Posted
at 08:04
| 写真
| この記事のURL
コメント(2)
| トラックバック(0)
|
|
|
||||||||||||
|
リンク集
|
田んぼのお休み [2007年09月13日(木)
]
“あきらめ秋” [2007年09月12日(水)
]
田んぼ [2007年09月10日(月)
]
晩夏だ。 陽射しは強いが、朝夕結構涼しくなった。稲は刈り入れ時で、重い稲穂が黄金色に色づき、今年も旨い新米が食べられそうだ。 佐賀あたりの超早場米は高温や台風などの異常気象で30%ほどの収穫量らしい。全国でもやたらと雨が降り、量、質とも落ちると言われる。これからも気候はおかしくなり、九州は亜熱帯になって米作が出来なくなると聞く。世界的な規模で温暖化や人口増加、水不足などを考え合わせると、不作なら輸入すればいいという理屈が通じなくなる恐れが充分ある。 大豆やトウモロコシの供給が需要に追いつかなくなり、小麦も値上がりして、麺類や菓子類の値上げが決まっている。加えて原油の高騰と、生活はいよいよ縮こまっていく。 先行きを思うほど憂鬱になるが、田園風景は刈り入れと初秋の風情が織り混じって、ゆったりした時間を味わうことが出来る。案山子という懐かしいオブジェも現れて、稲株だけになった田んぼの歩きにくさも楽しめる。 ひまわりは最後の「メンタマ」をまばたきさせている。 Posted
at 13:26
| 写真
| この記事のURL
なくてもいいのに [2007年09月08日(土)
]
:on}からのかごは さみしいよ つかまっていた小鳥は どこへいったんだろ さびても こわれないで ねこのうちには大きくて なぜあるんだろ きっともう いらないけど いつかまた閉じこめようと まっているのかな 晴れてあつくて 午前十時のいつもどおり Posted
at 11:03
| この記事のURL
風景 [2007年09月07日(金)
]
あなたの風景はなんですか 錆びた漁船の喫水線ですか それとも 落ち葉の奥に潜んで 春を待つ動物たちの吐息ですか 冷たい空気にさらされた コークの空き瓶ですか 愛を知った錯覚に 陥りたい女の眼差しですか それとも 千光年も遠い星の光源ですか 飢えに苦しむ子供たちの笑わない唇ですか あなたの風景は 吹き荒れる砂漠の中にはないはず 空気中のバクテリアのざわめきではないはず 何日佇んでも飽きないのは 木の葉の揺れです 吹きわたる山の風です 凸凸凹凹がメロディをつくります それを聴きながら母さんの 肌荒れた手を憶い出してみると 風景がどんなに味気なくても あなたのものになります 優しいあなたの風景になります Posted
at 13:09
| 詩
| この記事のURL
秋の気配 [2007年09月05日(水)
]
今はちょうど中途半端な季節だ。 晩夏だが、暦の上では秋だという。 こういうときは昼間は暑いが、夜は結構冷たい風になり、いつも置いている布団の横の扇風器の風が、夜明け時には寒いくらいで、知らない間にタオルケットを体に巻き付けている。‘いつの間に’が意識し出すと本格的な秋ということだ。 最近の午前中は外出が多い。カミさんがうるさいので一応キャップをかぶるが、もともと帽子は嫌いで、自分で納得する理由としてハゲ隠しとしている。頭頂がいよいよ寂しくなってきている。それも円形というのが気に食わない。五角形とか三角形はあまり見たことがないが、どうも自分でコントロールは出来ないらしい。カツラをかぶるよりハート型のハゲなんていうオシャレをしてみたいものである。 いつもの公園に行ってみた。日射しはきびしい。久しぶりなので変わったところはないかと見渡すと、いつの間にか極彩色のブランコが設けてあった。早朝の雨で水たまりが出来ていて、水面に写る影と日がつくる影が重なり合い、面白かろうと撮ってみた。傍らに、秋からの名刺のように枯れ葉が一枚落ちている。こういう風情は、子供のワイワイ賑やかな夕方や休日には消し飛んでしまう。 モンスターのような藤の樹の根っこはふてぶてしいくらいに存在感があった。様々な主張が絡み合いながら一本にまとまっている。それぞれ樹になることには異存はないらしい。ここが人間と違うところだ。主義主張の権利を認めながら纏まりきれないいい加減で傲慢な言い分は、いつでも細い根であり枝である。ましてや、花を咲かせて悦ばせようなどと思ってはいない。花は単に実りの前兆で、我先に実を奪い合うサガといえよう。 ブランコの 気持ちが揺れて 秋も揺れ Posted
at 18:53
| 写真
| この記事のURL
汽車 [2007年09月03日(月)
]
相撲の件 [2007年09月01日(土)
]
【朝青龍 来日後に“謝罪会見"へ TITLE:デイリースポーツonline DATE:2007/09/01 18:17 URL:http://www.daily.co.jp/general/2007/09/01/0000587507.shtml】 弓取り式で、四股を踏む前に弓を立てて3回突く動作は「心・技・体」をあらわしている。だからと言うわけではないが、相撲を心技体の国技と見るか、国際化の流れで強ければいい格闘スポーツと見るかで、意見が分かれる出来事である。 「一人横綱で頑張ってきたのだから大目に見るべき」という意見があるが、わたしには彼の相撲は不愉快そのものだった。勝つためには髷をも引っ張り、勝負への拘りか、決まった後にも不必要に突き飛ばしたり、倒れた相手に膝蹴りまがい。 最もイヤだったのは左利きだからと、懸賞金を受取る際に手刀を3回切るが、しばらく左手で切っていた。ここでも意見は分かれるだろう。様式の美という要素がある以上、そのしきたりに従う義務があるはずだが、協会や親方は見過ごしていた。そもそも意識すれば簡単に出来ることである。ましてや勝ってありがたく頂くものだ。それくらいしろと言いたくなる。 これらはまだ些細なことだ。今回の発端は「嘘をついた」から始まった。そして母国で国を挙げての歓迎も良しとしよう。現大統領の選挙応援という政治がらみも良しとしよう。しかしサッカーはいけない。腰の骨折と肘靱帯の不具合という診断書で、あれだけ暴れた姿を見たら、協会でなくても「嘘診断」と見てしまうだろう。モンゴルでは「サッカーをしたくらいで」と反応する人が多かった。特にメディアは「モンゴリアンを横綱にしたくない陰謀説」まで書き立てた。事実を知りながら煽っているきらいすらある。 出かけていった日本のメディアはコメントを聞いたときに経過をちゃんと説明しているのか疑問だ。また、同行した高砂親方は記者会見して、しっかりモンゴル市民に説明する義務があった。温泉の効能やのんびり出来ることを調べるためだけに行った、主張を持たない日本人の典型だ。 「てんでんばらばら」という言葉がある。相撲の呼び出しが叩くハネ太鼓の音からとったものと言われる。今そんな感じだ。協会、親方、横綱ーこの三者が相撲道とファンをよそに、横綱本人の言葉がひとつもなく、あたふたと事が進んだ。政治家や有名人らが入れ替わり立ち替わり、さも分かったかのようなセリフを吐き、砂糖にたかるように集まったテレビ屋さんは会社の命令なのだろう、必死になんでもかき集めている。 テレビを観れば、朝から晩までどこもかしこも馬鹿みたいに、昼なのに夜なのに何故かアサアサアサアサ・・・。 それより、巡業で頑張っていた愉快な力士が居た。マイクを離さず、「ではスタジオへ返します」とニコニコしていた。あの人、髪が薄かったけれど大丈夫かな。だって、脱毛が進んで髷を結うことができなくなったら、引退勧告が来るのだ。 総見も終わって、もうすぐ秋場所が始まる。 国内の弟子入門が減る一方ながら、協会は法人としての生き残る道を、相撲道に添って真剣に検討しないと、先ずファンが納得しないだろう。 ハワイ出身の力士のように、帰化してまで相撲を愛した人もいる。金儲けの出稼ぎもいいが、それだけでは【sumou】は納得しない。 協会は、朝青龍の扱い方で方向を決める決意を持たなけらばならない。 Posted
at 19:44
| この記事のURL
|
月別アーカイブ
最新記事
玉ねぎの味噌汁のブログ
最新コメント
最新トラックバック
|
||||||||||
|
|
|
|