つい懐古ジジィになってしまうのかなぁ。後ろにいっぱい引きずるものがあるから、重たくてつい振り返ってしまうのかなぁ。
「新宿の1世紀アーカイブス」という写真集を見ていて、中でもこの一枚が後ろ向きにさせる。新宿駅東口界隈である。
たしか右奥が駅で、“洋菓子の・・・”の通りを入って左に曲がると武蔵野館があり、更に行くと右側に風月堂があったはずだ。更にまっすぐ進んで大通りを突っ切った細い袋小路には最初のボタンヌがあった。
この店は不思議な雰囲気があった。ママが元々そんな存在だったからかも知れない。小太りで丸顔だが、髪はいつもうしろを団子状(正式名を知らない)にまとめていた。昭和初期の写真に見られるヘアスタイルである。着物はほとんどが小紋の絣だったか。喋りは伝法で歯切れが良く、一言で言えば粋な女性だった。
店内は秩序があるとはいえず、その適当さが魅力で、オーダーや会計も春風のようなフワッとしたやり方だった。それをいいことに飲み逃げもしたが、翌日また平気な顔で出かけても「アラ、いらっしゃい」である。
メニューはあってないようなもので、自家製の漬け物やキンピラなどから貰い物の高級チーズやワインと、その日の状況である。
客層はまったく限られていない。わたしのようなフーテンから海外出張から帰ってきたエリートサラリーマン、演劇や歌劇団の連中、ゴールデン街に店を持つママさんやホステスさん、“ムーランルージュ”の主宰者と名乗る?マークの女性などなどだ。不思議に彼らはここでは落ち着いた心持ちになるらしい。雑誌タイトルのような「渦巻く人間模様」を、ママはへっちゃらに受け止めたり受け流したり出来た。まるで、この写真の駅前の混沌のように、喧噪の中でも深いふところで包んでいたようだ。本当に人間が好きだった。
数年後、新宿3丁目のビル二階に店を移した。小ぎれいにはなったが、なにもかもひとりで切り盛りする年令ではなかったかもしれない。わたしは九州に移り上京のたびに訪れたが、いつも疲れているようで、約束の「浅草の堅焼き煎餅、買ってきてあげるわね」はとうとう果たされることなく、去年には店名は替わっていた。以前言っていた神奈川の大和市に引っ込んだのだろうか。出来のいい息子と幸せに過ごしているかもしれない。
一枚の写真が脳裏を駆けめぐって、裏通りの薄暗さや雨の舗道に写る灯り、ひとり歩いたときの壊れかけていた明日への想いなどが、加齢とともにいよいよ重いものになっている。良いも悪いもつながっている。切り離せない。それが懐古になるのかなぁ。
なんと言われても、今のマニュアル雑踏より人間雑踏の方がいいや。
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at 06:05
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