今朝、不思議な思いをした。
例のごとく、朝食後の茶碗類を洗って乾燥機に入れたり周りを拭いたりしていると、カミさんも動き出して、わたしの行く先々で彼女担当の仕事をし始めた。
物を置こうとするとカミさんが先にいて、別のことをする。かち合っている。そんなことが3回ほど続いたので、テーブルを争う前にわたしが「そこ、おれの」と宣言すると、「あたしが先」と譲らない。そうはさせじと両手をついて出た言葉が「ここ、バッタ!」である。昆虫のバッタのことではない。
静岡に住んでいた頃使っていた方言のひとつで、電車の座席を取るときなどのセリフとでも言おうか。
映画館の席でも「ここ、バットいてね」と友人に頼んで確保してもらったり、占有権を周囲に知らせるものだ。語源もなにも調べていないが、ついでにどんな言葉があったか静岡弁で検索してみた。以下はかすかに記憶にあるもの。そもそも子供は意識してしゃべるレベルではないので、もっと大いに使っていたと思う。
[(鍵を)かう]・・・鍵をかける
[かんじくなる]・・・冷たくてかじかむ
[そらつかう]・・・知らんふりをする
[おぞい]・・・粗悪、劣等
[かたす]・・・仲間に入れる
[かんだるい・かいだるい]・・・だるい、疲れる
[たんと]・・・沢山
[ぬくとい]・・・あたたかい
[ひどろしー・ひずるしー]・・・まぶしい
[ぶしょったい]・・・不潔、やぼったい
全国区になっているものも結構あり、また動詞だったり形容詞だったり形容動詞になったり、結構複雑に変化するのだが、自然に口をついて出る不思議さは、どの言語にもあるわけで、50年以上も使っていなかったのに面白いものだ。
大垣や名古屋にいたこともあるのだが、10才前のことなのでほとんど覚えていない。でもきっと自分も気付かないうちにいろいろ使っているかも知れない。
カミさん相手だからこそ、子供並につい「バッタ!」と言ってしまったが、これは普段わたしの中にバッタしたい気持があるからなのかも知れない。町を走るバスの中では到底出来ない行動で、ジジィがガキ相手に「これはおれがバッタんだぞ」と目をつり上げている様子を想像して、出来ないが「したい」気持があるのではないかと、ふと自分を疑ってみたくなる。こんなことが頭にあるとやってしまいそうだ。
しかし世界は《バッタ!》が渦巻いている。無邪気な子供の遊び心なら笑ってすませるが、一過性であるべきバッタなのに、座り込んだらおれのものという国や、税金をバッタバッタと自分の金にして使いまくる役人。さらに地球をバッタ図々しい人間。もうそろそろ《おぞい》欲をかいていないで、諦めるなり交替するなりして下さい。
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at 12:56
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