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JAZZが御飯より大好きと言われる方々お集まり下さい。JAZZを媒体に大いに語り合いましょう。

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jazz談義(24) [2008年05月25日(日) ]
前回お話したデューク・エリントン・バンドは1927
 年から1931年までコットン・クラブの専属バンドに
 なりました。おかげで彼は一ヶ所にじっくり腰を据え
 てダンス・ミュージックや自分自身の納得する色々
 な音楽を作曲してレパートリーを広げましたが、当時
 の他のバンドの多くはツアーで各地を演奏いて回る
 のが常でした。又、クラブの演奏がラジオ放送され
 たおかげでエリントンの名は全米に知れ渡りました。
 エリントンはこの期間に100曲以上もの自作曲を
 レコード化し、その後50年近く続く事になるグルー
 プを築き上たのです。

さて、1920年代の終わり頃からミズーリ州のカン
 ザス・シティでジャズが大流行します。カンザス・シ
 ティもシカゴ同様に、トム・ペンダーガストという顔
 役が数百軒のスピーク・イージーを仕切っていた
 というよりも、街全体を牛耳っていた様です。 
 おかげでカンザス・シティのナイトクラブやキャバ
 レーでは酒も大っぴらに飲めたばかりではなく、
 ジャズも隠れてコソコソ演奏する必要がなく、大音
 量で演奏できたといいますから、その勢いはシカ
 ゴ以上だったと云われています。

この頃の様子は映画カンサス・シティ(1995年
 度製作 ロバート・アルトマン監督)に詳しく描かれ
 ています。この映画は1934年頃のカンサス・シテ
 ィに実在したヘイ・ヘイ・クラブと云う所を舞
 台にした一組の男女とギャング達との間に起き
 た犯罪で沸き立つ混沌とする街で暮らす人々の
 熱くスリリングな生き様を、ジャズのビートにのせ
 て展開していきます。
 ジャズの好きな人にとっては、面白い映画です。
 なにしろこのクラブは朝、昼、晩を問わず色々な 
 ジャズメンが集まって来てはジャム・セションが
 始まるのです。
 ヘイ・ヘイ・クラブには、まだ少年だったチャーリ
 ー・パーカーが出入りしたり、当時のスター達(レ
 スターヤング、コールマン・ホーキンス、ベン・ウ
 ェブスター、ジョー・ジョーンズやモダン・ジャズ・
 ピアノの祖冶者と言われるメリー・ルー・ウィリア
 ムズ)の演奏が、現代最高のジャズ・メン達が
 その役になって熱演されています。機会があり
 ましたらご覧になってみてください。

カンザス・シティのスターは何と云ってもカウ
 ント・ベシーでしょう。勿論この映画でも扱われ
 ています。
 1904年8月21日ニュージャージー州レッドバ
 ンクに生まれ、母親から教わったピアノの腕を
 生かして、20歳の頃からブルース歌手の伴奏
 とソロ演奏を主にプロ活動をします。 
 その後、1929年に加わったベニー・モートン 
 バンドで、リーダーのモートンが1935年に亡
 くなると、自らがバンドリーダーとなってjジャズ
 ・オーケストラを結成、この頃から本名のウィリ
 ム・ベイシーから愛称のカウント・ベイシーを使
 うようになったのです。
 
この様にしてスィング・ジャズの基礎が出来
 上がりました。
 カウント・ベーシー

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JAZZ談義(23) [2008年05月16日(金) ]
     1920年代後半からのJAZZ

JAZZの歴史に於いて1920年代後半から1930
 に年代に至る頃が、一番私の好きなところです。
 1920年に制定された禁酒法はJAZZをおおいに発
 展させることになるのです。この頃の事については話
 は付きません。
 スピーク・イージーと呼ばれるモグリ酒場が繁盛し、そ
 こではJAZZが必要不可欠なエンタティンメントとなっ
 ていたからです。

モグリ酒場と言えばやはり、ギャング、土地の顔役
 の登場となるわけです。映画ベニー・グッドマン
 欲情の悪魔(1955年度策 Love Me Or Leave Me
 ドリス・ディ ジェームス・キャグニー)、それに無人
 の砂漠のど真ん中に最初のカジノホテル”フラミンゴ
 ”を建設しその後の一大歓楽街ラスベガスの発祥
 となしたベンジャミン・シーゲル通称バグジーの伝
 記映画BUGSY(1991年度作品)そしてギャング
 とJAZZ MANの付き合いの極めつけはビリー・ワ
 ィルダー監督、ジャック・レモン、トニーカーチス、マ
 リリン・モンローのお熱いのがお好き(1959年度
 作品 Some Like It Hot)ではないだろうか。
  この映画の内容は皆さん御存知でしょうが、当時
 の大親分のアル・カポネが関係したと云われる19
 29年2月14日に起こった聖バレンタィンデー大虐
 殺
を目撃してしまったJAZZ MAN2人がギャン
 グ団に追いかけられ、しかも当時流行していた女
 ジャズ・バンドに女装して潜り込んで逃げ回ると
 いう喜劇の傑作でした。

この様にこの時代は、ギャングとJAZZとは切っ
 ても切れない関係でした。
 1922年ニューヨークハーレム地区にコットン・ク
 ラブという名前の高級クラブが出来、そこで演奏
 する黒人のジャズを聴くために、白人たちが連
 夜集まるようになりました。経営者はギャング
 として名の知れたオウニー・マドゥン(1891−
 1964)である。クラブのスタッフと演奏者は全
 て黒人(アフリカ系アメリカ人)であり、客は全
 て白人でありました。最盛期に客となった名
 士の中には、喜劇俳優のジミー・デュランテ女
 優のメイ・ウェスト、ジョージ・ガーシュウイン
 アル・ジョルソン、アーヴィグ・バーリン,ジミー・
 ウォカー(ニューヨーク市長)等が居たそうな
 当時の様子は1985年に公開されたフランシ
 ス・コッポラ監督の映画コットン・クラブに詳し
 く描かれています。音楽はジョン・バリーが担
 当し、リチャード・ギアやダイアン・レインが出
 演しています。(実は私まだ良く観ていないの
 です)
 1927年、デューク・エリントンのバンドがここ
 の専属バンドとなりますが、実はクラブ側は最
 初キング・オリバーに声を掛けたのですが、ギ
 ャラの折り合いがつかずエリントンがハウス・バ
 ンドに収まったと云う話です。しかしその後エリン
 トン・バンドはご存知のように大成功をおさめる
 ことになるのです。

ここでモグリ酒場の気分でJAZZ等を楽しんで
 みますか     JAZZ

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