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気がつけば、まだまだ本棚には、忘れられたように絵本が何冊かあります。
手にとれば、わあ、なつかしい。表紙は色あせ、ところどころ破け、らくがきさえも。
それでも手放せなかったのは、わたしの「たからもの」だからかもしれません。
そんな愛着のこもった絵本とともに日々の暮らしを気ままにつづります。
ぜひ、あそびにきてください。

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☆『にほんご』という教科書 [2008年06月30日(月) ]
 昨日の朝日新聞の朝刊の一面の見出しは『10カ国語の「おはよう」』でした。これを目にして、「あぁ、ついにあの教科書が採用されたの?」と思いました。

 そう、この『にほんご』小学校一年国語教科書(私案)という本が。やるじゃん、文部科学省と思ったら、まったく違った内容の記事でした。なぜ、そう思ったかですって?そのお話しをしましょうか。

 半世紀前の小学一年生の国語の教科書の最初の頁を、わたしは覚えています。
     さいた さいた さくらが さいた

というのでした。これは、これで、すばらしいと思います。

 この『にほんご』という小学校一年国語教科書(私案)の最初の頁は、こうです。

     ちきゅうのうえには
     いろんなひとが
     すんでいて、
     いろんなことばを
     はなしてる。
     にほんごも
     そのひとつ。

 そして、つぎの頁にはいろいろな国のことばの「こんにちは」が世界地図とともに紹介されています。「みみのふじゅうなひとはてではなす。」と「しゅわ」ものっています。

 ですから、『10カ国語の「おはよう」』の見出しを目にしたとき、このことを思い出したのでした。

     こうていにでて
     あおぞらをみあげながら
     「そら」っていってごらん
     かぜになったつもりで、
     はしりながら「かぜ」っていってごらん。
     どんなきもち?

     ことばはからだのなかからわいてくる。

 ね、校庭で手を広げる自分の姿が想像できるでしょう?

 中学生になって、初めて開いた英語の教科書の最初の頁は「This is a pencil」でした。これは鉛筆です、ってみればわかるじゃん。「I am a boy」って、目の前にいる人がそんなこという?「こんにちは」っていうんじゃないの?

 と、わたしはそのとき思ったことを鮮明に覚えています。コミュニケーションするということを全く想定していない教科書でした。「ことば」は人間にとってコミュニケーションするための大切なものなのに。

 あぁ、ほんとうに、この本が教科書にならないかしらぁ。
こんな頁も、

こんな頁も

あります。

 楽しみながら、自然にことばの中にかくれている「気持ち」を学ぶことが出来るようになっているのですね。こんな教科書で日本語を学べたら、この国をもっともっと好きになれたかもしれないし、もう少しましな世の中になっていたかもしれない。そんなふうに思えてくるのです。

 娘がものごころつく前から本棚に絵本と一緒に並んでいたこの本。絵本を取り出す姿は知っていましたが、この本を手にしているところをみた記憶がありません。なのに、成長してから、この本を手にして、ふと言いました。「この本がほんとに教科書だったらよかったなぁ」って。

☆きょうの絵本
  『にほんご』小学校一年国語教科書(私案)
  編集委員/安野光雅・大岡 信・谷川俊太郎・松居 直
  1981年11月10日発行 発行所/福音館書店

☆きょうの絵本のことば
  『にほんご』は文部省学習指導要綱にとらわれない、小学校一年生のための国語教科書を想定しています。

Posted at 10:27 | 絵本 | この記事のURL
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空中庭園は大にぎわい♪ [2008年06月27日(金) ]
 先月、「♪母なるベントリコーサ」(5月21日記事)でご紹介した、ふたばちゃん。こんなに大きくなりました。この子は葉の形がそっくりなので、きっとゼラニウムの赤ちゃんでしょうね。


 そういえば、うちのゼラニウムたち、ときどき種をつけています。気づかないうちに、そのどれかが、このベントリコーサの鉢に着地したのでしょうか?ひとくちにゼラニウムといいますけれど、同じ種類の子がいないのがうちの自慢(?)。赤い花、オレンジの花、ピンクの花、どの種類なのか、またひとつ楽しみが増えました。


 それから、どんぐりから芽をだした子(「正体みたり…♪」4月29日記事)もこんなに育ちました。大きくなったでしょう?ウルウル。

 そして、教えていただいて、あじさいの挿し木を試しました。三本のうちの一本から芽が出てきましたよ。赤丸の中をご覧下さいまし。成功かな。リンさまありがとうございます。

 もうひとつ、エニシダに種がつきました。何年か育てていても、こんなことは今年が初めて。気ままに育てているので、花が咲くとご褒美をもらったように大喜びします。なのに種まで出来るなんて、誰かに「いい子いい子」と、頭をなでてもらったような気分♪。

 こんな具合に、このところのすっきりしない空模様にめげず、『空中庭園』はおおにぎわい。あっ、うちは五階にありますから、ベランダのことをこう呼んでいます。ほら、その方が楽しいでしょう?ねっ。今日の東京地方、いま日が差してきました。暑くなるのかしらね?

Posted at 09:45 | 花だより | この記事のURL
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不思議なぶどう♪(北海道土産) [2008年06月23日(月) ]
 この「ガラスのぶどう」を箱から取り出したとき、何も色がついていなので、「あれっ?」っと思いました。たしか、紫色のものを選んだはずなのに。あらあら、お店の人が間違えて包んだのかしらぁ。まぁ、無色もいいかもね、と机の上にペーパーウェイトにして置きました。

 夜、目を覚まして机の上の蛍光灯をつけてみると、おや、青色ではありませんか。見間違えたかと、目をこすってみましたが、変わりません。そっか、青色なんだぁ、とそのまま休みました。

 朝、カーテンをあけると、ぶどうは今度は紫色にみえるのです。あぁ、この色、この淡い紫が気に入ったんだもの。そっか、白色蛍光灯の下では無色、青色蛍光灯の下では青、自然光は紫色に変化するんだわ、このガラスのぶどう。

 わぁ、不思議。わぁっ、すてき。

 有珠山の麓の「昭和新山ガラス館」で手に入れました。山積みになっていた中から選んだのです。たしか480円くらいじゃなかったかしら?母がもう歩けないというので、それではと寄ったガラス館でした。

 母との思い出が形になって手元に残りました。

Posted at 14:43 | エトセトラ | この記事のURL
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今度は宮部みゆき♪ [2008年06月22日(日) ]
 羽田空港からの電車は平日の夜九時を回っていても、通勤客で車内に隙間がないほど混雑していました。幸いにも始発から乗ったので、坐ることができました。

 どのあたりからだったか、わたしの前に立った若い女性が一心不乱に本を読んでいることに気がつきました。ぶ厚い文庫本の終わりの方にさしかかっていて、規則正しい速さで、するっと頁をめくりながら、読み進んでいます。見上げると、表紙が目の前にありました。

 『孤宿の人』「下」とあります。「下」というからには「上」もあるわけで、かなりの長編もののようです。著者は宮部みゆき。彼女の著作はほとんど読破していましたので、それが「時代もの」であることが想像できました。

 ほとんどと申しますのは、「時代もの」だけを読んでいないから。ごめんなさい、わたしは歴史がどうも苦手。故に、時代小説がわからない、と思い込んでいます。

 周囲のことなど目に入らず、物語の中に入りこんでいるその姿は、人の目をひきつけるオーラが出ていました。それにしても、どうなんでしょう。読んでいる本の名前を他人にみられるのは、自分の頭の中をのぞかれるようで恥ずかしい、とわたしなどは感じてきました。

 ですからブックカバーが嫌いなわたしは、出先で本を読むことができないでいます。こういうことって気にならいのかしら?今時の若い人たちは。そういえば、『ウランバーナの森』を読んでいたお嬢さん(4月29日記事)も表紙がむきだしのままでした。

 おかげで、こうして新しいジャンルの本を知ることができるのですけれどね。さぁ、おわかりですね、こんなにも若い女性を「とりこ」にする小説は読まないわけにはいきません。早速、インタネットで図書館に予約すると、翌日には上・下巻が手元に届きましたよ。

 さて、読み始めてみましょうか。

Posted at 09:10 | 絵本 | この記事のURL
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わがままになりました♪ [2008年06月21日(土) ]
 海外へ旅行するときは、その国の航空会社を使うのが、最低限の礼儀のひとつと、ずっと考えてきました。米国ならユナイテッド、コンチネンタル、英国ならばヴァージン、シンガポールへはシンガポール航空、香港ならばキャセイと。

 けれど、バリ島へいくときは、Gという航空会社はどうしても使う勇気が起こらず、日系Jを使いました。同行の友人が延泊することになり、帰国便は一人での搭乗となりました。

 日系の航空会社ですので、日本語がまるまる通じるという安心感があります。話している言葉のいちいち全てが理解できるので快適です。

 しばらくして、飲み物のサービスがはじまりました。日系といえども、日本人ばかりが搭乗しているのではありませんから、英語での会話も当然きこえてきます。

 聞こえてくる会話からすると、どうやら周りは皆日本人のようです。「お飲み物は何になさいますか」日本語で前の席の人に聞いています。それから隣の席の人にも。次はわたしね、ちょっとだけ姿勢を正します。すると、「May I have something ナンタラ」と英語できました。

 「えっ?あぁ、それじゃぁ、ワインありますか?白ワインを(もちろん日本語)」「はい、ございます、これは、お薦めのワインなんですよ(英語)」「ふぅん、そうなんだぁ、ありがとう(日本語)」とワインの小瓶とプラスチックのコップを受け取りました。

 NNNNN、それからずっと、周囲には日本語で応対するのに、わたしの順番になると英語に切り替わる。すべてのアテンダントの方がそうなんです。困りました。わたしは、完璧な日本語で応対しているはず…、なのに。

 「わたしは日本人だから、日本語でお願いします。」などとは、どうしても言えず、最後まで英語でサービスは受けました。とても不思議な感覚でした。日系航空機に搭乗して日本人アテンダントに英語でサービスを受ける一人旅の日本人熟女。これってどうなんでしょう。座席はエコノミーです。

 「日本人にみえなかったのかしらね」帰国してきた友人に尋ねると「そういえばあなたは東南アジア系の顔してるもの」ですって。そっか、そうなんだぁ。日本語ペラッペラのインドネシア人にみえたかしらぁ。でも、搭乗者名簿は日本人の名前なのになぁ、と今でもふにおちないのです。

 それでも、日系航空会社は、あたりはずれのない細やかなサービスで、アテンダントがみんな同じ顔にみえるのをのぞけば、快適そのもの。もう、どっこにいくにも「日系でなくちゃいや」なのです。

 先週、実家の母が北海道に行きたいと突然言いだしまして、「来年はどうなるかわからないわぁ」などと申します。となれば急がないわけにはいきません。今週の火曜日から二泊三日で函館に行くツァーに参加してきました。

6月17日夜八時、函館山より撮影

 その飛行機がJでしたので、このことを思い出しました。つくづくわがままになりました。

Posted at 15:21 | 異国のはなし | この記事のURL
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☆コミックはお好き? [2008年06月17日(火) ]
 この年齢で書店のコミック売場に行くのは勇気がいります。めざすは「ZREOゼロ」(原作・愛英司、漫画・里見桂)。

 ある日、芸術系のテキストを開いたら、著者がこのコミックを紹介していました。その時、コミックが読めなくなっている自分に気づいたばかりの頃でしたから「???」という疑問符が頭の中をかけめぐりました。

 コミックは嫌いではありませんが、とても片寄っていて、少女漫画の大島弓子さんの作品群だけを愛読しております。吉本ばななの「キッチン」は大島弓子さんの作品に影響を受けていますものね。

 なかでも「グーグーだって猫である」は大好きです。あるとき、その一冊を読もうとしたら、「よ、読めない、なんで?」でした。頁を繰っても、繰っても、ストーリーが入ってこない。冷や汗が出ました。

 それでわかったのは、コミックを読むとき人はいろいろな能力を同時に使っているということ。絵を見て、文字を読んで、ストーリーを追っている。この多種能力同時進行使用が出来なくなってきたのでした。

 老化現象の一つでしょうか。けれども、テキストが薦めるなら読まないわけにはいきません。手はじめに古本屋で一冊手にいれて読んでみました。時間はかかりましたが、何とか読み終えました。

 お、面白い。テキストが薦めるのは当然、納得。ジャンプコミックというジャンルの本を初めて手にしましたので、この本のシリーズ以外にはよく知りません。

 けれども、コミックというものを見直しました。「この世に存在する全ての物を本物に複製する。神の手をもつ究極の贋作者」のものがたり。「芸術の裏に隠された真実を暴き、歴史の闇に埋もれた謎をときあかす……」という。

 NHKの「迷宮美術館」がお好きでよく視ていらっしゃるという方なら、きっとこのコミックの面白さがおわかりになります。ただし、小説を読むより時間がかかるかも(笑)。

 財力にものをいわせ(笑)、2年がかりで第1巻から最新刊の第64巻まで全巻揃えました。一度ならず、何度も何度も読み返します。そうすると、また新たな発見があったり、感動があったりします。それは、多種能力同時進行使用の訓練になっているかもしれませんね。

 芸術作品という特殊な素材を、こうまで描きつづけられるものなのかと感心しつつ、一方、芸術作品は次から次へと生み出され、見出されているのですから、このコミックのネタもつきないのだろうと思います。

 そして、発売日には書店にでかける。コミックを若者だけの文化にしておくことはありません。さぁ、コミックはお好き?

☆今日のコミック
 ジャンプ・コミック・デラックス『64ゼロ 父の教え』
 著者・愛英史/里見桂
 発行年月/2008年6月9日第1刷 発行/集英社

 『グーグーだって猫である3』
 著者・大島弓子
 発行年月/2007年5月25日初版 発行/角川書店

Posted at 06:44 | 絵本 | この記事のURL
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散歩のおまけ♪ [2008年06月15日(日) ]
 いくつかある散歩コースの一つで、このコンビニの脇を通ります。

いつもはこの右手を直進するのですが、ふと、左手に視線がいきました。何かが気になったから。

なに、なに?と自分でもわからないまま近づいていくと、

この貼り紙と一緒に目にとびこんできたのが、これ。

 そう、金魚さん。使わなくなった浴槽に水を張って水槽にしてある。グッドアイディァね。ちっとも気づかなかった。水槽はずっと前からあったのでしょうが、この貼り紙は最近のもの。それで、視線がいったのでしょうね。

 これからはここを通るたび、金魚さんに挨拶して、なごむことになりそう。今日の散歩のおまけ。何か得した気分。

 もうひとつおまけ。通り道に咲いてました。何の花?

「野に咲く花の名前は知らなぁい、けれども野に咲く花がぁ好ぅき♪」と思わず歌いだしていました。だから散歩大好き。プロフィールの趣味の欄に散歩とちゃあんと書いてある。今日は道草はしたけど、迷い道はしませんでした。

 東京地方は今朝も平和な休日風景ですが、昨日の地震で被害に合われた方々のことを思いながら歩きました。故郷新潟も、災害つづきで、他人ごととは思えないから。

 もとどおりになるには、想像を超える時間がかかりそう。心より、お見舞い申しあげます。

Posted at 09:38 | ステキなはなし | この記事のURL
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二千年前の手仕事に癒されたはなし♪−きままのめちゃくちゃキルト− [2008年06月12日(木) ]
 いつだったか上野に『ナスカ展』を見に行ったとき、数多くの展示物の中で、ひときわわたしの目をひいたものは、ひっそりと展示ケースにいれられたとても小さいものでした。

 それは、縫い物をする針とそれを入れておく筒。筒は十数センチくらい、針はそれより小さく細い細いものでした。筒は中が空洞の植物の茎、針はとげ、だそう。

 植物が二千年以上も形を残していることに驚くとともに、工房などで働く職人のものではなく、普通の人が使っていたらしいことに二度びっくり。ナスカでは、二千年以上前から現在と同様に、普通の女性が縫い物、織物、編み物をしていたのですね。

 さて、わたしは手仕事は苦手。なのにある日、突然、手さげ袋を作りたくなりました。しゃにむに針に糸を通すと、手近にある適当な大きさの布を探して、いきなり縫い合わせることから始めました。

 頭の中に、「ふわっとした感触の布の手提げ」というイメージだけがありました。それをめざして邁進した、とでも言いましょうか。ものさしで計ったり、型紙を作ったりする手間がおしかったし、その知識もなかった。

 作り方(マニュアル)のとおりにする、というのがことごとくイヤなのでした。そうして出来あがったのが、この手さげ袋。これが、完成したときの満足感といったら、「形あるもの」をこの手で作ったぞ、とうとう「やったぁ」てなもんです。

 勝手にこれを、「めちゃくちゃキルト」とよんでます。だって、ほんとうにめちゃくちゃなんですもの。一つとして同じ大きさはなく、刺繍もビーズもアップリケも自己流。適当に、やめたり、つぎ足したりと、それこそ気ままなもの。

 そうやって、作っているうちに、気づかされたのは布の柔軟性。左右の布の長さが少しくらい違っても、縫いかげんで同じ長さにできる。それはどちらかの布がどちらかに合わせているのです。この布のやさしい気持ちを感じたとき自然に心が癒され、ややこしい気持ちがほぐれていきました。

 二千年前の女性たちも、そうだったかしら?それに、この中にはナスカの二千年には負けますけれど、百年前の曾祖母の着物の端切れも混ざってる。現代の布と古い布のミスマッチ。わたしの子どもたちも会ったことがない母方の曾祖母がいつも側にいてくれるうれしさも一緒に縫いこみました。

 「これ作ったのよ」と今年八十二歳なる実家の母にみせたとき、袋を裏にひっくりかえして、すみずみまでチェックしようとするのが少し恨めしいのでした。器用な母と違い、手仕事などしたことがなかったのですから。それでも合格したようで何も言いませんでしたよ。

 というより、ものさしで計るでなく、作り方があるでなく、めちゃくちゃにはぎあわせただけのバッチワークというものが母の範疇になかっただけかもしれません。この手さげ、はじめての作品(?)ですから、もったいなくて、とても使えません。今も壁にかけて飾っています。

 今朝も東京地方は雨。よく降りますこと、梅雨ですものね。こんな日は手仕事などをするのにちょうど良いのでしょうね。

 実は、これで満足したらしく、以後は手仕事らしいことは何一つしていないのです。そろそろ始めたら?ですって!あぁ〜、え〜と、あのぉ、そのぉ、むにゃむにゃ。

Posted at 11:52 | ステキなはなし | この記事のURL
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☆フェリックスの手紙2〜小さなウサギの時間旅行〜 [2008年06月11日(水) ]
 今日の絵本は、とても凝っています。封筒に入ったほんものの手紙が六通絵本についているのです。それが、とてもめずらしく思えて手にいれました。その手紙がものがたりになっています。

 いつも一緒にいた親友の「うさぎのぬいぐるみ」のフェリックスが持ち主のソフィーの前から突然いなくなります。遠足に行った博物館ではぐれてしまったのです。そうして、ある日、フェリックスからつぎつぎと手紙が届くというお話し。

 副題の「小さなウサギの時間旅行」のとおり、石器時代にいるフェリックスから、中世ヨーロッパのお城から、古代ギリシャの宮殿から、バイキングの乗る船の上から、インディアンのテントからと、時空間をフェリックスは自由自在にとびまわって手紙を届けてくれます。

 それは、そのまま博物館の中にある展示物の時代のことなのです。ほら、先日、『オットーライン大英博物館へいく』(5月23日記事)の絵本をご紹介しましましたけれど、その博物館はここかもしれませんね、もしかしたら。

 さて、フェリックスは日本の飛鳥時代にも行きます。とどいた手紙には「地球のはんたいがわより」なぁんて書いてある。聖徳太子がフェリックスに漢字を書いてくださるというお話しで、編み物の棒のようなものでごはんを食べていると紹介しています。

 なかなかうまい表現です。この絵本、なぜか子どもたちには人気がありませんでした。手に入れたのは娘が中学生になったばかりの頃でした。博物館というものが退屈なものに思えたのかもしれません。わたしも、そのくらいの年齢の頃は、そうでしたから。

 フェリックスの手紙「2」というくらいですから、当然「1」もあって、それは『小さなウサギの世界旅行』というのです。飛行場で、はぐれたぬいぐるみのフェリックスが、ロンドン、パリ、ローマ、カイロ、ケニア、ニューヨークから手紙がとどくのです、こちらも楽しそうです。

 さて、時間旅行と世界旅行、どちらか選べるとしたら、どちらを選びます?わたしなら、時間旅行。どの時代に行くかですって?それは決まってる。宇宙旅行が当たり前になっている未来の時代に、行くつもり。

 今日もまた、降り出しそうな空模様。心だけは晴れやかに、未来の自分に宛てて、手紙を書くとしましょうか。

☆今日の絵本
  『フェリックスの手紙2』
  話◎アネッテ・ランゲン
  絵◎コンスタンツァ・ドローブ
  訳◎栗栖カイ
  発行年月/1995年7月25日第1刷 発行/ブロンズ新社

☆今日の絵本のことば
  「フェリックスはぶじだと思う?」のソフィの問いにこたえて、おばあちゃんはニコニコしていいました。「世界中を旅してくるようなウサギだもの、ぶじにきまっているよ」

Posted at 09:03 | 絵本 | この記事のURL
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クタの町で待ち合わせたはなし♪ [2008年06月09日(月) ]
 明日は時の記念日。「人生でいちばん楽しかった待ち合わせは?」と問われたら、まよわず「クタの町での待ち合わせ」と答えます。あれは、今から五年ほど前の2002年10月の、初めて訪れたバリ島でのこと。

 「クタの町の『イカット』というお店の前で十時にね。大丈夫、通りのまんなかにあって、よく目立つお店だから。」とバリ島に先にきていた年齢の若い友人と約束して、ホテルからタクシーをとばしたのは、到着翌日のこと。その店の前に着いたのが、約束の時間の十分ほど前でした。

 「あら、早すぎた。まっ、いいか」とそのお店の前の三段くらいのミニ階段に腰をおろして待つことにしました。その一部始終を道路の向かいに停めたオートバイに乗った若者が二人して、こちらを見ていました。

 メインストリートというけれど、道幅はそう広くもなく、ひっきりなしに、けれど、のんびりと人が通り過ぎていきます。しばらくすると、小路の奥の民家から、母娘があらわれて、道端にお供えものをしました。

 それから、今度は大きな犬がふらりとあらわれて、わたしの周りをいきつもどりつ、くんくんと臭いをかいでいきました。角から杖をついたおじいさんがヨロヨロとこちらに歩いて来ます。途中で転びそうになったのを、走っていって支えてあげました。

 すると、「あんたは日本人か」と日本語で訊ねてきました。うなずくと、「そっか、そっか」と日本語で言いながら、通りすぎていきました。時計をみると、待ち合わせ時間から三十分はすぎています。

 「イカット」というお店もクローズしたまま、開きそうもありません。どうしたものかと立ち上がると、隣の建物の奥に人影がみえました。そうだ、訊いてみようと歩いていくと、そこはエステサロンのようでした。

 声をかけると、金髪碧眼の女性が出てきました。「となりのお店はイカットというお店ですよね。」とたずねると、「そうですけれど、今日はお休みよ」とのこと。さっきから、わたしが人待ち顔で腰をおろしていたのを知っていた様子。

 彼女は、「この先にも同じ名前の店があるけれど、行ってみる?」ときいてきました。「ちょうど、そちらに行く用事があるから乗りなさい」とすぐそばのオートバイを示します。そのときまで、オートバイがそこにあったことに気づきもしなかったのです。

 実は、一度もオートバイに乗ったことがない。怖いかも。なのに後部座席。もう彼女の身体にしがみつくしかありません。オートバイは風を切って、走ります。「あぁ、気持ちいい」クタの町の住人になった気分。思わず、「I feel fine」と叫んでいました。

 しばらく走って着いた「イカット」という家具店もクローズしていました。「あらあら、どうしましょう。仕方ない、やっぱりさっきの店までもどります。」というと、戻る道の方向にさっと手をあげてタクシーをとめてくれました。

 タクシーに乗り込むさい、礼を言って名前をたずねると、「イザベラよ、ドイツ人なの」とのこと。「あなたは日本人ね、バイバイ、またね」と手を振って、オートバイでいってしまいました。

 さっきの店の前にもどると、待ち合わせしている彼女がぼーっと立っていました。あわててタクシーを降りて「わぁっ、ごめんなさい」と近寄ると、「わたしこそごめん、今来たとこ。バスがなかなか来なくてさ」とのんびりといいました。

 待ち合わせ時間からゆうに、二時間近くたっていました。彼女はつづけて、「おなかすいたね、ごはんたべようか」といいました。あぁ、これがバリか。いっぺんでバリ島が大好きになったのでした。

 さぁて、困ったことに、このバリ島の写真が一枚も残っていない。操作ミスで一枚残らず消去してしまったから。そこで、バリのもので探しだしたのがこれ。何かわかりますか?あやしげな形をしているけれど、これは……

 バリ料理には欠かせない香辛料をつぶして混ぜ合わせる石臼。うちでも「ごますり」などに重宝しています。これを持ち帰るとき、帰国時の空港でひともんちゃくあったのですけれど、その話しはまたの機会に。

Posted at 08:44 | 異国のはなし | この記事のURL
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