16,17日の2日をかけて兵庫県豊岡市を訪ねた。
目的はいくつかあり、それについては順番にアップしていく。
わたしが中学生の頃、地勢として日本列島の大まかな特徴を示す言葉に、表日本に対して“裏日本”があった。山陰地方、北近畿、北陸地方、旧出羽国(東北地方日本海側)に当たる。県では、新潟県、富山県、石川県、福井県、鳥取県、島根県といわれるが、ときにはこれに青森県、秋田県、山形県が含まれる場合もある。加えて、日本海に面する地域があるとして京都府北部と兵庫県北部、山口県北部も、裏日本に含まれることがある。
解釈にもよるが、東京や大阪、名古屋といったヘソのある面は日が当たり、当然裏側の背中は日陰になるわけだ。といってしまえばそれまでで、ではその“裏”に住んでいる人たちはどう思っているのだろう。
1970年代に住民の苦情からNHKが真先に使用を自粛し、「日本海側」「太平洋側」という呼称に改められた。特に新潟県選出の田中角栄政権になると、他のメディアも自粛するようになった。差別そのものだったのだ。
話が前後するが、17日の帰りのタクシーで運転手とそんな話になった。
ここ豊岡は、新潟ほどの豪雪地帯ではないが、そこそこ厳しい冬の生活があるという。やはり雪解けの春を待つ心情は、寒いながらも陽を燦々と浴びているわたしからすればなかなか理解は出来ない。東北秋田の友人宅を真冬に訪れたときのことを思い出して、陰鬱な鉛色の雪雲が垂れ込める毎日は、たった5日ほど泊まっただけでもやり切れない。それが2,3ヶ月ともなると、口数も少なくなり、「我慢、堪える」風土となり、発露として太棹に託したジョンガラの激しさになるのだろう。
幸か、豊岡はそこまでいかず、かといって明るさ一辺倒ともいかない、はなはだ中途半端な地域のようだ。去年は雪が降らなかったと聞くし、今年も今まではたいしたことなく、たまたまわたしが訪れた日にドンドコドンドコ降ったらしい。城崎の温泉街をネットで流しているライブカメラでも、屋根の雪が見えたり消えたりで、予想もつかない気紛れな寒気は想定外だったということだ。
姫路から播但線に乗り換え、途中和田山で山陰線となって豊岡へ向かった。この和田山あたりを境に陽から陰になっていくような車窓の変化がある。中国山脈を乗り越えた時から徐々に雪景色が増えていく。
大阪発で臨時に走っている「特急はまかぜ」は「カニかに特急」ともも言われ、6車輌のほとんどは関西方面からの団体客で占められている。日本海に面したカニの特産地である兵庫県城崎(きのさき)を目指すわけだ。
わたしの指定席はカニ喰いツァー参加のオッサンたちの中に埋没しており、何故か「あれ、来たの?」てな感じで、席を向かい合わせにして談笑を止めようとしない。60過ぎた男たちでも、仲間と楽しい旅ともなれば、人の迷惑に思いが至らない情けなさである。特にその邪魔をする気はないが、わたしとて座りたいし、権利は充分ある。もう一度指定席券を示して席を空けるよう言うと、渋々席をたっていった。
日本人には、主張していい人が多数に押されて我慢してしまうところがある。自分の権利はしっかり保ち、なおかつ相手が弱いとみると人の権利を平気で無視する。老若男女問わず、その傾向が強まっている。
最初はやさしく相手の過ちを指摘し、相手の態度でわたしは刻々変わっていく人間なのだ。ごり押しされたらどんどん強い気持になっていくという、あまり得な性格ではないが、今更丸いの枯れたのとはいかない、偏屈爺になるのかも知れない。
やっと指定の窓際に座り、日本のどこにでもある中途半端な田舎風景を、余韻を冷ましながら追うのだった。
わたしがいかに先見性を持つかという証拠がある。実は楽観していたわけではない。雪の恐るべきゲリラ性は知っていた。従ってちゃんと雨用の靴(ビニール性の深靴)を履いてきたのである。式に出るからして、一応スーツ姿ながら、見る人にとっては不思議な格好に見えただろうが、そこはオシャレに対して不感症に近いので、ドタドタと音を立てて歩けるのだ。姫城あたりまでは少し後ろめたさもあったが、豊岡に入ってのち、その真価は十分発揮されたのだ。
車窓はやがて雪一色になってきた。これ見よがしに靴を見せびらかして、昼の握り飯を頬ばる気持ちの良さ。おじさん、おばさんたちは一様に新品のスニーカーで、ねえちゃんたちは流行りなんだろうか、バカ高いヒールのサンダル履きみたいなやつだ。
と気持ちよくなったところで次回につなぐ。
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at 13:17
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