昨年3月に江戸曲独楽というものを始めて触ってから丁度一年経ち、文字通り血の滲むような(高回転している独楽を落として腕や指を傷つけた!)苦行を積んだお蔭で何とか人前で、刃渡りや末広(扇の上に独楽を乗せる芸)や糸渡り等といった曲独楽芸を披露出来るようになったのでござる。一年間でここまでなったのは、早いのか遅いのか手前では判断はつかぬが、「よくぞ出来るようになった!」と言ってくださる先輩もおり、とにかく途中でギブアップしないで修行を積んで来てよかったと思っているのでござる。もともと手前は「曲独楽はプロの芸で不器用な手前には到底出来っこない
!」と諦めて独楽とは全く無縁の存在でしたが、ある時大先輩から「江戸時代に浅草で歯磨き粉を売っていた大道商人松井源水のように大道芸に刃渡りのような独楽芸を取り入れたらカッコいいよ
」と盛んに勧誘されていたのでござる。そんな時に手前よりずぅ〜と年上の大道芸の先輩が独楽の稽古を始めたと聞き及び、それならば手前も!と高価な独楽を買い求め、廻し始めたのでござるが、『後悔先立たず、提灯持ちは後立たず!』でこんなに難しいなら買わなければよかったと悔やんだのでござる
。先ず始めに独楽の軸を両手で挟んで、手のひらを擦り合わせて独楽を廻すのが一苦労で、簡単なようでなかなか出来ないのでござる。ようやく回転して独楽が立つようになると、間もなく首を振る(これをゴマすりとは言わずミソすりというのでござる)ようになり、これを元の垂直状態に戻すようにするのが大変で、コツとか勘ともいうべきものを体得していかねばならず、その為には地道な稽古を積み重ね、独楽に慣れ親しんでいくしかないのでござる。手前が苦闘を続けている時に、勧誘した大先輩が、手前の悲惨な状況を見るに見かねて?元プロの技芸者で、病気で体を壊されて引退した独楽の先生を紹介してくださったのでござる。個人指導というものは、手前は学生時代アルバイトで家庭教師をやったことがあっても、いままで一度も個人指導など受けたこともないのに、この歳になって始めて個人指導を受けるとは!と思ったが、ここまで来た以上止める訳にはいかぬとなり、月に1−2回個人指導を受けることになったのでござる。流石に先生は、手前の進捗状況に合わせ適切なアドバイスをしてくださるが、その指導どおりに直に出来る筈がなく、宿題となり家で布団を引いて稽古をするのでござるが、それでも独楽が落ちて布団の外に飛び出たり、壁にぶつけたりして独楽の朱色の塗料が壁に点々とついてしまい『畳みは穴だらけ!壁は点々だらけ!!』となり、カミさんから「もういい加減にして!」と怒鳴られる
始末でござった。こちらとしては、個人教授料という資本投下
を早く回収しなくてはという一心でめげずに稽古に励んだお蔭で、独楽を指の上に乗せ、それを扇や刀に乗せかえ独楽を走らせるという一連の動作も出来るようになったのでござる。刃渡り芸の最後の難関は、剣先の尖ったところまで独楽を渡らせるのでござるが、剣先が丸みをおびて先細りとなっているため、刀を起すタイミングが合わないと、確実に落下し『独楽った?!困った!こまどり姉妹!!』となってしまうのでござる
。何回も何回も試みて失敗を積重ねていくと、その内何となくコツやタイミングが分かり始め、偶には成功するようになり、成功回数を重ねていくと、体でコツを覚えたような感覚となってくるから不思議なものでござる。一流スポーツ選手
でも毎日毎日地道な練習を積んでいる訳が始めて分かったような気がしたのでござるが、この歳になって始めて分かったとは情けない
!もっと若いときに開眼していれば違った人生を送っていたかもしれぬが…。とにもかくにも猛訓練のお蔭で昨年の末には、近くのケアセンターや宴会の場などで曲独楽芸を披露できるようになり、そして今年の1月末に、このブログで紹介したことがある『大江戸芸能祭り』にて、大勢の観客の前で曲独楽芸のデビューを無事果たし、喝采をうけることが出来たのでござる
。成功裡で終わった瞬間、今までの苦闘が報われたという感激が突如湧き起こり、思わずガッツポーズが出てしまったのでござるが、スポーツ選手や例の元横綱などが、ガッツポーズを厳しい演技や勝負の後にやってしまうのも「うべなるかな!」と思ったのでござる。こうして手前にとっては、至福な時を経験し、新しい技芸が身に付いたと喜んでいたのでござる
。
ところが、「上手くいった!これで芸が身に付いた!!」と慢心し、それから2週間ばかり完全に稽古をサボり、久しぶりに試みてみると、何と失敗の連続だったのでござる。完全にコツをつかんだと自惚れていたが、実はそうではなかったことで愕然としたのでござる
。一度失敗すると、勘所を忘れてしまい、こんな筈ではないと却って焦り余計悪い癖が出て、以前の失敗の連続状態に戻ってしまったのでござる。これという妙案もないので、以前のように仕方なく連日稽古を続け、ようやく一ヶ月ぐらいしてから、勘を取り戻せたのでござる。前は偶々成功し、それを体で覚えていたから出来ていたようで、練習をサボると体が忘れてしまうことを痛感したのでござるが、しかしながら今回は、成功イメージが頭の中で残像としてあったので、それを再現すべく体だけではなく頭も使って出来るようになり、いわゆる極意ともいうべきものを会得した気がしたのでござる
。丁度、浅田真央嬢が、以前はトリプルアクセルが難なく出来ていたのに、ある期間失敗続きであったが、猛練習で見事オリンピック前に回復し活躍したのと同じようだと思ったのでござる。(「それにしても例えが大袈裟過ぎる!お前とは比較にならない!!」との非難の声
が聞こえておりまする。)今回、曲独楽芸を維持していくには、日頃の練習がいかに大切かを、身を持って体験したので、今後は稽古をサボらないと誓ったのでござる。さあ〜これから稽古、稽古でござる!!真央ちゃんと手前の4年後がどうなっているか
楽しみでござる!(完)PS:写真は大江戸芸能祭りでの手前の独楽芸と刃渡りの稽古に使った独楽で(左の練習用独楽の裏面は落ちる時に刃先に当たって塗装が剥がれており、その悲惨さは隣の独楽と比較してくだされ!)
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を行なわなくてはならず、受付の設置、テーブルの移動、屏風の運搬や演者の中で筆達者が用意した手書きの看板の掲示など次から次と会場設営の力
作業に従事したのでござる。本来、午前中は、舞台リハーサルなど行なうつもりであったが、そのような余裕などある筈がなく、いきなり「ぶっつけ本番」となった次第で、『各々方、いい度胸をしておるのう!』ということでござった。
!」というご挨拶のあと、第一部の大道芸が始まったのでござる。まず始めは前座のような感じで、手前も加わった4人での南京玉すだれを行なって、手拍子
・掛け声
で会場の雰囲気を盛り上げた後、次から次と大道芸『大道易学六魔、金の蝦蟇吊り上げの術、物売りの声、ガマの油売り、不動金縛りの術、バナナの叩き売り』が続いたのですが、やはり大道や舞台などで場慣れしている芸人の集まりなので、時間通り観客の喝采を浴びながらいい調子で進んだのでござる
の油売りを演じ、特に今回は始めての試みとして、口上を始める前に、江戸時代の大道商人を真似て、独楽の刃渡りを披露したら上首尾
や、独楽芸が次々と披露されたのでござる。独楽芸の部でも、手前は再び登場し、この祭りに照準を合わせ稽古し何とか間に合った独楽芸(末広と刃渡り)を披露したのでござるが、失敗なくフィニッシュを迎えた瞬間、あの横綱のように思わずガッツポーズが出てしまったのでござる。手前は深く反省しておりますが
を誘ったようで、好評でござった。又、手前共の師匠でもある独楽の名人も特別参加され、その絶妙な曲芸を披露して頂き、会場のお客を魅了したのは「流石!名人!!」でござった。こうしてあっという間に4時間近く経過し、ほぼ予定通りで「3本締め」でお開きとなった次第でござる。大道芸を見慣れた観客は、独楽芸や踊りが新鮮で楽しんで頂いたようだし、踊りを見に来られた方は、大道芸を見るのは始めてだという人が多かったようで、このような多彩な出し物で、結構喜んで頂いたようで、「面白かったよ!」(何故か?素晴らしかった!という言葉はあまり聞かれなかったが・・。)と大半の方が感想を漏らしてくださったのでござる。手前の応援に駆けつけてくださった御仁は、集客一人当たり10人の目標を遥かに超えており、ブログ友人の「し殿」を始め学校時代や前の職場の友人や、筑波山ガマ口上保存会の方々も応援(監察?)に駆けつけてくださったのでござる。この場をお借りして、お立会いの御礼を厚く申し上げる次第です。
!」と感じるとともに、「来年はこの会場を一杯にすることが出来るかもしれぬ!」と思ったのでござる。
は格別なものでござった。(これがあるから続けられる?!)【完】

による筑波山の紹介や「つくばのふるさと便り」などでは必ず話題として取り上げられるような存在となってきておるのでござる。その保存会恒例の新年会が先週の1月24日(日)に泊り込みで行なわれたので、勿論手前も馳せ参じた
のでござる。手前は、ついぞこの間保存会に入会したと思っていたが、今回で何と5回目の新年会参加となり、改めて時の過ぎるのが早いなあ!と感じた次第でござる。保存会には全国で約100名ほどの会員がおり、昨年は移動新年会だったので、今年は地元開催ということで、関東周辺の会員30名が筑波山に集結したのですが、今年は、宮城県多賀城市からも会員が駆けつけたり、昨年ご夫婦で講習会を受け会員となった方なども揃って参加され盛大に行なわれたのでござる。先ず午後一番に神社に集結して、昇殿し参拝を行なったのでござるが、会員が一斉に揃って厳粛な雰囲気の中で「保存会の益々の発展と会員の多幸を祈る」というものも、なかなかいいものでござった。その後、「陣中膏ガマの油」を作ったといわれる光誉上人(大阪夏の陣の時の徳川方の従軍僧侶)の墓参をした後、境内で19代名人の吉岡名人によるガマ口上が奉納されたのでござる。吉岡名人は以前ご紹介したように、筑波山の老舗旅館「江戸屋」の大女将で86歳の御歳でござるが、歳を全く感じさせない相変わらずの張りのある素晴らしい口調で、これこそ伝統あるガマ口上というものを披露され、お立会いの観光客から盛大な喝采
で、ゆっくりとくつろいだのでござる。
は最高でござった。会員の自己紹介・近況報告の後、恒例の余興タイムとなったのですが、今年はどうしたことか、いつもは、風貌からして一目でガマ口上士とすぐにわかる芸達者なHさん(エッチではありませんぞ!)が参加されておられないこともあり、残念ながら、手前一人の事前エントリーだったのでござる。手前は、いつも芸達者な会員方の前で、最近身につけた芸を披露し、その反応や感想をもって、手前の芸の試金石としているので、皿廻しとようやく人前で披露できるようになった江戸独楽の曲芸をご披露したのでござる。曲芸は、お酒が入っていたのも拘わらず、なんとか「刃渡り」など無難にこなすことが出来た(かえって緊張しなくて良いのかもしれぬが!)のでござるが、時間があるということで、おまけで手妻(日本の手品)や南京玉すだれを披露したのでござるが、手品の種がみえたり、挙句の果ては、張り切り過ぎて玉すだれの糸を切ってしまったりして散々
ガヤガヤ駄弁るのも乙なものでしたが、『何を話したかとんと記憶にございません
をあとにしたのでござる。
を読んでいたときに、シニアのこれからの生き方の目標として、気に入った言葉がござる。『
してホームページにお立ち寄り下され!【完】


は全くの門外漢で、殆ど経験したことがないのでござるが、この映画を見ている時は、何故か自分も釣りを楽しんでいるような気になるから不思議なものでござる。それにしても“釣りバカ”といわれるぐらい何故あんなに夢中になれるのか
のときに「みち子さんを幸せにする自信はないが、自分が幸せになる自信は絶対にある
と生き返って最後に会長辞任の挨拶の場面でござった。生死の世界をさ迷っているのを表現するために、コメディタッチで、三途の川の渡し場や西田敏行が扮する奪衣婆が出てきて、すったもんだの末、スーさんは結局三途の川を渡らずに生き返るという場面があるが、手前は、地獄絵解き口上をしていることもあり、話の展開や面白さはよく判ったが、果たして若い人達とっては、突然このような葬頭河原のシーンが出現したので、よく理解出来なかったのではないかと思っておりまする。(余談ながら、このことからも、やはり手前は地獄絵解き口上を続け、語り継いで行かなくては!と意を強くしたのでござる。)生還を果たした鈴木会長は、役員辞任をすることとなり、全社員の前で辞任の挨拶をするシーンがあり、今の不況下の会社の状況を反映しており、その中で経営者としてのあり方・考え方を表明して、なかなか印象深いものでござったが、次第に『釣りバカ日誌』そのものの最後のご挨拶のように思われてきたのでござる。最後は映画の中の社員の拍手
昨年の12月10日に80歳の働き盛り


特別番組として『新春KOTO街かどアーティスト スタジオライブ(仮)」(20分特集)を製作したいので、出演希望者
がかかって来て、「大道芸の仲間と独楽の知人友人を集めて『大江戸芸能祭り』を正月頃に江戸東京博物館のホールで開催したいので、是非協力・出演して欲しい!」との要請があったのでござる。その時一瞬『エッ!?』となったのでござる。と申すのは、Tさんは、組織や団体というバックは全く持っておらず、まさに「徒手空拳」で、仲間を集めてボランテァベースでこの催し物を主宰するという無謀に近い計画であったからでござる。それでもT大先輩からの要請なので、手前は「勿論喜んで!」と返事をしたものの、果たして体裁が整うのか
と人徳

(8月20日付)、手前は「地獄極楽絵解き口上」というものに非常に興味を持ち、出来れば自分でも口上をやってみたいという願望が湧いてきたので、その後、地獄に関する絵や書物に色々目を通し勉強して参りましたが、お蔭様で最近は地獄世界の構図というか全貌がようやく判ってきたような感じでござる。これからは、前に紹介したお寺の来年1月16日の地獄絵一般公開日に間に合うように、絵に合った口上を工夫していかねばならず、色々と苦闘
などが極彩色で綺麗に描かれており華やかで、恐ろしい地獄という気配は全くなくむしろ極楽浄土のようでござった。更にもっと驚いたことには、賽銭箱にお金
ことで、「ハイテク閻魔様」だということでござった。その上ご丁寧なことにこの賽銭箱の投入口は、願い事別に分かれており、何と19個もあり、その中には、閻魔様らしく「うそ封じ」にはじまり「家内安全」「学業成就」とか細分化されていたことで、なかには「浮気封じ」というものもあったのでござる。
