1920年代後半からのJAZZ
JAZZの歴史に於いて1920年代後半から1930に年代に至る頃が、一番私の好きなところです。
1920年に制定された禁酒法はJAZZをおおいに発
展させることになるのです。この頃の事については話
は付きません。
スピーク・イージーと呼ばれるモグリ酒場が繁盛し、そ
こではJAZZが必要不可欠なエンタティンメントとなっ
ていたからです。

モグリ酒場と言えばやはり、ギャング、土地の顔役の登場となるわけです。映画ベニー・グッドマンや
欲情の悪魔(1955年度策 Love Me Or Leave Me
ドリス・ディ ジェームス・キャグニー)、それに無人
の砂漠のど真ん中に最初のカジノホテル”フラミンゴ
”を建設しその後の一大歓楽街ラスベガスの発祥
となしたベンジャミン・シーゲル通称バグジーの伝
記映画BUGSY(1991年度作品)そしてギャング
とJAZZ MANの付き合いの極めつけはビリー・ワ
ィルダー監督、ジャック・レモン、トニーカーチス、マ
リリン・モンローのお熱いのがお好き(1959年度
作品 Some Like It Hot)ではないだろうか。
この映画の内容は皆さん御存知でしょうが、当時
の大親分のアル・カポネが関係したと云われる19
29年2月14日に起こった聖バレンタィンデー大虐
殺を目撃してしまったJAZZ MAN2人がギャン
グ団に追いかけられ、しかも当時流行していた女
ジャズ・バンドに女装して潜り込んで逃げ回ると
いう喜劇の傑作でした。

この様にこの時代は、ギャングとJAZZとは切っても切れない関係でした。
1922年ニューヨークハーレム地区にコットン・ク
ラブという名前の高級クラブが出来、そこで演奏
する黒人のジャズを聴くために、白人たちが連
夜集まるようになりました。経営者はギャング
として名の知れたオウニー・マドゥン(1891−
1964)である。クラブのスタッフと演奏者は全
て黒人(アフリカ系アメリカ人)であり、客は全
て白人でありました。最盛期に客となった名
士の中には、喜劇俳優のジミー・デュランテ女
優のメイ・ウェスト、ジョージ・ガーシュウイン
アル・ジョルソン、アーヴィグ・バーリン,ジミー・
ウォカー(ニューヨーク市長)等が居たそうな
当時の様子は1985年に公開されたフランシ
ス・コッポラ監督の映画コットン・クラブに詳し
く描かれています。音楽はジョン・バリーが担
当し、リチャード・ギアやダイアン・レインが出
演しています。(実は私まだ良く観ていないの
です)
1927年、デューク・エリントンのバンドがここ
の専属バンドとなりますが、実はクラブ側は最
初キング・オリバーに声を掛けたのですが、ギ
ャラの折り合いがつかずエリントンがハウス・バ
ンドに収まったと云う話です。しかしその後エリン
トン・バンドはご存知のように大成功をおさめる
ことになるのです。

ここでモグリ酒場の気分でJAZZ等を楽しんでみますか JAZZ
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at 15:10
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