ディキシーランドJAZZ
ニューオリンズ周辺で産声を上げることになる黒人達の演奏を総称してニューオリズ・ジャズと呼ぶ事になる
のですがその演奏スタイルはブラス・バンドの影響を受
けた即興的な力強い黒人音楽もあればクレオールのク
ラシックの室内楽的な白人向けのものもあるといったよ
うに様々でした。
そもそもニューオリンズはNew Orleansと表記するこ
とからも分かるように、ニュー・オルレアンの意味なの
です。オルレアンは、フランスはパリの南にある田舎
町のことで、ニューオリンズがフランスに統治されて
いた頃に名付けられた地名という分けです。又当時
の中央銀行が発行する10ドル紙幣にはフランス語
で”DIX”と印刷されていて、そこからニューオリンズ
は”Dixieland”とも俗称されるようになり、やがて南
部一帯を指してディキシーランドと呼ぶようになった
為ニューオリンズ・ジャズはデイキシーランド・ジャズ
と呼ばれる様になったのです。
ただ白人達が黒人のジャズを真似てトラッペット・ト
ロンボーン・クラリネットの3管編成を中心とするニ
ューオリンズ・スタイルのジャズを始めるようになっ
て、これをデイキシーランド・ジャズと呼んだという
説もあります。

この頃になってデイキシーランド・ジャズはアメリカ全土のみならず、ヨーロッパや日本にも広まって
いきます。1920年頃になりますか、ワイルド・ビル
・デビソンとかエデイ・コンドンなど白人を中心にそ
れまでとは違ったスィンギーなデイキシーランド・ジ
ャズを演奏する様になりますた。
一方、ウエストコースト派(カリフォルニアを中心と
したグループ)では、ターク・マーフィを代表に、新
しくはファイヤーハウスプラス2など白人独特のデ
ィキシーランド・ジャズを展開し、地域ごとに独特な
スタイルが生まれていくのです。
さらにニューヨーク・スタイルはボビー・ハケット(tp
),ジャックティ・ガーデン(tb)などの知的で素晴ら
しい演奏家が出現しています。
ニューヨーク・スタイルのディキシーランド・ジャズ・
バンドはディキシー・スタイルとしては末期で、(デ
ィキシーランド・ジャズと呼べる最後の形)といって
もいいでしょう。(1925年頃)

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at 19:31
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いつもいつもコメント有り難う御座います。
我々が聞き始めた頃のディキシーとかスイングは、完全に完成された1955年前後の録音の物が多いと思いますが、兎に各く良く聞いたものです。
JAZZ喫茶が全盛のころで渋谷の道玄坂の中ほどにあったSwingと云う店に入り浸って聞いていたものです。
実はこの写真は自分のものでないのです。ブログの飾りにと付録のCDから取り込んだもので、撮影データーが無いのです。本当に御免なさい