雪の峠を越す。除雪が自慢と、迎えの人は得意気だ。時間が昼ということもあり、積雪量からすれば確かに走りがスムースだ。
駅から車で30分走ったところで、会場の但東市民センターホールに着いた。
案内された控え室には、受賞者5人のうち、わたしを含む4人が揃った。一人欠席らしい。
【第5回 東井義雄賞「いのちのことば」概要
http://www.city.toyooka.lg.jp/www/toppage/0000000000000/APM03000.html】
【2月16日、第5回 東井義雄賞「いのちのことば」の入賞作品発表会・記念シンポジウムを但東市民センター市民ホールで開催しました。
この賞は、いのちの教育を探求し続けた日本を代表する教育者・東井義雄さん(但東町佐々木出身)の遺徳を顕彰し、その理念を後世に伝えるために創設したものです。
今回は、「悩んでいた私にスイッチを入れて目覚めさせてくれた先生のあの一言」をテーマに募集したところ、全国各地から902編の応募作品を応募いただきました。
入賞作品発表会当日は、最優秀作品の東井義雄賞5編を含む入賞作品100編(秀作10編、特別賞10編、佳作75編)を発表し、対象者に中貝市長から賞状や記念品などを贈りました。
また、式典終了後には、記念シンポジウムとして、高橋小学校3・4年生の児童によるオオサンショウウオ保護活動の取組み発表や、「東井義雄の心を受け継いで」と題したパネルディスカッションが行われました。】
東井義雄氏については、
http://www3.city.toyooka.lg.jp/toui-kinenkan/index.html
彼を紹介する人は、よく「日本のペスタロッチ」と言う。素晴らしい教育者という意味を伝えたいのだろうが、この「日本の」は好きではない。もし言いたいなら「ペスタロッチ同様」にするべきだ。
二人とも、先ずは子供ありきという教育者として当然の教育論をまっとうし打ち立てた人である。また、宗教心に則った慈愛に満ちていた。
特に東井氏は言葉ではなく、身を以て率先した行動で子供たちに道徳心を教えたといわれる。自ら校庭のゴミ拾いをし、自分からあいさつし、日々子供の良き見本を示したのである。詩や考えをおさめた著書も多く出版されている。
『彼の詩を集めたページ』
URL:http://www005.upp.so-net.ne.jp/nijikei/toi-sensei/t-shi10sen.htm
今回のことで、わたしが最も印象深かったのは、このような山深く鄙びたところで、真摯に教育と向かい合った氏の生きる姿勢である。教育の場の荒廃がいわれる今、東井氏を師と崇める多くの先生方の活躍が救いとなればと期待したい。
昔話題にのぼった先生を思い出してみた。
ラジオドラマ「三太物語」の花荻先生は架空ではあるが、印象に残っている。
「おらぁ三太だ。おらぁの村には……」で始まるこの連続ドラマは30分の週一回。 舞台は相模川上流の田舎の小学校で、主人公の三太をはじめ、同級の花子、花荻先生、オトさんや留さんたちが日々繰り広げるコメディックな放送劇だ。この後テレビや映画にもなった。
壺井栄・作「二十四の瞳」の大石先生は映画化され、全国に広まった。
文集「山びこ学校」を生んだ無着成恭先生は実在した人物である。映画化の際、村の貧しさを世間に示したということで追放されてもいる。独特の東北弁がまだ頭に残っている。
虚実が混じっているが、どの先生も子供への暖かさがベースになっている。
わたしの“先生”を思い浮かべていた。
先ずは小学校だが、戦後のどさくさと父の転勤が重なって、4回転校している。印象に残っているのは、二部学級(午前午後に分かれて授業)のスシヅメ教室と意味なく生徒をぶっ飛ばす荒れた教師、静岡へ引っ越したとき優しく接してくれた若い女先生と担任になった40過ぎの謹厳実直のみの女先生。中学1年担任の自殺した若い男先生と、2,3年と受け持ちになった新任の小沢和子先生。高校時の担任は生徒の就職のために走りまわっていたので、ほとんど記憶がない。
小沢先生とは、年賀状だけではあるがやりとりがあり、年一回の同級会にも出席されていると聞く。読む書く聴くの基本をていねいに教えて下さった。涙も流して下さった。悪い生徒としていまだに先生の中に「心配ばかりかけて」という想いが無くならないようで、どうにも頭が上がらない。
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このあと、地元の小学生たちの発表会があった。オオサンショウウオの生態と河の現状など、かなり詳しい報告があった。壇上に15名の生徒が並び、入れ替わり立ち替わりスライドに沿って説明していく。そのローテーションの計算がしっかりされており、誰一人間違うことなく、立ったり座ったりとよどみのなさは練習をいっぱいした成果だ。大きな声、のんびり声、あわて声と、個々の性格もにじみ出ていて、とても楽しかった。
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比べて、シンポジウムは残念ながら眠かった。専門家や現場の先生6名が東井先生に関して討議されたが、興味のある人には有意義な内容だったに違いない。小一時間続いたあとの質疑応答で、聴衆のひとりが淡々と先生への思いを話し始めた。途中で司会者が止めたが、正直彼の話は実感がこもり、具体的で、もっと聴きたかったほどだ。
というわけで、ここへ来た一つ目の目的が終わったので、雪の中、隣町の出石にあるコウノトリ・グランドホテルまで送ってもらった。
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at 09:43
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