私は小さい頃から駅の待合所が大好きだった。その土地の匂いや空気がプンと漂い、会話の中身や言葉遣いも面白い。
昭和30年代は、駅に来れば先ず沢山のベンチが目に入った。荷物を下ろし、時刻を確かめ、知り合いがいればおしゃべりし、小一時間の待合い時間を座って楽しんだものだ。
静岡駅もそんなところだったが、当時中学生だった私にはもっと深い想いがある。
家出して一週間たった頃、駅のベンチで疲れ果てて寝込んでいた私は、探し回っていた母に見つかり、腕をしっかり掴まれてしまった。周りのおじさんからも「心配かけるな」と、逃げようとするところを押さえ込まれ、諦めた私は、心痛で痩せた小柄な母を腕にぶら下げるようにして家へ帰ったが、途端にパシッ!と一発、母の猛烈なビンタを喰らった。
以来、待合所を使うたびに母の必死の形相を思い浮かべていたが、最近の大きな駅はほとんどがコンコースで、お年寄りや荷物の多い人は所在なげに柱を背もたれにしてしゃがみ込んでいる。小ぎれいなだけで匂いもなくなった所では、母の面影もなくなってしまった。効率や経済効果もいいが、駅が持つ「味」にも心を配って欲しいものだ。
昭和30年代は、駅に来れば先ず沢山のベンチが目に入った。荷物を下ろし、時刻を確かめ、知り合いがいればおしゃべりし、小一時間の待合い時間を座って楽しんだものだ。
静岡駅もそんなところだったが、当時中学生だった私にはもっと深い想いがある。
家出して一週間たった頃、駅のベンチで疲れ果てて寝込んでいた私は、探し回っていた母に見つかり、腕をしっかり掴まれてしまった。周りのおじさんからも「心配かけるな」と、逃げようとするところを押さえ込まれ、諦めた私は、心痛で痩せた小柄な母を腕にぶら下げるようにして家へ帰ったが、途端にパシッ!と一発、母の猛烈なビンタを喰らった。
以来、待合所を使うたびに母の必死の形相を思い浮かべていたが、最近の大きな駅はほとんどがコンコースで、お年寄りや荷物の多い人は所在なげに柱を背もたれにしてしゃがみ込んでいる。小ぎれいなだけで匂いもなくなった所では、母の面影もなくなってしまった。効率や経済効果もいいが、駅が持つ「味」にも心を配って欲しいものだ。
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at 08:59
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