,000Kmですから凄い。 もっと凄いのが料金。

フェリーの料金は通常2等自由席で、6,700円(片道)です。
フェリー往復+バス約1,000Km(ガイド付き)+ホテル1泊(朝食付き)
+添乗員付きで、1万チョット、先約45名様、今回は40名様で結構です。
(テレビショッピングではありません。又、H交通社の回し者でもありません)
ですから、どんな仕掛け、仕組みになっているのか???

 兼六園で満作(マンサク)を見つけました。
梅林の中に1本ぽつんとありました。写真では何度も見ていますが、
実物を見るのは初めてです。前々から探していました。
九州では霧島連山のマンサクが春を告げる花として有名です。
今回の旅行はこれだけでも、価値あるものとなりました。



マンサクは春に他の花に先駆けてまず咲くので、「まず咲く花」から
だんだんと変化して 、「マンサク」になったらしい。
また、花がたくさん付くので 、「豊年満作」から命名されたとも。
花言葉は「幸福の再来」(満作)。

またしても、フォトストーリーを作ってしまいました。
宜しければ、見てください。 2分チョットです。

冬の飛騨・北陸の旅 ← (Macの方はどうぞ! Winの方でもOKです)

冬の飛騨・北陸の旅 ← (Winの方 大きな画面でどうぞ!)

Posted at 17:05 | 旅行 | この記事のURL
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写真物語に挑戦 [2008年02月08日(金) ]
 もうStageではお馴染みのフォトストーリーです。PCを買い替えOSが
98からXPに替わったら、使える機能ソフトが多くなり挑戦してみました。

 試行錯誤、悪戦苦闘、書類迷子、手順不解、書類再作、起動不良、
再現不可・・・etc 、数々の難関を乗り越えて、一応、出来上がりました。

 Mac使用の方でも見られるようにと、別途作成したけど、表示画面が
小さく、これはMacの動画ファイルを管理されているサイト「FLVメーカー」
が表示サイズを小さくしているので、どうしようもありません。
フォトストーリのファイル( .wmv)をQuickTimePlayerで、再生可能な
ファイル( .mov)に変換できないか、又これを管理してURLを発行して
くれるサイトがないか、色々調べたけどダメでした。

 まだまだ不十分ですが、何事も熱しやすく醒めやすい性格ですから、
多分、第2弾はもうないかと思います。

 テーマ、画材(写真)は身近なものを選びました。
以前、紹介しましたが、昨年の暮れ、皿倉山の帆柱ケーブルの
山の上駅(海抜、約600m)から、山頂までスロープカーが開通し、
誰でも気楽に、山のてっぺんまで行けるようになりました。
スロープカー及び山頂展望台からの眺めは、まさに空中散歩です。
タイトルはその名通り、「皿倉山空中散歩」です。
「それでは、趣味の悪いミュージックにのって、どうぞ

皿倉山空中散歩 ←Macintoshの方はこちらから!
(小さな画面表示しか出来なくて申し訳ない。勉強不足、力不足でした。)

皿倉山空中散歩 ←Windowsの方はこちらです。


 北九州へお越しの際は是非、皿倉山にお立ち寄り下さい。
JR八幡駅から無料のシャトルバスがケーブルの発車時刻に合わせて、
ケーブルの山麓駅まで運行されています。ケーブルカー、スロープカーと
乗り継いで、あっと言う間に622mの山頂です。特に夜景は綺麗ですよ 
 帆柱ケーブルHP

Posted at 18:59 | 雑感 | この記事のURL
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地元の由緒ある神社 [2008年02月04日(月) ]
 今日、用事があって黒崎(北九州市八幡西区)に出かけた。
ここ黒崎には由緒ある神社があります。 
岡田宮、その昔(初代天皇)神武天皇が筑紫から大和への東征に
先立ち、ここに一年間留まったと「古事記」は記しています。
それが岡田宮で、御祭神は 勿論、神日本磐余彦命(神武天皇)、
他に、大国主命、小名彦神、県主熊鰐命・・・・・ 等などです。


境内にあった「三条実美歌碑 」 

「玉ちはふ 神し照らせば 世中の ひとのまごころ かくれやはする」
註、
「世の中には善い人や立派な志を抱いた人は、大勢いるがその見分け
はつけ難い。 しかし神は真実を知り、誠実なものは、いつかは必ず神
に通じ、そうして世の中に現われる時が来る。」

文久3年(1863)8月18日の政変で朝廷を追放され長洲藩領に下っていた
三条実美や東久世通禧などの五卿は慶応元年(1865)正月15日に
黒崎に上陸。3日間滞在した後、移転先の大宰府に向かった。
いわゆる“五卿落ち”です。
実美が密かに岡田宮に参拝した時、詠んだ歌です。
三条さんの心境が良く表れていると思います。
護衛に西郷隆盛がついていたとも言われています。

Posted at 23:22 | 歴史探索 | この記事のURL
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