意欲は語彙が失われることで痩せ細っていくようだ。わたしのようなタイプは、簡単に諦めはしないが、言葉を引き出すにはかなりの努力が必要なので、面倒くさくなって「ま、いいか」となってしまう。
胸に燃え立つものがある以上、それを形にしたいのは当たり前だが為しえないもどかしさが積み重なると、老後は反比例のオンパレードと思ってしまう。。
表現しきれない不燃焼に身もだえている老い人は少なくないと思う。体力の衰えは仕方ないとしても気力はある。しかしこの衝動はなんなのだろう。いい加減ホケーとした日常でいいではないか。どんな表現対象があるというんだ。どんな表現方法があるんだ。万が一ある程度満足できる結果を得たとして、「点」ばかり残し、つながりのある線を創るには時間が残っていない。また四六時中創ることばかりを考えて楽しいわけがない。
日吉ミミ「男と女のお話」の替え歌
(上段がオリジナル)
恋人に ふられたの
老い人は 忘れるの
よくある話じゃ ないか
よくあることじゃ ないか
世の中かわって いるんだよ
言葉がつぎつぎ 消えるんだよ
人の心も かわるのさ
おれの心も 痩せるのさ
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淋しいなら この僕が
さみしいから このおれと
つきあってあげても いいよ
つき合ってくれよ ヒマなら
涙なんかを 見せるなよ
同情なんか いらないよ
恋はおしゃれな ゲームだよ
老いはおしゃれな 時間だよ
なんていう馬鹿らしいお遊びで時間をつぶすと「やることないのか」と自分を嘲り、本を読んでもミニ・コンサートへ行っても催し物に出かけても、なんか中途半端。金が有り余っていれば旅にでも出るのだが、生活に追われてママならず、息苦しさが増すばかりだ。ニヒルでも厭世でもないので、心根が更に卑しくなる。ちっちゃな欲に紛れていて、どうも塩梅がよくない。
しかし振り返ってみると、今に始まったことではなく、そんな人生を送ってきたんだ。今になって舵を切ろうにも錆びついてしまっていることに気付いただけなんだ。本音はおしゃれな時間じゃないんだ、老い人には。今ドックに上がってしまうと、もう海には浮かばない舟なのかも知れない。
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at 08:27
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一貫性がないことが、良いのか悪いのか知りませんが私の特徴でして、目先ばかりを追う人間になってしまいました。新しもの好きなのか、なんにでも興味を持ってしまい、ブログの中身もあっち飛びこっち飛びで、さぞ落ち着かないことでしょう。が、もう変えられないので、このまんま進んでいきます。
“よろチクビー”と、やせっぽちのタレントの真似。