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因幡の白ウサギ(稲羽の素兎) [2007年05月31日(木) ]



「ワニ(鮫)をだまくらかして並べさせ、その背中を橋代わりに向こう岸へ渡ろうとしたが、最後にバレて皮を剥がれ、真っ赤っかになったが、水で冷やすように大国主神(オオクニヌシノミコト)に教えられて助かった兎」の話。小学生の教科書で読んだ記憶がある。
ここ福岡県大任(おおとう)には、出雲大社の分社がある。並の神社と比べてもかなり小規模ながら、建物は屋根の反り返りなどそっくりである。
特に信心深いわけでもなく、気紛れに訪れる場所に神社がある。やはり、重い鈴をガチャラガチャラ鳴らしたくなり、日本人のDNAなのか、心が落ち着くから不思議だ。
しかしここに、うさぎを諭す大国主神が居た。説明文を読まなかったのでそのいきさつは分からないが、今度は八百神から抽出した訳を訊きたいものだ。





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鄙びた性ーぼくのヰタ・セクスアリス [2007年05月28日(月) ]


お姐さんの小さな綻び
黒タイツの小さな穴から
白い肌が真夜中の電灯になった

静岡市に青葉通りがある
祭りの最中(さなか)に舞台が出来た
いろいろな出し物の中で
西洋踊りがあった
なんでこんなものがあったんだろう
お姐さんはぼくを見た
誇るようにぼくを見た
“どぉお?”
小学6年のぼくは
目を逸らさず見てやった
見返すように見てやった
“きれいだな”と呟いていた

昭和29年のほこりが舞いあがり
青葉通りに咽せるほこりが舞いあがり
それにつれて
股旅ものが始まった
♪旅ゆけばーあぁ 駿河の道に 茶の香り
タイツのお姐さんは男衆になって
男衆の着物に男衆の白い下着をはいて
またぼくを見た
蔑むように
“まだ居るの?”と云うように
ほこりを通して
白い下着と白い足を見せた
ぼくは心が勃起した
男と女の違いを知って
ついつい
宿題も忘れて男が生まれてしまった

青葉通りは
幅広く長い形で私を招いた
ぼくは翌日も見上げる舞台で
小さな綻びを探していた

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目ン玉 [2007年05月27日(日) ]
むかし
人形には目がありませんでした
ぜいたくだといって
人間は目をつくりませんでした
目は困りました
仲間の鼻や口や耳は
なんとかくっついていましたが
目だけは
空中に漂ってとうとう
うろんな目つきになってしまいました

顔にはくり抜いた目の跡があります
本当は今でも
‘跡’だけで見ているのです
だから人形なんです
本当の目を付けて欲しいです
でも
人間は本当の目を持っているのかな

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過拓 [2007年05月26日(土) ]

原生に頼る時代は終り
迷惑から死活の時代に入った
未だ
未だ
やっと保って
未だいいかなと
人間は思いたがる
そろそろ絵の時代
絵だけになり
紙の上では鹿は鳴かない

Posted at 13:56 | 写真 | この記事のURL
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気紛れ [2007年05月24日(木) ]
世の中移り変わりが激しく、それにつれてやっぱり変わり身の早い奴ほど出世するという、歴史を振り返っても時代毎にうまく生きるのとそうでないのと居るわけでして。
その点、このナメクジ長屋の連中と来たら、乗り遅れっぱなしで、なかには遅れることを家訓にまでして、堂々と威張ってチンタラしております。いまだに曾祖父さんのチャンチャコを着て火鉢抱えて鼻水をすすっている呑気ものばかりでございます。それを、不思議とも思わない。こないだなんか、こんな人類がまだ生存していたのかと、有名な人類学者もびっくりしておりました。
七輪で秋刀魚を焼いてても、少しもみじめとは思わない。また油のジュージューする音と煙と匂いにこそグルメの真骨頂があると、全然思っていません。自覚も三角もない連中でございます。食欲のおもむくままに涎を垂らしながら「あー、うめぇ!」と言いこそすれ、それが「私は生きているのだ」なんていう実存主義までは思い至らない、これこそ本当に幸せな本能ですな。
焼きながら、渋団扇を七三にかざして、大見得を切ったりしているのを見るてぇと、おだて囃す奴が居るようで、これまた暇に任せて焼き上がるまで「ヨ!いい男だねぇ。江戸っ子だねぇ」とおだて上げ、晩飯のおかずにあわよくば秋刀魚の尻尾でも手に入れようと言う手合いです。他にも、梅干し三つと交換してくれなど、たかが焼き魚でこれほど盛り上がる長屋はここしかございません。
マンションや洋館にお住みの人は、煙も匂いも出さないオーブンでお料理されるようですが、ご自分から風味とか風情を捨てているようで。
戦後、住む家どころか、先ず食い物がなかった時代、いま振り返れば、それはそれは貧しく、全国的にほとんどが貧乏でした。闇商売で儲けたり出来たのは、めざとく時代に乗ってえげつなさを屁とも思わないほんの一握りの人間で、多くの人は汗をかきかき頑張ったものです。

♪生まれ貧乏 貧乏語り 為せる貧乏 ここにあり
てんで、一応都々逸のつもりでやけっくそに吠えうなっているのが八公熊公で、我が身に置き換えてその生活振りを、その気になりましたらお話し申し上げたいと存じます。

Posted at 18:55 | この記事のURL
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花群れて [2007年05月23日(水) ]




群れて群れて
群れてきれいに見える花は
可哀想なんだろうか
個性がないんだろうか
一輪
静かに眺めてみるといい
これが
高価な胡蝶蘭に劣るだろうか
これが
手塩にかけた薔薇に負けるだろうか

多分
今の時代は
差をつけて価値を高めたがる
今の時代は
胡蝶蘭や薔薇を誉め讃え
群の中のひとつを
見ようとしないで
勝った負けたと言いたがる
マグロとイワシ一匹では
比較できないと思いたがる
そう思う人間が
最も群れているのに
不思議なものだ
----------------------------------------
*金鶏菊の群生を見つけた。
市の情報センター(PC教室や無料使用)前の空き地を、少々けばけばしいが埋め尽くしている。
外来種が多いが、これも明治時代にアメリカから入ってきたものらしい。


Posted at 05:46 | 写真 | この記事のURL
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少年の憂鬱 [2007年05月21日(月) ]


五月に祭りがある
毎年同じ繰り返しだけど
だから楽しいはずだけど
彼は一度も笑わなかった

互いに知らない間柄で
こっちは声をかけず
撮っても彼はなにも言わず
不思議な信頼が少し芽生えたとき
山車のひと休みが終わって
仲間とともに
綱を引っ張っていった

多分勘違いなんだ
彼は楽しいんだ
でもちょっと寂しいんだ
家にいても
仲間とチュウチュウを吸っていても
揉まれて転んでしまっても
奥底が寂しいんだ

夏が来る
祭りの知らせで夏がやってくる
彼の目は
それでも静かだった










Posted at 04:07 | 写真 | この記事のURL
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小さいよ [2007年05月18日(金) ]



♪♪

小さな音楽があるんだ
小さな音符で
ぼくを詩ってくれる

オーケストラも小さいんだ
羽ばたいて小鳥になって
翔んでいって
みんなに音楽を分けてあげるんだ

ぼくはつらいけど
これは
小さいつらさなんだ
小さいから大したことないんだけど
小さいつらさはやらないよ

小さいつらさは
小さな音楽なんだ
ぼくの音楽なんだ
だから君は聴いてはいけないよ
聴いたらつらくなるよ
耳をふさぎたまえ

Posted at 14:15 | 自由律 | この記事のURL
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アナログさんに再会 [2007年05月16日(水) ]

カミさんにやいのやいの言われて、物置の整理を手伝わされた。「捨て魔」の彼女としては血湧き肉躍るエキサイトタイムだろうが、整頓大嫌いな私はエンジンがかかるまでかなりの時間を要した。
先ずは棚卸しの“必要品”“不要品”“不良品”に仕分けする要領で片づけを始めた。ふと気がつくと、私は何故か“不良品”の真っ只中にいた。
「おい、おれの立場はどうなる」とカミさんに訊くと、「アラ、まだ不要品じゃないからいいんじゃない」と軽くイナされた。そうかいそうかいとふてくされていると、「はい、オトーサンの大好きなもの」と、結構重い物を手渡された。テープでしっかり塞がれている。湿気があるといけないものかなと開くと、なんとなんと、レコードだった。すっかり忘れていた45回転のレコード盤のアルバムである。ドーナツ盤とも言われていた。手伝いを放ったらかしにして確かめた。1960から70年代のアメリカンポップスだ。アメリカで買ったのは間違いないが、はてさてどこだったか。
幸い、今だもってサンスイのレコードプレイヤーがある。針がちょっと心配だが動くし、真ん中に置くドーナツ盤用の丸いやつもある。当分は有意義な暇つぶしが出来るというものだ。
カミさんが怒鳴っている。珍しい旧友に会ったことだし、本腰で手伝ってやるか。

加えて、当時使っていたスーツケースからまたまた忘れ物が出てきた。70年代のケースはやたら頑丈で重かったが、随分世話になった懐かしの友である。いろいろなシールがべたべた貼り付けられ、手荷物の扱いが乱暴な
空港での思い出の傷、エッチラオッチラ引っ張りながら移動したときのうんざり感などが絵のように刻まれている。
それはともかく、その中に75年にロスのアンティーク売場で買ったものが2点入っていた。ひとつはパイプ置きというかホルダーというか、要するにパイプを並べておくものだ。何故こんなものを買ったのか、2,3本持っていた記憶はあるが、当時の気持ちは忘れた。もうひとつは装飾がまさにウェスタン・アメリカンな鏡で、四方が5_ほど削られており、面を浮き立たせている。たしか、昔の鏡はこんな風だった。というわけで、カミさんが私のケツを叩いたおかげで、70年代のアナログさんと出会えたことになる。
昔の日が降りかかって来て、甘い匂いをまき散らして、それにちょっと酔った午前9時だった。

Posted at 16:00 | エッセイ | この記事のURL
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ニュース雑感 (2) [2007年05月15日(火) ]
【初の「民営刑務所」、山口・美祢市で開所式 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
DATE:2007/05/14 05:03
URL:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070513i312.htm

刑務所収容キャパに対して受刑者が1万人オーバーしているとか。外国人のそれも増えているし、確かに施設は必要だったろう。しかしこれはないよ、と思う。法務省予算で造るのだがら文句をいうなと言いたいだろうが、どうも納得できない。
テレビで見る限りは立派なワンルームマンションではないか。テレビにベッドにきれいなトイレと机。いくら初犯の囚人とはいえ、なんらかの犯罪を犯したわけだ。社会復帰の謳い文句より、二度と来たくないという抑止力からも、先ずは懲役ー「懲らしめ」だろう。世の中ではこんな部屋に住めない人たちが増え続けている。作業はあっても住み心地、食事付き、散歩自由のうえ鉄格子がないとは、一体ここはどこなんだ。私は新設のYMCAかと思った。民間管理だからこんなものになるのだろうか。
外国人らは、清潔で安全で、食事も宗教などに配慮して栄養管理されている日本の刑務所にはとても喜んでいると聞く。税金で喰わせるより、自国へ送還する方策を、法務省や政府は先ず考え、税金の無駄遣いを減らしなさいよ。どのような発想から、こんな羨むべき刑務所が造られたのだろう。
国家予算も苦しく、増税ばかりを強いていることから見ても、新設ではなく工場跡に手を入れて、二度と来たくない監獄としての恐ろしさを盛り込むべきだ。
地元は「活性化する」と喜んでいるが、ちょっとピントが外れている感じだ。「人権」とはなんたるかを、更生にばかりつなげた結果がこれなのか。被害を被った人への配慮もあってしかるべきである。

【「純粋はちみつ」に加糖の疑い、公取委が不適正表示で調査 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
DATE:2007/05/14 04:59
URL:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070514it01.htm
質がどんどん落ちている日本の現状だ。業者は「バレなければいい」と、プライドもなにもあったものではない。今のところはこの程度で済んでいるが、中米・パナマで発生した中国産原料を使ったせき止めシロップによる子供の大量死亡事件や、中国産小麦グルテンを含む米国のペットフードによるペットの中毒死事件、更に偽風邪薬原料によるパナマでの被害者はとんでもないことになっており、まだ6万本が世界に存在し、中国製の食品・薬品原料による健康被害が海外に及んでいる(サンケイ)。このように人命に直接影響する代物を作り売ることと無関係とは言えない。放っておけばいずれは、という怖れは充分ある。
口に入るものは特に安全性が問われる。雪印やペコちゃんポコちゃんのようないい加減な品質管理などーほじくればまだまだ出てくるに違いない。ましてやまとめ役の協会や団体が、知りながら隠し、自浄が全くなく、こういうところの多くは天下り人間がふんぞり返っている。出身省庁とはツーカーで、消費者より飯の種の業界を守っている。
【疑惑あるのに調査せず、はちみつ公正取引協が事実認め謝罪 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
DATE:2007/05/15 05:04
URL:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20070514i413.htm
(同協議会の事務局長は代々、公正取引協議会制度を熟知する公取委OB)
今更いってもこの体質は昔からだ。こういうヤカラが日本人の人相と心根をいよいよ落としていく。いまや「オテント様が見てても金にさへなれば」大人が増殖し続け、正直や謙遜が踏みにじられていく。ましてや育ちゆく子供たちは・・・。

という私も、かなり下卑た文章になってきた。いかに皮肉り倒してやろうかと、品性のなさも重なって、なんとも嫌らしい。批判しているつもりが対象物と同じ次元になっているのかも知れない。だがだ、しかしだ、こうなるのも無理からぬことと、心の底では思っている。

Posted at 05:18 | 政治 | この記事のURL
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