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リンク集
アンパンマンになれない役所 [2007年10月17日(水) ]


この写真を同居人に見せたら、案の定「そっくり!」と感心した。こんなもので感心されても、訳を聞くと「顔がデカイから」と返ってくるのは分かっているから、バカにされていることになる。
秋の代名詞であるコスモスの、楚々ながら溢れかえる色彩の中に、ちょっと馴染まないアニメの王様がいた。
アンパンマンについては下記のアドレスに任せるとして、酷似していると言われたわたしはどう存在価値を示そうかと思い巡らした。
http://mrcn-tru.hp.infoseek.co.jp/anpan/original/index.html
それにしてもアンパンマンは偉い。聞くところでは、身をかじらせても人助けするらしい。

先日NHKの「クローズアップ現代」で、北九州市での餓死者の問題を取り上げていた。
「腹減った、オニギリ喰いたい。25日、米喰ってない」
と、メモに書いてあったそうだ。
肝臓などを患って働けず、医者の「軽作業なら可」という診断結果をもとに、受給を止めて働くように、生活保護を扱う窓口の役人は勧め、結果として「受給辞退」を書かされ打ちきられた。その後、確認などのフォローもなく、ボロ屋でやせ細り、道端で自生するニラを食べていたという。
なにかというとGNP2位という経済力があるから国際貢献と政治家は言う。明日のメシの心配などかけらもない、あるとしたら立場の保持に汲々とする議員や、首にならず上司に目線をおいている公務員が、最後に頼ってくる市民をはねのけて、申請書さへ渡さないという傲慢さ。
減り続ける予算対策も必要だろう。だが自分の仕事は何なのか、一度でもこういうヤカラは考えているだろうか。どうかしようと思っているのだろうか。時間外でもちょっと尋ねて、その困窮ぶりを確かめる気持ちがないのだろうか。実態をつかみ、必死に方策を生み出すのが仕事じゃないのか。
玄関払いを前提とする北九州方式=「申請者撃退マニュアル」は、厚労省が全国に奨励したそうである。最後の綱を断ち切る方式を「良い方法」として採り入れ、なにが厚生なのだ。この意味を少しでも考えたことがあるのか。
アンパンマンよ、恥ずかしながら日本の行政には、全体を考えもせず、窓口で傲慢な態度を取る小役人とそれを操る上司がまだまだノウノウとあちこちにいるんだよ。
年間60−90人の餓死者を出す国のどこが先進であり豊かなのだ。

ひんやりとした冷気が日々増している。私は怒りながらも無力で、明日には自分が陥るかも知れない本当に寒々しい日本の行政に、今日も喚くしかない。

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すき きらいのコスモス [2007年10月15日(月) ]


小さい頃
となりの家の垣根に
たくさんのコスモスが咲きました
にんじんみたいな葉っぱが面白くて
根っこがぶっとくて
ぼくより高い丈でした

花びらから10センチのところで
引きちぎると
茎から青い汁がしみ出て
それでも平気で
竹とんぼをしました
回らないのでがっかりしました
ゆっくりと
秋の曇り陽のなかを
右に左にゆれながら
ゆっくりと落ちていきました

となりのおばちゃんが
「スキ、キライをやってごらん」
と、いいました
“アッちゃんが好きだ、嫌いだ、すきだ、
きらいだ・・・”と、花びらをやったら
キライになってしまいました
何回やっても‘きらい’でした
だからコスモスが嫌いになりました

かあちゃんが
「キライから始めてごらん」
と、いいました
そうしたら、何回やっても
‘好き’になりました
コスモスが好きになりました

アッちゃんは
引っ越してしまいました





Posted at 07:55 | 写真 | この記事のURL
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Da Capoの休刊など [2007年10月13日(土) ]


雑誌出版の栄枯盛衰は当たり前である。
ジャンルが同じながら種類が多すぎる。読む方は選択肢が増えて、見出しや目次で自分に合ったものが買えるのだが、綺羅星のようにずらりと並んだ同種類を見ると迷うばかりで、つい面倒になって買わず終いも多い。時代からずれたコンセプトを持つもので、意識してそうである場合は面白さがあるが、そうでないものは簡単に消えてしまう。

そんな中、迷わず買っていた「ダ・カーポ」が12月で休刊するという。紙質は良くないが、構成やまとめ方がコンパクトで、コラムの内容も充実していた。値段も大きさも手頃で親しみやすい。インターネットの普及で、情報収集の仕方が変わり、20万部から約8万部まで部数が落ち込んだのが原因と言われる。新聞も同様の競合状態に置かれて、ニュースの伝達そのものを変えざるを得ないらしい。ダ・カーポとは音楽用語で“最初に戻る”という意味らしいが、“初心にかえれ”ということで、いつも新鮮でいたかった想いを含んでいた気がする。

「話の特集」は、いまではもう伝説的な雑誌といってよく、65年から95年の30年間発刊されていた。読者ではあるが、特にオタクでもないし、休刊のニュースを知ったとき、それほど名残惜しいとは思わなかった。
いま思い返せば、青春から壮年期に入る時期、その都度面白い感覚を味わったのは確かだ。ちょうど小劇場が盛んになり、いつもは脇っちょに居たカルチャー達がざわめき始めた頃である。ぴったりの、生まれてしかるべき時に、望んでいた形で目の前に出現した。
編集長の矢崎泰久氏そのものがこの雑誌だが、和田誠氏も当時の新しいスタイルに欠かせない参加者だった。
いつもはポンポン捨てていくわたしだが、これに限って十数冊段ボール箱で保管している。

最近読み出して面白い雑誌に、講談社の「クーリエ・ジャポン」がある。最初は月2回だったが、今は月刊誌になり、落ち着いてきた感じだ。海外メディアと特約を結んで、その時の話題性も含めて各国・地域を動きをうまくまとめている。
以前上京の折、編集長の古賀義章氏と少々立ち話をしたこともあり、その顔がダブって浮かぶこともあることから、愛読している。

時々「文藝春秋」を読むが、これほどスタンスの変わらない月刊誌も珍しい。そこが長寿の秘訣といえようが、あまり面白くないので、買うのは年に数回だ。出だしのコラム欄の筆頭がいつも阿川弘之氏なのも影響している。10月号は、佐藤優氏(起訴休職外務事務官・作家)の「インテリジェンス交渉術4」のサブ『酒は人間の本性を暴く』に惹かれて読んだ。ソ連からロシアに移る際のエリツィンとハズブラートフの確執など、なかなか中身の濃い一種の暴露内容だ。こんなものを見つけて、図書カードがあるときはいろいろ取り混ぜて買っている。

読み物は読む人間があって存在価値がある。価値も時代によって、どんどん変わっていく。「古い」と言われて、捨てられ忘れられていく。洗濯機も同じ。人間も同じ。それが歴史なのだろう、か?

Posted at 05:41 | エッセイ | この記事のURL
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もっと怒れ [2007年10月11日(木) ]
ITLE:全国ニュース(社会):富山冤罪、柳原さんに無罪 誤認逮捕、誤判、解明なく
DATE:2007/10/11 07:48
URL:http://www.shizushin.com/national_social/2007101001000500.htm

TITLE:富山の婦女暴行・未遂冤罪事件、柳原さんに無罪判決 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
DATE:2007/10/11 07:51
URL:http://www.yomiuri.co.jp/national/news/20071010i307.htm

TITLE:再審判決:強姦逮捕から5年半ぶり無罪確定 富山 - 毎日jp(毎日新聞)
DATE:2007/10/11 07:54
URL:http://mainichi.jp/select/jiken/news/20071011k0000m040072000c.html

各紙ともさほど変わりのない内容だ。

警察・検察に加えて、裁判官と国選弁護人という、司法丸抱えのスクエア犯罪である。
しかしその前提に、本人の不甲斐なさもある。まさに不条理の「審判」そのものだが、今まで知り得た限りでは、目に見えないアリ地獄にどれほど抵抗したのか分からない。驚くほど落ち着いている。
「真犯人が他にいたから、無罪だったよ」と、服役が終わってから告げられた。5年半前に説明なく引っ張られ、自白をでっち上げられ、通話記録やDNA検査結果(無罪の証拠)を隠され、あれよという間に格子の中。出獄後は家族とも疎遠になり、すべてを無くしてなお「負」を背負い込んで、「しょうがない」と、縮こまって生きるしかなかった。
一方、自分たちの成績のために脅しでっち上げ、いい加減な被害者の証言のみで一件落着させた刑事や検察官は、公務員として守られ、社会正義より愛する家族のために日々次なる獲物を狙っている、と思われても仕方がない。裁判官が真相究明に自らフタをして、司法同業者をかばったのだから。これからもこの構図は生かされ、自分たちのポジションを守るために、更なる冤罪つくりに手を染めていくだろう。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【富山冤罪事件】 判決要旨

このニュースのトピックス:刑事訴訟
 富山県氷見市の冤罪事件で、富山地裁高岡支部が10日言い渡した判決の要旨は次の通り。

【主文】

 被告人は無罪。

【理由】

■第1 公訴事実

 本件公訴事実は以下の通りである。


 平成14年5月24日付起訴状記載の公訴事実(=本件公訴事実1)

 被告人は正当な理由がないのに、平成14年1月14日午前8時30分ころ、富山県内所在の被害者A(当時18歳)方に侵入し、強いて同女を姦淫しようと企て、同女に対し所携のナイフを右ほおに突きつけ、「警察に言ったら殺す」と脅しつけるなどの暴行・脅迫を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫したものである。


 同年6月13日付起訴状記載の公訴事実(=本件公訴事実2)

 被告人は女性を強姦する目的で、平成14年3月13日午後2時40分ころ、富山県内所在の被害者B(当時16歳)方において、同女に対し果物ナイフを首に押し当て、「騒いだらこれで刺してもいいんだぞ」などと語気鋭く脅しつけるなどの暴行・脅迫を加えてその反抗を抑圧し、強いて同女を姦淫しようとしたが、抵抗されたためその目的を遂げなかったものである。

 再審公判に至る経緯

 本件記録によれば、次の事実を認めることができる。

 被告人は平成14年5月24日に控訴事実1で、同年6月13日に控訴事実2でそれぞれ富山地裁高岡支部に起訴された。同支部は同年11月27日、下記の事実を認定して被告人に対し、懲役3年、未決拘置日数中130日算入の有罪判決を言い渡した。

 被告人は

 第1 平成14年1月14日午前8時30分ごろ、盗みの目的で、富山県内所在の被害者A(当時18歳)方の無施錠の玄関から屋内に土足のまま侵人し、同女を認めるや、同女を強姦しようと思い、所携のナイフ(刃体の長さ約9・5センチ)を右ほおに突きつけ、「警察には絶対言うな。言ったら殺すぞ」などと言うなどの暴行、脅迫を加えて、その反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫した。

 第2 同年3月13日午後2時40分ごろ、富山県内所在の被害者B(当時16歳)方において、同女を強姦しようと思い、所携の前記ナイフをその首に押し当て、「騒いだらこれで刺してもいいんだぞ」などと語気鋭く言うなどの暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧した上、強いて同女を姦淫しようとしたが、同女に抵抗されて時間が経過したことから家人の帰宅を恐れるとともに、泣いている被害者をかわいそうに思って姦淫を断念したため、強姦の目的を遂げなかったものである。

 前記判決に対する控訴はなく、同判決は確定した(以下、同判決の確定までを「確定審」といい、同判決を「確定判決」という)。その後、被告人は服役することとなり、平成17年1月13日仮出獄し、同年7月19日、刑の執行が終了した。

 富山地検高岡支部検察官は平成19年2月9日、富山地裁高岡支部に対し、被告人に対して無罪を言い渡すべき明らかな証拠があらたに発見されたとして、確定判決に対する再審の請求をした。同支部は同年4月12日、前記請求には理由があると認め、確定判決に対する再審開始の決定をした。前記決定に対する即時抗告はなく、同決定は確定した。

 関係証拠によれば、確定判決は、被告人が本件公訴事実1に係る犯行の犯人である点について、被告人が本件公訴事実1に係る犯行を認める供述をし、さらに、前記犯行を再現したり、その関係個所を指示説明したりしている(以下、併せて「本件自白1」という)こと、被害者が警察官に対し写真台帳から被告人の写真を選んだ上、犯人にとても良く似ていると供述していること、また、被告人を透視鏡越しに5分間見た上、声の感じもそっくりで、犯人にほぼ間違いないと供述していること、さらに検察官に対し被告人が犯人に間違いないと供述している(以下、併せて「被害者供述1」という)ことを根拠としている。

 また、被告人が本件公訴事実2に係る犯行の犯人である点については、被告人が本件公訴事実2に係る犯行を認める供述をしている(以下「本件自白2」という)こと、被害者が警察官に対し写真台帳から被告人の写真を選んだ上、犯人に良く似ていると供述している(以下「被害者供述2」という)ことを根拠としていると認められる。

 しかし、次の証拠によれば、本件公訴事実1、2に係る各犯行の真犯人は大津英一被告であると認められる。

 すなわち、大津被告は本件公訴事実1、2に係る各犯行を自白しているが、前記各犯行の状況については具体的な記憶も一部残存しており、前記各犯行の現場や関係個所に警察官を案内するなどしていること、平成14年5月5日に石川県内で発生した強姦事件の犯行現場に遺留された足跡と本件公訴事実2に係る犯行現場に遺留された足跡は同種足跡であり、同一の運動靴によるものであると推定されること、本件公訴事実1、2に係る各犯行現場に遺留された足跡は同種足跡であり、合致足跡である可能性が認められることなどから、前記自白は十分に信用することができるといえる。

 そうすると、本件自白1、2および被害者供述1、2は、いずれも信用性のないことが明らかである。

 また、本件公訴事実1、2について、ほかにも被告人の犯人性を疑わせる証拠、すなわち、平成14年3月13日午後2時40分ころ、被告人が自宅で電話をかけていたことを裏付ける証拠が存在している。

 なお、再審において、本件公訴事実1、2に係る各犯行を認める被告人の検察官調書などが提出されているけれども、これらについても信用性のないことは本件自白1、2および被害者供述1、2と同様である。

 以上によれば、被告人が本件公訴事実1、2に係る各犯行の犯人でないことは明らかであって、本件公訴事実1、2について犯罪の証明がないことになるから、刑事訴訟法336条により無罪の言い渡しをすることとし、主文のとおり判決する。

TITLE:【富山冤罪事件】 判決要旨 (2/2ページ) - MSN産経ニュース
DATE:2007/10/11 07:59
URL:http://sankei.jp.msn.com/affairs/trial/071010/trl0710101844010-n2.htm
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【藤田裁判長は判決主文言い渡しの後、柳原さんに「無罪であるにもかかわらず誠に気の毒だと思っている。失われた時間は戻らないだろうが、これからの人生が充実したものとなるよう心から願っています」と語りかけた。再審で弁護側は、冤罪の真相究明のため、取調官の証人尋問を2度申請したが、藤田裁判長はいずれも却下した。】
この白々しいセリフを、どんな気持ちを持ってつくったのか。事実を解き明かす努力を抛り投げて、なにが「充実した人生」だ。検事に大して手厳しい言葉があればこそ、柳原さんの気持ちがほんの少しは和らぐというものだ。
こんな裁判官が実在するとなれば、国民は市民としての常識に従って、裁判員制度を極力活かしていくほかないだろう。

Posted at 08:47 | 日記 | この記事のURL
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腹鼓み [2007年10月08日(月) ]


この頃パンパンと腹を叩く癖がついた。
いや、単純ではない。ときにはパパンパンと三連発だったりパパンパンパンだったり、その時々の気持ちで叩く。だからほとんど同じではない、気がする。
そもそも腹に溜まっているモノによって、振動数が微妙に違うのだ。サンマを喰った後だと和太鼓風だが、アメリカの南部風フライドチキンとビスケットと来たら、気だるいブルース調のパーカッションになる、気がする。
この「気がする」は結構比重が大きく、わたしの人生の半分以上を占めるのではあるまいか。

生理にまつわる行動は、実感として在る。食事しながら旨いの不味いの、熱いの冷えたのと、なんらかの反応をいつも示す。中にはそんなことおくびにも出さないクソ面白くないタイプもいるが、おおよそは咀嚼を楽しみ胃に収めて満腹感を持つ。
排泄にしても同じながら、あまり詳しくしゃべってしまうと非難の誹りというやつが小うるさいので止めておくが、一気に太目排出のときは何故か充足感がある。入れたのではなく出したにもかかわらずだ。
眠りも同じで、快眠の朝はすがすがしさを実感できる。性感は個人差があるので、それなりにという程度でここに置いておこう。

これが少し大きなことになると、「気がする」になってしまう。
例えば、地球環境である。海面があがって、南の小さな国が海水に侵され始めている。南極の氷が解け始め、40年後には無くなるといわれる。だが強い実感はない。少々四季がおかしくなって、べらぼうに強い台風やスコールになった梅雨、はっきり紅葉しなくなった秋、渡り鳥の生態が変化しているなど、身近の環境が変わりつつあるというのに、重大な事柄として把握できない。なんとなく「気がする」だ。
年をとると、あと何年生きるか逆算して、「その頃はおれはもう居ないや」という狡賢さも否定できない。
自分たちが原因を作ってきた無責任さを問われても、なんとも言いようがない。発展途上にあって、日本もかなりの環境汚染を経験してきた。今になってやっと抜け出したようだが、CO2排出などまだまだ現代社会は利便さにともなう汚染に浸かっている。頭で分かりながらも車は手放せず、電気を使う生活からは到底抜け出せない。「気がする」にすがって逃げている時ではないようだ。

狸じゃあるまいに、ただ出っ張り腹が気になって、叩けば少しは引っ込むんじゃないかと、カナヅチに打たれる釘状態を期待して、それこそ少しでも引っ込んだ「気になって」、暇に任せてバンバンババン・・・。

Posted at 17:29 | 生活 | この記事のURL
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うらぶれ [2007年10月07日(日) ]


ぼくはうらぶれが好きだと
平気で言う
そこになにがあるのか
人はあまり知らない
だから
ぼくがうらぶれているからだとか
哀れな気持ちでいるからだとか
言う

ひび割れたコンクリから
花が咲いたとしても
水が出なくなった蛇口と知っても
薄曇りが寂びた町からなびいていても
人は気にしない
訊かれると
うらぶれてるなーと言う
見てもしょうがないと言う

そうなんだよ
うらぶれは
しょうがないの子供なんだよ
歴史のつながりに関係のない
取るに足らない塵芥なんだ

だからね
ぼくはうらぶれを愛するんだ
じっと視て
さわらないでじっと視て
自分が居ることさへ知らないけれど
だけどそこにシーンをつくっている
ぼくが視るシーンをつくっている
それだけで在るんだ
線路沿いに在るんだ








Posted at 17:39 | 写真 | この記事のURL
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ピーヒャラポッポ村 [2007年10月04日(木) ]
村の外れの
小さな駅は
秋祭りで久しぶりに
たくさんの人でにぎわった
小さな駅は
いつも寝ていて
ヒマだヒマだと
背のびをしていたとき
久しぶりに
汽車ポッポが来た
小さな駅は
あわてて「あ、ピヒャポッポだ」
と、言ってしまった
あくびしながら言ってしまった

村のお祭りは
爺様(じさま)の笛
作太のたいこに婆様(ばさま)の唄が
ピーヒャラピーヒャラ
どんどこどどん
しゃがれた声が
 ♪豊年万作 鎮守さん
  次郎ベェ カラスを追っ払った
ピーヒャラどんどん
汽車ポッポ

小さな駅は目ン玉ひんむいて
ピヒャポッポと踊り出した
汽車も線路の上で
ポッポーポッポー

遠くで案山子が
夕焼けに突っ立って
忘れられて突っ立って
ついひとりで
‘ピーヒャラポッポ ピヒャポッポ’
と、踊り出した
一本足で
田んぼじゅう穴だらけにして
‘へのへのもへ’の顔が
バラバラになってクシャクシャになって
笑いながら泣いて
怒りながら笑って
忙しい顔になってしまった

小さな駅は
あしたもピヒャポッポが来たら
いいなあと、寝てしまった

Posted at 12:20 | この記事のURL
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野田宇太郎  [2007年10月02日(火) ]
 わがふるさとは

 筑後松崎

 稲妻形にうらぶれた

 とほい昔の宿場町(「稲妻」)

野田宇太郎ー彼の名は「九州文学散歩」を目にした十数年前に知った。
その後、ふとしたきっかけで小郡市立図書館内の野田宇太郎顕彰会が催した「生誕祭献詩」募集に応募した。
昨日、三席目に入賞した旨の知らせを受け、思いを新たにしたというわけだ。

【1909年、福岡県立石村松崎(現・小郡市松崎)生まれ。旧制朝倉中学卒業後、久留米で詩作に入り、丸山豊らと親交を結ぶ。33年、処女詩集「北の部屋」を自費出版した。40年に東京に移住し、48年まで出版編集を手掛ける。その間、下村湖人らを発掘し、文芸雑誌「文芸」、「芸林カン歩」の編集責任者を務めた。その後、詩作と近代文学史研究の著述生活に入る。49年の著作「パンの会」で北原白秋らの紀行文学「五足の靴」を発掘し、日本の耽美(たんび)文学を評価。その後増補し「日本耽美派文学の誕生」として発表。75年度の芸術選奨文部大臣賞を受賞した。50年に始めた「文学散歩」シリーズでは近代文学研究の新分野を開いた。84年、74歳で死去。】

彼の詩集は滅多にお目にかかれない。読んだこともない。
 旅愁
詩集
大澤築地出版
1942.11
332865

野田宇太郎
すみれうた
詩集
新紀元社
1946.07
332866

野田宇太郎
自選詩集感情
詩集
目黒書店
1946.08
332867

野田宇太郎
黄昏に
詩集
長谷川書房
1954.08
332868    
とあるが、詩人として、また編集者として卓越した人だったらしい。
今月末に当地に招かれているが、3,4回の乗り換えが面倒だし、車では方向音痴だからどこへ行ってしまうか分からない。詩碑前で自作の朗読もしなければならないし、かといえば、どんな人物だったかも知りたい。

【戦争の傷跡がまだ残る1950年、野田宇太郎は「文学散歩」の旅に出かけた。作品と資料を読み込み、文学者ゆかりの地を訪ね、当時を知る人から話を聞き、作品を生んだ風土を肌で知る。旅は北海道から沖縄におよび、遠くヨーロッパに足を運んだこともある。病床に伏すまでの34年間、移動距離にして延べ10万キロを超える旅を続け、ライフワークとして出版を重ねた文学散歩シリーズは、26巻(文一出版)にまとめられた。中で、多くの研究者が白眉と認めるのが、野田が敬愛した作家、森?外、北原白秋、若山牧水などを取り上げた九州文学散歩(全3巻)である。】
もう少し考えてみるか。

ところで、メダカが10匹ほど孵化して泳いでいる。5_に満たないが、いっちょまえにデッカイ目ン玉で、ピチョピチョ動いてやがる。今日、稚魚用の餌を買ってきた。今度こそ成魚にしてやるぞ!

Posted at 17:35 | 日記 | この記事のURL
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第2回 メディペチャ [2007年10月01日(月) ]


先日、2回目のメディペチャが開かれた。
「メディペチャ(多分、メディカルに関してペチャクチャおしゃべりをする事と思う)ー
医療を受ける立場にある県民の皆様から、医療・医師会・医師等に対する意見や要望、医療全般について感じている事など、さまざまな声に耳を傾け、より患者本位の医療に向けて参考にさせて頂くことを目的としています。平成15年度に北九州・福岡地区の2箇所からスタートし、平成17年度からは筑豊・筑後地区を加え、4箇所に拡大いたしました。今年度も昨年度に引き続き北九州・福岡・筑豊・筑後地区の4箇所で開催いたします。」

福岡県医師会からは、理事で広報担当の堤康博氏、飯塚医師会の西園代表、直方鞍手医師会の関屋代表、モニター10名(女7、男3)と司会、書記という出席者構成。

先ずは、前回私が提起した「セカンドオピニオンー以下S.O」の件から始まった。
これはシステムとして有るわけではなく、あくまで患者と医者の信頼関係の上に成り立つ「形」ということが結論だ。システム化すると更に複雑化し、義務の発生によって関係がぎくしゃくしていく恐れがあるらしい。B医師の診療に疑問を持った場合は先ず訊き、その上で紹介状をもらってC医院で再診という事が最も良いらしい。しかしあくまでB医師の諒解が前提である。
これにともなって、前回も問題提起した検査及び診察データの所有権が浮かび上がってくる。患者はすべて診察代として支払いを済ませているので、当然自分に所有権があり、請求すれば無償で受け取れると思っている。確かに前提は間違いない。
例えばレントゲン写真、カルテはコピー代の実費で済む。しかしいわゆる定価は決められておらず、取り扱う医院によってバラツキがあるという。量的に多ければそれなりの金額になり、患者負担はかなり大きい。
これらのデータは一定期間保管の義務が国から課せられているため、それを過ぎなければ
オリジナルは受け取れないが、所有権は患者側にあることは明らかになった。
いずれにしても、データの移管が伴うS.Oの場合はB医院、患者、C医院の関係が良くなければ、C医院で同じ検査を強いられることになり、金銭的にも体の負担でも患者は楽ではない。

「待ち時間が長く、診察は短い」は、受診の際の常識である。これは医師側から言わせると必然的にそうなるらしい。
来院者が5人居たとして、トップに診察を受ける患者は9時に受診できるが、2番目は1番目の診察時間による。10分かかったなら10分後で、早くて9時10分からの診察になる。その後は順繰りにいって、5人目は30−50分あとということだ。もし一人30分の受診時間だったとしたら、5人目は2時間あとになる。言われてみればなるほどだ。トップといえども待ち時間は同じである。1番に診てもらうなら30分以上前には来院名簿に書き込まなければならないからだ。医師も互いに納得するまで時間をかけたいだろうが、他の患者も診なければならないので、そうもいかない現実があるというわけだ。

先発を新薬とするなら、後発がジェネリックになる。嘘か誠か知らないが、薬では病院は儲からないともっともらしく言っていた。それにしては、山のように薬を処方するところも結構ある。普通に考えれば、ジェネリックは安い。新薬が100円とするとおよそ70円ぐらいか。単純に半分が利益とするなら50円と35円になる。従って新薬の方が儲かるはずだが、そうではないとおっしゃっていた。当然病状によって変化が著しいものから、慢性で変化の乏しい状態もあり、一概に言えないが、医師はジェネリックにあまり信を置いていないようだ。それに後発に頼っていると開発が遅れるらしい。医師もそれぞれで、費用を思って積極的にジェネリックを採り入れている医院もあり、判断はどちらとも言えなさそうだ。

臨席の女性が保険点数の疑問を投げかけていた。まったく同じ診断で、医院によって点数に違いがあるというのだ。その書き付けを示しながら、理事に調べて下さいと頼んでいた。これは医師会側がしっかり調査して次回に結果報告することになった。真摯な態度といえる。

薬をもらうだけなのに、診断料が請求されているという指摘もあった。それを看護士に尋ねると「みなさんにそうしてもらっています」という返事が返ってきたという。いい加減さの見本のようで、失笑がもれたが、いやいや笑い事ではない。適当な名目をつくって「病院のやることに文句を言うな」と言っているようなものだ。

今回医師会側に感心したことがある。「診断情報共有カード」ということで、患者側は、
1,病名・病状について、わからないことがありますか?
2,検査について、わからないことがありますか?
いか、同様に
3,薬について
4,手術について
5,医療費について
とあり、
6,病気が生活に影響している状態を、主治医と話しましたか?
7,家庭で療養する上での不安や心配事を話しましたか?
8,家庭生活での手助けや世話の状況をはなしましたか?
ということで、『あなたと主治医の診断情報共有のための「めやす」』として示された。振り返ると、こうも明確に質問した記憶がない。これからはどんどん試みてみようと思った。

医師会、特に日本医師会と聞くと、即、圧力団体と一辺倒な思い込みがあった。強圧的なイメージもあった。そもそも、なにをしている社団法人なのか知りもしなかった。圧力はあるだろうが、予防医療にかなり活動しているようで、地域で大いに利用価値のある機関
だ。最終回は11月10日で、更に突っ込んだ討論が予想される。

というわけで、関係ないわけで、今日は野菜カレーを作った。じゃがいも、にんじん、なす、ピーマンだ。肉は一切はいっていない。
いい色だ。いい彩だ。
こういうものをパクパク喰える内は健康に違いない。



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