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祇園山笠 [2008年05月12日(月) ]

祭り前は変哲もない田舎町だ。嫌いではない雰囲気。


4,5月は祭りの多い時期である。
このあたりでは続けて山笠がある。
「山笠があるけん、博多たい」というが、なにも博多だけの専売ではない。
田川郡糸田町の祇園山笠が5月10,11日にあった。
【近くの行橋市の今井祇園の流れをくむこの祭りの起源は、京都八坂神社の祇園御盆会にあると言われ、1700年頃からの伝統行事とされている】

高さ6メートル・重さ2トンあり、2本の担ぎ棒を藤カズラで屋台に縛り付けた担ぎ山笠。屋台の上に合戦場面を演ずる勇壮な武者人形を乗せ、城郭や城壁を桧の葉や若竹で摸すなど、その飾付けは豪華絢爛にして迫力満点だ。飾り山笠を担いで鉦と太鼓のリズムに合わせ、独特の掛け声「エンヤヤッサ・コラヤッサ」とともに町内を練り歩く勇壮な祭りだ。
40人から50人の屈強な若い衆ー確かに若くはあるが、中には頑丈とは言えないタイプも混ざっている。だが勢いとは恐いもので、汗だくになりながら押したり引いたりしている姿を見ると、みんな頼もしい。
引く組が“エンヤヤッサ・コラヤッサ”と声を上げ、後の押し組はそれに応える。
山車の上の若者が音頭を取って、アドリブで笑わせる。
エンヤヤッサ・コラヤッサ
  (エンヤヤッサ・コラヤッサ)
糸田の町は 良いとこバイ
  (糸田の町は 良いとこバイ)
エンヤヤッサ・コラヤッサ
  (エンヤヤッサ・コラヤッサ)
花園ラーメン うまかバイ
  (花園ラーメン うまかバイ)
ときにはスポンサーの宣伝もするが、ネタがなくなると、
エンヤヤッサ・コラヤッサ
  (エンヤヤッサ・コラヤッサ)
そこのネェちゃん イッ○ツやらせんね

などとえげつなくなる。
これも怒鳴り声と汗に紛れて祭りをつくりあげる大きな要素になっている。こんものでもなければ面白くない。とにかく茶髪の兄ちゃんたちにかかっている。そんな勢いがあった。

筑豊では、
直方祇園山笠(直方市)
飯塚祇園山笠(飯塚市)
川渡り神幸祭(田川市)
八屋祇園(豊前市)
中間山笠(中間市)
春日神社例大祭(宮若市)
日吉神社祇園祭(宮若市)
いなつき祇園山笠(嘉麻市)
岡湊神社祇園山笠(遠賀郡芦屋町)
東黒山祇園山笠(遠賀郡岡垣町)
老良祇園(遠賀郡遠賀町)
島津の祇園祭(遠賀郡遠賀町)
糸田祇園山笠(田川郡糸田町)
苅田山笠(京都郡苅田町)
とあり、地域ごとの特徴が結構はっきりしている。

そもそも祇園山笠は、巡行することで集めた厄を祓うという意味で執り行われるらしいが、単なる年中行事としても地域にもたらすものは大きい。
‘祇園’と聞くと、京都の舞妓さんを連想するが、本来は「祇樹給孤独園(ぎじゆぎつこどくおん)」の略で、祇園精舎は【 (梵) Jetavanavihra
須達(しゆだつ)長者が釈迦とその弟子に寄進した寺。中インドの舎衛(しやえ)城の南に旧跡がある。もと祇陀(ぎだ)太子の林園で、須達長者を給孤独(ぎつこどく)とも呼んだことから、祇樹給孤独園、略して祇園という。祇陀林。逝多林(せいたりん)。給孤独園(ぎつこどくおん)。】とある。

とにかく、どぎつい法被をまとい大声で喚き、酒をカッ喰らって憂さを晴らせば、楽しい祭りである。



Posted at 14:09 | 日記 | この記事のURL
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炭坑はよみがえるか? 再生のシンボル [2008年05月04日(日) ]


♪月が出た出た の炭坑節で“あんまり煙突が高いので さぞやお月さん煙たかろ”と唄われた二本煙突は、今でも筑豊地方のシンボルである。
去年3月で完成から100年経つので傷みがかなり激しく、煉瓦や繋ぎ目の劣化で剥がれて落ちる危険な状態になった。高さ45メートルは26階建てビルに等しく、台風や地震による倒壊の怖れが出てきたのだ。また、旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓と同第一・第二煙突(二本煙突)が、この年の10月2日付けで、正式に国登録有形文化財(建造物)へ登録されたこともあり、田川市は厳しい財政状態ながら、去年10月に全面的な補修に取りかかった。
【竪坑櫓と二本煙突は、現存する明治期のものとしては全国でも最大級の規模を誇り、登録基準である『国土の歴史的景観に寄与しているもの』に該当するとして、高く評価されています。田川が誇る筑豊炭田のシンボルであり、全国的にも貴重な産業遺産です。
なお、当該文化財の正式名称および概要は、以下のとおりです。
■旧三井田川鉱業所伊田竪坑櫓 1基(登録番号:40-0051) 
 【構造】鉄骨造    【竣工年】明治42(1909)年
■旧三井田川鉱業所伊田竪坑第一煙突  1基(登録番号:40-0052)  
 【構造】煉瓦造   【竣工年】明治41(1908)年
■旧三井田川鉱業所伊田竪坑第二煙突  1基(登録番号:40-0053)  
 【構造】煉瓦造   【竣工年】明治41(1908)年』(田川市石炭・歴史博物館)

早速煙突の周りを囲む足場が組まれた。まるでツインビルのようで、これはこれで面白い風景をつくっていたが、作業は無事に終わって、今年5月早々に足場が外された。

はからずもこれと並行して、松原地区にあった旧炭住の住人も4月末で新しい団地に移り住み、今は無人である。よくぞ今まで我慢を重ねて住んでいたものだと思うほど朽ちている。早々に立入禁止の札が棟毎に貼られたが、名残を惜しむ人々が結構訪れている。

最近、北海道で露天掘りをしている石炭が、発電用の需要を満たしていると言われている。2005年当時、年間消費量1億7707万トンのうち99%以上が輸入されていた。国内採掘量はたったの125万トンである。だが、原油の高騰やオーストラリアの採炭量が水害で落ち込んだことや、中国の輸入が増えてきたことから、1トン13000円と高くなり、北海道のトン当たり10000円の価格が見直されてきたのだ。
北海道電力では道内炭坑に増産を要請し、これまでの2倍に当たる年間100万トンを購入するという。このコスト安に、製鉄、製紙会社などが注視している。問題は要求される増産体制がすぐには出来ないことだ。
ならば筑豊ではどうだろうと、つい考えてしまう。無論かなりの資本投資が必要で、インフラだけでも多くの時間もかかるだろう。これはやはり国家的なプロジェクトで取り組まなければならない。また、環境の面でも石油よりCO2の排出が増え、技術開発は欠かせまい。技術に生きる日本としてはなんとしても、石炭のガス化および液化を実現して欲しいものだ。
これまで九州で生産された石炭の総量はおよそ16億トンで、埋蔵量としてはまだ80億トンが残っていると見積もられている。
では世界的にはどうなのか。
IATAや「BP統計2004」によると、石油の可採年数は41年、天然ガス67年、ウラン61年である。そして石炭はあと約192年といわれる。エネルギー資源としてはまだまだ採れるわけだ。

煙突が装いを新たにし、炭住が3−5階建ての洒落た団地に生まれ変わった。高齢少子化はやむを得ないが、せっかくの資源を眠らせておく手はない。年はとっても、おいちゃんおばちゃんはまだまだ背筋はピンと伸びている。筋もピンと入っている。貧しくてカップ酒を惜しむように飲む日々であっても、川筋気質は生きているのだ。二本煙突のようにシャキッとしているのだ。条件はそろっている。蘇らそうではないか。再生しようではないか。



Posted at 17:01 | 日記 | この記事のURL
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聖火無惨 [2008年04月28日(月) ]
【聖火リレー:留学生動員「中国大使館が関与」 オーストラリア当局者 - 毎日jp(毎日新聞)
DATE:2008/04/27 06:11
URL:http://mainichi.jp/select/world/news/20080426k0000m030064000c.html

今回の聖火リレーなるものを見ていると、徳川綱吉の犬公方を連想する。
当時のお犬さまは自分の存在価値が人間より上だとは思いも寄らなかった。もし自覚があれば、「お、この頃何故か待遇が良いな」となるが、犬は犬である。犬と聖火を置き換えてみればいい。
聖火も同じだ。そもそもなぜ‘聖’火なんだ。どこが聖なるものなんだ。
【ギリシア神話に登場するプロメテウスがゼウスの元から火を盗んで人類に伝えたことを記念して、古代オリンピックの開催期間中にともされていた。聖火は、1928年のアムステルダムオリンピックで再び導入されて以来、近代オリンピックの一部であり続けている。現在の聖火リレーは、1936年に開催されたベルリンオリンピックで、ナチスによって導入された】という所以があるが、まだ分からない。
オリンポスで太陽から採火という魅力的な儀式からはほど遠い、寝違えた首の痛みのようなけったいな聖火である。
特に‘今回’の聖火は、中国のねじれた想い
が燃えているようで、チベットの怨念と中国の‘愛国’が燃料の気がする。
長野での無意味なリレーが無事に終わったが、政府主導としか思えない集人力なのか、インターを声高に歌いながら大きな紅旗をうち振るっているプロレタリアがイベントの意味を忘れて道路を真っ赤に染め、「中国ガンバレ!」と絶叫していると錯覚した。一方、ウィグルの青い旗、「フリー チベット!」の声。現代の国威発揚とは、住民や観客の迷惑など屁とも思わず、大人数でわめくことではない。両者共々、半分ぐらい五輪の旗を持てば、「ああ、これはオリンピックのためのリレーなんだ」と思うことが出来たろうに、情けない感覚である。
後生大事に聖火を護送して何が残る。少なくとも賞賛は同類の国しかあるまい。こんなことをして無事に聖火を中国に持ち帰ったとして、本当に歓びがあるのだろうか。持ち込まれた国々の迷惑顔を見れば、「絶対に聖火を消すな」などと中国は言えないはずだ。オリンピックの歴史にどのように残るのか、チベットに変化が生まれるのか、まともに競技が出来るのか、見守っていこう。

Posted at 17:26 | 日記 | この記事のURL
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炭住無惨 [2008年04月27日(日) ]


今日2008年4月27日で、田川市松原の炭坑住宅から住人が居なくなる。住居としての期限日だからだ。
バラック又は廃屋寸前の長屋はひっそりしていた。近くで車の整備をしていたおじさんに訊くと、もう誰も居ないらしい。市と警察の名前で【立入禁止】の札があちこちに貼り付けられている。
地域を形づくってきた。様々な人生があった。なのにセレモニーひとつないとは寂しすぎる。崩れいくものには目もくれない。たかが数百戸の歴史など意味が無いというのか。何回も訪れたが、その度に建物と人が崩れていくのを実感してきた。
住人の多くは3階建ての新築団地に引っ越し、これからは住み心地の良い環境で新たな生活を送るだろうが、前のようなコミュニティが再生出来ればと願うばかりである。





Posted at 15:37 | 日記 | この記事のURL
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母子殺害判決 [2008年04月23日(水) ]

                   (イラストはサンケイから)

安田弁護士を長とした[殺人、強姦(ごうかん)致死などの罪に問われた元会社員(27)(犯行時18歳1か月)]被告の弁護団は、常々主張してきた死刑廃止に自ら冷や水をかける結果になった。少年であろうと、残虐性、計画性を持って二人殺害という罪は死刑に価する判例をつくってしまったからだ。
1,2審と容疑を認めて反省の念を持ったかのようだった被告が、新弁護団の指示に従って、「殺意の否定」を軸としたとき、これでもかという荒唐無稽な弁論展開のため、反省云々は別として、それまでふてくされながらもうなだれていた顔を上げ、「ぼくをなめないで下さい」姿勢に変わったとき、わたしは22日の判決を確信した。
もし弁護人の理屈が認められたなら、これからの凶悪犯罪はすべてこの手で歪められるからだ。舌先三寸の空論で正義が弄ばれることになるからだ。

朝日新聞は、思った通りの扱いだった。
【母子殺害に死刑 「不当判決で厳罰化加速」弁護団が批判 - 社会
DATE:2008/04/23 07:23
URL:http://www.asahi.com/national/update/0422/OSK200804220087.html

産経新聞も同様。
【光市母子殺害 被告に死刑宣告 新供述は「不自然、不整合、到底信用できない」 (1/2ページ) - MSN産経ニュース
DATE:2008/04/23 07:26
URL:http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/080422/trl0804221202010-n1.htm
それぞれの主張は社説を読めばはっきりするが、報道姿勢からも充分伺える。

裁判員制度をどうとらえるか、今回の裁判は一つの指針の気がする。
おかしな判決は多々ある。推定無罪より推定有罪の傾向が欧米よりかなり濃い結果の数字もある。イギリスの推定無罪は50%前後と聞く。日本は90%以上だ。原因の一つに、日本では検察官と裁判官の交流が日常的にあり、裁判官から検察官になる人やその逆もあることから、当然検察寄りになるのがその原因とも言われる。自白だけの検察庁書内容は認めるが、物証も含めた弁護側の証拠はなかなか認めない事案がみられるからだ。
事実を争う公正な裁判過程があるとは限らないと言うことだ。ここに裁判員の存在意義があると思っている。
一般人の常識だけでも法律家の判例だけでも公正は保たれない。両者で証拠や自白内容をとことん検証する場になるはずだ。
よく「裁判官の心証を害する」と判決に影響が出るといわれるが、これを極力避け、論議に徹する方向に持っていくためにも、裁判員の責任は大きい。

被告、原告、検察、弁護人、裁判官すべてが人間である。感情を持つ生き物でロボットではない。この難しさは理性に基づいた正義に頼るしかないのが現実であり、これからも“裁き”への試行錯誤は延々と続くだろう。

Posted at 08:17 | 日記 | この記事のURL
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聖火とチベットと中国と [2008年04月22日(火) ]
夏の北京オリンピックの前哨戦になっている“聖火の世界巡り”は、残念なのか当然の帰結なのか、行く先々の国で、トレベルがトラブルと同義語になりつつある。
IOCと中国政府は、なにがなんでも五大陸制覇とばかりに、イメージダウンを自らばらまいている。
チベット国(文明的にまさしく国)及び亡命政府の作戦は見事に的中した。アメリカを始め、日本を含む各国政府は見て見ぬ振りを決め込んできたが、今頃になって「人権、人権」と、取って付けたようにコメントしだした。政府関係者はともかく、市民や一部メディアはチベットでなにが起きているのか、かなり正確な感覚で、抑圧の実態を想像している。
中国政府は「内政問題だ」として受け付けず、先日の報道番組では、在日中国大使が様々に正当性を主張していた。途中から見たのだが、「農奴制から解放した、寿命が2倍になった、警官は1人の死亡者と200人以上の負傷者を出しているので弾圧ではない、信教の自由は保障されているetc etc」。だからダライ・ラマ側が言う不当な行為は一切無いと結論づけている。
わたしの偏向的な観念として、共産主義の「解放」ほど怪しいものはない。ソ連でも東欧でも同じで、解放つまり侵略に他ならない。日本もかつては、東南及び東アジアを欧米の植民地から「解放した」と言っていた。それを非難し続ける中国は、少数民族といわれる人たちに同じことをおこなっている。また多数の漢民族にも同様の行為で格差を広げ、都合のいい市場経済を一党独裁のもとに展開している。本当の農奴はまだまだ居り、かつ増えているのが現状ではなかろうか。
中国政府の主張が本当なら、先ずは一切の制約なしにチベットを世界の報道関係者に公開するべきだ。それなくしていくら主張しても、誰も信用しない。面子にこだわり我を張りつづけるなら、世界の冷たい目は変わらないだろう。その象徴が聖火護衛隊などという出現である。平和を信じるならこんな集団青服で守られた聖火がいかに無意味で虚しいかを悟るべきである。
中国の経済成長になんの羨望も持たない。やっかみなどゼロである。ただ、騒々しいのだ。自由とは言い切れない13億の民のざわめきが煩わしいのだ。良いことと言えば、多少裕福になったため密入国が減ったくらいで、環境破壊ではまさにメガトン級である。以前にも言ったが、黄砂だけでも迷惑なのに、それに産廃物がくっつくようになり、韓国、日本は防ぎようがない。食の安全では既報のように改善しようとする気がほとんど見えない。官が対外的なアピールをしても、生産者の意識が「売れるならなにをしてもいい」にとどまっている以上、コピー商品の氾濫と同様、無くなりはしない。政府が自国中心主義(中華思想)であるなら、その国民が自己中心なのは当然でもある。
民度を上げる本当の教育は、共産主義下では
無理だ。飢える者富む者のひずみがあり、それを強権で押さえつけている現状は、13億人を束ねるには不可欠という理屈の上に立っている。川や湖の水汚染で住民に飲み水が無くても役人がその企業を守り、オリンピックがあるからと強制立ち退きさせる不動産業者と役人がくっつく。万民平等のための共産主義は、単に国体維持のみのために存在しているようなものだ。
正直、オリンピックなど大した催しではなくなった。商業主義がどんどん流入し、その国の経済効果は確かに大きいだろうが、魅力は回を重ねる毎に減少している。ましてや、聖火の通り道にある町が罵声と暴力から必死に守る意味がどこにあるというのだ。
なんといおうが、オリンピックに関係なく、終わった後さらにチベットに目を注ぐことを忘れてはならない。
どちらにしろ、迷惑千万な話である。

Posted at 05:36 | 日記 | この記事のURL
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“老い人"  訓読みを広げよう [2008年04月08日(火) ]
年をとった人が増え続けている。
今までは、当たり前に「老人」と呼ばれてきたが、この呼称に抵抗する人が増えたせいか、シニア、シルバー、熟年その他さまざまな言い方が世に溢れている。爺はジジィ、婆はババァなのに、名前で心構えがそう変わるとも思えない。
だが、わたしが子供の頃に見た、腰が曲がったり皺くちゃな人は確かに減った。だから前記のように呼ばれるのが良いのかも知れない。食べ物が変わり、運動への認識も改まり、代謝を促すサプリメントや医療の進歩のおかげといえる。
「老人」という言葉はいかにも固い。さも頑固そうな人間像になってしまう。それに、幸か不幸か女性が含まれていない様にも思える。音読みでロウジンというからなのかも知れない。それならと、わたしは「老いた人」、つまり“老い人”にしようと決めた。無論、勝手にである。人=ニンというよりヒト又はビトと訓読みすることで、柔らかい深みが生まれる感じがするのだ。幼児はオサナビト、青年は活発だからイキビト(活き人)などとすれば、少しはみやびな和の国の、のんびりが戻り生まれるのではなかろうか。

老い人の宿命であるハゲ。
明らかな禿が頭の真ん中にポツンとある。これはあまりにも残酷な喜劇ではないか。単なる禿男になってしまう。ぼよんとぼやけた様こそ老い人の禿の尊厳に似つかわしい。そんな人は“禿人(ハゲビト)”と呼んで尊敬の眼差しを贈ろう。



どうも言うことすべてから、わたしはロマンティストになれない。センスがない。自分では夢見る老い人のつもりが、照れという現象から逃れられない中途半端さを消すことが出来ないのだ。そもそもテメェの禿頭を撮ってなにを言いたいんだか。

支離滅裂した日であったが、気晴らしに近くの池で風景画を撮った。

Posted at 17:49 | 日記 | この記事のURL
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え? [2008年04月01日(火) ]
日曜日の午後12時55分から某局で放映される「新婚さん、いらっしゃい」が面白い。
かなりの演出やヤラセがあるのは明らかだが、それでも出演して夫婦生活のアレコレをしゃべる神経は、ただテレビに出たいだけでは収まらない魅力があるに違いない。
見る方は、桂三枝のどぎつい質問に期待し、彼らもそれに応えているようだが、最近の出演者には“羞恥”の気持がなく、また局もそれを選択肢の大きな条件にしているようだ。
先ず、出てきてお辞儀をし、住所と名前・年令を訊かれるが返事の仕方が、
「福岡県○○市、春画九瑠蔵 28才」「妻
 鬼田代 32才」と、紋切り型で、元気のいい小学生である。語尾に「です」が付くことは滅多にない。
新婚さんだから当然、夜の営み(懐かしい言葉だネェ)の話がある。そのときも、「やった、やらせた」と実に即物的で、情緒のかけらなどありはしない。司会者側はたまにはたしなめているが、アッケラカーンと言われると、日本人が持ち続けていた湿気もすぐ乾いてしまい、〈これも温暖化のせいかな〉と変な理屈を付けてしまう。
この類の番組で難しいのは、えげつなさを包むオブラートの質だが、三枝師匠は椅子から転げ落ちる度合いの強弱でうまく処理している。靴を脱いで床に叩きつけたり、発泡スチロール製の柱を蹴飛ばすのも、進行中の中身と合っている。わたしが好きなのは、どうしょうもなくなって直立姿勢で「誰か代わって下さい」と客席に問いかけるアクションだ。
さすがと思う。
数十年続いているらしいが、相方が代わっても変わらない師匠の姿勢が、長寿番組の地位を保っているのではあるまいか。

このようなことをテレビ局に投稿すると、次のような返事が来た。
『毎週見ていただいて、誠にありがとうございます。あなた様ご指摘の通り、三枝師匠のご努力の賜物と同時に、これからの日本を背負っていく若いカップルを応援する当テレビ局の微力ながらの努力の結果と自負いたしております。
これからは、新婚というコンセプトのみならず、あなた様のようなジジババ夫婦をお招きしてお話をお聞きする企画も立ち上げる所存でございます。
つきましては、その第一号に是非ご参加されたく御願いいたします。詳しくは御来訪の際に打ち合わせをさせて頂くべく、取りあえずJALのファーストクラスのチケット及び帝国ホテルのスィートルームを予約させていただきました。心よりお待ち申し上げております。

  [晩婚さん、いらっしゃい]担当ディレクター
         日付 2008年4月1日  』

ああ、4月1日でなければ、またタダで東京へ行けたのになぁ・・・。

Posted at 12:32 | 日記 | この記事のURL
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試し河内節 [2008年03月29日(土) ]
サァテハァ一座の皆様へ、ちょいと出ました若輩はァ ヨォホホイホイ
〈ア、ヨイトコセェー、ドッコイショ〉
お見かけ通りの悪声で、お気に召すよに読めないけれど、今宵うれしきサイトから、出もせぬ声をば張り上げましてェ、一生懸命につとめます。
〈ソラ、ヨイトコサ、サノヨイャサッサ〉

浮世に広める名も特に、ありはしないがステージ世話になりつつ‘玉ねぎのみそ汁’という前をもって一節、銅鑼声あげさせていただきますぅー。
ヨォホホイホイ
〈ア、ヨイトコセェー、ドッコイショ〉

師のない流れを汲みし若輩の、ホウホケキョウもままならざるこの私。春は弥生の林にて、啼き声習ってケキョケキョと未熟の唄声お聞き苦しくさもあれど、言いたいことありますれば、お耳を少々傾けて、前置き長くダラダラをここで断ち切り本題へ。
ヨォホホイホイ
〈ア、ヨイトコセェー、ドッコイショ〉

地球は人が増えすぎて、熊虎猿のみならず、
図々しくも象やライオン追い出して、仁義のジの字もない縄張り侵して畑を作り、口の上ではエコエコと白々しくも唱えつつ、人間さまが一番エライと下司な顔付きで申します。
ヨォホホイホイ
〈ア、ヨイトコセェー、ドッコイショ〉

化石が遺産の地底の油を絞りだし、“どうだ買わぬか、一樽100ドルだ”と、寄ってたかって値を上げて右から左へお金を動かし、笑いが止まらぬガッポガッポの国・企業。ロシア・プーチンこの際と、オイルマネーで帝国づくり。おれの言うこと聞かぬなら石油もガスもやらないと、こういうヤカラは昔から近所隣に居たものだ。金で仲間をあやつるならば態度傲慢、顔下卑て、尊敬死語と相成りました。こんなことでは、腰は抜けるは毛は抜けるは、ついでに歯まで抜けましてぇ。イヤハヤイヤハヤ、そんな訳でありまして。
   ア、ヨイトコセー、ドッコイショ
と、ひとまず失礼いたしますぅ。

Posted at 12:25 | 日記 | この記事のURL
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老い人よ(‘恋人よ’といいたいのだが) [2008年03月24日(月) ]

意欲は語彙が失われることで痩せ細っていくようだ。わたしのようなタイプは、簡単に諦めはしないが、言葉を引き出すにはかなりの努力が必要なので、面倒くさくなって「ま、いいか」となってしまう。
胸に燃え立つものがある以上、それを形にしたいのは当たり前だが為しえないもどかしさが積み重なると、老後は反比例のオンパレードと思ってしまう。。
表現しきれない不燃焼に身もだえている老い人は少なくないと思う。体力の衰えは仕方ないとしても気力はある。しかしこの衝動はなんなのだろう。いい加減ホケーとした日常でいいではないか。どんな表現対象があるというんだ。どんな表現方法があるんだ。万が一ある程度満足できる結果を得たとして、「点」ばかり残し、つながりのある線を創るには時間が残っていない。また四六時中創ることばかりを考えて楽しいわけがない。

日吉ミミ「男と女のお話」の替え歌
(上段がオリジナル)

恋人に ふられたの
老い人は 忘れるの

よくある話じゃ ないか
よくあることじゃ ないか

世の中かわって いるんだよ
言葉がつぎつぎ 消えるんだよ

人の心も かわるのさ 
おれの心も 痩せるのさ

-------------------------------
 
淋しいなら この僕が
さみしいから このおれと

つきあってあげても いいよ
つき合ってくれよ ヒマなら

涙なんかを 見せるなよ
同情なんか いらないよ

恋はおしゃれな ゲームだよ
老いはおしゃれな 時間だよ


なんていう馬鹿らしいお遊びで時間をつぶすと「やることないのか」と自分を嘲り、本を読んでもミニ・コンサートへ行っても催し物に出かけても、なんか中途半端。金が有り余っていれば旅にでも出るのだが、生活に追われてママならず、息苦しさが増すばかりだ。ニヒルでも厭世でもないので、心根が更に卑しくなる。ちっちゃな欲に紛れていて、どうも塩梅がよくない。
しかし振り返ってみると、今に始まったことではなく、そんな人生を送ってきたんだ。今になって舵を切ろうにも錆びついてしまっていることに気付いただけなんだ。本音はおしゃれな時間じゃないんだ、老い人には。今ドックに上がってしまうと、もう海には浮かばない舟なのかも知れない。

Posted at 08:27 | 日記 | この記事のURL
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