太田裕美「木綿のハンカチーフ」【2008年08月29日(金) 】
太田裕美「木綿のハンカチーフ」
昭和50年12月発売。
意外にも平成16年までの30年間弱、CMとして流れることはなかった。
にもかかわらず、多くの人の耳と脳裏に刻み込まれ、スタンダードナンバーとして確固たる地位を築いているのは、松本隆、筒見京平という随一の作詞・作曲コンビの作品に、太田裕美という類まれなる印象的な歌い手が息吹を吹き込んだからであろう。
現在でも太田は、本アルバムで2作品が収録されている伊勢正三らと全国でライブを実施するなど精力的に活動している。
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かぐや姫「あの人の手紙」【2008年08月28日(木) 】
かぐや姫「あの人の手紙」
昭和47年4月発売のアルバム『はじめまして』に収録されている「あの人の手紙」は、一般的な彼らのイメージとは異なる辛辣な反戦ソングである。
とはいえ、「別れ」「恋」で反戦を表現する手法は、「なごり雪」「22才の別れ」「置手紙」等、別れの恋の名曲を生み出してきた伊勢正三の真骨頂だといえるのかもしれない。
本楽曲は、その彼の歌詞とハイテンポなギターストロークが印象的な南こうせつの曲によって構成されている。
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八神純子「パープルタウン〜You Oughta Know By Now〜」【2008年08月26日(火) 】
八神純子「パープルタウン〜You Oughta Know By Now〜」
昭和55年7月発売。
大ヒットとなり、その年の紅白に初出場を果たした。
デビュー前からYAMAHAのポプコンや国際音楽祭などで評価を得ていた彼女は、昭和53年に「みずいろの雨」でブレイク。
その圧倒的な歌唱力とそれまでに類例の少ない斬新な楽曲の魅力で人気を博していた。
昭和55年の4月にアメリカへ旅立ち、約2ヶ月弱のホームステイを経て、帰国後すぐにリリースしたのが本作品である。
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青い三角定規「太陽がくれた季節」【2008年08月25日(月) 】
青い三角定規「太陽がくれた季節」
昭和47年2月発売。
ドラマ『飛び出せ!青春』の主題歌として親しまれた。
ミリオンセラーとなり、郵便貯金ホールで記念リサイタルを開催。
同年、『日本レコード大賞』新人賞を受賞し紅白にも出場したが、メンバーの方向性の相違により翌年10月には惜しまれつつも解散した。
その後はそれぞれの活動等が続いたが、平成20年に二人のメンバー(西口久美子、岩久茂)で再開し、ライブ等を実施している。
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ピンク・ピクルス「あなたの手紙」【2008年08月22日(金) 】
ピンク・ピクルス「あなたの手紙」
昭和47年1月シングル発売。
東京オリンピックのマラソンランナー円谷幸吉選手のことを唄い話題になった「一人の道」のカップリング曲である。
ちょうどこの当時、ピンク・ピクルスのみならず、シモンズやチューインガム等、関西の乙女デュオによるフォークが次々と登場した。
ピンク・ピクルスは同年解散。
メンバーの一人である茶木みやこはソローアーティストとして、平成20年現在もライブにツアーに精力的に活動を続けている。
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由紀さおり「手紙」【2008年08月21日(木) 】
由紀さおり「手紙」
昭和45年7月発売。
瞬く間に大ヒットし、レコード大賞歌唱賞を受賞。
昭和44年に発売した「夜明けのスキャット」がミリオンセラーとなり世にスキャットブームを巻き起こした。
この曲はその第二作目だが、この曲で歌手の座を不動のものとした。
その後も歌手活動に於いて数々のヒットを飛ばすかたわら、昭和58年、映画「家族ゲーム」で毎日映画コンクール助演女優賞を受賞するなど女優としてもその実力を発揮。
姉、安田祥子との童謡コンサートは公演回数2000回を記録、現在22年目の全国ツアー中である。(2008年7月現在)
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森山良子「この広い野原いっぱい」【2008年08月20日(水) 】
森山良子「この広い野原いっぱい」
昭和42年2月にデビュー曲として発売。
「涙そうそう」でレコード大賞特別賞を受賞する等、作詞の素晴らしさで知られる彼女だが、「この広い野原いっぱい」は自らの作曲であり、10代にして作曲の才能、センスも非凡であったことがうかがえる。
両親共にジャズミュージシャンであり、かまやつひろしが従兄という環境であった。
21世紀に入ってからも国内外で息子の直太朗に負けず劣らずの精力的な活動を続けている。
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さだまさし「案山子」【2008年08月19日(火) 】
さだまさし「案山子」
昭和52年11月にリリースされた曲だが、本アルバムの音源は後にさだ本人がセルフカバーしたものである。
昭和48年にフォークデュオ・グレープの一人としてデビュー。
翌年には「精霊流し」がオリコン2位になるなど人気絶頂を迎えるが、昭和51年に解散し同年にソロデビュー。
翌年には「雨やどり(B面は「絵はがき坂」)がオリコン1位になり、再びスターダムへ上りつめた。
本アルバムのジャケットのイラストを描いた画家・原田泰治氏との親交が深い。
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因幡晃「わかって下さい」【2008年08月18日(月) 】
因幡晃「わかって下さい」
昭和51年2月発売。
因幡晃は鉱山技師として就職したが、ある日、仕事中の鼻歌からメロディと言葉を生み出した。
そんなきっかけから誕生した「わかって下さい」だが、別れた恋人の気持ちを女言葉で綴ったその歌詞に込められた想いは深い。
YAMAHAのポプコンにて最優秀曲賞を受賞。
世界歌謡祭でも入賞して、翌年デビュー。
いきなり65万枚の大ヒットとなった。
現在もラジオ番組のパーソナリティや全国でのコンサートなど精力的に活動している。
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アリス「秋止符」【2008年08月17日(日) 】
アリス「秋止符」
昭和54年12月発売された「秋止符」(しゅうしふ)は、同年から放送された『3年B組金八先生』の中で挿入歌として使用された。
オリコンチャート最高4位。
昭和46年に結成、40年代後半はヒットに恵まれず苦労していたアリスだが、「今はもうだれも」「冬の稲妻」「チャンピオン」等々、50年代前半に大ヒットを連発して一時代を築き、「秋止符」も昭和55年のロングセラーとなった。
しかし、その翌年、それぞれのソロ志向によって活動を休止した。
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at 18:45
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