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連想ゲーム? [2008年10月29日(水) ]

          神殿跡
 

【ギリシャ正教の神父に禁固4年8月、妻の愛人の自動車に放火 国際ニュース : AFPBB News
DATE:2008/10/27 08:44
URL:http://www.afpbb.com/article/disaster-accidents-crime/crime/2532318/3469498
こんな記事をAFP配信ニュースで見つけた。日本でも生臭坊主は珍しくないが、「へぇー、ギリシャでもか」とちょっとびっくりした。聖職者とはいえ、又はだからこそつい偏った目で見てしまう。それも戒律の厳しいカソリック系だ。またまた、だからこその事件かと思ってしまった。ギリシャ北のテッサロニキの峨々たる岩山と聖職者の奏でるグレゴリオ聖歌が思い出されるが、こんな痴話喧嘩のなれの果てのような事件がきっかけとは情けない話である。

だが、ギリシャへの想いが再燃したのは事実だ。引き出しをひっくり返して旅行の写真を引っ張り出してみた。もう何年も前の話で、それを振り返りながら眠ったせいか、今朝デルフィの夢を見てしまった。
ギリシャの小高い丘に建つアポロ神殿跡を再び訪れ、立ちすくんでいるのだ。そうそう恋々としていたわけではないので、何故夢に出てきたのか分からないが、夢というやつはそんなもので、生理はともかく理屈には関係ない。
しかし、どうも気になる。
ここはたしか神話では「大地のへそ」と呼ばれていたところで、この時代の人にとっては世界の中心だった。訪ねた時のメモによると、BC8世紀頃から、王侯、貴族や市民に至るまで、アポロンの神託を受けるために訪れる人が絶えなかったという。アポロンの神託はキリスト教が認められて神託が禁じられるまで1000年以上も続いた。
・その後聖域は荒廃し、土砂で埋もれてしまい、神殿が発掘されたのは、今から100年ほど前である。記録では、アポロン神殿は長さ60.3m、幅23.8mで正面6柱、側面15柱の計38本のドーリス式神殿で、柱の高さは12mあった。ここで「サラミスの海戦」や「ヘラクレスの12の難業」、「オイデプス王の悲劇」(オイデプスは「父を殺し母と交わる」との神託があった。
中心となるヘソは世界のどこにでもある。
例えば、オーストラリアのエアーズロックもヘソというか大地の出べそだ。
日本にも「ここがヘソだ」と主張するところがある。【1919年8月。加美町で行われた多可郡内の小学校数学教師研修会で講師の東京高等師範学校附属小(現筑波大附属小)の肥後盛熊教諭が,「西脇に日本の中心にあたる東経135度と北緯35度の交差点がある」と指摘。】とあるし、【1977年、市制25周年に市が「みなおそうふるさと運動」をテーマに、へそのシンボルマークの選定、へそグッズの開発とキャンペーン作戦を展開し、「日本のへそ」は市民の間にしっかり定着した。】らしい。
ぼくの悪いところは、話があっちこっちに飛んでしまうことで、とりとめのない無駄話に終わってしまうことが特に最近増えた。回路疲労というところか。性格かもしれないが、一貫性が保てない危うさがある。
その例が、「それでは白川郷へでも行こうか」と思いついたことであり、来月にでも出かけようと決めたことだ。脈絡のなさは時には意外性もあって面白いが、どうもいけない。


      たしかメテオラ。


      パルテノン神殿近くの神殿。


     背景は、アクロポリスの丘。

Posted at 08:24 | 日記 | この記事のURL
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猫の場合 2 [2008年10月23日(木) ]


ナレーターが主人公の場合
ドラマを安心して観る
特に年老いて
落ち着いた語り口は
雰囲気もそうだが
ストーリーの展開に
いくた危機が訪れようと
主人公は決して死なないからだ
死んだあとは
穏やかな波の音が
曇り空にささやくだけだ

白い猫を見たとき
ぼくの筋書きが終わって
代わりに寝ているように見えた
やたら足元に絡まって
歩かせまいと
つまづかせようと
蛇のように
秋の日なたでまとわりついた
青い目は
確かにそれを伝えていた
だから
ぼくにはもう
ナレーターは居ない
気を許した芝居は
もうないのだろうと
ニャーと言いやがった


Posted at 19:16 | 写真 | この記事のURL
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運動会 [2008年10月21日(火) ]


ぼくが運動会に行く理由は、雰囲気が好きだからだ。昔からそうだった。
まともに走れない子供にとって、最初からカケッコはどうでもよかった。秋の晴れ渡った空と競技する場をぐるりと取り囲んでいる人たち、スピーカーから元気のいいマーチ音楽が大音響で流れ、それを切り裂く号砲音。声援と歓声がこれほど似合う場はない。
時折つむじ風で舞い上がる砂ほこりさへ楽しい現象の一つだった。

先日、地域の運動会へ行ってきた。参加者は去年より少し増えていたようだが、それでも総勢100人超すか超さないかだ。若い家族連れが増えていた。良い天気ながら遠出は止めて、たまには地元の行事に出て気晴らしもいいではないかということだろう。
競技は毎回決まっている。
全員でラジオ体操で体をほぐし、幼児の旗とりから始まった。飴食い競走、ボール受け、障害物、ボーリング、綱引きにカケッコあたりで10時半になる。子供や老人にも出来るように工夫しており、係りの人の苦労と頑張りが感じられた。この辺で帰ることにした。
ピーカンは気持ちがいい。枯れた桜の葉が地面を這っていく。見直す写真には懐かしさが浮き上がってくる。



Posted at 16:11 | 日記 | この記事のURL
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昭和の断片 [2008年10月18日(土) ]
人去って 日陰がある



だれがかぶって だれがのぼって つちかべこぼれる



洗濯日和に どこかへ行った



かっくらって かたすひまもない 晴れていた



端っこに座った がたごとと 




Posted at 12:45 | 写真 | この記事のURL
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猫の場合  [2008年10月15日(水) ]


                どうでもいい電話をしていると 
塀越しに猫が通って
カーテンが風になびいて
午後二時は退屈の時間になり
寝転がって
‘日本の放浪藝’を読んでいると
陽射しが足にあたって
足だけが暖かくなって
げっぷをしたら
コーヒーの匂いが戻ってきて
肘を突いて扉まで腹這いで行き
そっと開けて覗くと
また猫が通った
二階の物干場は古くて
高いところだけど
板が毛羽だって古いけど
木の温もりがあって
好きな場所なので
屋根だらけの景色も気にならず
流行りの演歌を口ずさむと
猫が下の屋根を歩いていた

相変わらず痛い脇腹で
永いので慣れてしまって
良いわけはないが
懐かしい友と居るようで
治まると会いたくなり
そんなものが多くなり
肩胛骨の下の痛みも増えて
少し気にしていると
猫がすり寄ってきた

おまえは誰だと訊いてみたが
目を細め尻尾を立てて
やけに細い声で
‘にゃー’しか言わず
かすれて
‘にゃに、にゃ・・・’
そうか
おまえは猫か
三毛の衣裳を着て
甘えで生きてきて
今さら名前なんて訊くな、か
自分と似ていると
失礼ながら思ってしまった

猫さんよ 
それにしても猫さんよ
いつの時代にも
身をくねらせて
猫撫で声で惜しげもなく
媚びというのだろうか
甘えを上手に生き方に溶かして
誰に倣ったのでもなかろうが
いい気なもんだよ
ぼくの記憶では
昭和の記憶では
三匹の付き合いがあった
みんな名前はミイだった
いつも布団にもぐり込んで
あたり前のように
腕枕を欲しがって

その後も
まわりのどこかで
まとわりついて
猫さんよ 
それにしても猫さんよ
もう本を読んでもいいかい






Posted at 17:58 | 写真 | この記事のURL
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よく晴れた日に [2008年10月14日(火) ]


一か月経っただろうか、カミさんのバナナダイエットが終わりつつある。彼女はそう思っていないが、はたから見ていれば分かるものだ。朝食のバナナ2本と水というメニューは悪くないが、昼と夜の食事に何を食べてもいいという謳い文句が引っかかる。
ダイエット成功はバランスの賜物で、栄養が偏らず自分に合った適度の運動という条件を無視して、なるべく楽な方法を選んでいては正しいダイエットなど出来っこないのだ。カロリーを落とせば痩せはする。脂質も落ちるだろう。だが同時に筋肉も痩せ細り、体力そのものが落ちるということなのだ。
「言われたとおり、朝バナナしか食べていないから体重は減る」と、言われたから、テレビで森クミコが痩せたから、アサバナナをしていれば絶対に痩せるという願いが、どんなに空しいものなのか、なかなか認めようとしない。
後は何を食べてもいいと言っていたから、昼には唐揚げ、夜はラーメン。間食にクッキーやチョコ。特に意識した運動はしない。それでも「そう言っているんだから」と、自分に都合のいい解釈を繰り返して、たらふく食べている。朝の納豆やメカブ、味噌汁も食べなくなり、好きでもないバナナと’言われた効果’に願いを託している。考えもしない楽なやり方ほどたちの悪いものはないのだ。こうした気持の願いはちょっと哀しい。

この願いと異質なのが、神社に詣でたときの祈りである。10円玉をチャリンとさい銭箱に放り込み、鈴をジャラジャラと鳴らして、大方は2泊1礼の手軽いところから、ぼくは特に願いもなしについ手を合わせてしまう。なかには、朝早くきちんと2礼2拍1礼のあと、ながながとお願い事をされる人もいる。なにごとも真摯な姿は美しいものだ。元旦の人にまみれての行事としての詣でる姿とは違う。
クレタ島に行ったとき、ギリシャ正教の祠を道端で多く見かけた。お地蔵さんの感覚なのだろうか。きれいに手入れされ、地元の人が気軽に膝まづいて十字を切っていた。メテオラの本拠地とは別に生活の中に溶け込んでおり、願いや感謝をあらわしているのだろう。それと同じように、日本は本当に神社が多い。
昨日あまりに天気がいいので、車で30分ほどのところにある油木ダムへ行った。今回で3度目だが結構広いダム湖があり、のんびり出来るので気に入っている。
湖面に沿って、いつも車を止める所より10分先に行ってみた。そこで高木神社(福岡県田川郡添田町大字津野)を見つけた。境内は陽のあたらない方向らしく、苔むして鬱蒼としていた。本殿はかなりの階段を上らなければならず、足に不安があるので、残念ながらお参りできなかったが、全体にかなり広い。
狛犬はあたり前として、対の兎の像があった。神社の由来なども立札風に書き記してあったが、雰囲気に魅せられて読みもせず、いい加減な信心の心根がバレバレである。本来なら、足を引きずってでも階段を上がり、敬虔な気持ちで何事かを願うのが当然だが、苔だらけの像や杉木立の木漏れ日なぞに目がいってしまい、今頃になって不謹慎なと少々反省している。

添田町については、【添田町は福岡県の東南部に位置し、南部は北部九州の最高峰英彦山(1、200M)や鷹巣山(979M)を境に大分県日田市、中津市と接している。西部は釈迦岳(844M)、大日岳(829M)、戸谷岳(702M)などの山系をもって、朝倉郡東峰村および嘉麻市、田川郡川崎町と接している。
 東西13KM、南北16KMで総面積132.10平方KMと県下でも屈指の広大な面積であるが、森林率83%でその大半は南部を中心とした山間地帯、中部の山麓地帯によって占められている。北部平坦地は、町の経済、文化、行政、交通等の中心となり人口の70%が集中している。
 また年間の平均気温は12〜14度と低く、平均雨量は2,200〜2、600mmと県下最高の降雨量である。しかし、この自然条件が豊かな森林資源を育て、雄大な景観を持つ県下唯一の休養型観光地としての適地を作るとともに、山間地より流下する清流となって周辺市町村の農作物や飲料水を潤す貴重な水資源を生み出している。
 古代に大国主命が出雲から英彦山に移り住み、農耕に適していることから開拓を進め、山峡から流れる水が落ち合ったところを「落合」、田を増したところを「添田」と名付けられた】と、町役場に記してある。
また、修験者が多いことでも知られ、そのためかは分からないが、神社は50か所あると聞いた。

油木ダムは以前にもアップした。ちょうど渇水期で、もう少しで底が見えそうだったことを記憶しているが、今回は満々とした湖水の豊かさと静けさを撮ることが出来た。






Posted at 05:24 | 日記 | この記事のURL
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久しぶりの遠出? [2008年10月10日(金) ]


久しぶりの遠出?
天気が良かったので、年中行事の動物園訪問
を思い立った。
いつもなら渋るカミさんも来るという。
以前はどこにでもくっついてきたが、ここ2,3年は腰や膝が悪いと敬遠が多かった。本当は来週にイルカウォッチングを予定していたのだが、昨日になって「自信がないからやめる」と来た。長時間のバスには耐えられないらしい。そうだよな、来年には70になるんだもな。
家事はまだテキパキとうるさいほどこなしているが、遠出という骨休みに体力が付いて行かなくなっている。
そんな中で、久しぶりに小倉まで出かけることにした。到津(いとうづ)の森公園という北九州市立の動物園・遊園地である。
小倉からタクシーで向かった。バスでは停留場から中までかなり歩く。ネットで調べて、北ゲイトだと近いことが分かり、運転手にその旨を告げると、よく知らないが安心して乗っていてくれと心強い。この初老で小柄な運転手はとても味のある顔をしていた。俳優で故人の花沢徳衛に似て、白髪頭ながら頑固というか意地っ張りというか、無法松を彷彿とさせる生粋の小倉っ子と見た。
正面入り口に着いたが、再度「北ゲイト」と伝えると、1450円のメーターをすぐ止めて警備員らに場所を尋ねたりしながら、広大な公園の外周をほぼ一周した。やっと見つけたが、おそらく2000円は超えていたと思う。こちらが恐縮することかどうかは別として、無愛想ながら客の要求に応じ、地元のタクシードライバーとして場所を知らなかったことを恥としたのだろう。メーター以外の金額は頑として受け取らなかった。礼を言って下車するときにはホッとしたせいか、満面の笑顔で送ってくれた。カミさんともども久しぶりにいい気分になった。
外出すると気分の滅入ることが多いが、今回はしょっぱなから天気の秋空とともに清々しさを頂いた。

公園は幼稚園児の団体で大賑わいだった。
土曜日曜以外はこんな風景なのだろう。木曜日という中途半端なウィークデイは特に穴場でもある。若いカップルはほんのチラホラで、我々のようなジジババカップルも見かけたが、あとは走りわめく子供たちが占領していた。幸いにも昼食時間が近づいたので、多くは芝生広場に移動していった。
1998年に西鉄が運営していた到津遊園が経営悪化のため閉園し、市民の要望で2002年に北九州市が経営を引きついだという経緯がある。今でも楽ではないが、ボランティアなどの市民参加で続けることが出来ている。
郷土の森林、樹冠の世界、草原の世界などと少々大仰なタイトルの場所があるが、なんともこじんまりしたエリアで、名前負けもいいところだ。手が足りないのか予算がないのか収益が少ないのか、全般に手入れが行き届かず、フラミンゴの場では雑草が生え放題。子供汽車やメリーゴーランドでは係員が手持無沙汰で、座ったり雑談したりともったいないことである。有効な労力活用が見えてこない。枠にとらわれず、先ずはこうした職員を効率よく動かすことで、かなりの整備や管理が出来るのではないかと・・・。おいおい、なにをコンサルトしてるんだよ。
のんびり感だけは十分味わった。観覧車がゆったりと回り、子等ははしゃぎ、キリンも首がさらに伸びたようだ。秋が深くなりつつある中、木々の緑は良い背景になっている。だが、あまり面白くなかったので、2時間ほどで帰ることにした。
写真も成果がなかった。

カミさんの目的は昼飯だ。なるべく歩かずに済ませるには小倉駅内の飲食店だが、ちょうど手軽でまあまあのところがあった。ステーションホテル内の和食店だ。カミさんが肉は駄目、ニンニクは駄目、牛乳やバターは匂いも駄目とくると和食しかない。焼き肉などもっての外なのだ。ランチメニューで手頃な物を頼んだ。ぼくは「板長お勧めの云々」、彼女は松花堂弁当だ。互いに生ビールを飲んだ。彼女は平気な顔だが、酔ってもいないのにぼくは真っ赤になった。いよいよ肝臓の処理能力が衰えてきたらしい。これから1時間余電車に乗るのだが、それまでに色がさめないと車を運転できないので困っていた。
彼女がトイレに行くというのでホームで待っていたが、時間になっても来ない。一度座った席を立ってやきもきしたが来ない。仕方がないので発車寸前に降りて、なお待った。5分ほどしてやっと階段を下りてきた。
「いま出ちゃったよ」
「アラ、23分だからまだ5分あるじゃない」
「発車は15分」
「だってオトーサンが調べた時刻表では23分になってるじゃない」
一瞬言葉に詰まるが、
「電車ってもんはね、早めに来て待っておくものだよ。なにがあるともかぎらないからね」
「オトーサンがネットで調べたんでしょ」
やたらと”オトーサン”を連発しだすので黙ってしまう。
こんな行き違いは夫婦にとっては当たり前だが、最近はそれを楽しむところがある。特にあわただしくすることもないし、あと一時間待つのは嫌だが、かといって又下へ降りてウロウロするのも面倒だ。第一足がいうことを効かない。あくびを連発しながら、ホケーッとベンチでカメラをいじったり周りを観察する。
「顔色、よくなったかな」
「まだね」
というわけで、飲んでから3時間近く過ぎて地元の駅に着いたころには、すっかり素面の顔色になっていた。安全運転に輪をかけて帰宅することが出来た。カミさんの乗り遅れがなかったら余分にタクシーを使うところだったが、これが幸いというべきか否か。
またまた、なんとはない外出となった。


お尻合いの仲


哲人かやくざやさんか


孤高、なのかな?

Posted at 08:55 | 日記 | この記事のURL
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 [2008年10月05日(日) ]


今頃になると、そろそろ柿が八百屋の軒下に並ぶ。先週、今年初めて食べたが、やはりまだ甘味がなく、秋の色を味わっただけだ。
隣町の小さな神社に大きな柿の木がある。昨日行ってみたら今が盛りだが、渋柿なのか誰も採ろうとしないようで、根元に落ち柿がいっぱいだった。半分は腐れて変に甘い匂いを放ち、それに寄せられて銀蠅がブンブン羽音を立てながらたかっている。ぼくが動くたびにうるさいほどだった。蠅音など久しぶりで、これはこれで懐かしく、おかしな感傷を持ったものだ。
渋柿はよほど熟さないと甘くならず、これはこれで色々と複雑な事情があるらしい。
【柿の実には種がある。柿は自分の子孫を増やすため、その実を鳥や動物に食べさせ、中の種をばら撒いてもらうために実を甘くする。しかし、実の中の種が成長しないうちに食べられてしまっては元も子もないので、種が成熟するまでは、実を渋くし、種が成熟してくるとその種から分泌されてくる成分で甘くなるという方法を考えた】という話だ。
柿の色は好きな色の一つだ。カラーコードでは#F3704Bになっているが、成り立ての青っぽさからの変化でいえば、そう単純に決められまいと思う。あまりに熟しすぎると柿色まがいになって、好みから外れてしまうからだ。
岐阜に住んでいた伯母が毎年富有柿を送ってきた。数年前に亡くなったのでそれも途切れたが、発祥の地というだけあって、味も形も色も立派なものだった。あまりに立派で、旨くはあるが抵抗感もあった。やはり次郎柿あたりで遠慮なく喰らいつく方が性に合っている。ほかの種類で先が尖がった柿の風情も日本的でいい。
今は枯れ葉混じりながら、まだしっかり葉が茂っているが、枯れてくると異形の姿になる。枝の曲がり方に丸みがなく、棒グラフのようにガクンガクンと角度があるから、夜には上から覆いかぶさるお化けに見えるのだ。月夜で見ると、奇々怪々の雰囲気である。



   柿ひとつ 見すえて思う 色気かな


落ち葉が蜘蛛の糸でぶら下がり、風にユラユラ。

Posted at 05:27 | 日記 | この記事のURL
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コスモスだらけ [2008年10月01日(水) ]






Posted at 17:31 | 写真 | この記事のURL
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