よかとこ会のメンバー 花遊便さんとなっちゃんは何故か、『姥』という字がお気に入りで、姥ざかり、姥ときめき、姥勝手 田辺聖子著の読後感のブログUPがある。
私は何が苦手と言って、この読後感想文くらい苦手なものはない。
花遊便さんとなっちゃんに取って、未知の70代はまだはるか彼方20数年後のことであるが1939生まれの私にとってはもう70代はすぐ目の前であり、もうだいぶ姥っているわけであり、この本を読んでうらやましい、私もあんなおばあちゃんになりたい願望はないというか、そんな生き方は『あたりまえやろ』と思うわけである。
何が悲しくって、もう良い中年の息子達に気兼ねして、暮さんといけんという思いもある。
若い時はそれでも、年老いたら息子達と一緒の暮らしの思いもあって、息子の住む家に老後住まいの二部屋を増築した。
おかげで息子の家はお庭のない家になっている。
まあ!息子達に気兼ねして暮したくないと言っても、無視されたくもないが本音であるが、「何で忙しいのに、電話して来るのよ」「この頃電話もしてこんね、貴方達、母さんに携帯もたせて、安心してるかも知れないけど、ワンタッチを押す暇もなくあの世に行ってるかも」と嫌がらせを言ってるのは「はい!私のことです」
好きなように一寸だけ働いて、(週3日の経理事務員)、好きなお花を撮って歩いて、ドライブに行って、ジパング倶楽部の会員になって、旅を楽しんだり、メールをしたり、このようにブログを楽しんでいる。ネットで世界を旅して自由だよね。
本は図書館で一回に十冊貸してくれるし、読みたい本はネット注文、二、三日したら近くのコンビニで手にする事が出来る。
友達も多くって、よく遊びに来る。カレーパーテイになることもあるし、時には「遅くなったね、泊まっていく?」もよくある。
あんまり、バアバをしないで、自由気ままに遊んでいたら、生まれて5ケ月の孫に人見知りされて、泣かれてしまった。 一寸参ったねもありますね。
それに、自分で掃除しなけりゃ、部屋は散らかりっぱなしの、汚れっぱなし、ご飯も自分で炊かないと目の前にひとりでに出てくるわけはない。寂しい時だって、全くないわけではないが、そこは良くしたもので、今時は一人暮らしの友達も多い。電話で、しゃべりまくっている。
なっちゃん、 花遊便さん 姥ってくるのも楽しいよ。
私は何が苦手と言って、この読後感想文くらい苦手なものはない。
花遊便さんとなっちゃんに取って、未知の70代はまだはるか彼方20数年後のことであるが1939生まれの私にとってはもう70代はすぐ目の前であり、もうだいぶ姥っているわけであり、この本を読んでうらやましい、私もあんなおばあちゃんになりたい願望はないというか、そんな生き方は『あたりまえやろ』と思うわけである。
何が悲しくって、もう良い中年の息子達に気兼ねして、暮さんといけんという思いもある。
若い時はそれでも、年老いたら息子達と一緒の暮らしの思いもあって、息子の住む家に老後住まいの二部屋を増築した。
おかげで息子の家はお庭のない家になっている。
まあ!息子達に気兼ねして暮したくないと言っても、無視されたくもないが本音であるが、「何で忙しいのに、電話して来るのよ」「この頃電話もしてこんね、貴方達、母さんに携帯もたせて、安心してるかも知れないけど、ワンタッチを押す暇もなくあの世に行ってるかも」と嫌がらせを言ってるのは「はい!私のことです」
好きなように一寸だけ働いて、(週3日の経理事務員)、好きなお花を撮って歩いて、ドライブに行って、ジパング倶楽部の会員になって、旅を楽しんだり、メールをしたり、このようにブログを楽しんでいる。ネットで世界を旅して自由だよね。
本は図書館で一回に十冊貸してくれるし、読みたい本はネット注文、二、三日したら近くのコンビニで手にする事が出来る。
友達も多くって、よく遊びに来る。カレーパーテイになることもあるし、時には「遅くなったね、泊まっていく?」もよくある。
あんまり、バアバをしないで、自由気ままに遊んでいたら、生まれて5ケ月の孫に人見知りされて、泣かれてしまった。 一寸参ったねもありますね。
それに、自分で掃除しなけりゃ、部屋は散らかりっぱなしの、汚れっぱなし、ご飯も自分で炊かないと目の前にひとりでに出てくるわけはない。寂しい時だって、全くないわけではないが、そこは良くしたもので、今時は一人暮らしの友達も多い。電話で、しゃべりまくっている。
なっちゃん、 花遊便さん 姥ってくるのも楽しいよ。
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