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秋の七草それぞれの心(2)対岸のススキも  [2007年09月24日(月) ]
9月24日(月)
壁のカレンダ−で赤色の3連休 最終日9月24日であることを確認し 
窓を開けた。
曇り空の中で ほんの少し淡い茜色の筋 その辺りが朝陽の昇る位置だ。
今日は 曇天。微風以上の風もあるかもしれない。

 ◆ 今朝のひととき  ◆

 琵琶湖大橋を対岸まで渡りきると決めていたので 今朝の散歩は
琵琶湖西詰めまでは 競歩的に 歩を進めた。
ひんやりとした空気が 心地よい。 草むらから 虫の音が 癒してくれる。
琵琶湖大橋西詰めに着いた。
気温24℃ 風速2m。
琵琶湖大橋は 東方向行き 西方向行きの2架橋なのであるが 片方向2斜線。 それぞれに 歩道がある。
対岸まで 渡るには東向きの橋の歩道を 利用するのだが、 車道には まだ 車は 少なかった。
 展望所までは 3分間ほどだった。 展望所から眺める360度 曇りなので どんよりとしている 水墨画を描くに 丁度いい。
琵琶湖大橋より北側の湖面には やはり 釣り舟が多かった。 散らばっていた。 漁船は 北へ向かっていた。 その先には 沖ノ島が 霞んでいた。
 対岸 大橋東詰めに 料金所があるのだが 
歩道は無料。 普通車は200円。
料金所に着くまでに湖面を見下ろしたら 釣り舟の若者が こちらに 手を振って 気軽に挨拶をくれた。 大阪から来た若者二人連れ。
橋下が いいポイントなのだと 説明してくれた。
彼ら以外に もう一艘の釣り舟が 近くにもいた。
対岸に着いた。
大橋より北側の岸辺 散策歩道へ降りた。
大橋は やはり ア−チ型である。
対岸の砂浜へ歩んだが それまでに岸辺に咲いている秋の七草としては
撫子と ススキ
対岸のススキも 秋の琵琶湖からの風に揺れもしていた。
そして 彼岸花が二本寄り添って雑草の中にその赤さが
はっきりとしていた。
鈴虫の音色は さざ波よりも はっきりと 辺りを制していた。

沖には エリ漁場の近くに 釣り舟と 漁船が 静かだった。
岸辺桟橋には 釣り人 若者ばかりだった。

対岸(湖西地方)も やはり 霞んで見える。
琵琶湖大橋よりも北側は 北湖と 呼ばれていて
その広さに 海かと 想う。

こうして 東岸からの眺めを しばらく楽しんで
帰路のメインとなる 西向きの琵琶湖大橋へと 向かう。

大橋のア−チを渡る気持ちも 東渡りと西渡りでは 異なった良さがある。
今度は 大橋から南の眺めだ。 そう 南湖の眺めだ。

エリ漁場の辺りには 北湖と同様に 釣り舟と 漁船。

大橋を西へとゆっくり歩んだ。
ア−チのあたりは 東行きと同じく展望所となっている。
丁度 小型の観光船が 大橋を潜り抜ける寸前だった。

http://www.biwa.ne.jp/~douro-co/yuryo/biwa2.html#biwa2

 西へ渡り切って  
西詰めから 階段を降りて 
あとは 浜通りを 南下。 
帰路となる。
常連のウオ−キングマンと挨拶を交わした。 それは 7人だった。

帰路途中 ヒマワリの咲いている保育所のところで 立ち止まって眺めて 
自宅に到着したのは 7時12分だった。

やはり 琉球朝顔を見上げた。 20輪咲いていた。
見上げると やはり 曇り空があった。

 そのあと シャワ−を済ませて 朝刊を読んだ。
クラシックを聴きながら 朝食。

明日は 日帰りで 信楽の里へ出かけるので 
今日は どこへも 出かけないつもりだ。


   ◆ 今朝の即興 ◆

< 即興俳句 >

* 釣り人も 湖風に 秋として・・・
* エリ漁場 秋の静けさ 波ちいさ・・・
* 鷺渡る 琵琶湖大橋 秋霞・・・
* 撫子の やはり近くは 琵琶湖にて・・
* 風誘う さざ波よりも 鈴虫が・・・

 < 即興短歌 >

〜 撫子に
     何を想うか
          言わざるや
                黙々として
                     鈴虫の鳴く〜

 < 即興自由律詩  >

      対岸のススキも

 対岸のススキも
 月見には
 お似合いな姿
 採取したい気持ちが
 一瞬あって
 でも
 散策する人たちの
 心を癒しているにちがいない
 そう気がついて
 採取するのを やめた
 明日
 満月の夜
 この地に来て
 ススキと
 月を見ている自分を
 想像して
 その場を立ち去った
 対岸のススキにも
 尊い命があって
 自分にも 
 尊い命があって
 共に 生きている
 そういう 今が うれしい。


Posted at 11:43  | この記事のURL
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秋の七草それぞれの心  [2007年09月23日(日) ]
9月23日(日)

秋。彼岸の中日。3連休の真ん中。
昨日は 近江八幡から午前11時50分頃帰ってきて ランチタイムの後
は 太鼓の練習で汗を流した。 結構充実した一日だった。

そして、今日は、ゆっくりと目覚めた。

 ◆  今朝のひととき  ◆

 東の空は朝陽の茜色雲は 限られていて
どうやら 今日は晴れても薄陽だろうな そんな気分だった。

 琵琶湖大橋の展望所まで 一応着いて 
 それから 後は 対岸まで渡りきるかどうかを決めようと 家を出た。
毎朝 ウオ−キングの人は それぞれのお好みのコ−スを選んでいるのだが
休日ともなると 平日とは気分的にも時間的にも余裕が出て 平日とは 少し異なったコ−スへと気持ちが動くらしい。 
その証拠に 平日には姿を見かけない人が 少なからずお互いに 軽く朝の挨拶をして すれちがって行く。
あまり いつもは気にしないでいるのだが 
今日は ウオ−キングファッションなるものに ちょっと興味が湧いた。 
それぞれに 好みの そして ウオ−キングし易い装い シュ−ズ姿だ。 
帽子にも それぞれの趣味がはっきり出ている。
衣類は 自己表現の一つでもある。

人間は 歩くという行動で心身ともに自分の世界を豊かにしていくものだ。
日常的に通るコ−スも 
その速度を変えたり 
視線を少し移動させたり 
振り向くことで 感じ方も変わってくる。
やはり 時間的に余裕があれば 少し 歩くテンポをかえることで 気分が新鮮にもなる。 途中で小休止して 深呼吸したり 背伸びするのもいいものだ。いつものコ−スの価値観が変わる。
展望所で琵琶湖大橋より北の 通称北湖を眺望。 近江八幡沖の 沖ノ島方向は霞んでいた。 逆方向 琵琶湖大橋より南 通称南湖も 南方向に快晴だったらはっきり姿を見せる 大津プリンスホテルや 大津MARY高層マンションも 霞んでいる。それだけに 静寂さを感じる 水墨画の景だった。
漁を終えて大橋を南へ潜り抜ける 漁船も モ−タ−ボ−トも 見事な白波を描いているのだが モ−タ−ボ−トは 速度が速く あっという間に姿を消した。 展望所から 少し西北の湖面に停止している漁船は 丁度 仕掛け網の作業中だ。 その様子をしばらく眺めていた。 その漁船の漁師は 近くの漁港の近くに住居を構えているので 顔なじみなのだが 作業を邪魔してはいけないので 橋の上から 挨拶を投げかけるのは控えた。


今日は 対岸まで行くのをよそうと その時思った。
明日は 渡り切って 東岸から 西岸の景色を楽しむことにしよう。

そう心に決めて 琵琶湖大橋を後にして 帰路に着いた。
浜通りを南下したが 日曜日の朝とあって 平日の様な 人の往来はなかった。 自分だけの散歩道だと判断して ゆったりした気分で歩いた。

 道端に咲いている撫子の花も 秋の七草の一つである。
 中国から平安時代に渡来した、
唐撫子(からなでしこ:石竹)に対して、
在来種を大和撫子(やまとなでしこ)と呼ぶ。
日本女性の美称によく使われる。
 しかし、土手にも しっかりと咲いている撫子を見るにつけ
 撫子は 強い すなわち 女性は強い( いい意味で)と痛感する。 なよなよしてはいられないのが 女性なのかも知れない。秋の七草のひとつ。
・4月25日の誕生花(美女撫子)
8月11日の誕生花(河原撫子)


 花言葉は「長く続く愛情」(美女撫子)
「貞節」(河原撫子)

万葉の世から 撫子の 文筆や歌も多い
撫子、瞿麦、奈泥之故、石竹(中国のなでしこ)、午麦、等の字を当てて
二十六首詠まれているのだが 
例えば

・「草の花は、なでしこ。
唐のはさらなり、大和のもいとめでたし」
清少納言(せいしょうなごん) 枕草子

「野辺(のへ)見れば 撫子の花 咲きにけり
わが待つ秋は 近づくらしも」 万葉集

「わが屋戸に まきし撫子 いつしかも
花に咲きなむ なそへつつ見む」
大伴家持 万葉集

「うら恋し わが背の君は 撫子が
花にもがもな 朝な朝(さ)な見む」
大伴池主 万葉集

「久方の 雨は降りしく 撫子が
いや初花に 恋しきわが背」
大伴家持 万葉集

「秋さらば 見つつ偲(しの)へと
妹(いも)が植えし 屋戸の撫子
咲きにけるかも」 万葉集



ゆったりとした気持ちで 自宅に着いた。
今 満開の萩の花には 黄色い蝶が二匹招かれていたが 
しばらくして どこかへ飛び去った。 
それは 少しばかりの微風に舞いながらだった。

秋の風物詩 十五夜に果物や団子 萩やススキをお供えするのだ。
中国では、萩の新芽を摘んでお茶にして飲まれているそうである。
萩=胡枝花(漢名)「生え芽(はえき)」の意で、古い株から芽を出すため。

萩の花言葉は
過去の思い出 思案・前向きな恋・想い・内気・物思い

萩といえば 萩寺の風情もまた格別なものがある。
京都の萩寺のHP URLを示す。

http://kyotocity.cool.ne.jp/reki_sakura/9_hagi.htm

京都まで 自宅からなら 車で一時間余り。
比良山脈 途中トンネルを潜っていけば
いつでも行ける そいう近い意識の中に京都の寺もある。

大原三千院は 昨年秋に車で出かけた。 
その山門近くにコスモス畑がある。
昨年晩秋 朝の散歩の時
琵琶湖岸辺に咲いていたコスモスの種を採取し 
三千院のコスモス蒔いてきたので 今頃はきっと 咲いていることだろう。



ところで、夏の代表的とも言われている我が家の北側には 
槿(むくげ)が まだ 咲いている。 
それは大きく育って3m位の高さだ。
この初秋には 剪定をして こざっぱりさせようと思っている。

 実は 
 槿の開花時期は、 6/25頃〜10/15頃と長いのであに。
  ・中国原産。平安時代に渡来。
  ・中国名を「木槿(ムージン)」と呼ぶ。
  漢字はこの字があてられている。
   漢名の「木槿」の音読み
   「もくきん」が 変化して「むくげ」、
  韓国の呼び方「無窮花(ムグンファ)」または
  「ムキュウゲ」が変化して「むくげ」となった、
  ともいわれる。

   ・朝方3時頃に開花した花は夕方にはしぼんで
   しまう「一日花」で、

   「槿花一朝(きんかいっちょう)の夢」
  (人の世ははかない、の意)に例えられているが、
    次々に別の花が咲くため長く咲くように見える。

 そして、朝のメインは
 自分としては やはり 琉球朝顔に注目だ。
 今朝の咲いている数を確認した。14輪だった。
 ヒルガオの仲間で大輪。多年草なので 一年草の朝顔の様に種はなく 
 宿根草であるので
 暖地では一度庭に植えておくと毎年のように花を咲かせる、 
 来年も楽しめるのだ。
 この夏の最高は40輪を上回ったのだが、 9月下旬としては 14輪なら
 それ相応だ。 
 日照時間にも寄るが 琉球朝顔は 11月初旬頃までは咲くものだ。
 一日咲きだから この夏咲き出した日から最終日までの咲き数を
 合計すれば 今年の咲いてくれた数がはっきりする。

 琉球朝顔は 生命力が強いので 毎朝元気をくれる存在だ。
 
 その花言葉は 愛情の絆である。
 一年限りでなく 来年も 再来年も それからもと 毎年咲いてくれる
 そういう嬉しさがある。

 家に入って シャワ−を済ませて 後は クラシック音楽を1時間ほど聴いた。 こうして 9月23日の日曜日の展開が始まった。 
 ◆  今朝の即興  ◆

 < 即興俳句 >

 * 昨日より 涼しさ岸辺 波小波 ・・・

 * 灯台も 朝陽も薄く 秋静か・・・

 * 釣り舟は 秋の静けさ 静止して・・

 * 振り返る 道端撫子 視線あり ・・

 * 彼岸なる ススキ揺れたる 湖微風・・・

 < 即興短歌 >

〜 それぞれに
     秋の気配を 
         嬉しさに
            黙々として
               歩む浜辺よ 〜

 < 即興自由律詩 >

      萩と蝶

 萩の花が
 少しだけ 揺れて
 それが なんとなく 微少に想えて
 蝶 黄蝶 小蝶
 微風に舞って誘われて
 寄り添う 萩の花に
 小蝶 微笑
 寡黙に我は
 ただ それを眺めて
 心微笑
 萩と蝶 そして 我なり

Posted at 19:20  | 秋と語る  | この記事のURL
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秋の心 今 青信号 ( 1 )  [2007年08月28日(火) ]

  8月28日 (火)
 
 今日は 皆既月食の日だ。
 昨夜は未明の3時半頃まで降っていたらしい。
 決して、小雨でなかったらしいが 私は気がつかなかった。   
 
   < 1 >  今朝のひと時

 私が目覚めたのは5時前で 目覚まし時計代わりなのは 虫の音色だった。
虫の音色の後、漁船のエンジン音があった。

 窓を開けて 空を仰いだ。
曇り空だった。雨雲というに相応しい雲だった。

洗面と歯磨きをした後 散歩の服装に着替えた。

 散歩は 琵琶湖大橋より少し南の西岸と出島灯台からの眺めを目的にした。
 岸辺に着いた時には
 朝陽は 雨雲に遠慮がちながら しっかりと 湖面を茜色に染めていた。
 
 岸辺に着くまでの途中でも そうだったが 岸辺の草むらからは
こおろぎや 鈴虫の 音色が響き聞こえてきた。
聴覚の世界も すっかり秋の湖畔彩りなのである。

私は、完全に決めた。

 # 秋の心を 今青信号にしよう!  #


 岸辺とは少し面をそらして咲いている
夏の代表者ひまわりは、 
夏が 少しずつ 昨日より さらに 遠のきつつあることを 
朝陽の織りなす湖面の茜波色に感じ取っているのだろうか?

舟屋の岸辺に突き出ている柵から見る朝陽も茜色。

岸辺の葦より少し距離を隔てた湖面には、
いつもの様にカイツムリが浮き沈みを楽しんでいた。

そして 茜色の湖面に 浮き沈みしているカイツムリはというと
太陽の耀く光を受けている湖面は眩しいのか そこより 離れ泳いでいた。

そういう光景を楽しんだ後、 出島灯台に 向かった。
灯台は 朝陽に映えていた。
その岸辺の防波石積の部分は 
ここのところ、
これぞと言う程度の雨量に恵まれない琵琶湖の水位の低下を示す 
色の異なりが はっきりしていた。

とにもかくも、 家へ帰ることにした。
今朝の琵琶湖上空は ほとんど雲に覆われている。
天気予報通りの一日になりそうだなあと思いながら 家に着いた。

湿度が高いので それなりの汗をかいていた。
シャワ-を浴びる前に 
いつもの様に 今朝咲いている琉球朝顔の数を数えた。
35輪、この夏最多記録であるのに満足して シャワ−を浴びることにした。

シャワ−の後は 7時30分の朝食まで いつも通り クラシック音楽を
聴いてすごした。 心充実した 朝のひと時だった。

< 2 > 即興の詠

* 即興俳句

  ・ それとなく さざ波心 秋愁らし ・・・

  ・ 想うまま 秋も変らぬ 我が心 ・・・

  ・ それぞれに それぞれ愁ふ 秋でいい ・・・

  ・ 風鈴も しばしもすれば 箱の中 ・・・

  ・ 雲ありて 皆既月食 見えぬかや ・・・

* 即興短歌

  〜 月光の
        今宵隠れし
              きみ想ふ
                  さざ波愁ふ
                      愛しさ哀し〜

* 即興自由律詩

     ▼ 秋だからこその気持ちも ▼ 

 猛暑という表現に
 もう すっかり 慣れてしまって
 もう その峠も越えて
 朝夕の虫の音シンフォニ−に
 秋だからこその気持ち
 知らず知らずに
 どことなく ほっとして
 でも
 どことなく 哀しく
 どことなく 寂しく
 どことなく わびしく
 どうしても
 どうしても
 秋だからこその気持ちが
 秋だからこその気持ちが
 一層 きみのことを
 一層 深く想うのは
 やはり
 秋だからこその気持ち
 秋だからこその気持ち
 秋だからとてありのままの
 自分だからこその
 変らぬこの想ひ
 きみへと
 秋の愁風に託せば
 きっと届くだろうと
 そして
 きみは
 きっと微笑んでくれるだろうと
 秋だからの気持ちで
 秋だからの気持ちで
 秋だからこそ
 なお深き想ひで   

Posted at 20:09  | 趣味・学び - 詩・俳句・小説  | この記事のURL
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はじめに  [2006年12月09日(土) ]
人間は考える葦である
 確かに そうなのであるが
私は 琵琶湖湖畔に住んでいて 
日常的に 湖岸の葦の群生を眺めている。
その葦と 寄せては引いていく さざ波との語らいを見ていると
様々なことを感じることが出来る。
だから 私は 考える前に 
人間は感じる葦であるという認識がある。
時の流れは 心の流れ
人は 時の流れに 身を任せ 感じながら 生きている。
同じ 感じるなら 自分らしい 納得した感じ方をしたい。
人は それぞれの感性で生きている。
人と人との出会いは お互いの価値観 感性に 何かを感じあい
それっきりであったり、 なにか お互いに いいなと思え 振り向きあって
時を共有したくなる 、一期一会がある。
一期一会は ただ 人と人との間のものだけでない。
この世に 生命を得た瞬間からの 全てのものに 
そういう一期一会がある。
今の今も 何かを感じている。
素敵な 一秒一心で 素敵な一期一会があれば 幸せだ。

Posted at 20:37  | この記事のURL
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