団塊の世代で、セカンドライフに日本の大道芸をライフワークとすべく奮闘しているオヤジの話です。

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曲独楽苦行の話でござる。  [2010年03月13日(土) ]
昨年3月に江戸曲独楽というものを始めて触ってから丁度一年経ち、文字通り血の滲むような(高回転している独楽を落として腕や指を傷つけた!)苦行を積んだお蔭で何とか人前で、刃渡りや末広(扇の上に独楽を乗せる芸)や糸渡り等といった曲独楽芸を披露出来るようになったのでござる。一年間でここまでなったのは、早いのか遅いのか手前では判断はつかぬが、「よくぞ出来るようになった!」と言ってくださる先輩もおり、とにかく途中でギブアップしないで修行を積んで来てよかったと思っているのでござる。もともと手前は「曲独楽はプロの芸で不器用な手前には到底出来っこない!」と諦めて独楽とは全く無縁の存在でしたが、ある時大先輩から「江戸時代に浅草で歯磨き粉を売っていた大道商人松井源水のように大道芸に刃渡りのような独楽芸を取り入れたらカッコいいよ」と盛んに勧誘されていたのでござる。そんな時に手前よりずぅ〜と年上の大道芸の先輩が独楽の稽古を始めたと聞き及び、それならば手前も!と高価な独楽を買い求め、廻し始めたのでござるが、『後悔先立たず、提灯持ちは後立たず!』でこんなに難しいなら買わなければよかったと悔やんだのでござる。先ず始めに独楽の軸を両手で挟んで、手のひらを擦り合わせて独楽を廻すのが一苦労で、簡単なようでなかなか出来ないのでござる。ようやく回転して独楽が立つようになると、間もなく首を振る(これをゴマすりとは言わずミソすりというのでござる)ようになり、これを元の垂直状態に戻すようにするのが大変で、コツとか勘ともいうべきものを体得していかねばならず、その為には地道な稽古を積み重ね、独楽に慣れ親しんでいくしかないのでござる。手前が苦闘を続けている時に、勧誘した大先輩が、手前の悲惨な状況を見るに見かねて?元プロの技芸者で、病気で体を壊されて引退した独楽の先生を紹介してくださったのでござる。個人指導というものは、手前は学生時代アルバイトで家庭教師をやったことがあっても、いままで一度も個人指導など受けたこともないのに、この歳になって始めて個人指導を受けるとは!と思ったが、ここまで来た以上止める訳にはいかぬとなり、月に1−2回個人指導を受けることになったのでござる。流石に先生は、手前の進捗状況に合わせ適切なアドバイスをしてくださるが、その指導どおりに直に出来る筈がなく、宿題となり家で布団を引いて稽古をするのでござるが、それでも独楽が落ちて布団の外に飛び出たり、壁にぶつけたりして独楽の朱色の塗料が壁に点々とついてしまい『畳みは穴だらけ!壁は点々だらけ!!』となり、カミさんから「もういい加減にして!」と怒鳴られる始末でござった。こちらとしては、個人教授料という資本投下を早く回収しなくてはという一心でめげずに稽古に励んだお蔭で、独楽を指の上に乗せ、それを扇や刀に乗せかえ独楽を走らせるという一連の動作も出来るようになったのでござる。刃渡り芸の最後の難関は、剣先の尖ったところまで独楽を渡らせるのでござるが、剣先が丸みをおびて先細りとなっているため、刀を起すタイミングが合わないと、確実に落下し『独楽った?!困った!こまどり姉妹!!』となってしまうのでござる。何回も何回も試みて失敗を積重ねていくと、その内何となくコツやタイミングが分かり始め、偶には成功するようになり、成功回数を重ねていくと、体でコツを覚えたような感覚となってくるから不思議なものでござる。一流スポーツ選手でも毎日毎日地道な練習を積んでいる訳が始めて分かったような気がしたのでござるが、この歳になって始めて分かったとは情けない!もっと若いときに開眼していれば違った人生を送っていたかもしれぬが…。とにもかくにも猛訓練のお蔭で昨年の末には、近くのケアセンターや宴会の場などで曲独楽芸を披露できるようになり、そして今年の1月末に、このブログで紹介したことがある『大江戸芸能祭り』にて、大勢の観客の前で曲独楽芸のデビューを無事果たし、喝采をうけることが出来たのでござる。成功裡で終わった瞬間、今までの苦闘が報われたという感激が突如湧き起こり、思わずガッツポーズが出てしまったのでござるが、スポーツ選手や例の元横綱などが、ガッツポーズを厳しい演技や勝負の後にやってしまうのも「うべなるかな!」と思ったのでござる。こうして手前にとっては、至福な時を経験し、新しい技芸が身に付いたと喜んでいたのでござる

ところが、
「上手くいった!これで芸が身に付いた!!」と慢心し、それから2週間ばかり完全に稽古をサボり、久しぶりに試みてみると、何と失敗の連続だったのでござる。完全にコツをつかんだと自惚れていたが、実はそうではなかったことで愕然としたのでござる。一度失敗すると、勘所を忘れてしまい、こんな筈ではないと却って焦り余計悪い癖が出て、以前の失敗の連続状態に戻ってしまったのでござる。これという妙案もないので、以前のように仕方なく連日稽古を続け、ようやく一ヶ月ぐらいしてから、勘を取り戻せたのでござる。前は偶々成功し、それを体で覚えていたから出来ていたようで、練習をサボると体が忘れてしまうことを痛感したのでござるが、しかしながら今回は、成功イメージが頭の中で残像としてあったので、それを再現すべく体だけではなく頭も使って出来るようになり、いわゆる極意ともいうべきものを会得した気がしたのでござる。丁度、浅田真央嬢が、以前はトリプルアクセルが難なく出来ていたのに、ある期間失敗続きであったが、猛練習で見事オリンピック前に回復し活躍したのと同じようだと思ったのでござる。(「それにしても例えが大袈裟過ぎる!お前とは比較にならない!!」との非難の声が聞こえておりまする。)
今回、曲独楽芸を維持していくには、日頃の練習がいかに大切かを、身を持って体験したので、今後は稽古をサボらないと誓ったのでござる。さあ〜これから稽古、稽古でござる!!真央ちゃんと手前の4年後がどうなっているか楽しみでござる!(完)
PS:写真は大江戸芸能祭りでの手前の独楽芸と刃渡りの稽古に使った独楽で(左の練習用独楽の裏面は落ちる時に刃先に当たって塗装が剥がれており、その悲惨さは隣の独楽と比較してくだされ!)

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「大江戸芸能祭り」のご報告を申し上げ候。  [2010年02月04日(木) ]
1月7日にこのブログでご案内をアップした『大江戸芸能祭り』が、先日の土曜日(1月30日)に両国の江戸東京博物館のホールで、「果たしてお祭りとして盛り上がるのかいな」という不安を抱えながらも開催されたのでござる。前にも申し上げたように、この催しものは、大道芸や独楽芸や踊りを嗜んでいる仲間が自発的に集まって、発表会的に各自の持ち芸を披露するもので、団体組織やプロモーターによって運営される代物ではなく、また、始めての試みイベントだったのでござる。
当日博物館の開く朝9時に集合し、早速準備を開始したのでござるが、スタッフというものが全くいないので、演者自らが準備作業を行なわなくてはならず、受付の設置、テーブルの移動、屏風の運搬や演者の中で筆達者が用意した手書きの看板の掲示など次から次と会場設営の力作業に従事したのでござる。本来、午前中は、舞台リハーサルなど行なうつもりであったが、そのような余裕などある筈がなく、いきなり「ぶっつけ本番」となった次第で、『各々方、いい度胸をしておるのう!』ということでござった。
早くからお越しになったお客もおられたが、12時に受付を開始する(竹内座長のご家族一族総出で担当して頂いた)と続々とお立会いのお客さんが来られ、12時30分の開演では、6割位の入りとなりましたが、当初ひょっとすると立ち見が出るかもしれないと心配していたこと(そんなことある筈がない)は杞憂となったようでござる。時間通りに緞帳が上がり、前に紹介したことのある80歳働き盛りの竹内座長の「隅から隅までずず・ずぃ〜とご覧奉ります!」というご挨拶のあと、第一部の大道芸が始まったのでござる。まず始めは前座のような感じで、手前も加わった4人での南京玉すだれを行なって、手拍子・掛け声で会場の雰囲気を盛り上げた後、次から次と大道芸『大道易学六魔、金の蝦蟇吊り上げの術、物売りの声、ガマの油売り、不動金縛りの術、バナナの叩き売り』が続いたのですが、やはり大道や舞台などで場慣れしている芸人の集まりなので、時間通り観客の喝采を浴びながらいい調子で進んだのでござる。ただし、つなぎの時には、司会者もスタッフもおらず、演者自身が「まくり」を上げたりしたので、スムーズには行かず、白けた場面もござりましたが。手前は、十八番のガマの油売りを演じ、特に今回は始めての試みとして、口上を始める前に、江戸時代の大道商人を真似て、独楽の刃渡りを披露したら上首尾で終わり、その調子に乗ってガマ口上を披露出来たのが嬉しかったのでござる。
大道芸後中入りとなり(このころは観客も7割は超えていた感じでござった。)第2部は、出雲郷土芸能伝承会や桐乙女社中による華麗な踊りや、独楽芸が次々と披露されたのでござる。独楽芸の部でも、手前は再び登場し、この祭りに照準を合わせ稽古し何とか間に合った独楽芸(末広と刃渡り)を披露したのでござるが、失敗なくフィニッシュを迎えた瞬間、あの横綱のように思わずガッツポーズが出てしまったのでござる。手前は深く反省しておりますが、かえって意外にそれがうけたようでござる。独楽を使った水芸を披露した芸人もおり、ホンチャンの手妻師(手品師)とは違ってなかなか要領よく進まなかったが、ギクシャクとしたところが、かえってお笑いを誘ったようで、好評でござった。又、手前共の師匠でもある独楽の名人も特別参加され、その絶妙な曲芸を披露して頂き、会場のお客を魅了したのは「流石!名人!!」でござった。こうしてあっという間に4時間近く経過し、ほぼ予定通りで「3本締め」でお開きとなった次第でござる。大道芸を見慣れた観客は、独楽芸や踊りが新鮮で楽しんで頂いたようだし、踊りを見に来られた方は、大道芸を見るのは始めてだという人が多かったようで、このような多彩な出し物で、結構喜んで頂いたようで、「面白かったよ!」(何故か?素晴らしかった!という言葉はあまり聞かれなかったが・・。)と大半の方が感想を漏らしてくださったのでござる。手前の応援に駆けつけてくださった御仁は、集客一人当たり10人の目標を遥かに超えており、ブログ友人の「し殿」を始め学校時代や前の職場の友人や、筑波山ガマ口上保存会の方々も応援(監察?)に駆けつけてくださったのでござる。この場をお借りして、お立会いの御礼を厚く申し上げる次第です。
帰り際に、多くのお客さまより「見に来て良かった!又、来年もやって欲しい!!」と声を掛けられたことが、何よりも一番嬉しく、これで「お祭りとして成功した!」と感じるとともに、「来年はこの会場を一杯にすることが出来るかもしれぬ!」と思ったのでござる。
出演者の打ち上げは、両国のちゃんこ鍋料理屋で行なわれたが、そこでの乾杯は格別なものでござった。(これがあるから続けられる?!)【完】
写真は竹内座長のご挨拶と会場の写真と手前の演技のものでござる。
尚、筑波山ガマ口上保存会のPR誌「四六タイムズ」にこのお祭りの写真集が載っておりますので、御用とお急ぎでない方は、クリックしてご覧下さい。雰囲気が伝わっていると思います。

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筑波山ガマ口上保存会の話でござる。  [2010年01月28日(木) ]
手前が属している筑波山ガマ口上保存会は、年2回の定期講習会開催により会員が年々増えており、又、必ず週末には口上士が、筑波山神社境内で観光客相手に、口上を披露していることもあり、世の中の景気動向とは全く関係なく、活動が益々活発となっており、今では、マスコミによる筑波山の紹介や「つくばのふるさと便り」などでは必ず話題として取り上げられるような存在となってきておるのでござる。その保存会恒例の新年会が先週の1月24日(日)に泊り込みで行なわれたので、勿論手前も馳せ参じたのでござる。手前は、ついぞこの間保存会に入会したと思っていたが、今回で何と5回目の新年会参加となり、改めて時の過ぎるのが早いなあ!と感じた次第でござる。保存会には全国で約100名ほどの会員がおり、昨年は移動新年会だったので、今年は地元開催ということで、関東周辺の会員30名が筑波山に集結したのですが、今年は、宮城県多賀城市からも会員が駆けつけたり、昨年ご夫婦で講習会を受け会員となった方なども揃って参加され盛大に行なわれたのでござる。先ず午後一番に神社に集結して、昇殿し参拝を行なったのでござるが、会員が一斉に揃って厳粛な雰囲気の中で「保存会の益々の発展と会員の多幸を祈る」というものも、なかなかいいものでござった。その後、「陣中膏ガマの油」を作ったといわれる光誉上人(大阪夏の陣の時の徳川方の従軍僧侶)の墓参をした後、境内で19代名人の吉岡名人によるガマ口上が奉納されたのでござる。吉岡名人は以前ご紹介したように、筑波山の老舗旅館「江戸屋」の大女将で86歳の御歳でござるが、歳を全く感じさせない相変わらずの張りのある素晴らしい口調で、これこそ伝統あるガマ口上というものを披露され、お立会いの観光客から盛大な喝采を浴びたのでござる。その後、筑波山中腹にある、文字通り関東平野が一望出来る宿舎である『ホテル一望』に移動し、宴会が始まるまで、付帯設備「つくば湯」の温泉で、ゆっくりとくつろいだのでござる。
さて日も暮れていよいよお待ちかねの宴会となったわけで、会長や名人のご挨拶の後、乾杯での湯上り後の一杯は最高でござった。会員の自己紹介・近況報告の後、恒例の余興タイムとなったのですが、今年はどうしたことか、いつもは、風貌からして一目でガマ口上士とすぐにわかる芸達者なHさん(エッチではありませんぞ!)が参加されておられないこともあり、残念ながら、手前一人の事前エントリーだったのでござる。手前は、いつも芸達者な会員方の前で、最近身につけた芸を披露し、その反応や感想をもって、手前の芸の試金石としているので、皿廻しとようやく人前で披露できるようになった江戸独楽の曲芸をご披露したのでござる。曲芸は、お酒が入っていたのも拘わらず、なんとか「刃渡り」など無難にこなすことが出来た(かえって緊張しなくて良いのかもしれぬが!)のでござるが、時間があるということで、おまけで手妻(日本の手品)や南京玉すだれを披露したのでござるが、手品の種がみえたり、挙句の果ては、張り切り過ぎて玉すだれの糸を切ってしまったりして散々で、「これもご愛嬌!」としてお許し願ったのでござるが、かえって笑い(失笑!)を誘ったようで、雰囲気が盛り上がり、飛び入りで、踊りや民謡の余興が次々と披露されたのでござる。最後は例によってカラオケタイムとなり、保存会はいまのところ若い人が殆どおらずシニアの集まりなので、昭和40年前後の懐かしい歌謡曲のヒットバレードとなったのでござる。こうしてあっという間に宴会もお開きになり、2次会となったわけでござるが、一升瓶を取り囲んで円座で、飲みながらガヤガヤ駄弁るのも乙なものでしたが、『何を話したかとんと記憶にございません』。23時頃には賑やかなガマ声もようやく止み、翌朝朝食後、解散となった次第でござる。こうして今年も『ガマ口上』のとりもつ縁で、様々な経験を持っておられる会員の皆さんと親しく交流できたのは、嬉しいことだと思いつつ筑波山をあとにしたのでござる。
「これを読んでおられるそこの御仁!どうですか?保存会に入ってガマ口上をやってみようという気になったのではありませんか」保存会の幹部で色々活躍しているYさんなどは、信じられないことに、会社勤務の時は人前で話すことが全く苦手だった!ということでござる。手前がシニア向けのある本を読んでいたときに、シニアのこれからの生き方の目標として、気に入った言葉がござる。『歩くこと、声を出すこと、チャレンジすること、そして人に喜んでもらうものを一つ持て!』歩くこと以外は、ガマ口上がピッタリではありませんか?是非一度『筑波山ガマ口上保存会』で検索してホームページにお立ち寄り下され!【完】

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絵解き口上の披露の話でござる。  [2010年01月20日(水) ]
先週の土曜日の1月16日は「薮入り」の日で、以前ご紹介致した(8月20日付)川崎市中原区にある安楽寺所蔵の六道地獄絵がご開帳されるので、手前は今まで勉強・練習してきた絵解き口上を始めて披露すべくお寺に赴いたのでござる。そう言えば、「薮入り」という言葉も死語になりつつありますが、何故この日に、六道地獄絵がご開帳されるかというと、年中働き通しの地獄の鬼も、正月と盆の16日には、罪人の呵責を休み、地獄の釜の蓋も開くので、おぞましい地獄の様子が垣間見ることが出来るということからのようでござる。本堂の客殿には、去年の8月に見た11枚の大きな六道地獄絵の掛軸が辺り一面に飾られており、相変わらず厳粛な雰囲気が漂っておりましたが、見慣れたこともあり、怖さは感じず、むしろこれからいよいよ絵解き口上を行うという緊張感の方が強かったのでござる。大道芸は、恰好や見栄えが大事で、演技の中では大きな比重を占めるので、一応絵解き口上師らしく見せるため、従兄の住職が使用していない帷子などのお下がりを貰いうけ、松尾芭蕉のような恰好をして、デビューを致したのでござる。(写真をご参照くだされ!)
当日は、10時から15時過ぎまで5回(途中で法事が入り一時中断しましたが)絵解き口上を行ないましたが、観客は一回当たり5人前後で極めて少なく、それも親戚・寺関係・知人などが主でしたが、中には絵解き口上があると聞いて駆けつけてくださった地元の老人会の方もおられたのでござる。少人数でも興味を持ってお立ち会いくださる方がおられるのは、大変嬉しいことで、早速、張り切って『寒くとも〜袂に入れよ 西の風』と覚えたてほやほやの口上を始めたのでござる。今回一番苦労したことは、口上文そのものでござった。何故かというと、地獄絵図というのは、コピーマシンなどない時代なので、全く同じものはなく、共通項目である六道の辻、三途の川、閻魔大王御殿の絵は、大体同じようなものでも、それ以外のそれぞれの地獄の絵は異なっており、まして地獄は136もあるので、描かれているものも違うため、今回半分位の絵図の絵解き口上は、手前が手に入れた口上集には載っておらず、文献などを参考にして、絵の写真を見ながら同じような表現と節回しになるように口上を作らなければならなかったからでござる。これが結構大変で、五七語調になるように、又それらしい語りになるよう何とか苦労して作り上げたのでござる。例えば『これはこの世に おるときに 虚言をつき 人を騙せし その人は 死んで未来は 恐ろしや。地獄の鬼に 火の山を 登らされ 舌を抜かれた その上は 石臼の中で おのが骨身を 木っ端微塵に 打ち砕かれる 阿鼻地獄の 苦しみなり』などでござる。
このような口上で11枚の絵解きを次々と行い、何とか最後までやり遂げることが出来、その後、六道の意味や十王の審判などの補足説明を、手前が学習した範囲内で、こちらは普通の口調で解説して一連の絵解きは終わったのでござる。お立ち会いしてくれた方の顔を拝見すると、皆さん何となく納得されたような顔をされており、「今までは絵を見ても唯恐ろしいと感じただけで、何のことかよく理解できなかったが、お蔭様で地獄の様子がよく判り、六道や施餓鬼や法事の意味も理解できた、火の車、修羅場や針の山などの言葉がここから来ていることも判った。来て良かった!」と感想を漏らされたのを聞いた時は、「絵解きをやってよかった!」という気持で一杯となったのでござる。手前にとっては、この瞬間が最高の気分でそれが故、今後も続けていくことが出来ると感じた次第でござる。毎年2回必ずここで、絵解きを行なうという新たな目標が出来たのも嬉しいことで、これも僧職であった祖父の血が流れているご縁かもしれないと思ったのでござる。
まだまだ口調も滑らかでないし、知識も不十分なので、今後全ての面で研鑽していかねばならないと思っておりますが、これを契機に今後も絵解き口上を継承して行きたいと思っておりますので、皆様方のご理解・ご支援の程オン願い奉ります。最後に『浄玻璃の鏡』のペンネームの会員の方がおられることもあり、そこの部分の口上を披露して締めさせて頂きます。『娑婆におるときに 如何なる悪事を 犯せしか 娑婆で犯した 悪事をば 包めども 隠せども 映せばわかる 浄玻璃の鏡』【完】
PS:絵解き口上師としての名前を現在考慮中で(麻布十兵衛では・・・!)何かよい名前やヒントがあればご教授願えれば幸甚の至りでござる

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映画『釣りバカ日誌 ファイナル』の話でござる  [2010年01月14日(木) ]
昨年の年末のお休みの時に、手前は封切されたばかりの「釣りバカ日誌 ファイナル」の映画鑑賞?!に行ったのでござる。この「釣りバカ日誌」シリーズは、手前のお気に入りの映画であり、第一作から毎年欠かさず観ており、何と今回で22作目なのですが、非常に残念なことに、タイトルが「ファイナル!」となっているのでござる。最初に見たのは、正月には必ず『フーテンの寅さん』の上映があり(これも必見の映画でした!)正月特別興行豪華二本立ての時で、レコード盤で言えば裏のB面のような存在でしたが、始めて見た時に「これは痛快!シリーズになりそうだ!!」という予感がしたのでござる。そう言えば、もうこのような豪華二本立ての大盤振る舞いの上映はなくなりましたね!今はすべて一本立て総入れ替え制で、全員が快適なシートに座って見られるようになりました(手前はシルバーなので、1,000円で見られる!)が、昔の映画全盛期に正月に忠臣蔵などの人気映画を立ち見で、押し合い圧し合いながら見たのが、逆に懐かしく思い出されるのでござる。
手前は、釣りは全くの門外漢で、殆ど経験したことがないのでござるが、この映画を見ている時は、何故か自分も釣りを楽しんでいるような気になるから不思議なものでござる。それにしても“釣りバカ”といわれるぐらい何故あんなに夢中になれるのかと思うほどですが、やはり究極の『趣味』というものだからでしょうか?映画はご承知のように、第一作目より個性豊かな俳優の西田敏行と名優の三国連太郎の絶妙なコンビで演じられており、ハマちゃんこと浜崎伝助とその釣りの弟子で実はハマちゃんが勤務する会社の創業者会長の鈴木一之助通称スーさんとが醸し出す笑いと人情は、日本を代表するコメディーだと思っておりまする。ハマちゃんは、サラリーマンとしての出世よりも、趣味の釣りや家庭生活が第一なのに、それでいて絶えず会社の中で存在感があるというのは、サラリーマンとして永年勤めてきた手前にとっては、とても清涼感を感じるのでござる。又、ハマちゃんの天真爛漫なキャラクターが大好きで、その中で特に印象に残っているのは、結婚のプロポーズのときに「みち子さんを幸せにする自信はないが、自分が幸せになる自信は絶対にある」のセリフでござる。そしていつもこの映画を見ていると、ハマちゃんの天真爛漫な明るさと元気さを分けて貰っているような気になるのでござる
映画の筋は、いつものような展開で北海道での釣りの話と若いカップルの結婚話とそのカップルを見守るハマちゃんとスーさんの話でしたが、今回特徴的だった場面は、スーさんが突然倒れて、生死の世界をさ迷っている場面と生き返って最後に会長辞任の挨拶の場面でござった。生死の世界をさ迷っているのを表現するために、コメディタッチで、三途の川の渡し場や西田敏行が扮する奪衣婆が出てきて、すったもんだの末、スーさんは結局三途の川を渡らずに生き返るという場面があるが、手前は、地獄絵解き口上をしていることもあり、話の展開や面白さはよく判ったが、果たして若い人達とっては、突然このような葬頭河原のシーンが出現したので、よく理解出来なかったのではないかと思っておりまする。(余談ながら、このことからも、やはり手前は地獄絵解き口上を続け、語り継いで行かなくては!と意を強くしたのでござる。)生還を果たした鈴木会長は、役員辞任をすることとなり、全社員の前で辞任の挨拶をするシーンがあり、今の不況下の会社の状況を反映しており、その中で経営者としてのあり方・考え方を表明して、なかなか印象深いものでござったが、次第に『釣りバカ日誌』そのものの最後のご挨拶のように思われてきたのでござる。最後は映画の中の社員の拍手が、カーテンコールと重なって完結となるのでござるが、これでいよいよファイナルで「ノーモア アゲイン!」と思うと、寂しさが急にこみあがってきたのでござる。「今まで22年の間、楽しまさせてくれて本当にありがとう!これで“釣りバカ映画”のバカも終わり!」と最後につぶやいて、めったに買わない映画パンフレットを記念に買い求め、映画館を後にしたのでござる。
かくなるうえは、「寅さん」「釣りバカ」に続く素晴らしいシリーズものの出現をひそかに待ち望んでおりまする。【完】

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大江戸芸能祭りのご案内  [2010年01月07日(木) ]
昨年の12月10日に80歳の働き盛りのT大先輩こと竹内英雄さん(実名掲載の了解済)のご紹介とその竹内さんが座長として主宰する「大江戸芸能祭り」の概要につき掲載させて頂いたのでござるが、今般改めてその「大江戸芸能祭り」のご案内を致したく、このシニアコムにプログラム等下記させて頂いた次第でござる。
前に申し上げたように、この催し物は、大道芸や曲独楽芸や踊りを嗜んでいる仲間が自発的に集まって、手弁当で各自の持ち芸を披露するもので、スポンサーや団体組織など一切関与しておらず、果たしてイベントとして成功するかは全く未知の世界で、正直言って甚だ心もとないのでござる。披露芸はともかくとして、特にイベント運営については、素人ばかりの集団で専門のディレクターもおらず、実態は「怖いもの知らず」進んでいるので、当日進行がスムーズに行かなかったり、またお見苦しい点などが出た場合でも、どうか『笑って許して〜!』で座長に代わり、ご勘弁をお願い申し上げる次第です。尚、「お代は見てのお帰り」ではなかった「見るもタダなら、聞くもタダ!」ですので、お気軽にお越し下さい。万が一、満員札止め(そんなことがあるわけない!)場合は、ご容赦ください。
手前は、十八番のガマの油売りと南京玉すだれ(グループ演技)と最近身につけた曲独楽芸(刃渡りと末広)をご披露する予定でござる。乞う ご期待!
『さぁ〜て 御用とお急ぎでない方は お立ち会い!お立ち会い!!』

大江戸芸能祭り

日時: 平成22年1月30日(土)12時30分開演 16時過ぎ終了予定
会場: 江戸東京博物館 1F ホール (両国、国技館隣)
木戸銭: 無料(但し、江戸東京博物館の展示室への入場は有料)
座長: 竹内英雄(TEL/FAX 046-849-3197)

プログラム
第一部 大道芸
      演目      出演者        時間    
1-1 南京玉すだれ   梅助、沢田、天光12:30 - 12:45
               麻布十兵衛           
1-2 大道易学「六魔」 生方雲斎     12:45 - 13:00
1-3 金の蟇吊り上げ  天光        13:00 -13:15
    の術
1-4 物売りの声    梅助        13:15 -13:30
1-5 がまの油売り   麻布十兵衛   13:30 -13:45
1-6 不動金縛りの術  角 福請     13:45 -14:00
1-7 バナナの叩き売り 高島亭豆団地   14:00-14:15
− 中入り −         14:15 - 14:30
第二部 曲独楽と踊り
2-1 踊り       出雲郷土芸能伝承会14:30-14:45
   安来節、銭太鼓
2-2 曲独楽      雲斎、沢田、梅助  14:45-14:55
   風車と糸渡り   天光
2-3 曲独楽      麻布十兵衛     14:55 -15:05
   刃渡りと末広
2-4 オテモヤンの肥後 竹内英楽    15:05 - 15:15
   チョンガケ独楽
2-5 チビッコ独楽名人 平野哲理     15:15 - 15:25
2-6 曲独楽       細谷き楽      15:25 -15:45
2-7 踊り                    15:45 -16:05
   桑名の殿様、深川 桐乙女社中   
   淡海節
   深川しぐれ    家元桐乙女
   かっぽれ     桐乙女社中

展示物: ホールロビー
江戸独楽とからくり独楽の製作と展示 広井政昭
佐藤操(入賞)布野シマ(白寿)記念フランス刺繍展

                          以上

尚、更に詳細等お知りになりたい方は、手前宛(azabu_jyubei@yahoo.co.jp)メールをくださればご連絡やチラシ等お送り致します。写真は手作りの案内チラシと正月なので「末広」というお目出度い独楽芸を披露したものです。(完)

PS:1月16日には、手前が六道地獄絵の絵解き口上を川崎市中原区の安楽寺で行ないますので、ご興味ある方は、上記にご連絡ください。


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新年あけましておめでとうございます!  [2010年01月01日(金) ]
謹んで新年のお喜びを申し上げます。

昨年は、シニアコムの皆様方より暖かいご声援を賜り誠にありがとうございました。本年も大道芸人として更に一層の精進を続け、曲独楽や絵解き口上などの芸も磨き、活動範囲を広げていく所存ですので、今後共よろしくご贔屓・ご支援の程、隅から隅まで ずずずぃ〜とオン願い奉ります

1月3日には、筑波山へ初詣に参り、参拝の後、神社境内で今年始めての「ガマの油売りの口上」を披露する予定でござる。

尚、昨年の7月に名実共に爺さんとなり、今年の正月は『初孫と 迎える春の 嬉しさや』で格別なものでござった。(完)

PS:写真は、今朝、初詣で浅草寺にて出会った、サングラスと正月の正装をしたワンちゃんカップルです。

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TV収録に行って参りました!  [2009年12月24日(木) ]
右の写真をご覧頂いて「何じゃ、これは」と訝しがる御仁が多々おられるとは存じますが、先ずはご勘弁をば申し上げ候。実は、これはTV収録が始まる前のスタジオセットの写真なのでござる。『まさか!おぬしがTVに登場?!』『然り!何と手前が念願のTV放送に遂に出現することとなり先日収録をしてきたのでありまする!!』。
とは申しても、全国版の地上波のTVではなく、地域CATVでの出番なのでござるが。
先般、日頃お世話になっている江東区文化センターのご担当者から連絡があり、今回江東区広報CATV番組「江東ワイドスクエア」という番組で、お正月特別番組として『新春KOTO街かどアーティスト スタジオライブ(仮)」(20分特集)を製作したいので、出演希望者の募集をするとのことだったので、千載一遇のTV出演・自己PRのチャンスと思い、早速応募したのでござる。暫く経ってから、出演要請のご連絡を頂いたのですが、今回予想を遥かに上回る応募があった模様で、当初は4−5組の予定であったのが増えて大道芸系4組、音楽系4組計8組となり、一組当たりのパフォーマンスは2分、自己紹介・PRは20秒位での出演となったのでござる。何はともあれ先週の12月16日(水)の夕方、スタジオのある江東区文化センターに赴いたのでざるが、大道芸系は、和芸としては手前だけで、他の3組は、ジャグリングやピエロ芸などの若い芸人でござった。さて2分間という超短い時間で、ガマ口上を紹介しなくてはならないので、どう纏めるかと頭を捻ったのですが、一年位前にFM東京の生放送に出演した時を思い出して、「客寄せの呼び込み、四六のガマの紹介、抜刀し腕を切って血を流した後ガマの油で傷を治す」場面での口上を継ぎはぎして、最後は、「本日は新春特別販売につき、男は度胸、女は愛嬌、半値の百文でお分けするが如何かな!」という売り口上で締めることにしたのでござる。いよいよ収録が始まり、先ず20秒の自己紹介PRでは、「明けましておめでとうございます!KOTO街かどアーティストの麻布十兵衛です。手前は生まれも育ちも麻布十番、十番稲荷で産湯をつかい、姓は麻布、名は十兵衛、人呼んでガマの十兵衛と発します。以後よろしくオン願い申し上げます!」と言って、こちらは一発で収録が終わり、いよいよパフォーマンスの収録となったのでござるが、普段なら15分位掛かる口上を2分間で表現しなくてはという焦りと、スタジオという普段とは違う異空間であったため、柄にもなく緊張してしまい、NGを2回ほど出してようやく3回目で収録OKとなったのでござる。まだまだ未熟者と恥じ入った次第でござるが、何とか収録が終わり、あとはどのように写っているのか、映像を見るのが多少怖いながらも楽しみでござる。なにはともあれ短時間でも「ガマ口上」をTV番組で演じるという非常にありがたい経験をさせて頂いたと思っておりまする。この番組は2010年1月1日から3日までの新春特別番組として、毎日9:00〜、12:00〜、15:00〜、19:00〜、に同じ内容のものが12回放送されるということですが、これは江東区内およそ15万世帯が視聴可能とのことなので、もしお立ち会いの中で、この地域のお住まいの方がおられれば、是非ご覧下さるようオン願い申し上げます。いずれにしても何とか画像をその内手に入れて写真などをアップ出来ればと思っております。今回は、TV出演といっても地域限定のCATVでしたが、この次は、更に芸を磨いて地上波のTVに何とか出演出来るよう精進して参る所存ですので、今後共よろしくご支援の程オン願い奉ります。(完)
PS;写真は収録前のスタジオセットの風景です。

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「70,80は働き盛り!」と大江戸芸能祭りのお知らせです。  [2009年12月10日(木) ]
「50,60は洟垂れ小僧、70,80は働き盛り、90,100で極楽往生、100で坊さん迎えに来たら、耳が遠くて小便近いと追い返せ」という口上がござるが、今回はその口上どおり、まさに地で行っている働き盛りの80歳のT大先輩のご紹介と、そのTさんが主宰する『大江戸芸能祭り』の話でござる。
T大先輩は、今年で丁度80歳になられたのですが、10歳ぐらいは若く見え、元気溌剌、明朗で声が大きく、初対面でも直ぐに『いいお人柄!』と好印象を感じさせる御仁なのでござる。現役の頃は、防衛や検察関係のお堅い国家公務員だったとのことでござるが、退役後は、横須賀に住まわれ、悠々自適な生活を送っておられるが、江戸伝統芸能に大変な興味を持ち、特に肥後チョンガケ独楽などの曲独楽や手妻(日本の伝統手品)、剣舞、居合は自ら嗜んでおられ、地元の学校や施設などの催しで、その芸を披露して活躍されているのでござる。曲独楽は長いこと続けておられているので、江戸独楽芸の名人や、独楽の著名な製作者とは知人の関係になっておられるのでござる。Tさんは、2年ぐらい前に、手前の属している大道芸研究会に、「南京玉すだれ」を今からでも習得したい!といって入会され、それ以来親しくお付き合いをさせていただいているのでござるが、持ち前のご性格から、他の大道芸の仲間とも直ぐに親しくなり、今度は逆に独楽芸の習得をメンバーに熱心に勧めているのでござる。手前は「曲独楽はプロの芸で素人には到底出来っこない!」と諦めていたのですが、それでも「大道芸に刃渡りの独楽芸」を取り入れたらカッコいいよ!と盛んに誘惑されていた頃、手前よりもずぅ〜と年上の大道芸の先輩が独楽の稽古を始めたということを聞き及び、そんなら手前も出来る筈と勧誘にまんまと引っかかってしまい習い始めたのでござる。ところところがやはり独楽芸は、大変難しく誤魔化しがきかなく、今でも四苦八苦しているのでござる。(手前の話はどうでもいいぞ!おっと合点承知の助でござる。)

さて、そのT大先輩から、今年の夏ごろ、突然電話がかかって来て、「大道芸の仲間と独楽の知人友人を集めて『大江戸芸能祭り』を正月頃に江戸東京博物館のホールで開催したいので、是非協力・出演して欲しい!」との要請があったのでござる。その時一瞬『エッ!?』となったのでござる。と申すのは、Tさんは、組織や団体というバックは全く持っておらず、まさに「徒手空拳」で、仲間を集めてボランテァベースでこの催し物を主宰するという無謀に近い計画であったからでござる。それでもT大先輩からの要請なので、手前は「勿論喜んで!」と返事をしたものの、果たして体裁が整うのかと案じていたところ、一ヶ月ほど経ったら、要綱が固まったので、一度打合せをしたいと連絡があり、赴いたところ、驚いたことには、既に出演者も10名以上決まっておりプログラム案も出来上がっていたのでござる。出演メンバーを見ると、手前の場合と同様に、親しい大道芸仲間に声を掛け、「Tさんが座長として主宰するならノーとは言えない!」ということで快諾したと思われる面々であったのでござる。更に大道芸の親しい仲間から安来節やかっぽれなどの踊り連中を紹介され、同じように出演するのが決まったようで、第一部「大道芸」、第二部「曲独楽と踊り」というプログラムを見る限り豪華絢爛の大江戸芸能祭りとなりそうなのでござる。出演者の顔ぶれをみると、現役の芸人たちなので、演技について全く心配がないのでござるが、果たして進行・運営が上手くいくか?という点で不安があるが、これは出たところ勝負で進めている感じでござる。これだけの仲間を集めることが出来たのは、やはりこれも「働き盛り」のTさんの情熱と人徳と行動力の賜物と改めて感じ入ったのでござる。更に第一部の大道芸のメンバーを見て改めて気がついたことは、一番若いのが50の後半で、手前が丁度平均年齢という俗に言うシニアの寄せ集めなのですが、皆自分ではシニアとは自覚しておらず「現役の働き盛り!」と思っている面々なのでござる。さてその次は、最大の問題である「観客をいかに集めるか?」ということであったが、出演者が踊りの方々を含めると30名以上となるので、各自の親戚・知人・友人を少なくとも10名招待(来て頂く?!)すれば、300人以上となる筈だし、また今回は出演者の発表会・PRの場と位置づけて、木戸銭は無料とし手弁当でやろうということで、あっさり解決されたような感じでござる。(果たしてその結果は?乞う ご期待!)そこで手前もこのシニアコムを利用させて頂いて、この催し物のご案内をして、ご興味ある方のご来場をお願い申し上げる次第なのでござる。さてお立ち会い!お立ち会い!!

『大江戸芸能まつり』
−大道芸・曲独楽・踊り(銭太鼓・かっぽれ他)と江戸独楽とからくり独楽の製作と展示−

日時:平成22年1月30日(土)開演12時30分 16時過ぎに終演予定
場所:江戸東京博物館 1F ホール
木戸銭:無料 (投げ銭大歓迎、但しこの投げ銭はユニセフに寄付の予定)

【プログラム】
第一部 大道芸(12:30〜14:15)
1.南京玉すだれ 2.大道易学「六魔」 3.金の蝦蟇吊り上げの術 4.物売りの声
5.ガマの油売り 6.不動金縛りの術 7.バナナの叩き売り
― 中入り (14:15〜14:30)―
第二部 曲独楽と踊り(14:30〜16:05)
1.踊り(安来節、銭太鼓) 2.曲独楽(風車と糸渡り) 3.曲独楽(刃渡りと末広)
4.オテモヤンの肥後チョンガケ独楽 5.チビッ子独楽名人 6.曲独楽(名人芸)
7.踊り(深川しぐれ、かっぽれ他)

以上ですが、開催日近くになったら出演者名も含め再度掲載する予定ですが、詳細等お知りになりたい方は、手前宛(azabu_jyubei@yahoo.co.jp)メールをくださればチラシ等お送り致します。最後はいつのまにかイベントの宣伝となってしまったようでござるが、御用とお急ぎでない方は、江戸伝統芸能を楽しむために是非会場にお越し下され!
『見るもタダなら、聞くもタダ、聞いてお帰り 荷物にならぬ!』(完)

PS:本当は働き盛りのT大先輩の写真を載せたかったのですが、これはお祭りのご報告の時と致します。独楽の写真と手前が成功した時の曲独楽芸の写真を掲載します。

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深川ゑんま堂の閻魔王様参拝の話でござる。  [2009年11月13日(金) ]
以前このシニアコムに投稿しましたが(8月20日付)、手前は「地獄極楽絵解き口上」というものに非常に興味を持ち、出来れば自分でも口上をやってみたいという願望が湧いてきたので、その後、地獄に関する絵や書物に色々目を通し勉強して参りましたが、お蔭様で最近は地獄世界の構図というか全貌がようやく判ってきたような感じでござる。これからは、前に紹介したお寺の来年1月16日の地獄絵一般公開日に間に合うように、絵に合った口上を工夫していかねばならず、色々と苦闘しているところなのでござる。そのような状況下、先日地獄関連の資料に目を通していたところ、深川に「ゑんま堂」というものがあり、閻魔様を祭っているという記事があったので、是非共参拝しておかねばならないということで、早速出かけたのでござる。深川ゑんま堂は、門前仲町の駅から4,5分のところにあり、正式には真言宗の法乗院というお寺の境内にあり、本堂に隣接して建てられており、最近リニューアルオープンされたようで、綺麗で立派なお堂でありました。今まで門前仲町にある富岡八幡宮や深川不動尊にはよく参拝に訪れていたが、この寺院は恥ずかしながら始めての訪問であり、これも手前が勉強し始めたからこそ『ご縁』が出来たのだと思い、今までのご無礼を詫び、今後、門仲に来たら必ず訪問致しますと誓いながら閻魔様参拝をしたのでござる。ところがこの閻魔様は、確かに地獄絵に描かれているようなお顔・お姿をされているが、閻魔様の周りには、たくさんの他の仏様や美しい花などが極彩色で綺麗に描かれており華やかで、恐ろしい地獄という気配は全くなくむしろ極楽浄土のようでござった。更にもっと驚いたことには、賽銭箱にお金を入れると、自動的に堂内の明かりがつき、閻魔様が説法を語りだすことで、「ハイテク閻魔様」だということでござった。その上ご丁寧なことにこの賽銭箱の投入口は、願い事別に分かれており、何と19個もあり、その中には、閻魔様らしく「うそ封じ」にはじまり「家内安全」「学業成就」とか細分化されていたことで、なかには「浮気封じ」というものもあったのでござる。

どうも今まで学習してきた閻魔様とは雰囲気が何となく違うなあと感じる共に、閻魔様は地獄の裁判長なのに、どうして願い事を叶えてくださるのかという単純な疑問が湧いてきたのでござる。その疑問に答えてくれたのが、お堂の傍らに建ててあった説明板で、ここの閻魔様のご本体は実はお地蔵様だったのでござる。その説明をそのまま引用すると次の通りです。
『おゑんまさまのご本体はお地蔵さま
その功徳は=六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の世界に現われ、永久に苦しむ者を救済せんとの願いを発し(おこし)、活動されている仏様です。
悪因悪果=しかしいつでも苦しみから救われるからといって悪いことをしつづけるなら、悪業悪因は必ずや自身に子々孫々に悪い結果となって現れます。
ご本体=お地蔵さまが閻魔大王としておそろしい裁判官の姿に変わられ、きびしい戒めを私達に与えられているのは、その因縁をたち切り、悪趣の苦から救って下さるためにほかならないのです。
一心に祈る=者の災いをしりぞけ全ての念願を聞き届け、かなえて頂ける大変尊い仏様です。』と説明があり、始めは気がつかなかったが、改めて閻魔様を拝むと左手の上に黄金の地蔵菩薩像が乗っており、それ故『閻魔大王地蔵菩薩』ということでござった。
有難いお地蔵様に出会い『手前の芸が上達しますように』と願い事をしたのはよかったが、どうも本来の地獄絵解き口上の勉強にはあまり参考にはならなかったなと思いつつ、本堂に詣でたのでござる。本堂は黄金色の十一面観世音菩薩が安置されておりましたが、その本堂の周り一面の壁には、16本の掛け軸が飾られており、その掛け軸の絵は、見慣れた地獄絵を始めとして、人が死んでからの死後の世界を時系列的に見事に描き出していたのでござる。三途の川,賽の河原や七日毎の十王の審査や閻魔御殿での審判や地獄の世界、そして極楽浄土の世界などが鮮明に描かれており、手前にとっては、これらを拝観出来たことが、より嬉しかったのでござる。絵画の説明書を買い求めましたが、それぞれの絵の解説が簡易でわかり易くなされており、これから口上を組み立てていく上で大変参考となりそうで、これも閻魔大王地蔵菩薩様のご利益かもしれません!まだ地獄絵などを一度もご覧になったことのない方は、是非参拝されることをお薦めします。(完)上の写真は、閻魔大王地蔵菩薩様で、手前に見える筒のようなものが、お賽銭入れです。真ん中の写真は本堂で、壁面には絵が飾ってあります。下は閻魔堂です。(写真撮影の許可は頂いております。念のため。)

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