韓国・北朝鮮の意を受けて、アメリカのさる委員会から「従軍慰安婦非難決議」でおそらく日本政府の謝罪を求められる。
連動して、北朝鮮による日本人拉致問題は、核の陰に置こうと、欧米・中韓ともども展開している。つまり「おまえらは60年前に慰安婦を強制連行しているから拉致には文句を言うな」ということだ。
また近日に、北朝鮮主催(としか思えない)の6カ国協議が開かれるが、相も変わらない引け腰では参加する意味がない。「凛」とか「決然」が死語になりつつある日本外交では、同じみっともなさや舐められ姿勢を繰り返すだろう。何故、追いかけてまで「お話ししてよ」と言うんだよという感じだ。北という国はどんなものなのか、まだ理解していない。多分、今ここでサヨナラと言われてパイプを無くしたと非難されることを恐がっての、役人体質ではないのか。毅然毅然と言う割りには正反対の行動を何度も繰り返してしまう。
相手は追いかけるだけの価値はない。ましてや北の「人さらい、麻薬密売、原爆脅し、人民虐待」などを見逃そうとする流れが、従軍慰安婦と結びつけて正当化しようと、アメリカ・民主党やアメリカ・メディアがどんどこどんどこ動いている。こうなったら正義も事実もへちまもないのだ。揚げ足を取っていくらでも因縁は付けられる。
いじめ問題でよく出てくるフレーズがある。「一緒になっていじめなければ自分がいじめられる」「いじめの仲間に加わらないと自分がシカトされる」「いじめられる人はそれだけの理由があるからいじめていいんだ」。
いじめに加わる根底には「孤立」を避けるところにある。社会性を求めることとは別に、自分に自信がなく1人では何もできないと思い込んでいる人の心理が「群れ」を求めるのではないか。正当な行動をとっており、間違った周囲であれば、孤立こそ必要であり、安易な妥協は絶対にするべきではない。
北の「核」が恐いばかりに「拉致」を無視する、又は仕方がないと北に同調する国際社会であれば、いじめの論理から言えば孤立こそ不可欠な姿勢である。自国の都合でコロコロ変わる国や新聞屋は、それだけの価値しかないのだ。武士の一分ではないが、戦後、謝罪し続け、あやふやな歴史的検証の基づいて更に何かにつけて正義漢ぶるアメリカ左派新聞に何故オタオタしなければならないのか分からない。アメリカの正義などその程度と再確認し、外務役人の情けなさも無限に再確認し続ける、被爆国日本の貧乏年金イライラし続けジジィの弁証法もなにもない理屈である。
安倍政権を弁護する思いはこれっぽっちもない。それに便乗して、自国の非道さを棚に上げてホンダさんみたいな偉い人が言う理屈にもなんの意味も見出せない。非難より前に、しっかりした歴史的事実(教科書に載せられるくらいの)を、責任を持って戦後世代を納得させて欲しい。
ホンダさん、あなたが非難誹謗しているのは日本政府だけではなく、なんだかよく分からない私のようなバカタレをも嘲っていることを忘れるべきではない。日本のメディアは、まさにいじめられっ子感覚で、自ら歴史を掘り起こして左右関係なく孤立を恐れず、読者が理解できる紙面をつくって欲しい。
「現在、そんなに日本が悪いのか」「いつまで日本は謝るのか」「いくら払ったら(なにを言おうと金)済むのか」「拉致家族はどうすればいいのか」などなどを、総連や特定の団体を恐れずに示すときだ。
連動して、北朝鮮による日本人拉致問題は、核の陰に置こうと、欧米・中韓ともども展開している。つまり「おまえらは60年前に慰安婦を強制連行しているから拉致には文句を言うな」ということだ。
また近日に、北朝鮮主催(としか思えない)の6カ国協議が開かれるが、相も変わらない引け腰では参加する意味がない。「凛」とか「決然」が死語になりつつある日本外交では、同じみっともなさや舐められ姿勢を繰り返すだろう。何故、追いかけてまで「お話ししてよ」と言うんだよという感じだ。北という国はどんなものなのか、まだ理解していない。多分、今ここでサヨナラと言われてパイプを無くしたと非難されることを恐がっての、役人体質ではないのか。毅然毅然と言う割りには正反対の行動を何度も繰り返してしまう。
相手は追いかけるだけの価値はない。ましてや北の「人さらい、麻薬密売、原爆脅し、人民虐待」などを見逃そうとする流れが、従軍慰安婦と結びつけて正当化しようと、アメリカ・民主党やアメリカ・メディアがどんどこどんどこ動いている。こうなったら正義も事実もへちまもないのだ。揚げ足を取っていくらでも因縁は付けられる。
いじめ問題でよく出てくるフレーズがある。「一緒になっていじめなければ自分がいじめられる」「いじめの仲間に加わらないと自分がシカトされる」「いじめられる人はそれだけの理由があるからいじめていいんだ」。
いじめに加わる根底には「孤立」を避けるところにある。社会性を求めることとは別に、自分に自信がなく1人では何もできないと思い込んでいる人の心理が「群れ」を求めるのではないか。正当な行動をとっており、間違った周囲であれば、孤立こそ必要であり、安易な妥協は絶対にするべきではない。
北の「核」が恐いばかりに「拉致」を無視する、又は仕方がないと北に同調する国際社会であれば、いじめの論理から言えば孤立こそ不可欠な姿勢である。自国の都合でコロコロ変わる国や新聞屋は、それだけの価値しかないのだ。武士の一分ではないが、戦後、謝罪し続け、あやふやな歴史的検証の基づいて更に何かにつけて正義漢ぶるアメリカ左派新聞に何故オタオタしなければならないのか分からない。アメリカの正義などその程度と再確認し、外務役人の情けなさも無限に再確認し続ける、被爆国日本の貧乏年金イライラし続けジジィの弁証法もなにもない理屈である。
安倍政権を弁護する思いはこれっぽっちもない。それに便乗して、自国の非道さを棚に上げてホンダさんみたいな偉い人が言う理屈にもなんの意味も見出せない。非難より前に、しっかりした歴史的事実(教科書に載せられるくらいの)を、責任を持って戦後世代を納得させて欲しい。
ホンダさん、あなたが非難誹謗しているのは日本政府だけではなく、なんだかよく分からない私のようなバカタレをも嘲っていることを忘れるべきではない。日本のメディアは、まさにいじめられっ子感覚で、自ら歴史を掘り起こして左右関係なく孤立を恐れず、読者が理解できる紙面をつくって欲しい。
「現在、そんなに日本が悪いのか」「いつまで日本は謝るのか」「いくら払ったら(なにを言おうと金)済むのか」「拉致家族はどうすればいいのか」などなどを、総連や特定の団体を恐れずに示すときだ。
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