最近けったいなカメラの使い方をされている。1日に1件以上は新聞に載るが、ばれていないケースを入れたらかなりの数になる。スカートの中云々は論外だが、そんなつもりはなくてもそんな目で見られる怖れが増えたのは間違いない。
盗み撮るとは、いやな言葉だ。
また「撮る」は「盗る」「取る」に通じ、はたまた撮影は“影を撮る”ときた。だが写真は“真(まこと)を写す”と書く。これからはシャッターを押すときは、名詞を今風に『写真する』と言うことにする。
最近ほんの少し、写真の面白さが分かってきた。分からないのは写真を見る側の心理である。特にカメラや器材メーカー主催のコンテストで審査するプロの人たちの目だ。
興味を持って2年くらいのド素人には理解できない難しい基準があるようで、一時期はそれらに媚びる気持ちにもなったが、それでは先ず楽しくない。自分の視点をツクッタローと思うようになった。
書く文と同じように、「認められる」内容とかなりずれているのは確かだが、それが自分の世界ならそれでいいよと、夏風邪で鼻をすする午後である。
だってさあ、もう67才だよ。
Posted
at 16:27
| この記事のURL
コメント(0)
| トラックバック(0)

