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ラジオ体操の勧め [2008年04月30日(水) ]



カタカタと下駄の音を鳴らしながら、町の広場に集まると、
♪タンタカタカタカ タンタカタカタカ タカタカタカタカタァ 
と、ラジオ体操のピアノ前奏が、晴れわたった夏の早朝に風に乗って聞こえてきた。昭和20ー30年代のやせ細った少年少女は、体をぎこちなく動かしながら、「今日はなにして遊ぼうか」と、夏休みの特権を精一杯に生かすために目を輝かせる。
真っ黒な背中の皮の剥き合いが始まる休み後半になっても、あと7日、あと6日と、しぶとく遊びの姿勢は崩さない。宿題の未消化だけがふくらんでいくが、ラジオ体操をしていると机より蝉や鮒、蛙や小川のイメージが次々に襲ってくる。したがって、朝ご飯をかき込んで一目散にトンズラしては、昼飯時に帰宅して怒られることの繰り返しだった。
もしラジオ体操がなかったら、結構おとなしく宿題をこなしていたかも知れない。大人の今になっても、勉強しなかったのは体操のせいにしておいた方が、気楽に夏休みを話せるというものだ。

ラジオ=ラヂオ体操とは、そもそもと語るだけの知識も興味もないが、気になって検索した結果は次の通りだ。
【昭和03年11月   旧ラジオ体操第一は、
逓信省簡易保険局が昭和天皇ご即位の大礼を記念し、「国民保健体操」という名称で制定され、NHKの電波にのって放送開始
  昭和05年07月   東京神田和泉町でラジオ体操の会(子供の早起き大会)開催〜ラジオ体操会の始まり〜
  昭和07年07月   旧ラジオ体操第二を制定
  昭和14年12月   旧ラジオ体操第三を制定
  昭和21年04月   旧ラジオ体操を中止し、新ラジオ体操(第一〜第三)を制定し、放送開始

この頃から今風になる。
  昭和22年09月   新ラジオ体操の放送中止
  昭和26年05月   現行のラジオ体操(ラジオ体操第一)の放送開始
  昭和27年06月   現行のラジオ体操第二の放送開始
  昭和28年07月   夏期巡回ラジオ体操会の開始
  昭和31年09月   ラジオ体操の普及奨励に寄与した功績の著しい個人又は団体を対象に優良団体等の府県別表彰を開始
  昭和32年10月   テレビ体操放送開始
  昭和37年03月   常陸宮殿下のご来臨を得て、「全国ラジオ体操連盟」の結成式を挙行
  昭和37年10月   1000万人ラジオ体操祭の開始、優良団体等の全国・地方表彰の開始
  昭和45年08月   第9回1000万人ラジオ体操祭中央大会を大阪府万国博覧会内お祭り広場で実施
  昭和53年07月   ラジオ体操50周年記念第17回1000万人ラジオ体操祭中央大会の実施(東京都内)
  昭和53年10月   ブラジルでラジオ体操会が発足
  昭和63年08月   ラジオ体操60周年記念第27回1000万人ラジオ体操祭中央大会の実施(長野県内)
  平成04年08月   第31回1000万人ラジオ体操祭中央大会を大阪市長居陸上競技場で実施
  平成10年08月   ラジオ体操70周年記念第37回1000万人ラジオ体操祭中央大会の実施(東京都内)
  平成11年09月   国連の国際高齢者年にちなみ「みんなの体操」を制定
  平成15年12月   ラジオ体操が「2003毎日スポーツ人賞文化賞」受賞 】

今ではテレビ体操に引き継がれた部分もあると思うが、無理せず気楽に体を動かすにはもってこいである。
国内のみならず、海外の日本企業で採り入れているところもあると聞く。そういえば、わたしも数十年、会社勤めの時に経験している。よく見ていると、ダラダラや無駄な動きが覆い。仕方なく体を動かしているタイプは本当にみっともない。むしろやらないほうが周囲はいらいらしない。他方、やたらと張り切って、目的を果たしていない人もいる。
例えば、手に腰を当てて反り返るところがあるが、反っくり返ればいいというものではない。首は常に背骨と一体化していないと意味がない。両腕を上げて反るところも同じだ。体の硬い人ほどその傾向がある。
まともにすればどんな良いことがあるのか。
先ず、ラジオ体操なら、激しい動きやゆったりした動きが組み合わされており、短時間で効率よく全身を動かすことができる。
わたしの場合、息切れがどんどんひどくなっているが、呼吸器系の運動能力低下と脚力低下が原因とか。ラジオ体操の胸を伸ばす運動や深呼吸で呼吸器系を鍛え、両脚で跳ぶ運動や脚を曲げ伸ばす運動で脚力を鍛えることができる。体の硬さも体を前後に曲げたり、体を回したり胸をそらす運動によって、背筋や腹筋を鍛えるとともに柔軟にし、腰痛の慢性化を防ぐ。基礎体力がつく訳だ。
第1・第2で計26種類の動きを組み合わせて出来ているが、これを正しく実践すると、脈拍は安静時の約2倍の100以上に上がり、約60キロカロリーを消費するという。
成人男性の場合、1日あたりの望ましい運動量は300キロカロリー。このうちの5分の1をラジオ体操で消費すれば、残りはウォーキングや日常的な活動で十分消費される。だが、ウオーキングで脚以外の筋力をつけたり、背中から腰にかけての筋肉を柔らかくするのは無理だが、ラジオ体操なら、激しい動きやゆったりした動きが組み合わされており、短時間で効率よく全身を動かすことができる。
とかなんとか知ったかぶっているが、実は中京大学体育学部の湯浅景元教授の「図解本当はすごい『ラジオ体操』健康法」(中経出版)からの引用である。

体を動かすことが好きだったにもかかわらず、どんどん億劫になっている。動かなければ錆びつくことぐらい分かっていても、老い人の無精はとどまるところを知らない。せめて、せめてでも日に2回はラジオ体操をすると決心した。これでまた子供の頃の遊びボケに少しは戻ることが出来るかもしれない。

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春を想って [2008年02月08日(金) ]


早朝は寒い。
何時に起きたら早起きというのか知らないが、最近のわたしには午前3時前後に布団から出ることをいう。
そうすると温度の変化が皮膚感覚で判り、早朝は「寒い」になるのだが、起きたときはそれほどではない。
3時に起きてパジャマの上からユニクロのフリースを着て炬燵に入る。この時はさほど寒さを感じない。ストーブは点けない。というより、部屋にない。だからマウスを扱う右手が冷たくなり、時々さすって暖めている。
4時頃になると空気が一段と冷たくなる。それこそ深々と冷えてくる。徐々にヤグラの中にもぐり込んで、布団を肩までかけ、手を口に当ててハァハァしながらキーを打つ。当然吐く息は白く、ワッカを作って遊んだりもする。
電気ストーブもファンヒーターもない。ここ数年、押し入れから出たことがない。カミさんは、灯油を燃やすと結露が出来てカビが生えるという理由から、どんなに寒くても使わない。それなら何故エアコンはカバーされたままなのか。要するに二人ともあのムッとした暖気が嫌いなのだ。
4時から5時にかけて霜が出来るのか、最も寒くなる。
子供の頃はもっとそれを実感していた気がする。隙間の多い木造家屋は良くも悪くも通気性があり、雨戸の節穴から朝日が洩れ込んでくる頃、モメン綿の重い布団の中で身を縮込ませて、今日はなにをしようかと考えたものだ。
寒さは気を萎えさせるときもあるが、やはり冷気は凛としているべきで、身の引き締まる冬のビンタでなくてはならない。
なにをしようと2月が過ぎなければ、春は匂ってこない。透明な季節からやや陽気で濁る時季が待ち遠しい。

春はほこりっぽい。
中国からの産廃付きの黄砂などと色気のない現象ではない。日本に昔から在る春のほこりのことだ。先ずは“春霞”の現象。コントラストをうんと弱めて、なんでもホワーンとしてしまう。「まあまあ」となだめるのが得意な丸い人だ。それから、桜花の薄桃色が地面を覆う。これは少し大きなほこりになるかな。花見酔客の礼儀を知らないカラ弁当や空いた缶ビールは春のゴミともいわない。人間がひねり出したカスである。
そういえば、先駆けて川原を埋め尽くす菜の花の花びらはどうなるのだろう。いつの間にか小さな実を付けているので見届けたことがない。そんな余計な詮索は、春には用がないか。
どうでもいいけど、2月よ、早くいっちまってくれ。

Posted at 14:45 | 生活 | この記事のURL
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春のかすかな徴(しるし) [2008年01月08日(火) ]
春の七草を喰った。
芹(せり)は分かるが、薺(なずな) はアブラナ科のぺんぺん草? オイオイ、貧乏代名詞だったのか。
御形(ごぎょう)、繁縷(はこべら)、仏の座(ほとけのざ) ときて、菘(すずな)、蘿蔔(すずしろ)。どんな由緒があるのか知らないが、葉っぱや大根という野菜を粥と一緒に炊けば、飲みすぎ喰いすぎの正月の後には、確かに胃に優しい食べ物に違いない。
「お昼につくるから買ってきて」とカミさんに言われてスーパーへ行くと、貧弱な大根と蕪に葉っぱがチョロチョロと入ったパックがあった。290円。なにしろお世話になっているペンペン草入りだ。どんな形の草なのか知らないが、なんとなく面白い。
大根と蕪がやけに口の中で目立ち、後は緑色。なかなか清楚な色合いだ。喰いながら撮るのを忘れたことに気付いて後悔した。
塩味が足らなかったのでお茶漬けの素を入れてみたら結構イケた。

お粥は好物の一つで、一番旨かったのは十数年前台湾のホテルの朝食だった。お代わりを3杯した記憶がある。無論様々なトッピングがあるからこそで、梅干しだけの病人用ではいただけない。
粥の詳しい定義は知らないが、米を数杯または数十杯の水で薄めてコトコト煮たものと思う。
記憶にあるのは、米飯では米びつがすぐ空になってしまう戦後の、お湯にプカプカ浮かんでいた米粒で、少ない米を出来るだけ長い期間持たせる基本的な方法というイメージが強い。
今は粥専門店もあるくらいで、若い女性たちに人気があると聞く。これほど工夫の効くベース食は無いと思った。米飯よりも融通がある。
わたしがよくやるのは、納豆粥だ。濃いめの味つけをする。卵の黄身を加えても良い。他には、小豆、緑豆と貝柱、ツナカレー味、チリビーンズ風などなどキリがない。要するにどうにでもなるということだ。

21日の大寒を控えて、無病息災を願う春の七草を喰うのも、少しでも春の兆しが欲しいからかもしれない。

Posted at 04:59 | 生活 | この記事のURL
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商店街 [2007年12月21日(金) ]


どこでもそうだろうが、商店街と呼ばれている通りがめっきり淋しくなった。
ウィークデイの昼間は何故か黒づくめのお婆さんが多く、通路にはみ出した回転式ハンガーにたかって、ここでも黒っぽいバーゲン衣服を選んでいる。
少なくとも半分以上はシャッターを下ろしており、未練たらしく開けていても半開きで、(どうせ売れないよ)だったり(来たければおいで)と拗ねているように見える。
アーケードで空き地は珍しく、棟続きかと思ったらそうでもないらしいいが、ここはどう使うんだろうと他人事ながら思ってしまう。

「閉店のご挨拶」
終戦直後開業致しました“山田”に対し六十年間の長期に亘る御支援御愛顧を賜り感謝致しております。
この度当方の勝手な都合により閉店致すことと致しました。
皆様方に対し心より厚く御禮を申し上げる次第です有り難う御座いました。

角ッこのこの小さな飲食店は、3ヶ月前は確かに開店していた。うどんにぜんざい、鶏飯のおにぎりと太巻きを小さなウィンドウケースで見たことがある。
想像するに、年老いた夫婦が体を悪くして、仕方なく閉めたのではないか。切ない思いで使い慣れたまな板や包丁を仕舞い、調理場を隅々まで掃除し、翌朝起きて商売を辞めたことに気付いてハッとする。こんな繰り返しが何回かあったに違いない。
そう言えば母方の家は駅前食堂を営んでいた。記憶は5才までだから確かではないが、今でも昔風の食堂を見ると感触が懐かしく蘇ってくる。




Posted at 05:19 | 生活 | この記事のURL
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「おい!」とカミさんを怒鳴っていた頃 [2007年12月11日(火) ]
といっても、わたしの話ではない。
ここの貸しビデオ屋では、1のつく日は半額である。新作290円は145円で2泊3日、旧作は125円で1週間借りられる。この日はわたしのような暇を持て余しているジジババが押し寄せ、10作品以上持って帰る。
わたしも負けじと今月の1日に5本借りた。連続テレビドラマ「寺内貫太郎一家」だ。今は亡い原作・向田邦子、演出制作・久世光彦コンビで、1970年代が舞台の“ちゃぶ台ひっくり返し”ドラマだ。他愛のない人情コメディだが、それまでになかった意外性や突飛なセリフと動作が魅力である。DVD一枚には45分×3本=135分入っており、借りるときのわたしの条件である100分以上にも適っている。    
このシリーズが飽きないのは、各登場人物の
性格が分かっていることだ。分かっていれば予測もできるし逆に面白くないだろうと思われるが、一種の「水戸黄門」現象で、そのうえに胡座をかいて安心して面白がる年寄り臭さもある。
出だしの多くは貫太郎が事務所の神棚の前で、
「おい、里子。おーい、お水が上がってないぞー!」
と、妻に向かって怒鳴るところから始まる。里子が「ハイ、ハイ」小走りに持ってきて、
椅子に上がって神棚に供え、二人揃って二礼二拝一礼。この椅子が回転式で、いつも貫太郎が手で押さえている。なにかの拍子でクルッと回りはしないかと心配したものだ。
貫太郎は気短かで怒りっぽく、おっちょこちょいで涙もろく情が厚い。妻の里子は良妻賢母の下地はあるものの、優しい口調だが結構頑固なところがある。

寺内貫太郎(小林亜星)      
妻・寺内 里子(加藤治子)       母・寺内きん(樹木希林)
長女・寺内静江(梶芽衣子)
長男・寺内周平(西城秀樹)
お手伝いさん・相馬ミヨコ(浅田美代子)
従業員・イワさん(伴淳三郎)
従業員・タメさん(左とん平)
静江の恋人・上 条(藤竜也)
居酒屋「霧雨」のおかみ・お涼さん(篠ひろこ)
花屋の花くま・(由利徹)
以上がキャストだが、シリーズによって多少の変化がある。

多くの連続もので、決められたシーンや状況がある。観る方が「きたきたきたー」と喜ぶところだ。
「貫太郎」にもいくつかある。
食事のとき、祖母のきんと周平は隣同士。きんは決まって食べ物を落としたり唾を飛ばしたりして、周平が「ばーちゃん、きたねぇなあ!」と叫ぶ。
きんの部屋と母屋の間に引っ張り上げる橋が渡っていて、きんの機嫌によって上がったり下がったりする。
沢田ケンジのポスターに向かって、きんが「ジュリィィィィ」と悶えるところはよく知られている。
浅田美代子が屋根の上でギターを爪弾きながら「しあわせの一番星」を歌う。
などなどである。
もうひとつ忘れられない歌がある。シリーズUだったか、小林亜星弟子の徳久広司作詞作曲「北へ帰ろう」だ。彼のデビュー作でもある。これ、いまだに唄えてしまう。
http://www.fukuchan.ac/music/j-sengo2/kitaekaerou.html
腹巻き姿でギターを抱え、夜の飲屋街をよたり歩くー多分彼本人ではないかと思う。

記憶によると、久世光彦が手がけた最初の作品は「時間ですよ」だ。堺正章の「オカミさん、時間ですよー」の掛け声で始まる1970年のドラマで、74年の「貫太郎」を経て、77年には「ムー」(伊東四朗、郷ひろみ、樹木希林、岸本加世子、由利徹)となる。この中の挿入歌「林檎殺人事件」も憶えている。
    
とりとめもなく思いつくままにキーを叩いてきたが、今日は11日。そうなんです。今日は半額デーなんです。10時を待って続編を借りなくっちゃ。なんか、食欲も戻ってきたぞ。

Posted at 09:06 | 生活 | この記事のURL
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まとまらないメディペチャ結果  [2007年11月13日(火) ]

*この2階にて

福岡医師会主催による3回目のメデイペチャが飯塚のコスモスコモンで開かれた。
各地から10名のモニターが集まり、医師会理事や医師が出席して、約3時間、意見交換が行われた。

前回の女性Bさんの経験談が、小泉医療改革のひとつの例である。
末期癌で点滴のみの患者(父親)が、2ヶ月経つと転院を半ば強制されている。これは治療より療養ということで、3ヶ月過ぎると病院の収入が下がる制度があるかららしい。やたら複雑で、役人がこねくり回した保険制度は、とにかく医療費を抑えることが主眼で、それに患者、病院・医師が巻き込まれている構図だ。要するに日本国は貧乏だから、厚生が成り立たなくなりつつある、甘ったれるな!と言いたいらしい。
また、医局制度の功罪をしっかり総括しないまま廃止したことが、医師確保の上で格差がどんどん拡がり、加えて、リスクが高く労働条件が厳しく訴訟率が他科に比べてダントツの小児科産科の医師が逃げ出している。
小児科は夜間診察が多いが、その多くが軽度患者で、本来重い患者に割く時間が無くなる状態になるらしい。地元のI病院では電話で適切な助言をしたり、来院患者を程度で分けて対処するようになってから、医師の負担がかなり軽くなったと聞いた。
男性Cさんの父親は80才を越え、入院治療中だったが去年亡くなった。その前に手術をする際、医者から「年取っているから」と、もしもの時の言い訳のように言われていた。結果として手術痕が化膿して死に至り、Cさんは未だに医師に対して不信感を持っている。

日本の平均寿命は、先進国30カ国中1位。乳児死亡率の低さは4位。医療費は一人あたり19位で、GDPに対する総医療費の比率は22位だ。医師の数は1000人当たりで27位と低い。結果として、WHOも指摘しているように、コスト、質で日本の医療制度は世界一なのだ、今までは。

ダカーポ11/21付けの記事から拾い読みをしてみた。
小泉改革で、我々が「純チャーン」などと言いだした頃から、窓口負担はどんどん増え、ベッドが減らされ、75歳以上の新医療制度では新しい保険料が取られることになった。それも年金から天引きというあくどさだ。
いつもも思ってきたことだが、介護保険料は勝手に決められ、徴収方法や日付まで勝手に決めて、結果だけをポンと送ってくる。一度忘れると、「手数料100円プラス」やら「強制徴収」と、まるでヤミ金である。そのくせ事業は民間に丸投げして、介護が受けられない人、安い賃金でハードな仕事に我慢している介護スタッフだ。

そもそも少ない年金から健康保険料と介護保険料を差し引いたらいくら残るのか、政治家や役人はどれくらい理解しているのやら。彼らは何かというと「金がない、財源は?」と言うばかり。金がないから増税という、言ってみれば誰でも出来る施策である。ク○役人の厚顔無恥な税金大食いと、それを制止できないか便乗している政治屋である。目で見、身で感じる無駄遣い禁止や省すべて業界向けの体質改良が果たして為されているだろうか。
テロ特措法で油云々もいいが、それよりも生きるか死ぬかに置かれた人間の叫びを心から受け入れなければ、馬鹿げたアメリカ追従など真摯に考えられるかってんだ。
このまま時に任せ、いい加減な政策を放っておくと、尊敬するマイケル・ムーアの『シッコ』以上に、貧乏人は無慈悲な医療制度に更に泣かされることになる。いや、今も療養ベッドから「出ていけ」と追いだされている人がいる。
OECD統計では、総医療費の対GDP国際比較はアメリカの15.3%が一位で、先進7カ国中日本はどん尻の8%。窓口負担も、イギリスの2.4%に比べて世界的にも飛び出た18%である。消費税や国民性、諸事情を含めて考えても、予算に占める割合は教育予算同様、年々減っている。
ベッド数に至っては、2006年6月で33万床(医療・介護)が、2012年には15万床になる。長期になる療養は自宅でやれと言うことだ。

“ピンピンコロリ”という名言?が流行っている。役人も医者も患者も望むところだろう。語感の通り普段はピンピン元気でいながら、ある日コロッと逝ってしまいたい気持は昔からある。そんな願掛けの寺も確かあった。
だが、普段こう言っていてもイザ病気に罹ってしまうと、多くの人は『生』への執着が芽生えるという。いっそのこと、今の診療科目に「安楽死促進科」を設けた方が親切である。人道上などとカッコつけても、やっていることはジワリジワリで、この方がよっぽどタチが悪い。厚生の意味を理解していないか、ものすごい勘違い感覚を持つ典型の役所・厚労省は、HIVやC型肝炎、遡ればイタイイタイ病等々に対処するどころか、不作為は当たり前で、動いたかと思えば製薬会社の手足になり、被害が広がると分かっていながら情報を隠すということを、散々見せられ経験している。なんのことはない。厚生とは治すより病気になれという意味だと、広辞苑あたりを改訂してもらいたい気持だ。こういう役所は言えば言うほど腹が立つが、

最近の来診者にもひどい奴が居ると聞く。
サービスという言葉を「金を払えばなんでも言うことをきく」と、トンチンカンな解釈をしているようだ。コンビニ診療とも言われるらしい。自分の都合になんでもあわせたがる人種が増殖しているが、例のモンスターペアレンツ(横文字ではなく、わがままでひとりよがりで、おまけに馬鹿な親というべき)の存在と似ている。大した症状でもないのに喚き立てて無理を通そうとする。中には医師や看護士に暴力を振るう。治療費や入院費を払わない。クレーマーも居る。暇つぶしか喫茶店感覚で来る人もいる。
医師も万全ではない。先ずは本人の責任とは言えないが、絶対的な時間が足りない。自分を過信し納得する説明をしない。セカンドオピニオンを暗に否定する。過誤を隠そうとする。
いうなれば、教育現場とそっくりだ。ひどいことばかり並べるなら、資質のない教師、子を躾けられずそれを他人(教師など)に頼るばかりか気に食わないと怒鳴り込む親、触れられるだけで親に訴える子ども等々ーそっくりだ。

わたしがこの会合で提案した事がある。
病院の多くの待合室にはテレビが設置してある。ここで医療に関する問題点をビデオやDVDを使って放映するべきだ。ある時は医師の立場、次は患者、そして国や製薬業と、立場を変えてアピールもしくは啓蒙するべきだ。気長に続けて定着すれば、少しは何かが変わっていくに違いない。なにかをしなければ老人は殺され、病院はつぶれ、年金共々、先を保障できない国は壊れる。決して大げさではないとわたしは思う。

あっち飛びこっち飛びになってしまった。言いだすと切りがない。
今回で一応終わりと言うことで、コーヒーとケーキを前に茶話会(なつかしー!)になった。何故かそれぞれに感謝状が贈られ、おまけに記念撮影とはナンジャラホイと思いながら、司会を務めた隣の女性とおしゃべりした。彼女は医師会ではなく、まとめや分析を委託されたマーケットリサーチの人だった。そういえば、柔らかい言葉と笑顔で本音をしゃべらせようとしていた。その罠にはまって、どこに住んでいてどんなことをしてきて、何に興味があるかなど、こちらの情報ばかりをしゃべってしまった。40代だろうか。人なつっこい丸顔には気をつけなくっちゃ。
ウム、プロは違うなぁ。

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アンパンマンになれない役所 [2007年10月17日(水) ]


この写真を同居人に見せたら、案の定「そっくり!」と感心した。こんなもので感心されても、訳を聞くと「顔がデカイから」と返ってくるのは分かっているから、バカにされていることになる。
秋の代名詞であるコスモスの、楚々ながら溢れかえる色彩の中に、ちょっと馴染まないアニメの王様がいた。
アンパンマンについては下記のアドレスに任せるとして、酷似していると言われたわたしはどう存在価値を示そうかと思い巡らした。
http://mrcn-tru.hp.infoseek.co.jp/anpan/original/index.html
それにしてもアンパンマンは偉い。聞くところでは、身をかじらせても人助けするらしい。

先日NHKの「クローズアップ現代」で、北九州市での餓死者の問題を取り上げていた。
「腹減った、オニギリ喰いたい。25日、米喰ってない」
と、メモに書いてあったそうだ。
肝臓などを患って働けず、医者の「軽作業なら可」という診断結果をもとに、受給を止めて働くように、生活保護を扱う窓口の役人は勧め、結果として「受給辞退」を書かされ打ちきられた。その後、確認などのフォローもなく、ボロ屋でやせ細り、道端で自生するニラを食べていたという。
なにかというとGNP2位という経済力があるから国際貢献と政治家は言う。明日のメシの心配などかけらもない、あるとしたら立場の保持に汲々とする議員や、首にならず上司に目線をおいている公務員が、最後に頼ってくる市民をはねのけて、申請書さへ渡さないという傲慢さ。
減り続ける予算対策も必要だろう。だが自分の仕事は何なのか、一度でもこういうヤカラは考えているだろうか。どうかしようと思っているのだろうか。時間外でもちょっと尋ねて、その困窮ぶりを確かめる気持ちがないのだろうか。実態をつかみ、必死に方策を生み出すのが仕事じゃないのか。
玄関払いを前提とする北九州方式=「申請者撃退マニュアル」は、厚労省が全国に奨励したそうである。最後の綱を断ち切る方式を「良い方法」として採り入れ、なにが厚生なのだ。この意味を少しでも考えたことがあるのか。
アンパンマンよ、恥ずかしながら日本の行政には、全体を考えもせず、窓口で傲慢な態度を取る小役人とそれを操る上司がまだまだノウノウとあちこちにいるんだよ。
年間60−90人の餓死者を出す国のどこが先進であり豊かなのだ。

ひんやりとした冷気が日々増している。私は怒りながらも無力で、明日には自分が陥るかも知れない本当に寒々しい日本の行政に、今日も喚くしかない。

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腹鼓み [2007年10月08日(月) ]


この頃パンパンと腹を叩く癖がついた。
いや、単純ではない。ときにはパパンパンと三連発だったりパパンパンパンだったり、その時々の気持ちで叩く。だからほとんど同じではない、気がする。
そもそも腹に溜まっているモノによって、振動数が微妙に違うのだ。サンマを喰った後だと和太鼓風だが、アメリカの南部風フライドチキンとビスケットと来たら、気だるいブルース調のパーカッションになる、気がする。
この「気がする」は結構比重が大きく、わたしの人生の半分以上を占めるのではあるまいか。

生理にまつわる行動は、実感として在る。食事しながら旨いの不味いの、熱いの冷えたのと、なんらかの反応をいつも示す。中にはそんなことおくびにも出さないクソ面白くないタイプもいるが、おおよそは咀嚼を楽しみ胃に収めて満腹感を持つ。
排泄にしても同じながら、あまり詳しくしゃべってしまうと非難の誹りというやつが小うるさいので止めておくが、一気に太目排出のときは何故か充足感がある。入れたのではなく出したにもかかわらずだ。
眠りも同じで、快眠の朝はすがすがしさを実感できる。性感は個人差があるので、それなりにという程度でここに置いておこう。

これが少し大きなことになると、「気がする」になってしまう。
例えば、地球環境である。海面があがって、南の小さな国が海水に侵され始めている。南極の氷が解け始め、40年後には無くなるといわれる。だが強い実感はない。少々四季がおかしくなって、べらぼうに強い台風やスコールになった梅雨、はっきり紅葉しなくなった秋、渡り鳥の生態が変化しているなど、身近の環境が変わりつつあるというのに、重大な事柄として把握できない。なんとなく「気がする」だ。
年をとると、あと何年生きるか逆算して、「その頃はおれはもう居ないや」という狡賢さも否定できない。
自分たちが原因を作ってきた無責任さを問われても、なんとも言いようがない。発展途上にあって、日本もかなりの環境汚染を経験してきた。今になってやっと抜け出したようだが、CO2排出などまだまだ現代社会は利便さにともなう汚染に浸かっている。頭で分かりながらも車は手放せず、電気を使う生活からは到底抜け出せない。「気がする」にすがって逃げている時ではないようだ。

狸じゃあるまいに、ただ出っ張り腹が気になって、叩けば少しは引っ込むんじゃないかと、カナヅチに打たれる釘状態を期待して、それこそ少しでも引っ込んだ「気になって」、暇に任せてバンバンババン・・・。

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第2回 メディペチャ [2007年10月01日(月) ]


先日、2回目のメディペチャが開かれた。
「メディペチャ(多分、メディカルに関してペチャクチャおしゃべりをする事と思う)ー
医療を受ける立場にある県民の皆様から、医療・医師会・医師等に対する意見や要望、医療全般について感じている事など、さまざまな声に耳を傾け、より患者本位の医療に向けて参考にさせて頂くことを目的としています。平成15年度に北九州・福岡地区の2箇所からスタートし、平成17年度からは筑豊・筑後地区を加え、4箇所に拡大いたしました。今年度も昨年度に引き続き北九州・福岡・筑豊・筑後地区の4箇所で開催いたします。」

福岡県医師会からは、理事で広報担当の堤康博氏、飯塚医師会の西園代表、直方鞍手医師会の関屋代表、モニター10名(女7、男3)と司会、書記という出席者構成。

先ずは、前回私が提起した「セカンドオピニオンー以下S.O」の件から始まった。
これはシステムとして有るわけではなく、あくまで患者と医者の信頼関係の上に成り立つ「形」ということが結論だ。システム化すると更に複雑化し、義務の発生によって関係がぎくしゃくしていく恐れがあるらしい。B医師の診療に疑問を持った場合は先ず訊き、その上で紹介状をもらってC医院で再診という事が最も良いらしい。しかしあくまでB医師の諒解が前提である。
これにともなって、前回も問題提起した検査及び診察データの所有権が浮かび上がってくる。患者はすべて診察代として支払いを済ませているので、当然自分に所有権があり、請求すれば無償で受け取れると思っている。確かに前提は間違いない。
例えばレントゲン写真、カルテはコピー代の実費で済む。しかしいわゆる定価は決められておらず、取り扱う医院によってバラツキがあるという。量的に多ければそれなりの金額になり、患者負担はかなり大きい。
これらのデータは一定期間保管の義務が国から課せられているため、それを過ぎなければ
オリジナルは受け取れないが、所有権は患者側にあることは明らかになった。
いずれにしても、データの移管が伴うS.Oの場合はB医院、患者、C医院の関係が良くなければ、C医院で同じ検査を強いられることになり、金銭的にも体の負担でも患者は楽ではない。

「待ち時間が長く、診察は短い」は、受診の際の常識である。これは医師側から言わせると必然的にそうなるらしい。
来院者が5人居たとして、トップに診察を受ける患者は9時に受診できるが、2番目は1番目の診察時間による。10分かかったなら10分後で、早くて9時10分からの診察になる。その後は順繰りにいって、5人目は30−50分あとということだ。もし一人30分の受診時間だったとしたら、5人目は2時間あとになる。言われてみればなるほどだ。トップといえども待ち時間は同じである。1番に診てもらうなら30分以上前には来院名簿に書き込まなければならないからだ。医師も互いに納得するまで時間をかけたいだろうが、他の患者も診なければならないので、そうもいかない現実があるというわけだ。

先発を新薬とするなら、後発がジェネリックになる。嘘か誠か知らないが、薬では病院は儲からないともっともらしく言っていた。それにしては、山のように薬を処方するところも結構ある。普通に考えれば、ジェネリックは安い。新薬が100円とするとおよそ70円ぐらいか。単純に半分が利益とするなら50円と35円になる。従って新薬の方が儲かるはずだが、そうではないとおっしゃっていた。当然病状によって変化が著しいものから、慢性で変化の乏しい状態もあり、一概に言えないが、医師はジェネリックにあまり信を置いていないようだ。それに後発に頼っていると開発が遅れるらしい。医師もそれぞれで、費用を思って積極的にジェネリックを採り入れている医院もあり、判断はどちらとも言えなさそうだ。

臨席の女性が保険点数の疑問を投げかけていた。まったく同じ診断で、医院によって点数に違いがあるというのだ。その書き付けを示しながら、理事に調べて下さいと頼んでいた。これは医師会側がしっかり調査して次回に結果報告することになった。真摯な態度といえる。

薬をもらうだけなのに、診断料が請求されているという指摘もあった。それを看護士に尋ねると「みなさんにそうしてもらっています」という返事が返ってきたという。いい加減さの見本のようで、失笑がもれたが、いやいや笑い事ではない。適当な名目をつくって「病院のやることに文句を言うな」と言っているようなものだ。

今回医師会側に感心したことがある。「診断情報共有カード」ということで、患者側は、
1,病名・病状について、わからないことがありますか?
2,検査について、わからないことがありますか?
いか、同様に
3,薬について
4,手術について
5,医療費について
とあり、
6,病気が生活に影響している状態を、主治医と話しましたか?
7,家庭で療養する上での不安や心配事を話しましたか?
8,家庭生活での手助けや世話の状況をはなしましたか?
ということで、『あなたと主治医の診断情報共有のための「めやす」』として示された。振り返ると、こうも明確に質問した記憶がない。これからはどんどん試みてみようと思った。

医師会、特に日本医師会と聞くと、即、圧力団体と一辺倒な思い込みがあった。強圧的なイメージもあった。そもそも、なにをしている社団法人なのか知りもしなかった。圧力はあるだろうが、予防医療にかなり活動しているようで、地域で大いに利用価値のある機関
だ。最終回は11月10日で、更に突っ込んだ討論が予想される。

というわけで、関係ないわけで、今日は野菜カレーを作った。じゃがいも、にんじん、なす、ピーマンだ。肉は一切はいっていない。
いい色だ。いい彩だ。
こういうものをパクパク喰える内は健康に違いない。



Posted at 13:36 | 生活 | この記事のURL
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審判とは? [2007年09月25日(火) ]
『或る日或る朝、主人公が特別の理由もないのに突然逮捕される。やがて裁判にかけられるが、まるで事情が分からない。何もかも分からないまま、最後は主人公が刺し殺されてこの小説は終わる。』
カフカの「審判」である。不条理の典型として、よく例に出される。
なにがなんだか訳が分からないうちに本筋からどんどん遠ざかり、受ける審判も自分を避けて的をわざと外した結審をし、泣こうが喚こうが判決だけは自分に下される。冤罪者の多くはその状態に追い込まれるだろう。いくら事実と違うと訴え、その証拠が目の前にあっても、「一度下した結論は変更できない」と駄目押しされる。出来ない理由も示されない。人間が人間に行う間違いが、どうしてそのままの図々しい行為が世にはばかるのだ。
力関係だけでは収まらない、得体の知れない
流れというのだろうか。

納得出来ない結論を押しつけられて、悔し涙にくれた経験は誰でもあり、、それも一度や二度ではあるまい。
スポーツには必ずルールがあり、それに添って審判が下される。審判員(一定の規則に従って判定をする役目にある者。主としてスポーツの分野で用いられ、野球規則、オリンピック規則などの規則に従い判定する者をいう)の立場は、本人の意思に関係なく、そのものがかなり微妙である。先日中国で行われた国際的なサッカー試合で、日本対中国では、審判員全員が中国国籍と聞いた。これは微妙以前に明らかな間違いで、試合は目に見える日本側不利の判定を連発していた。結果は引き分けだったが、こんな試合運びで中国の人は満足するのかと、少々哀れに感じた。

シドニー五輪の柔道100キロ超級でダビド・ドイエ(31=フランス)と日本の篠原信一(27)との決勝戦では、篠原の返し技を判定する能力がなかった審判員が居た。一体どれほどの眼力があるのか、ましてや金メダルをかけた試合で、あまりにもお粗末な結果である。ビデオで確認すれば一目瞭然の内容を、審判員は非力を棚に上げて認めない。あんたらの自尊心なんか屁の突っ張りにもならないことを知りなさいよ、と言いたい。

最も新しい誤審例である。
【 時事通信 - ビデオ見ない審判に制裁を=浜口戦の判定で福田氏が抗議−世界レスリング
DATE:2007/09/24 12:12
URL:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070923-00000098-jij-spo
ここでも、大会委員がビデオで確認して誤審を認めたが、結果はひっくり返らない。これが解らない。不可解奇天烈なんじゃもんじゃのオナラがプーである。そう、文字にしたら滅裂そのもので、理解したなら躊躇なく恥を捨てて変更すればいいのだ。ルールで出来ないのなら、そんなものは常識で判断して変えればいいではないか。審判なんて、いうなれば間違いが当たり前という前提にある。不条理そのものを貫く意味や価値がどこにある。特にアマチュアは普通に判断できる当たり前のルールに従うべきだ。また、ビデオ判定も採り入れて、審判員はそれに従うべきである。

プロ野球の場合は、誤審か否かも試合を楽しむ要素になっているが、大リーグの審判能力はあまり高くないので、それが問題だ。口泡飛ばして監督あたりと言い争うシーンは、人間味があっていいが、明らかな間違いでも我を通すのは交通事故のときと同じだ。裁判で不利になるので絶対謝らないことと繋がった精神構造なのかも知れない。
これが国際関係にまで浸透している。
間違ったことは「間違った」と認め、屁理屈で不条理にだけは持ち込まないで欲しい。


Posted at 12:41 | 生活 | この記事のURL
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