1955年(昭和30年)私20才の春
ベニー・グッドマンやグレンミラー等のスイングジャズ、やルイ・アーム ストロング等のトラジショナルジャズを
聞き慣れていた私の耳に入ってきたのはガレスビーの
ビバップ調、49年にはクールジャズ(マイルスのクール
の誕生)にはカルチャーショックでした。

此の頃からかな、レコード集め(前から少しはやってましたが
)に走り始めたのは。しかし当時は盤権問題で国内盤ではブルーノート、プレ
スティッジ、バーブ、リバーサイド、アトランティック等の
マイナー系のものは皆無で、手に入れる事は大変難し
いく、愉入物しかありません。当時レートが300円以上
だったので大変高価でした。
こんな時期に国内のロンドン盤としてアトランティック原盤MJQのフォンテッサが発売されました。
此れが手に入ったのは57年6月とジャケットの裏に
記録されていました。
でもこのレコードは今はノイズが酷いので御隠居願
っております。

此の下のレコードの写真は私が始めて銀座の十字屋に輸入をお願いした、レコードです。
此のレコードはあのコンサートプロモーターであるノ−マン・グランツがJATP(Jazz At The Philharm
onic)のメンバーでのカネギー・ホールに於けるライブ
録音されていると噂が広まっていたので、1952年度
の物を注文したら此れが届きました。3枚組で結構な
値段でした。JATPのこのシリーズは1944年に第1
回に始まり私が手に入れたこのアルバムはもうVol
15になっていました。又作りが面白く普通1枚目の
A面が1、B面が2なのですが、A面が1に対してB
面は4、2枚目のA面が2で、B面が5、3枚目のA
面が3、B面が6になっているのです。つまりタンテ
ーブルが2台あれば、連続2時間切れ目なしにな
るのです。放送用に使えるのですね。
この時のJATPのメンバーは先ずオスカー・ピター
ソントリオ(ピータソン(p)レイ・ブラウン(b)バニ
ー・ケッセル(g))、ジーン・クルーパートリオ(ジー
ン・クルーパー(ds)ウイリー・スミス(as)ハンク・
ジョーンズp))等々。他にロイ・エルドリッチ(tp)
チャーリー・シェーバース(tp)ベニー・カーター
(as)レスター・ヤング(ts)フロッピ・フロップ(ts)
バディー・リッチ(ds)等々そうそうたるメンバー
です。グランツの主幹したJATPも含めて彼の
下で演奏しなかった重要プレイヤーは若くして
この世を去ったチュー・ベリー(TS)チャーリー・
クリスチャン(G)ぐらいじゃないかな。

こうして私は本格的なjazzへと流れていったの
です写真の撮影が下手糞で大変見辛いでしょうが御免
なさい。
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at 13:20
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