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ブラり散歩ー床屋談義 [2007年02月26日(月) ]
街の雑踏の中で片足が急に効かなくなった。傘をさし、キャリーバッグを引きずりながら、少しずつの移動を始めた。PPS(ポスト・ポリオ・シンドローム)のことを想い出した。簡単に例えて云うと、元々ポリオの後遺症を持つ人がそのまま永年過ごすと、ある日突然その部位がまったく用を足さなくなり、車椅子生活になってしまうことらしい。この理屈は分かる。
わたしの場合、生後5ヶ月でウィルスに取り憑かれ、結果として右足が左より10センチ短く、太股は直径10センチにも満たない。当然血管は細く血流が悪い。触ると夏でも冷たい。筋力も劣る。このままの状態で60数年生活してきた。思えば酷使したものだ。子供の頃は今のように車万能ではない。先ず「歩く」ことが移動手段の基本で、1里2里(4−8キロ)は当たり前だった。良い面では「鍛えられた」が、悪い面は「酷使してきた」と言える。左足と同等の能力を否応なく求めてきたのだ。そのツケが来たのかも知れないと思い始めた。
そんな感傷を受け付けるはずのないのが東京だ。グジュグジュいってんじゃねーよと、葬儀に参列するための整えとして、洗髪・ひげ剃りをするべく、目の前に現れた床屋さんに入った。冬だというのに汗だくでハァハァ息を切らせて入ってきた客を見て、さすがに都会の商売人。さりげなく「コートをお預かりしましょう」とにこやかに接してきた。こういうところはわたしが好きな職業意識だ。気構えも臆することも、ましてや「なんだ?」という疑問視を見せない。さらっとしている。
「2番目の席にどうぞ」と、30才台の女性に言われ、座るとやはり「どちらから?」と訊いてきた。「福岡」と答えると、「福岡の人って郷土愛の強い人が多い」という。東京の大学を卒業しても地元で就職するそうだ。しかしひげ剃りという割には何回もクリーム状を塗りたくっては剃りを繰り返し、石鹸をつけない。
「年取るとなんで眉毛が長く垂れ下がるのかな。なんで耳毛が飛び出してくるのかな。鼻毛も伸びるしさ。そのくせ髪の毛は抜けるんだよね」と愚痴ると、「年を取ると何故かみなさん、そうなりますねー」というごく普通の答えが返ってきた。そしてこんなことをしゃべりだした。
「高齢になったら延命して欲しくないこともありますね。実はあたしの母は90才を過ぎたんですけど、ボケは全くないんです。そんなとき、食べることが出来なくなって入院したんです。本人はこのまま老衰で死にたいと希望したんですが、病院はそんなこと認めるわけありませんよね。結局、管で直接胃に栄養分を入れる処置をとったんです。当然元気になるけど、それは食欲も催すことにつながって、母は食べたいけれど食べられないという状態になりました。だって食欲はあるんですよ。ということは、あれも食べたいこれも飲みたいー口に入れて味わいたくなるんです。ソフトクリームを欲しがって困りました。飢え死にするわけじゃない。頭はしっかりして体力がついてきたから、その思いは強いんです。こうなったら餓鬼道だなと弟が言ってました。だって、特に年取ったら飲み食いしか楽しみがないじゃありませんか。もう可哀想で・・・」
よほど気にしていたのだろう。相手が客ということも忘れたような、それともこの人だったらしゃべってもいいと判断してのことかもしれない。延命を望む患者にはトコトン誠意を込めて治療するべきだが、本人が希望しないなら胃に穴をあけてまで生かすのはどうだろう。医者の倫理観とのズレはこれからどんどん増えていくに違いない。こういう相克やジレンマに行政はありきたりの理屈やどうとでも解釈できる態度しか取らないだろう。「尊重」とはなにかに悩むに違いない。
そんな話を聞かされ、顔はさっぱりしたが、気持ちにはわだかまりが生まれた小一時間だった。

Posted at 10:57 | エッセイ | この記事のURL
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