吉田松陰「留魂録」(講談社学術文庫)に遭遇して、
年甲斐も無く感動しています。
大河ドラマ「篤姫」が評判ですが、
幕末「安政の大獄」事件の連座による処刑前日に記した「遺訓」です。
実際の文書は明治20年に、牢内にて、松蔭に傾倒した牢名主沼崎吉五郎が、長州藩士に届けたものだそうだ。今も現存しているそうだ。
用意周到な松蔭は同じものを3通作成しており、遺品として差し戻されたものの中に紛れ込ませていたものが、高すぎ晋作らに渡っていたらしい。
何人もの弟子達が、それを写して回読したと言われる。
まず冒頭に「留魂録」と表題
和歌一首
日付(安政六年10月二六日)
署名「二十一回猛士」(吉田を分解するとこう読める)
薄葉半紙を四つオリにして、一九面面に細書きして
紙縒りで綴じて冊子にしてあった。約五千字。
人の一生を四季に例えて、どの一生もその本文を全うしているものだ。という死生観を述べてもいる。
30歳の若さで処刑される「日本男子」の偉大さに
ただただ圧倒されるばかりだ。
短い生涯の中で、彼は100年生きぬいた人でも出来ない事をやり遂げていたと言える。
処刑前日に、冷静沈着にして見事に名文により「遺訓」を残した彼から、
200年近く年月を経ようとする時代の私が教わっている。
年甲斐も無く感動しています。
大河ドラマ「篤姫」が評判ですが、
幕末「安政の大獄」事件の連座による処刑前日に記した「遺訓」です。
実際の文書は明治20年に、牢内にて、松蔭に傾倒した牢名主沼崎吉五郎が、長州藩士に届けたものだそうだ。今も現存しているそうだ。
用意周到な松蔭は同じものを3通作成しており、遺品として差し戻されたものの中に紛れ込ませていたものが、高すぎ晋作らに渡っていたらしい。
何人もの弟子達が、それを写して回読したと言われる。
まず冒頭に「留魂録」と表題
和歌一首
日付(安政六年10月二六日)
署名「二十一回猛士」(吉田を分解するとこう読める)
薄葉半紙を四つオリにして、一九面面に細書きして
紙縒りで綴じて冊子にしてあった。約五千字。
人の一生を四季に例えて、どの一生もその本文を全うしているものだ。という死生観を述べてもいる。
30歳の若さで処刑される「日本男子」の偉大さに
ただただ圧倒されるばかりだ。
短い生涯の中で、彼は100年生きぬいた人でも出来ない事をやり遂げていたと言える。
処刑前日に、冷静沈着にして見事に名文により「遺訓」を残した彼から、
200年近く年月を経ようとする時代の私が教わっている。
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at 09:54
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