【老後に夫と同居→妻の死亡確率2倍 - 暮らし
DATE:2007/01/29 07:58
URL:http://www.asahi.com/life/update/0129/001.html】
この中で『藤本医長は「夫の依存が妻に負担をかけている一方で、妻に先立たれると夫は身の回りのことを助けてくれる存在を失い、逆に死ぬ危険性が高まる。夫が家事などを覚えて自立することが大切だ」と話す』とあるが、「妻ひとりで長生き」をAとし、「亭主ひとりで短命」をBとした場合のAとBの相関関係の結論がこの統計の数字になるのだろうか。しかし本当に亭主の存在とはこんなものなのか疑問だ。
厚生労働省がまとめた「平成17年簡易生命表」によると、男性は78.53歳、女性は85.49歳となった。前年より縮まりはしたが世界一には変わりない。
そして、男女の平均寿命差は、昭和30年では、男 63.60、女 67.75で、その開きは4.15年だが、平成17年には男78.53、女85.49、開きは6.96才とどんどん広がっている。つまり、女性の長寿傾向は男性に比べて確実に伸びているのに、亭主持ちの奥さんは、不幸なことに独身女性より
2倍の死亡率なんだという記事である。これと平均寿命との因果関係が分からない。
そして、「家に鎮座している亭主は家事一般に精通して、存在価値を高めないと、奥さんが早死にしてしまいますよ」と言っているのだが、これと女性の長い寿命との関係も分からない。
寿命の条件は、食べ物、医療にストレスも加わるようだが、男性にはストレスがなくノホホンと脳天気にカミさんに頼っているように言われ過ぎてはいないだろうか。では女性より早死にしている統計数字は何を表すのだろうか。正確な実生活の内容が果たして把握されているだろうか。
例えば私の場合、家事一般なんて屁でもない。自動洗濯機、電気釜、電子レンジ、冷凍食品やレトルトものなどは揃っている。洗い物もどうってことはない。だが今のところ朝食つくりと布団の上げ下げ、電器製品の管理と力仕事以外はカミさんから止められている。バスタブを洗うと「洗剤が落ちていない」、洗濯物を干すと「しわになっている」、布団を干すと「一時間ごとにひっくりかえさなきゃ」。つまり、自分の考えと結果が違うというだけの理由なのだ。自分の納得を得るために自分でやるという話だ。男女の適性を活かした仕組みになっている。
こういう亭主殿は決して珍しくない。無論、威張る人もおいでだろうが、家庭生活は♂と♀が徐々につくりあげていくもので、他人には判らない柱で支えている部分もある。このへんも学術的な分析条件に是非加えて欲しい。
DATE:2007/01/29 07:58
URL:http://www.asahi.com/life/update/0129/001.html】
この中で『藤本医長は「夫の依存が妻に負担をかけている一方で、妻に先立たれると夫は身の回りのことを助けてくれる存在を失い、逆に死ぬ危険性が高まる。夫が家事などを覚えて自立することが大切だ」と話す』とあるが、「妻ひとりで長生き」をAとし、「亭主ひとりで短命」をBとした場合のAとBの相関関係の結論がこの統計の数字になるのだろうか。しかし本当に亭主の存在とはこんなものなのか疑問だ。
厚生労働省がまとめた「平成17年簡易生命表」によると、男性は78.53歳、女性は85.49歳となった。前年より縮まりはしたが世界一には変わりない。
そして、男女の平均寿命差は、昭和30年では、男 63.60、女 67.75で、その開きは4.15年だが、平成17年には男78.53、女85.49、開きは6.96才とどんどん広がっている。つまり、女性の長寿傾向は男性に比べて確実に伸びているのに、亭主持ちの奥さんは、不幸なことに独身女性より
2倍の死亡率なんだという記事である。これと平均寿命との因果関係が分からない。
そして、「家に鎮座している亭主は家事一般に精通して、存在価値を高めないと、奥さんが早死にしてしまいますよ」と言っているのだが、これと女性の長い寿命との関係も分からない。
寿命の条件は、食べ物、医療にストレスも加わるようだが、男性にはストレスがなくノホホンと脳天気にカミさんに頼っているように言われ過ぎてはいないだろうか。では女性より早死にしている統計数字は何を表すのだろうか。正確な実生活の内容が果たして把握されているだろうか。
例えば私の場合、家事一般なんて屁でもない。自動洗濯機、電気釜、電子レンジ、冷凍食品やレトルトものなどは揃っている。洗い物もどうってことはない。だが今のところ朝食つくりと布団の上げ下げ、電器製品の管理と力仕事以外はカミさんから止められている。バスタブを洗うと「洗剤が落ちていない」、洗濯物を干すと「しわになっている」、布団を干すと「一時間ごとにひっくりかえさなきゃ」。つまり、自分の考えと結果が違うというだけの理由なのだ。自分の納得を得るために自分でやるという話だ。男女の適性を活かした仕組みになっている。
こういう亭主殿は決して珍しくない。無論、威張る人もおいでだろうが、家庭生活は♂と♀が徐々につくりあげていくもので、他人には判らない柱で支えている部分もある。このへんも学術的な分析条件に是非加えて欲しい。
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at 10:00
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