今年82歳になる母が一昨年、手術入院をしました。母にとって初めての手術。病名を本人には知らせない覚悟の手術でした。手術直後の夜は身内の付添いを、との病院側からの依頼で母のベッドの下で横になりました。
麻酔が切れてきたのか、とぎれとぎれに母が痛い痛いとうめくのを耳にしながら、うとうとと浅い眠りでまどろんでいた深夜、ナースがみまわりに来る足音がきこえてきました。「あぁ、よかった」これで母の痛みも何とかしてもらえると思いました。
カーテンをそっとあけて母の様子をうかがっている気配に、目を閉じたまま耳を澄ませました。ところが、どういうわけか、その足音は母のベッドではなく、わたしの布団のまわりをぐるりとまわるのです。どうしたのだろうと思いながらも昼間の疲れからか起き上がることができません。
そのうちに、わたしの顔を息がかかるくらいのぞきこんで「わかるか、わかるか」と問いかける声がします。「わかるかといわれてもなぁ、わからないわ」と朦朧とした頭の中で思いつつ、「わからん」と返事をしようとしますが、声がつまって、「うううぅ」と思うように返事ができません。
すぐ側に誰かがいる気配に、目をあけようとするものの、瞼が糊でくっついてしまったように、どうしても開けることができないのです。そうこうするうちに、その足音は遠のいていきました。
その夜、「わかるか、わかるか」とわたしの名前をよびすてにして顔をのぞきこんできた声は、思い出せばたしかに伯父の声でした。けれど、それはとても不可解なことです。母の兄にあたる伯父はその前年に他界していましたから。
決してわたしは霊魂の存在を信じているわけではありませんが、この年齢になると、そんなこともあるのかなぁ、と自然に思えているのです。
母と仲良しだった伯父は心配のあまり母の様子をみにきてくれたのでしょうか。そのおかげか、母は死に至る病を患ったことなど嘘のように元気になりました。
母にこのことを話しても、「あんた、また夢でもみたこてねぇ」と相手にしてくれません。「ホントなんだからぁ」と何度もくりかえすうちに、「やっぱり夢だったのかしら?」と、だんだん記憶があいまいになってくるのです。
健康をとりもどした母と六月に函館旅行ができたのは、伯父のおかげかもしれないと、今では思えています。さぁ、この話信じます?