わがやでは、息子の誕生日にはピザパイ、娘の誕生日には苺のケーキ、とそれぞれの好物でお祝いするのが、いつの頃からか習慣のようになっていました。今日は娘の誕生日。現在は結婚して関西に住んでいますから、なかなか会う機会もありません。ですから、こうして、パソコンで作ったケーキでお祝いしましょうか。

これを作りながら、娘が苺のケーキが好きなわけに「あっ」と思い当たりました。そう、あれは娘が二歳の冬、手術のために緊急入院したことがありました。明日がクリスマスイブという日でした。クリスマスの翌日に手術と決まり、それならばとの医師のはからいでクリスマスは自宅ですごせることになりました。
入院したばかりなのに、明日はもう一時帰宅かと落ち着かない気持ちで、付添用の簡易ベッドで迎えた病室でのこと。消灯時間に、ナースが見回りに来て、電灯をつぎつぎと消していきました。それから長い夜が始まるはずでした。
シーンとした病室に一瞬の間、それから突然、ほんとうに突然、「メリークリスマス」と元気な声が病室中に響きました。「えっ、なになに」と身体を起こすと六人部屋の同室の五人が笑顔で手招きしているのです。「クリスマスパーティよ」と。
入院したばかりのわたしたちの分も用意されたパーティのメインは、どこから調達してきたものか、白い生クリームのうえに苺がのった特大クリスマスケーキでした。娘は目をキラキラさせて、切り分けてもらった、一番おおきな苺のついたケーキをほおばったことはいうまでもありません。
深刻な症状の患者が一人もいない耳鼻咽喉科の病棟だからできたことでした。五人のうち三人は翌日に退院を控え、二人はお正月を自宅でむかえるための一時帰宅を控えていたのでした。お祝いとお別れ会を兼ねた全員お寝巻き姿のクリスマスパーティでした。けれども、忘れがたい、なんとステキなクリスマスパーティだったことでしょう。
電灯を半分つけて、ひそひそ声でつぎつぎとうたった「きよしこの夜」、「ジングルベル」、「赤い鼻のトナカイ」、「聖者の行進」、そして、娘の好きな「キラキラ星」。

そう、このときの「苺のクリスマスケーキ」こそが彼女のお祝いごとの原点に違いないのです。娘自身も気づいていない無意識の意識。そう、そう、そう、ちょうど、わたしが描いたこんな感じのケーキでしたよ。
そういえば、同じ時期の個室に喉頭ガンで自分の声を失ったご婦人が入院されていました。年が明けて松の内がすぎた頃に、娘が退院することを知ったその方がわたしたちの病室をたずねていらっしゃいました。そして、「あなたに遊んでもらってうれしかった」と人工声帯でおっしゃって、涙を流されました。
人見知りをしない娘は、通りかかるすべての人に声をかけ、紙風船で遊んでもらったそうです。考えてみれば、小さい女の子が通りかかるたびに「遊んで、遊んで」と言ったなら、無視できる人は、きっと、いませんよね。
そのとき、むじゃきに周囲に幸せをふりまく魔法の杖をもったこの娘は、なんて幸せなのだろうと、心にあたたかいものがあふれてきたのでした。
あれから、二十五年。五月一日のお誕生日おめでとう。心の中に魔法の杖をもちつづけ、ときには、ふってみるのよ。このことを忘れないでね。わたしの心からの願いよ。
これを作りながら、娘が苺のケーキが好きなわけに「あっ」と思い当たりました。そう、あれは娘が二歳の冬、手術のために緊急入院したことがありました。明日がクリスマスイブという日でした。クリスマスの翌日に手術と決まり、それならばとの医師のはからいでクリスマスは自宅ですごせることになりました。
入院したばかりなのに、明日はもう一時帰宅かと落ち着かない気持ちで、付添用の簡易ベッドで迎えた病室でのこと。消灯時間に、ナースが見回りに来て、電灯をつぎつぎと消していきました。それから長い夜が始まるはずでした。
シーンとした病室に一瞬の間、それから突然、ほんとうに突然、「メリークリスマス」と元気な声が病室中に響きました。「えっ、なになに」と身体を起こすと六人部屋の同室の五人が笑顔で手招きしているのです。「クリスマスパーティよ」と。
入院したばかりのわたしたちの分も用意されたパーティのメインは、どこから調達してきたものか、白い生クリームのうえに苺がのった特大クリスマスケーキでした。娘は目をキラキラさせて、切り分けてもらった、一番おおきな苺のついたケーキをほおばったことはいうまでもありません。
深刻な症状の患者が一人もいない耳鼻咽喉科の病棟だからできたことでした。五人のうち三人は翌日に退院を控え、二人はお正月を自宅でむかえるための一時帰宅を控えていたのでした。お祝いとお別れ会を兼ねた全員お寝巻き姿のクリスマスパーティでした。けれども、忘れがたい、なんとステキなクリスマスパーティだったことでしょう。
電灯を半分つけて、ひそひそ声でつぎつぎとうたった「きよしこの夜」、「ジングルベル」、「赤い鼻のトナカイ」、「聖者の行進」、そして、娘の好きな「キラキラ星」。
そう、このときの「苺のクリスマスケーキ」こそが彼女のお祝いごとの原点に違いないのです。娘自身も気づいていない無意識の意識。そう、そう、そう、ちょうど、わたしが描いたこんな感じのケーキでしたよ。
そういえば、同じ時期の個室に喉頭ガンで自分の声を失ったご婦人が入院されていました。年が明けて松の内がすぎた頃に、娘が退院することを知ったその方がわたしたちの病室をたずねていらっしゃいました。そして、「あなたに遊んでもらってうれしかった」と人工声帯でおっしゃって、涙を流されました。
人見知りをしない娘は、通りかかるすべての人に声をかけ、紙風船で遊んでもらったそうです。考えてみれば、小さい女の子が通りかかるたびに「遊んで、遊んで」と言ったなら、無視できる人は、きっと、いませんよね。
そのとき、むじゃきに周囲に幸せをふりまく魔法の杖をもったこの娘は、なんて幸せなのだろうと、心にあたたかいものがあふれてきたのでした。
あれから、二十五年。五月一日のお誕生日おめでとう。心の中に魔法の杖をもちつづけ、ときには、ふってみるのよ。このことを忘れないでね。わたしの心からの願いよ。
Posted
at 07:47
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>前の月のにコメントもおかしいのですが。
いえいえ、そんなことはありません。とても、うれしいです。
このブログをはじめてよかったと思うのはこういうときで
す。忘れていたことがよみがえってきて、かみしめること
ができ、こうしてコメントがいただける。人生三度おいしい
かな。
そうですね、二歳だった娘、かすかに記憶があるそうで
すが、心の糧となってほしいと願っています。