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捨てられた家 [2007年09月17日(月) ]


空き家はあばら屋に通じ、廃屋の前兆である。
歴史的な遺跡は世界のどこでも大切に管理され、“文明文化のなれの果て”とは誰も思わない。過去の暮らしぶりはすこぶる魅力的で、わたしもポンペイやオリンポスなどにわざわざ出かけて、薄茶色に変色し風化も甚だしい石で出来た柱を撫でたり、背景の碧天に未だにそそり立つ神殿を仰いでは、紀元前の人の生業を想像したものだ。歴史の魅力は想像力から源を発しているように思える。

過去に執着するわけではない。また昔を振り返って、今の自分を見つめ直すなどという哲学みたいなメンドクサイことでもない。どんなものをどんな風に食べて、どんな風にしゃべったり喧嘩したり、出来れば何を考えていたのかを知りたいのだ。考古学でも文化人類学でもない。勉強嫌いなわたしには、分析したり時間系列に整然と並べたりが生まれつき出来ない。人が苦労して書き上げた本を盗み読んで、自分に都合のいいところだけを拾い上げる能力はそれなりに持っているので、現場と照らし合わせて、更に想像するだけだ。
未来は「無い」ものである。現在に埋没して
しまったわたしには、正確な予測など出きるものではない。ただ、過去・現在・未来という軸を通して、かすかに朧気に先の匂いを感じ取るぐらいだ。
というわけ(どんな訳?)で、わたしにとっては遺跡と同様に、廃屋に興味を持つのである。
時間の経過は事実を変えていくことがあるので、家族構成や生活基盤は分かっても、喜怒哀楽の表現までは正確に掴めるものではない。人手が入らず、蔦に任せッきりで風雪で錆びたトタン板は独特の雰囲気を見せている。
中は見られないが、台所の隅に打ち捨てられた人形や割れていない食器、古いカレンダーの赤印、黄いばんだ新聞紙など、どこにでもある散乱した、生きてきた物的証拠品を繋ぎ合わせて、イメージを表現しやすい方法(詩など)であらわしてみる。
興味のない人には「なに、やってんだい」だが、遺跡同様、現状プラス想像で、自分なりにその空間を知ったつもりになるのが面白い。小さな歴史探訪になるのかも知れない。





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