公園の桜木が、葉桜から若葉に移りつつある。以前のように、チチッとかわいい声のメジロやギャギャッとうるさいヒヨドリは蜜を吸いに来なくなった。四月も半ばというのに、花冷えのせいでセーターを着たり脱いだりと
結構せわしく、カミさんもブツブツ言いながら衣類を出したり仕舞ったりとうるさい。
また訳もなく浮き浮きしてしまうのもこの時期だ。落ち着かない。集中力が更に低下し、思考の広がりも狭まっていく。喜怒哀楽のアンテナが電波を拾いきらず、たまに受信しても‘喜’だけだったり、弱い‘哀’だったりする。一つの出来事を出来るだけ多くの角度から見る『視線』が欠けてくるのだ。よく考えれば季節になんの関係もない。かこつけて老い人の立場をごまかそうとしている。春よ、広い心で許してくれたまえ。
こんなことをつらつら思っても書いても仕方がないので、オモロイものを見つけに出かけた。
菜の花畑はまだ真っ黄色である。更に田舎道を走ると、きれいに計算して植えられたチューリップ集団を見つけた。チューリップ畑で四駆を走らせて滅茶苦茶にしたり、沢山の鉢に植えたものを傘か棒で花をちぎり飛ばしたりと、ニュースになっている。本当にぶっ飛ばしてやりたいクソ野郎(失礼!)だ。
真っ赤っか、まっ黄黄、真っ白と色毎に分けられ、真っ盛りである。
チューリップは英語だとたぶん“Tulip”だと思うが、lipは唇の意味がある。つまり、唇でチュッである。kissである。口づけである。接吻である。そういえば、チューリップの花は真っ直ぐ上に向いて、春だか空だかにチュッチュチュッチュしているみたいだ。
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at 19:31
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