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すっき焼き鍋のしゃあしいザク(具材)たち [2007年07月15日(日) ]
「いいお湯加減どすえー」と
白い肌を惜しげもなく
京美人の豆腐がのんびり沈み

「ぼくは知識をしっかり身にしみ込ませて
理想を果たしたいのです」
青臭いネギ男は割り下に首まで浸かり
融通の利かない直立不動で横たわっている

「わしがおらんでなにがすっき焼きじゃ」
黒毛和牛おやじが
横柄に脂ぎった体で入ってきた
最近の若いのは、が口癖のくせに
霜降りだらけのフニャフニャ・メタボ

「なにを威張っとんじゃい」
青筋立てて
痩せッぴぃの白瀧どもが
寄ってたかってわめけば
和牛おやじが
「やい、蒟蒻野郎。おまえらがわしより早く入ってくると、
わしゃ緊張して固くなってしまうんじゃ」

「まあまあ、みんな怒鳴りあわないで。
ここは春のうららに身を任せなさいよ」
のんびり春菊がサワサワと横たわる

威勢のいい椎茸が
「それはそれは恐れ入谷の鬼子母神」
と例の馴れ合い
調子に乗って「そうで有馬の水天宮」と
和牛が合わせ
馬鹿だか利口だか分からないネギ男が
「蟻が鯛なら芋虫は鯨」
トトントンと見得を切り
団体シラタキが
「お寺の引っ越し、墓いかない」
と訳が分からない
ええーい、メンドクセーと
最後の決めにみんなそろって
「片足ゃ本郷へ行くわいな」
と、ハモッたとさ

木枠の硝子窓がカタカタ揺らいで
キリ里とコノ葉は
簡易焜炉の炎で暖まり
アルミ鍋の中で
ザクどもが煮揃ったところで
丼に最後の生卵を割り入れて
「いっただきまーす」

夕闇迫る肌寒い冬の
小さな部屋に湯気が立っています

Posted at 16:43 | | この記事のURL
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六才のぼくの空 [2007年07月13日(金) ]


終戦のひと月前
晴れわたったモクモク雲の間に
ぼくは
一筋の飛行機雲を見つけた
舞い落ちる蝶のように
螺旋状の複葉機は
墜落の鮮やかさをきれいに描いていた

同じ秋
幼いぼくは
気持ちが毛羽だった大人たちをよけて
パチンコ屋の柱にへばりついた
チューインガムを知った
得体は知れないが
食べ物と直感して
はがして口に入れた
かすかな甘さと
他次元の匂いは
誰が噛んでいたのか判らないのに
芳しい世界

岐阜の田舎駅前に
進駐軍のジープがたむろし始めた

どんな時代かを知ることなく
どこにでも潜り込める
子供の特権で
大きな病院で遊び
怒られもせず
大小さまざまなガラス管に
空を映し出した

小さい世界の
大きな空にぼくのモクモク雲
その中に
戦争は見えなかった

Posted at 14:05 | | この記事のURL
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マリナーズの今シーズン [2007年07月12日(木) ]
シーズン前半が終わって、トップのエンジェルスに2.5ゲーム差と迫っている。
入団した2001年にはア・リーグ西地区優勝だが、以後、3,2,4、4、4位と、下位が定着してしまった。特にピネラからハーグローブに監督が移ってからが悪い。彼の采配は着任後から納得できないことが多かった。最たるものは、セクソンの処遇である。ナ・リーグのあるチームで一緒だったらしく、師弟関係として親密な間柄だったらしい。セクソンが打率1割台で三振がリーグ2位でも4番打者で使い続け、流れが途切れてしまう試合が数多くあった。シーズンの終わり近くになってホームランも出るようになったが、この時期にいくらホームランを打ってもはい上がることは出来ない。人柄は悪くないが、アウトロー、インハイに弱い穴だらけの打撃姿勢にはうんざりしていた。
また悲運というべきか、ベルトレイの調子も上がらず、なにをおいても投手陣が滅茶苦茶だった。今シーズンも必ずしも良いとは言えない。
昨日クローザーとして投げたJ.J.プッツはリーグトップクラスのセーブ率で、セットアッパーといわれる中継ぎ陣も調子がいい。ただ先発が不安定で、ヘルナンデス、ワシュバーンはまあまあだが、バティスタ、白嗟承はいまいちだ。出だしが悪かったウィーバーはかなり調子をあげているので楽しみ。 このマイナス面を今シーズンは打撃でカバーできているところに、地区優勝またはワイルドカードの可能性がある。
ハーグローブが辞任し、ベンチコーチのマクラレンが代わりを勤めているが、どのような指揮をするか見ものだ。セクソンは連続して先発には加わらなくなった。打席も7,8番あたりで気楽に打たせた方がいい。
捕手の城島健司は2年目にして早くも信頼を勝ち得ているし、プッツも育てあげたといっていい。打撃も好調だ。DHのホセ・ビドロ、二塁のホセ・ロペス、遊撃のユニエスキー・ベタンコートは攻守ともに少しむらがあるが、そこそこ活躍している。右翼のホセ・ギーエンは喧嘩っ早いが最近特に打撃好調で、頼りになるウィリー・ブルームキストはどこでも守れる。ベン・ブローサードはセクソンの代わりになりつつあり、ラウル・イバネス、エイドリアン・ベルトレ、イチローはまさに中核である。 打率リーグ2位は伊達ではない。
13日から中地区トップのタイガースを皮切りに後半戦が始まる。

写真は、イチローとイバネス

Posted at 09:44 | エッセイ | この記事のURL
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 [2007年07月10日(火) ]



おまえ、どこの生まれだと言われても
ホコリの親は居ない
親ホコリは卵を産まない
親ホコリは妊娠しない
だけど、どんどん増える
いろんなやつが集まって
ふわっとたかって
その上にまたおんぶしてたかって
ホコリは溜まっていく

あんまり溜まると
汚いと言われる
2年もかけて
目に見えるものになると
アッ とのけ反る
いつの間にか汚らわしくなり
パッパッと払われる

部屋には綿埃が多い
着たり脱いだり
布団を敷いたり片づけたり
いっぱい舞い踊り
静かに降り落ちて
安堵のため息とともに
仲間の粒子と手をつなぎ
嫌われホコリは生まれていく

人間ホコリは質が悪い
地球に群がって動きまわって
ほじくり返して
どんどん汚して
どんどん増えて
人間ホコリをたたき落とすハタキはない
ハタキを使う宇宙も居ない
人間ホコリは
威張りくさって
地球をホコリだらけにしている

ホコリがホコリを
けなすことはないだろ






Posted at 08:19 | 写真 | この記事のURL
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湯呑み [2007年07月09日(月) ]


多くの人は自分の湯呑み茶碗を持っている。わたしの湯呑みは小ぶりで、確か鹿児島へ行ったときに買った薩摩焼きだ。専門店ではなく、そこら辺の土産物店で見つけた代物だから、安物だったのだろう。価値は持ち主が決めればいいという、貧乏人の負け惜しみのセリフではないが、そう思っている。もう30年以上前の話だが、今でも気に入って使っている。雑な洗い方で縁の部分が欠けてしまったが、これまたわたしには価値を高めた理由になる。
最初の色合いは憶えていないが、少し褪せてきた感じだ。逆に内側は重ねに重ねた茶渋汚れではあるが、シブクなったというと負け惜しみになるので止めておこう。
手のひらにちょうど収まる大きさで、時々じっと眺めては「フムフム」と訳も分からず愛おしさが湧いてきてうなずくのは何故なんだろう。
このナイーブで不思議な感覚をなんとか写真で顕わしたいのだが、醸し出る蒸気のような得体のなさなど掴まえられるわけがない。だが頭の中にも描き切れていない現象は、やらなきゃモヤモヤだけで終わってしまうーということから出た結果がこれだ。後は野となれなんとかだ。




Posted at 10:31 | 写真 | この記事のURL
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医療モニターに出て [2007年07月07日(土) ]
医師会主催による医療モニター1回目の集まりに出た。
出席者はモニター10名、部外の進行役及び書記各1名。ロの字形のテーブルを囲んでの討議である。少し外れたところには医師会関係者数名がまとまって座っていた。
今年中に後2回開かれるが、初回の今日はテーマが決められることなく、医療への思いを話して欲しいと言うことだった。女性7名、男性3名で、年令は30から60才かな?
こういうときはアイウエオ順に展開するのが定番だが、その通りで、ア行のわたしから自己紹介を兼ねて一言ずつなにかしゃべろという。
わたしは先ずセカンドオピニオンについて話した。A医院の診察に疑問を持った場合B医院で診てもらい、自分の病気に対処する選択肢を増やすわけだ。これは制度として存在するわけではなく、患者と医者の意識にかかっている。患者は望んでも医者が消極的な場合が多いと思う。加えて、患者の積み重なった診療データの取り扱いがはっきりしていない。患者としては、検査結果も含めて経費負担を済ませているので、本人のものと思いたいが、どうもそうはいかないらしい。
出席者のCさんは、引っ越しのためやむなくかかりつけの医院にデータ譲渡を申し出て、数千円の手数料で手に入れた。但し、移転先の医院がくしくも医師の知人だったことも条件のひとつになったようだ。Dさんはデータひとつずつに対して手数料を請求されたので諦めたとおっしゃっていた。Fさんは、「貸し出す」ということで受け取り、後で返却したという。今のところの結論は、「データの所有権は明確ではない」である。なんとも不思議である。
Gさんは、患者と医師の間を取り持つシステムを希望していた。なんといおうとやはり医師が優位にあるとみんな感じ取っているようで、患者やその家族は後々を考えて、思っていることを言えないようだ。ワンクッションあれば両者に有意義で、新しいジャンルでもある。
とくに重病患者や高齢の入院者を抱える人にとって、「こうして欲しい、ああして欲しい」と訴えるのは難しいそうだ。言うなれば人質を取られている感じだ。「文句があるなら出ていけ」という雰囲気は否めない。現状では、どこに訴えたらいいのか、どこが受け皿なのか不明である。
この集まりでは固有名詞は出さないという取り決めがあるらしい。患者は必死に「良い病院」を探すがままならず、かなりの試行錯誤を繰り返すことになる。それらをまとめた本やネット、口コミが主な方法だが、医師や病院の名前がないと意味を為さない。モニターの意見は適当にまとめられて医師らに配られるらしい。それを基に関係者は改善を重ねていくという寸法だ。意見を尊重するかどうかは各人にお任せである。
病院の閉鎖、看護士不足、医療費アップ、格差などなど、生きていくベースとなる健康を保つ環境がどんどん悪化している。2回目の集まりは医師も交えて絞られたテーマで白熱しそうである。

Posted at 20:14 | 生活 | この記事のURL
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ジョゼフ特使はなにをする人? [2007年07月06日(金) ]
【米特使、「原爆使用が何百万人もの日本人の命救った」(朝日新聞) - goo ニュース
DATE:2007/07/06 06:01
URL:http://news.goo.ne.jp/article/asahi/politics/K2007070403810.html
歴史観を自分に都合のいい理屈で作りあげている典型である。
核不拡散問題特使とは一体何なのか。亜米利加南部の田舎のトッチャンが、学校の歴史教科書をそのまま鵜呑みにして、自国に心地よい歴史を信じているか、もしくは少しは疑問があるが、「真珠湾があるじゃないか」の裏返しで正当化できると思っていることと同じ感覚だ。
どこの『多くの歴史家』か知らないが、投下によって数百万人が助かったという仮定のベースがどこにあるのかさっぱり分からない。これが正当化されるなら、アメリカはアフガン、イラクに原爆を使う正当性も生まれてくる。日本での「数百万」という数字が出る以上は、当然現在進行形の紛争(戦争)でも試算が出るはずだ。ここで今原爆を使って終戦にしたとしよう。その時の死傷者数と継続したときの死傷者数を比較して、何人助かるのか、是非出して欲しい。無理だおかしいと言っても、そういうことを記者を前に持論展開している以上、出す義務がある。
そして、一体“核不拡散問題特使”とはどんな仕事なのかを具体的に示して欲しい。禁止ではないから多分、現在の核保有国の権利を守ろうという都合のいい集まりなんだろう。今のアメリカなら北朝鮮にもそれを認めて、仲良くなろうとするんじゃないだろうか。

【「原爆正当化、抗議せず」と官房長官 米特使発言 - 政治
DATE:2007/07/06 05:58
URL:http://www.asahi.com/politics/update/0706/TKY200707050381.html
これもよく分からない。久間前大臣の感覚と大差ない感じがする。言った方も言われた方も、一応政治家である。今どきの政治家はこんなものである。最近似たようなことばかり書きなぐっているようだ。国益だの駆け引きだの、騙しに脅しが当たり前の国際政治になっている。本当に政治をしているのか、自信を持って言えるのだろうか。やはり「政治屋」がふさわしい呼称だ。ラーメン屋さんや畳屋さんには申し訳ないが、仲間に入れてあげて下さいと頼んでも「いやだ!」と言われそうで、「屋さん」にも同列に並べられない。
そんな範疇の人たちに舵取りを任せなければ国が成り立たない。選挙でしか意思を表せないもどかしさがある。

Posted at 11:15 | 政治 | この記事のURL
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ウツな日 [2007年07月05日(木) ]


どんよりと
夏の空はどんよりとして
バッタのおいらは
出かける気にならない
ぴょんぴょん跳ねてるばっかりじゃない

精悍な顔も世を愁いて
葉っぱの味も忘れて
沈思黙考しちゃうんだ
いくら悶えても
今日はなにも描けないな

Posted at 10:52 | 写真 | この記事のURL
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檻の中 [2007年07月03日(火) ]


誰が決めた
インコが「オハヨー」と言うのを
誰が決めたんだ
人間種が「お早う」と言う
その返事は
確かに「オハヨー」でいい
「今日は」も「コンチワ」でいい
だけど
「ご免下さい」と言われたら
なんと言うんだ
「いらっしゃい」は教わっていない
関西お笑いをケッパって
「ゴメンくさい」と言いたくなる

おれはなんにも言いたくないんだ
ましてや鸚哥なんだ
鸚鵡返しなどおかしくってできるかってんだ

でもおれはインコである
檻に入れられたインコである
檻から出されても
すぐ檻に戻ってしまう
♪悲しきインコ なのだ
飼い主に似てしまったんだ
だから
飼い主は
♪悲しき人間種 なのだ
見えない檻に入って
人間人間と空威張りしか知らない

本当に悲しい人間・・・

Posted at 13:18 | 写真 | この記事のURL
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れてられて [2007年07月02日(月) ]


忘れるものは沢山ある
なるべく忘れないようにするが
わざと忘れることもある

ガードレールに寄りかかって
水面を見る気持ちじゃないけれど
置いていかれて捨てられて
根性も柄のように曲がって

店でも電車でも
どこにでも忘れられて
本当は捨てられたのに
恐いから忘れられて

金の肌触りの代わりに
山も川も忘れて
ものを作って造って創ってきて
出来た物を捨てて忘れて
それでもつくって

きれいな水や緑の木
深呼吸にふさわしい空気と
愛される生き物
忘れていないと断言する人間が居る

傘一本愛せない人間の
図々しい世界に
この哀しい風景はただのシロクロ
自然色が褪せ
色づけはみんなでペンキを
ペンキで毒々しく塗りたくり

今日も塗りたくり

Posted at 14:46 | | この記事のURL
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