カミさんは最近、やけに口うるさくなった。
一日中私の行動を見張っているのではないかと思うほど細かい事柄を取り上げ、文句の言い通しである。
タンスからあたり前にシャツを取りだすと、「上から順番に取っていけばいいものを、まったくデングリ返して!」。
床にコップの水を一滴こぼすと、「こぼしたらこぼしたと言えばいいのに、ホントに!」。
灰皿の外に少しでもタバコの灰が散らかると、「もう!ちゃんと灰皿があるのに、なんでこうなるのよ」
一事が万事この調子で、ひとり言とはいいながら、聞こえよがしに大げさに言うので、私はなにをするにもオドオド行動している。
人が見ても恐妻家でも亭主関白でもないはずだが、このイライラはなんだろう。特に分析などしたくはないが、ここ半年でこの傾向が強まった。
メシが喰えるだけの年金額なので、始終旅行出来るほどではないし、加齢に連れて病院通いが増え、いざというときのために少ないが貯金には手を付けられない。どちらにせよ、金の管理はカミさんが握っており、私はいろいろなバイトで小遣いを稼がなければならない。私の方がストレスが溜まっているのだ。
あまりのしつこさに時には「うるさい!」と大声を出してしまうが、このパターンは結構精神的にきついものがある。カミさんにその自覚や悪気がないので余計始末が悪い。
互いに言い争うのは好きではないので、その後には気まずい沈黙の時間がおとずれる。会話のない日がときには3,4日になることもある。しかし不思議なもので、日常の受け持ち作業は淡々とこなしている。炊事洗濯はカミさん、風呂掃除や布団の上げ下ろしは私という具合だ。「阿吽(あうん)の呼吸」といえば理解してもらえるだろうか。だが会話がまったくない状態は不自然だし息が詰まる。
そこで私は互いに持っているノートパソコンに目をつけた。「家庭内メール交換」だ。口をきかなければ面子は立つわけで、メールだったら口から音を出すわけではないから話をしたことにならない。
[夫ー晩飯は天ぷらが喰いたい]と出すと、しばらくして[妻ー材料をリクエストせよ]と返事が来る。なにを偉そうに、命令形なんか使いやがってと思うが、[夫ーエビとゴンボウとアナゴ]と打つと[妻ーアナゴはないからアジにする]と来た。もう少し色気のある文に出来ないのかなと[夫ーアジ天いいねぇ。歯触りが好き。ついでに君も・・・]などと返信していると、だんだん落語の長屋の夫婦になってくる。
[妻ーあたしはアジか?!]
[夫ーいやいや、君は今やクロマグロだよ]
[妻ーあたしはあんなにゴロンとしていない]
[夫ー世にもまれな高級魚という意味です]
[妻ー諒解]
喧嘩してはメール、のパターンを繰り返すうちに面倒くさくなり、振り返って「たまにはカラオケに行くか」「そうね」としゃべってしまう。いい年のジジババが背中合わせでメールする風景って、世間ではどんな風に見られるんだろう。まさに究極の至近距離メール交換だ。だがそのデータは時空を駆け抜けて来る。それが面白い。メモを渡せば同じと思うが、字を書く動作は気持ちが入りすぎる。
娘に言ったら「バッカじゃないの」と軽蔑されるのだろうが、なんといわれようと、今のれるに違いない。今のところ方法が我が家の平和には欠かせないようだ。
パソコンは日常生活に定着したアイテムの一つ。なんにでもこれを使ってしまう。少しお粗末だが、工夫次第で面白いという例になるだろうか。
一日中私の行動を見張っているのではないかと思うほど細かい事柄を取り上げ、文句の言い通しである。
タンスからあたり前にシャツを取りだすと、「上から順番に取っていけばいいものを、まったくデングリ返して!」。
床にコップの水を一滴こぼすと、「こぼしたらこぼしたと言えばいいのに、ホントに!」。
灰皿の外に少しでもタバコの灰が散らかると、「もう!ちゃんと灰皿があるのに、なんでこうなるのよ」
一事が万事この調子で、ひとり言とはいいながら、聞こえよがしに大げさに言うので、私はなにをするにもオドオド行動している。
人が見ても恐妻家でも亭主関白でもないはずだが、このイライラはなんだろう。特に分析などしたくはないが、ここ半年でこの傾向が強まった。
メシが喰えるだけの年金額なので、始終旅行出来るほどではないし、加齢に連れて病院通いが増え、いざというときのために少ないが貯金には手を付けられない。どちらにせよ、金の管理はカミさんが握っており、私はいろいろなバイトで小遣いを稼がなければならない。私の方がストレスが溜まっているのだ。
あまりのしつこさに時には「うるさい!」と大声を出してしまうが、このパターンは結構精神的にきついものがある。カミさんにその自覚や悪気がないので余計始末が悪い。
互いに言い争うのは好きではないので、その後には気まずい沈黙の時間がおとずれる。会話のない日がときには3,4日になることもある。しかし不思議なもので、日常の受け持ち作業は淡々とこなしている。炊事洗濯はカミさん、風呂掃除や布団の上げ下ろしは私という具合だ。「阿吽(あうん)の呼吸」といえば理解してもらえるだろうか。だが会話がまったくない状態は不自然だし息が詰まる。
そこで私は互いに持っているノートパソコンに目をつけた。「家庭内メール交換」だ。口をきかなければ面子は立つわけで、メールだったら口から音を出すわけではないから話をしたことにならない。
[夫ー晩飯は天ぷらが喰いたい]と出すと、しばらくして[妻ー材料をリクエストせよ]と返事が来る。なにを偉そうに、命令形なんか使いやがってと思うが、[夫ーエビとゴンボウとアナゴ]と打つと[妻ーアナゴはないからアジにする]と来た。もう少し色気のある文に出来ないのかなと[夫ーアジ天いいねぇ。歯触りが好き。ついでに君も・・・]などと返信していると、だんだん落語の長屋の夫婦になってくる。
[妻ーあたしはアジか?!]
[夫ーいやいや、君は今やクロマグロだよ]
[妻ーあたしはあんなにゴロンとしていない]
[夫ー世にもまれな高級魚という意味です]
[妻ー諒解]
喧嘩してはメール、のパターンを繰り返すうちに面倒くさくなり、振り返って「たまにはカラオケに行くか」「そうね」としゃべってしまう。いい年のジジババが背中合わせでメールする風景って、世間ではどんな風に見られるんだろう。まさに究極の至近距離メール交換だ。だがそのデータは時空を駆け抜けて来る。それが面白い。メモを渡せば同じと思うが、字を書く動作は気持ちが入りすぎる。
娘に言ったら「バッカじゃないの」と軽蔑されるのだろうが、なんといわれようと、今のれるに違いない。今のところ方法が我が家の平和には欠かせないようだ。
パソコンは日常生活に定着したアイテムの一つ。なんにでもこれを使ってしまう。少しお粗末だが、工夫次第で面白いという例になるだろうか。
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at 06:13
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