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風邪は去ったが・・・ [2008年11月21日(金) ]
やっと風邪から抜け出しつつある。
今回は完全に気管をやられたらしく、喉元に押し寄せる咳の嵐に見舞われた。初めての経験だ。
熱はなく食欲もあたり前にあるが、次から次にこみ上げる咳とそれにまつわり付いてくる痰は、時には気管を塞いでしまい、やばい状況に何度か遭った。
特に布団に入った後にそれは来た。喉のあたりが咳を一つ要求するようなので、軽くゴホンとしてしまうと、あとは波状にとめどなく出続けるのだ。
子供の頃、気管支喘息に悩む兄と同じ部屋に寝ていた。発作のたびに背を丸め、枕を抱えてゼーゼーヒューヒューと音をたて、例えようのない苦しむ姿を何度も見た。気管支拡張薬の吸人などで症状は治まるが、まともに呼吸できない姿は正視できなかった。ぼくも多分、それに似たものに違いなかろうと、咳込むほどに思ったものだ。
たかが風邪ではないか。ナニクソと、この段階でも馬鹿にしていた。なめてかかっていた。昼間はなんともない。普段と同じように外出し、酒を飲み、撮るために空っ風に身を晒してきた。病院には渋々一度行ったきりで、あとは市販の薬でごまかしてきた。その結果である。
昨日から咳は止まり、9時就寝6時起床の9時間熟睡である。自分でもびっくりした。それまでの疲れがあったのだろう。病気の仲間なのか遠い親戚なのか、入口には違いないが、「風邪」の立場は微妙だ。ぼくは完全に馬鹿にしているが、多くの人は敏感に反応している。

そういえば、メディアあたりが極度に注目いしている事件が起きた。現在進行形といってもいい。
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TITLE:元次官宅襲撃 - 毎日jp(毎日新聞)
DATE:2008/11/20 15:54
URL:http://mainichi.jp/select/jiken/20081119/

厚労省の次官経験者というところがポイントらしい。忌むべき殺人傷害事件だが、官公庁の対策速度たるや類をみない素早さである。2件とも『元役人』、それも旧厚生省の年金担当だったところがキーだが、まだなんとも言えない。ただ関係者のガード、金属探知などの手当ては万全のようだ。
公的な恨みとなると、それは果てしない。でたらめな年金管理や偽造横領はまだまだ深く広く、老後の生活をめちゃくちゃにされた被害者の無念は今も続いている。持っていきようのない怒りが渦巻いているのは間違いない。公的機関は仲間内を守るのではなく、国民にサービスする視点を持つことが出来ればと思うのだが、望み薄なのが現実だ。犯人逮捕で動機がはっきりしないと私怨か公憤か分からないが、いま日本で蔓延している類似(ものまね)事件に進まないかと心配だ。
人の気持ちを察するウィルスがはびこればと思った途端にくしゃみが出た。

Posted at 16:28 | 日記 | この記事のURL
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風邪っぴき [2008年11月14日(金) ]
風邪をひいて1週間になる。
くしゃみから始まって、咳がひどくなり、喉を痛め、鼻水が多量に出て、痰が喉に絡む。熱はないし食欲はあるので、ちょっとナメていたところ長引いているというわけだ。おとなしく寝ていられるタイプではないので、良くなったと自己判断して出かけてはまたブリ返すいい加減さでは当然の帰結?なのだ。
特に咳がひどく、カミさんにうつるといけないので、久しぶりに寝る場所を別々にしている。
咳が出過ぎて、腹筋が痛む。少しは凹んだんじゃないかと変な期待を持つほどだ。それにしても奇妙な咳である。
普通はゴホンゴホンと出して、息を吸い込む時は特に音はないが、今回は面白いビブラートのかかった例えようのない音がする。ハーモニカと同じように、吐く時も吸うときも音が伴うのだ。加えて痰の絡みがひどい。昼間はおとなしくしているが、寝る頃やひと寝入りした時に暴れだすクセの悪い奴で、自分でもびっくりするほどの騒々しさだ。これではいくら離れてもカミさんもおちおち眠られまい。
先日、カミさんがヤアヤア言うので、渋々ながら病院へ行った。いつもの薬を受け取るだけだったが、事のついでにと診察を受けてみた。口をあけて舌を出し「あー」と言えとか首周りの触診、症状の問診などを済ませた。一番気がかりだった注射は避けることが出来、ホッとした。風邪の注射ほど痛いばかりで効かないものはない。皮下注射は痛いから嫌いだ。久しぶりに咳止めの水薬をもらっって、容器を見ていると子供のころを思い出す。
今回はいろいろと試してみた。先ずは生姜湯で、確かに喉がすっきりするがそれだけだ。大根に蜂蜜の湯は臭い。市販のパブロンもいまいちだ。やはりコンタックが良さそうだ。
明日は県立大学の人間社会学部にある公共社会学科主催の催しものに参加を決めているので、少しでも良くなっておかなくてはと、今日一日は寝ていることにした。それに、月末の小旅行もある。カミさんをがっかりさせる訳にはいかないので、風呂も我慢して節制しようと思いつつ、ビールを飲むのであった。

Posted at 12:29 | 日記 | この記事のURL
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元気のうねり=炭坑節 [2008年11月09日(日) ]



先週の土・日に、3回目になる炭坑節祭があった。

【正調炭坑節の発祥地・田川を発信する「第3回TAGAWAコールマイン・フェスティバル(炭坑節まつり)」が1日、田川市伊田の同市石炭記念公園で開幕した。今年は、イベントの中で旧三井田川鉱業所伊田坑第1・第2煙突(通称2本煙突)の建造100周年記念式典を開催。駐福岡中国総領事館総領事と駐福岡韓国総領事館領事も出席し、関係者約20人が大勢の市民とともに祝った。
 式典には、田川地域の首長のほか、中国は武樹民(ウシュミン)総領事、韓国は総領事代理の金元坤(キムオンゴン)領事が出席。伊藤信勝市長が「(2本煙突が)近代工業化の過程を明確に示す産業遺産として無二の存在になることを願う」と述べた。
 さらに、金領事が「過去の歴史を踏まえて、(田川市との)緊密な関係を築き、交流したい」とあいさつし、武総領事も「中国も石炭の産地。田川市の(採炭の)経験を勉強すべきだ」と強調。約1年間かけて修復された“100歳”の2本煙突を祝った。
 コールマインフェスタはこの日、アトラクション中心にイベントを展開。出店も多く並び、家族連れでにぎわった。2日は、市民ら2000人規模での「炭坑節総踊り」などがあり、旧産炭地・田川を全国にPR】2008/11/02付 西日本新聞朝刊
三井田川鉱業所伊田竪坑櫓と第一・第二煙突(二本煙突)を含む九州・山口の近代化産業遺産群が世界遺産暫定リストに追加されました。また、伊田竪坑櫓と二本煙突が国登録有形文化財に登録されたと知った。

あいにくの曇天だったが、およそ2000人を越える参加者でにぎわった。総踊りを俯瞰する場所がなかなか見つからず、電線や木立を避けてやっと撮れた。三脚なしにポイントをアップで撮る難しさがあったが、地元発信の情報誌を立ち上げた女性やベテランのカメラマンと知り合うことが出来た。こういう意外な楽しみがあるから面白い。

数日後、福岡県立大学内に事務所がある「世界遺産をめざす田川再生事業事務局」が地元再発見のバスハイクを企画したことを知り、さっそく参加を決めた。
ギリシャなどのように、歴史的遺跡を観光資源にして生きる糧としている姿勢に疑問を感じていた。確かに偉大な文化の守護は不可欠だが、それがメシの種として定着してしまうと依存度が増し、生産意欲が減ってしまう。訪れたとき、バランスの取り方が難しいと強く思った。
平行して新たな文化を目指したプラス指向がすすめば、その国や地域はもっと生き生きしてくる。筑豊も同じだ。企画の中に、地域住民のまちづくり、農業体験、新ブランド栽培、就労開発国家プロジェクトなどが含まれており、活動団体もそのへんは心得ていそうだ。土曜日に確認し意見発表するつもりだ。主張の骨子は「ソフト面での充実」で、全国に向けての発信は公募などで足がかりをつくるというものだ。今までの経験で、小さな自治体もかなり知らしめることが出来る。なんとか元気のうねりを生み出したいものだ。
かなり歩くようなので、その辺が心配だが、昼食にシシ鍋(猪)が出るということなので、それを目指して頑張ろうと思う。

Posted at 18:02 | 日記 | この記事のURL
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こどもの動き [2008年11月03日(月) ]


最近の子供を可愛いと思うことはあまりないが、行動を観察していると面白い。
彼らは彼らで世界を持っていることがよく分かる。それを少しでも侵されたと感じると、小学生でもガンを飛ばしたり「うざい」「関係ない」というセリフが出る。
子供への犯罪増加の警戒感から猜疑心も生まれ、親の注意も加わって、遊びにくい環境になり、のびのびした姿勢にどうしても自制がかかるのは、さみしいながら仕方のないことだろう。ぼく自身、こちらから近づくことが意識的に少なくなった。大人気ないといわれるなら、子供気ないのも事実といわざるを得ない。

昨日、地元の大規模な祭りがあった。かなりの人出である。その中で目にした子供たちの行動はぼくの子供のころとそう変わりはない。
まず、大人が危ないと思う場所に必ず行く。危ない行動をする。それを楽しむ。注意されても生返事。助け合う気持ちが自然に生まれる。家族から離れて自分たちの縄張りをつくり、それなりのルールが自然に出来る。いわずもがなの世界である。
写真の場所の外側にはロープが張られているが、意に介さない。急斜面で、ほぼ30度近いところを乗り越えてこの水場に来ている。大人たちとは隔たったところが彼らのテリトリーなのだ。
秋が深まった曇天の一日だった。





Posted at 12:34 | 日記 | この記事のURL
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連想ゲーム? [2008年10月29日(水) ]

          神殿跡
 

【ギリシャ正教の神父に禁固4年8月、妻の愛人の自動車に放火 国際ニュース : AFPBB News
DATE:2008/10/27 08:44
URL:http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2532318/3469498
こんな記事をAFP配信ニュースで見つけた。日本でも生臭坊主は珍しくないが、「へぇー、ギリシャでもか」とちょっとびっくりした。聖職者とはいえ、又はだからこそつい偏った目で見てしまう。それも戒律の厳しいカソリック系だ。またまた、だからこその事件かと思ってしまった。ギリシャ北のテッサロニキの峨々たる岩山と聖職者の奏でるグレゴリオ聖歌が思い出されるが、こんな痴話喧嘩のなれの果てのような事件がきっかけとは情けない話である。

だが、ギリシャへの想いが再燃したのは事実だ。引き出しをひっくり返して旅行の写真を引っ張り出してみた。もう何年も前の話で、それを振り返りながら眠ったせいか、今朝デルフィの夢を見てしまった。
ギリシャの小高い丘に建つアポロ神殿跡を再び訪れ、立ちすくんでいるのだ。そうそう恋々としていたわけではないので、何故夢に出てきたのか分からないが、夢というやつはそんなもので、生理はともかく理屈には関係ない。
しかし、どうも気になる。
ここはたしか神話では「大地のへそ」と呼ばれていたところで、この時代の人にとっては世界の中心だった。訪ねた時のメモによると、BC8世紀頃から、王侯、貴族や市民に至るまで、アポロンの神託を受けるために訪れる人が絶えなかったという。アポロンの神託はキリスト教が認められて神託が禁じられるまで1000年以上も続いた。
・その後聖域は荒廃し、土砂で埋もれてしまい、神殿が発掘されたのは、今から100年ほど前である。記録では、アポロン神殿は長さ60.3m、幅23.8mで正面6柱、側面15柱の計38本のドーリス式神殿で、柱の高さは12mあった。ここで「サラミスの海戦」や「ヘラクレスの12の難業」、「オイデプス王の悲劇」(オイデプスは「父を殺し母と交わる」との神託があった。
中心となるヘソは世界のどこにでもある。
例えば、オーストラリアのエアーズロックもヘソというか大地の出べそだ。
日本にも「ここがヘソだ」と主張するところがある。【1919年8月。加美町で行われた多可郡内の小学校数学教師研修会で講師の東京高等師範学校附属小(現筑波大附属小)の肥後盛熊教諭が,「西脇に日本の中心にあたる東経135度と北緯35度の交差点がある」と指摘。】とあるし、【1977年、市制25周年に市が「みなおそうふるさと運動」をテーマに、へそのシンボルマークの選定、へそグッズの開発とキャンペーン作戦を展開し、「日本のへそ」は市民の間にしっかり定着した。】らしい。
ぼくの悪いところは、話があっちこっちに飛んでしまうことで、とりとめのない無駄話に終わってしまうことが特に最近増えた。回路疲労というところか。性格かもしれないが、一貫性が保てない危うさがある。
その例が、「それでは白川郷へでも行こうか」と思いついたことであり、来月にでも出かけようと決めたことだ。脈絡のなさは時には意外性もあって面白いが、どうもいけない。


      たしかメテオラ。


      パルテノン神殿近くの神殿。


     背景は、アクロポリスの丘。

Posted at 08:24 | 日記 | この記事のURL
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運動会 [2008年10月21日(火) ]


ぼくが運動会に行く理由は、雰囲気が好きだからだ。昔からそうだった。
まともに走れない子供にとって、最初からカケッコはどうでもよかった。秋の晴れ渡った空と競技する場をぐるりと取り囲んでいる人たち、スピーカーから元気のいいマーチ音楽が大音響で流れ、それを切り裂く号砲音。声援と歓声がこれほど似合う場はない。
時折つむじ風で舞い上がる砂ほこりさへ楽しい現象の一つだった。

先日、地域の運動会へ行ってきた。参加者は去年より少し増えていたようだが、それでも総勢100人超すか超さないかだ。若い家族連れが増えていた。良い天気ながら遠出は止めて、たまには地元の行事に出て気晴らしもいいではないかということだろう。
競技は毎回決まっている。
全員でラジオ体操で体をほぐし、幼児の旗とりから始まった。飴食い競走、ボール受け、障害物、ボーリング、綱引きにカケッコあたりで10時半になる。子供や老人にも出来るように工夫しており、係りの人の苦労と頑張りが感じられた。この辺で帰ることにした。
ピーカンは気持ちがいい。枯れた桜の葉が地面を這っていく。見直す写真には懐かしさが浮き上がってくる。



Posted at 16:11 | 日記 | この記事のURL
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よく晴れた日に [2008年10月14日(火) ]


一か月経っただろうか、カミさんのバナナダイエットが終わりつつある。彼女はそう思っていないが、はたから見ていれば分かるものだ。朝食のバナナ2本と水というメニューは悪くないが、昼と夜の食事に何を食べてもいいという謳い文句が引っかかる。
ダイエット成功はバランスの賜物で、栄養が偏らず自分に合った適度の運動という条件を無視して、なるべく楽な方法を選んでいては正しいダイエットなど出来っこないのだ。カロリーを落とせば痩せはする。脂質も落ちるだろう。だが同時に筋肉も痩せ細り、体力そのものが落ちるということなのだ。
「言われたとおり、朝バナナしか食べていないから体重は減る」と、言われたから、テレビで森クミコが痩せたから、アサバナナをしていれば絶対に痩せるという願いが、どんなに空しいものなのか、なかなか認めようとしない。
後は何を食べてもいいと言っていたから、昼には唐揚げ、夜はラーメン。間食にクッキーやチョコ。特に意識した運動はしない。それでも「そう言っているんだから」と、自分に都合のいい解釈を繰り返して、たらふく食べている。朝の納豆やメカブ、味噌汁も食べなくなり、好きでもないバナナと’言われた効果’に願いを託している。考えもしない楽なやり方ほどたちの悪いものはないのだ。こうした気持の願いはちょっと哀しい。

この願いと異質なのが、神社に詣でたときの祈りである。10円玉をチャリンとさい銭箱に放り込み、鈴をジャラジャラと鳴らして、大方は2泊1礼の手軽いところから、ぼくは特に願いもなしについ手を合わせてしまう。なかには、朝早くきちんと2礼2拍1礼のあと、ながながとお願い事をされる人もいる。なにごとも真摯な姿は美しいものだ。元旦の人にまみれての行事としての詣でる姿とは違う。
クレタ島に行ったとき、ギリシャ正教の祠を道端で多く見かけた。お地蔵さんの感覚なのだろうか。きれいに手入れされ、地元の人が気軽に膝まづいて十字を切っていた。メテオラの本拠地とは別に生活の中に溶け込んでおり、願いや感謝をあらわしているのだろう。それと同じように、日本は本当に神社が多い。
昨日あまりに天気がいいので、車で30分ほどのところにある油木ダムへ行った。今回で3度目だが結構広いダム湖があり、のんびり出来るので気に入っている。
湖面に沿って、いつも車を止める所より10分先に行ってみた。そこで高木神社(福岡県田川郡添田町大字津野)を見つけた。境内は陽のあたらない方向らしく、苔むして鬱蒼としていた。本殿はかなりの階段を上らなければならず、足に不安があるので、残念ながらお参りできなかったが、全体にかなり広い。
狛犬はあたり前として、対の兎の像があった。神社の由来なども立札風に書き記してあったが、雰囲気に魅せられて読みもせず、いい加減な信心の心根がバレバレである。本来なら、足を引きずってでも階段を上がり、敬虔な気持ちで何事かを願うのが当然だが、苔だらけの像や杉木立の木漏れ日なぞに目がいってしまい、今頃になって不謹慎なと少々反省している。

添田町については、【添田町は福岡県の東南部に位置し、南部は北部九州の最高峰英彦山(1、200M)や鷹巣山(979M)を境に大分県日田市、中津市と接している。西部は釈迦岳(844M)、大日岳(829M)、戸谷岳(702M)などの山系をもって、朝倉郡東峰村および嘉麻市、田川郡川崎町と接している。
 東西13KM、南北16KMで総面積132.10平方KMと県下でも屈指の広大な面積であるが、森林率83%でその大半は南部を中心とした山間地帯、中部の山麓地帯によって占められている。北部平坦地は、町の経済、文化、行政、交通等の中心となり人口の70%が集中している。
 また年間の平均気温は12〜14度と低く、平均雨量は2,200〜2、600mmと県下最高の降雨量である。しかし、この自然条件が豊かな森林資源を育て、雄大な景観を持つ県下唯一の休養型観光地としての適地を作るとともに、山間地より流下する清流となって周辺市町村の農作物や飲料水を潤す貴重な水資源を生み出している。
 古代に大国主命が出雲から英彦山に移り住み、農耕に適していることから開拓を進め、山峡から流れる水が落ち合ったところを「落合」、田を増したところを「添田」と名付けられた】と、町役場に記してある。
また、修験者が多いことでも知られ、そのためかは分からないが、神社は50か所あると聞いた。

油木ダムは以前にもアップした。ちょうど渇水期で、もう少しで底が見えそうだったことを記憶しているが、今回は満々とした湖水の豊かさと静けさを撮ることが出来た。






Posted at 05:24 | 日記 | この記事のURL
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久しぶりの遠出? [2008年10月10日(金) ]


久しぶりの遠出?
天気が良かったので、年中行事の動物園訪問
を思い立った。
いつもなら渋るカミさんも来るという。
以前はどこにでもくっついてきたが、ここ2,3年は腰や膝が悪いと敬遠が多かった。本当は来週にイルカウォッチングを予定していたのだが、昨日になって「自信がないからやめる」と来た。長時間のバスには耐えられないらしい。そうだよな、来年には70になるんだもな。
家事はまだテキパキとうるさいほどこなしているが、遠出という骨休みに体力が付いて行かなくなっている。
そんな中で、久しぶりに小倉まで出かけることにした。到津(いとうづ)の森公園という北九州市立の動物園・遊園地である。
小倉からタクシーで向かった。バスでは停留場から中までかなり歩く。ネットで調べて、北ゲイトだと近いことが分かり、運転手にその旨を告げると、よく知らないが安心して乗っていてくれと心強い。この初老で小柄な運転手はとても味のある顔をしていた。俳優で故人の花沢徳衛に似て、白髪頭ながら頑固というか意地っ張りというか、無法松を彷彿とさせる生粋の小倉っ子と見た。
正面入り口に着いたが、再度「北ゲイト」と伝えると、1450円のメーターをすぐ止めて警備員らに場所を尋ねたりしながら、広大な公園の外周をほぼ一周した。やっと見つけたが、おそらく2000円は超えていたと思う。こちらが恐縮することかどうかは別として、無愛想ながら客の要求に応じ、地元のタクシードライバーとして場所を知らなかったことを恥としたのだろう。メーター以外の金額は頑として受け取らなかった。礼を言って下車するときにはホッとしたせいか、満面の笑顔で送ってくれた。カミさんともども久しぶりにいい気分になった。
外出すると気分の滅入ることが多いが、今回はしょっぱなから天気の秋空とともに清々しさを頂いた。

公園は幼稚園児の団体で大賑わいだった。
土曜日曜以外はこんな風景なのだろう。木曜日という中途半端なウィークデイは特に穴場でもある。若いカップルはほんのチラホラで、我々のようなジジババカップルも見かけたが、あとは走りわめく子供たちが占領していた。幸いにも昼食時間が近づいたので、多くは芝生広場に移動していった。
1998年に西鉄が運営していた到津遊園が経営悪化のため閉園し、市民の要望で2002年に北九州市が経営を引きついだという経緯がある。今でも楽ではないが、ボランティアなどの市民参加で続けることが出来ている。
郷土の森林、樹冠の世界、草原の世界などと少々大仰なタイトルの場所があるが、なんともこじんまりしたエリアで、名前負けもいいところだ。手が足りないのか予算がないのか収益が少ないのか、全般に手入れが行き届かず、フラミンゴの場では雑草が生え放題。子供汽車やメリーゴーランドでは係員が手持無沙汰で、座ったり雑談したりともったいないことである。有効な労力活用が見えてこない。枠にとらわれず、先ずはこうした職員を効率よく動かすことで、かなりの整備や管理が出来るのではないかと・・・。おいおい、なにをコンサルトしてるんだよ。
のんびり感だけは十分味わった。観覧車がゆったりと回り、子等ははしゃぎ、キリンも首がさらに伸びたようだ。秋が深くなりつつある中、木々の緑は良い背景になっている。だが、あまり面白くなかったので、2時間ほどで帰ることにした。
写真も成果がなかった。

カミさんの目的は昼飯だ。なるべく歩かずに済ませるには小倉駅内の飲食店だが、ちょうど手軽でまあまあのところがあった。ステーションホテル内の和食店だ。カミさんが肉は駄目、ニンニクは駄目、牛乳やバターは匂いも駄目とくると和食しかない。焼き肉などもっての外なのだ。ランチメニューで手頃な物を頼んだ。ぼくは「板長お勧めの云々」、彼女は松花堂弁当だ。互いに生ビールを飲んだ。彼女は平気な顔だが、酔ってもいないのにぼくは真っ赤になった。いよいよ肝臓の処理能力が衰えてきたらしい。これから1時間余電車に乗るのだが、それまでに色がさめないと車を運転できないので困っていた。
彼女がトイレに行くというのでホームで待っていたが、時間になっても来ない。一度座った席を立ってやきもきしたが来ない。仕方がないので発車寸前に降りて、なお待った。5分ほどしてやっと階段を下りてきた。
「いま出ちゃったよ」
「アラ、23分だからまだ5分あるじゃない」
「発車は15分」
「だってオトーサンが調べた時刻表では23分になってるじゃない」
一瞬言葉に詰まるが、
「電車ってもんはね、早めに来て待っておくものだよ。なにがあるともかぎらないからね」
「オトーサンがネットで調べたんでしょ」
やたらと”オトーサン”を連発しだすので黙ってしまう。
こんな行き違いは夫婦にとっては当たり前だが、最近はそれを楽しむところがある。特にあわただしくすることもないし、あと一時間待つのは嫌だが、かといって又下へ降りてウロウロするのも面倒だ。第一足がいうことを効かない。あくびを連発しながら、ホケーッとベンチでカメラをいじったり周りを観察する。
「顔色、よくなったかな」
「まだね」
というわけで、飲んでから3時間近く過ぎて地元の駅に着いたころには、すっかり素面の顔色になっていた。安全運転に輪をかけて帰宅することが出来た。カミさんの乗り遅れがなかったら余分にタクシーを使うところだったが、これが幸いというべきか否か。
またまた、なんとはない外出となった。


お尻合いの仲


哲人かやくざやさんか


孤高、なのかな?

Posted at 08:55 | 日記 | この記事のURL
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 [2008年10月05日(日) ]


今頃になると、そろそろ柿が八百屋の軒下に並ぶ。先週、今年初めて食べたが、やはりまだ甘味がなく、秋の色を味わっただけだ。
隣町の小さな神社に大きな柿の木がある。昨日行ってみたら今が盛りだが、渋柿なのか誰も採ろうとしないようで、根元に落ち柿がいっぱいだった。半分は腐れて変に甘い匂いを放ち、それに寄せられて銀蠅がブンブン羽音を立てながらたかっている。ぼくが動くたびにうるさいほどだった。蠅音など久しぶりで、これはこれで懐かしく、おかしな感傷を持ったものだ。
渋柿はよほど熟さないと甘くならず、これはこれで色々と複雑な事情があるらしい。
【柿の実には種がある。柿は自分の子孫を増やすため、その実を鳥や動物に食べさせ、中の種をばら撒いてもらうために実を甘くする。しかし、実の中の種が成長しないうちに食べられてしまっては元も子もないので、種が成熟するまでは、実を渋くし、種が成熟してくるとその種から分泌されてくる成分で甘くなるという方法を考えた】という話だ。
柿の色は好きな色の一つだ。カラーコードでは#F3704Bになっているが、成り立ての青っぽさからの変化でいえば、そう単純に決められまいと思う。あまりに熟しすぎると柿色まがいになって、好みから外れてしまうからだ。
岐阜に住んでいた伯母が毎年富有柿を送ってきた。数年前に亡くなったのでそれも途切れたが、発祥の地というだけあって、味も形も色も立派なものだった。あまりに立派で、旨くはあるが抵抗感もあった。やはり次郎柿あたりで遠慮なく喰らいつく方が性に合っている。ほかの種類で先が尖がった柿の風情も日本的でいい。
今は枯れ葉混じりながら、まだしっかり葉が茂っているが、枯れてくると異形の姿になる。枝の曲がり方に丸みがなく、棒グラフのようにガクンガクンと角度があるから、夜には上から覆いかぶさるお化けに見えるのだ。月夜で見ると、奇々怪々の雰囲気である。



   柿ひとつ 見すえて思う 色気かな


落ち葉が蜘蛛の糸でぶら下がり、風にユラユラ。

Posted at 05:27 | 日記 | この記事のURL
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どうもなにか・・・ [2008年09月30日(火) ]


ネットのラジオで音楽を聴きながらキーを打つことが多くなった。
よく利用する局は古典音楽専門だが、バッハばかり流している。これはこれで落ち着くが、あまり気分の高まるものではない。
閉塞感というやつは、年代に関係なく押し寄せる。68年の間にも数えきれないほどだ。これにはイライラと怠け癖に、ほんの少しのおぼろげな期待感がこんがらがって、奇妙な味付けになっている。
イライラは日常という縄にぐるぐる巻きになっているところからきているようで、喰う寝る起きる生理から逃れられず、加えて逃げようとしない楽な束縛が怠け癖を正当化し、それをごまかす趣味という名の灯りが、遠く仄かにチラホラというところか。
老い人の記憶力は言葉を奪っていき、簡単な単語さへ思い出すのに四苦八苦で、顔は知っていても名前が出てこない現象が当たり前になってくる。感覚は多少残っているが、あらわす手段が次々に消えていく。水はあるが汲みだす手段を忘れては喉の渇きは癒やされまい。
そうなると、やけに昔のことを振りかえり、懐古しかないのかとほとほと嫌になるが、今のままでは突破口を見出すだけの能力もない。正直に現在を厳と見つめるにしても、その度胸がない。はみ出そうとすると、へばりついた経験則が解ったような言い訳を生み出す。余計なものがくっついたものだ。
いま曲がテレマンに変わった。相変わらず規則正しいが、少しは元気が出る。

生活は日常の断片(かけら)から成り立っている。積み重なって人生になるわけだが、それも年をとるに従って質や形が変わってきた。当然だが、ぼくはなかなか納得できない。これが果たして幸なのか不幸なのか分からない。そんな判断が出来るのかも分からない。
この断片というやつが曲者で、陽炎のように定まらないと思ったら西郷さんの銅像のように実在感を見せるのだ。
まるで生まれたての隠鬼(おに)のように消えたり現れたりで、それも大方のイメージ通り、うっとり見とれる代物ではない。角に鬼牙で鼻は大あぐらをかき、3メートルという大丈が赤になったり青になったり見定めがつかないと伝えられている。断片もそんな風に頭を駆け巡っている。
へぇー、ホフマンのオーボエ協奏曲が流れ出したが、音色がこうも味のあるものとは知らなかった。

昔風の蛇口を見つけた。
子供のころは’鉄管ビール’なんて言いながら、口を直接つけてゴクゴク水を飲み干した。使われなくなってかなり経っている。青い錆に覆われているところを見ると銅を含んでいるらしい。きっと水道管も外され水も出ない形骸のみだ。つい自分を見てしまう。



Posted at 11:41 | 日記 | この記事のURL
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