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小さな食堂 [2007年12月30日(日) ]


じいちゃんが皿を全部洗った
ばあちゃんは卵焼き用の皿を見た
‘じいちゃん よごれ のこっとぉよ’
‘どこじゃぃ’
‘ほれ みぎっかわの すみっこ’
じいちゃんは
力仕事でぶっとくなった人差し指で
きゅきゅとこすった
ばあちゃんは「もー・・」と笑った

でかいじいちゃんが
調理場に居ると狭っ苦しい
小ちゃいばあちゃんは
間をちょこちょこ動いて
鯖を焼きながら
いなり寿司の油揚げを煮しめ
‘オッ アー’と掛け声で調子を取って
豆ご飯のおむすびを
ぎゅふわー ぎゅふわーと
握っていく
‘じいちゃん そと はかんね’
のっそりもそもそ
じいちゃんは‘めんどくさかぁ・・・’

曇った師走の朝に
小さなカウンターで
日だまりを探す三毛が
ほわにゃーとあくびした
陳列棚に次々に定番料理が並んで
ストーブのうえでやかんが
ちんぱたぱたちんと鳴る

賑やかに湯気でけむっていった

Posted at 04:02 | | この記事のURL
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 [2007年12月29日(土) ]


動物は好きだ。動物園も好きだ。子供の頃から好きだ。だが、なにかすっきりしない。好きだがすっきりしない。あまりこういう事はない。
やっぱり動物たちが時折見せる生気のない動作や顔付きのせいだろうか。といっても、本当の姿を知っているほど観察しているわけではなく、自分の感情を投影した照り返しのような“なんとなく悲しそう”を見て、そう思い込んでいるのかも知れない。24時間10日ほど注意して見ていれば多少のことは分かろう。年2回で哀れみなどとんでもない話だ。
しかし、「檻」の存在が気になって仕方ない。園側でも工夫して、出来るだけ格子を減らしているように思えるが、代わりの高い塀や深い溝が痛々しい。
こんなことばかり目について、子供のように「ワーッ、キリンだ!」と叫ばず、文句ばかりを書き連ねる。加齢のせいとすれば簡単だが、それも割りきれないのが結論とは・・・。



Posted at 05:37 | 日記 | この記事のURL
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動物園って? [2007年12月27日(木) ]


年に2回欠かさず行くところのがある。
櫛田神社の近くにある蕎麦屋と、動物園だ。
動物園は特に決めていない。小倉だったり福岡の海の中道だったりと、季節と気分次第だ。
昨日は福岡市立動植物園に行った。
植物園はほぼ平らだが、動物園の起伏は激しく、いつ行ってもハァハァしてしまう。わたしだけではない。子連れのお母さんたちは「ここにいるから勝手に見てらっしゃい」と、ベンチをベースキャンプにしてどっかと座り込んでいる。何年経っても変わらない風景で、公営のやる気のなさがそちこちに見られる。
入り口から右方向は巡ったが、左側のライオンなどの猛獣地域は、坂を見上げただけでウンザリしてやめてしまった。特に身障者には辛い造りの動物園だ。
撮ったのはゴリラ、犀、象、サイ鳥、エミュー、猿など。
ただ漫然とでは時間をかける意味がない。テーマなどと大げさではないが、いつも感じる檻や塀に居なければならない動物たちの気持が気になる。なって当然の事柄だ。そこが気に食わないとでも言おうか。多くは写真に語らせたい、なんて大それた思惑はないが、なんとか少しでも近づきたい。
写真で人に訴える難しさをヒシヒシと感じる。
今回は単に動物撮影ではなく、「園」とはなんだろうと思うところを撮りたかった。前にも同じようなことをアップした記憶がある。世界各地からど生き物を集めて、一定のエリアに閉じこめ展示する。人間は現地まで行かずともある程度の生態を知ることが出来るわけだ。だったら、人間種にもそれがあっていいのではないか。アジア、ヨーロッパ、オセアニア、アメリカ等に分け、募集に応じた人たちがそれぞれの風俗習慣に従って生活する姿を公開する---ウーン、これも飽きるだろうな。動物は演技をしないところが良いんだから人間なんて比ではなかろう。
カニクイザルの檻を何気なくみると、♂がチン○コをいじくっていた。初冬の暖かい陽射しを浴びながら縁側で爪を切る感じで、引っ張ったり揉みしだいている。隣の♀は知らん顔でまどろんでいる。この一景でびっくりしたわたしが隠す特技の人間であることがはっきりした。在るものは在る。退屈したらそれを扱って不思議ではない。無心でそれにいそしんで当たり前だ。ふんどしから始まって隠したり半分出したり、売ったり買ったり商売にする“人間”の恥ずかしさである。
“展示”する意味がそこにあるのかも知れない。自分が自然界で如何に恥ずかしい存在なのか、それを教えてくれるだけでも動物園は意味があるというわけだ。
ゴリラは深い塀の奥で沈思黙考。犀は昼寝かふて寝か魅力在る寝方だ。象が最も気にかかった。ドテッとしている生き物ほど神経質といわれる。わたしはドテドテとしているが例外といおうか、本物のドテなんだ。人間みんな、そうかも知れない。チン○コを隠さない猿は絶対そう思っている。この写真を撮ったが、猿さんに公開の許可を取っていないのでアップしませーん。「猿でもナントカ陳列罪だぞ」というのが人間なんだよな。





Posted at 19:47 | 写真 | この記事のURL
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おれはジジィかな? [2007年12月25日(火) ]
ジジィの定義はなんだろ。
年を取った人が自覚する老年は今や75歳以上という説がある。
だが、世間では65とも70ともバラツキがあり、国は年金を受け取る年令を勝手にどんどん上げて、今では65才からだ。これはなにも親切でもなんでもない。
ジジババが増え若者が減る現象は急に始まったことではない。こんなこと、統計を取ってる役人やそれを参考にする政治は分かっていたことだろう。戦争や疫病が起こらない限りは簡単にシミュレイト出来るはずだ。だから高給取りの税金喰食いと言われるし、事実その通り。
それはともかく、病院代はジジィにも容赦なく上げてくる。たしか本格的なジジィになる75歳以上の無料も無くなった。
それにしても病院は本当にジジババばかりだ。特にウィークデイの午前中はほぼ占領されている。そんな中に居るとどうにも憂鬱になる。互いにそう感じていることだろう。
年を取ると自分の言いたいことは相手がどう思おうとしゃべりまくる。それも「ここが悪い、あそこが痛い」と訴えることが多い。仲良く会話をしているかと思うと、顔は向き合っているが話はまったくのすれ違い。耳を傾けているのは、おれのように盗み聞いてシラけているジジィだけだ。これもタチが悪い。

若者を何才までと位置づけるのも難しい。
30ぐらいまではいいと思うが、中学生に言わせるとオジサンオバサンだそうで、これはあまりにも可哀想だ。やはりどんな感覚の持ち主かで決まる。20才でもジジくさいのが居るし、40過ぎようが幼いのもいる。
数字としての年令(時間の経過)は認めるが、年取るにつれて変わっていく微妙な作用というか、個々違う生理や社会への意識まで引っくるめてああだこうだ判断するのは乱暴すぎる。特に企業は採用又は退職の基準を大雑把に決めて、必要な人材までも「あんたは60になったから辞めて」と捨て去っている。いかに馬鹿なことをしているのか考えることもない。確かに楽でいい。

時折、歳月に晒されるという年令の美学があってもいいと思う。日本ではあまりにも即物的に割り切って、自ら味気ないものにしている。だったら自分にも他人にも遠慮することなく、老いを〈追い求める〉ことにするか。

“空しく浮き雲と与(とも)に太虚を行き、
 心力共に尽きて宿る所無し、

 この秋は何で年よる雲に鳥” 芭蕉

老いは、死を凝視しなければならないところに本当の辛さがあるのは認めよう。

Posted at 17:17 | エッセイ | この記事のURL
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のれん [2007年12月23日(日) ]


漢字で「暖簾」と書く。
【本来は「のんれん(「暖」は唐音で「のん」)」であったが、転じて「のうれん」となり、「のれん」に変化した】そうだ。

【元々、暖簾は禅宗の用語で寒さを防ぐためにかけられた垂れ布をいい、簾の隙間を覆い暖めることから名付けられたもので、現在と同様の意味で用いられるようになったのは、近世以降のことである】とあるが、やはり屋号などを記して店先にかける‘店の顔’が先ず頭に浮かぶ。
それが店の信用を意味するようになり、「暖簾分け」や「暖簾代」という語も生まれたが、昨今ただその意だけを利用して本質が伴わない老舗もあり、残念ながら世の流れと同様、信用に値しない布切れに成り下がっているところもある。
開店は工場でいえば始業の合図であり、のれんを掛けることは気持の引き締まる行動だが、惰性、習慣になってしまう事もある。これは見れば分かるほどに薄汚れていたり、左右のバランスが取れていなかったりで判断がつく。

それよりも「暖簾に腕押し」の方が、最近気になる。この類の例が多いのか、似た諺が結構ある。
類語も含むと、『犬に論語 馬の耳に念仏 蛙の面に水 釈迦に説法 豆腐に鎹(かすがい) 梨の礫  糠に釘 猫に小判 馬耳東風 豚に真珠 柳に風』といったところか。
張り合いがないというより、自己がきちんと成り立っていない場合、老若問わずこうなるのかも知れない。
今年の流行語に「そんなのカンケーねぇ」が入っていたが、関係なければあれほどジタンダ踏む必要がない。あれほどのエネルギーが今の若者にあるだろうか。さもクールに「そう、それがどうしたの・・・」と、そっぽを向いてつぶやくのがオチである。オッパッピーの兄さんはそれに苛立って警鐘を鳴らしているのだ。暖簾を固定して正面からこぶしを突っ込んで裂いて破り捨てたいのだ。来年は同じパターンで「そんなのおまえだろー!」と叫んで欲しいものだ。

もうひとつ、「暖簾と腕相撲」もある。のれんと腕相撲をとれるわけがない。
写真は地元の飲食店だが、シンプルの中に凛としたものを感じ取った。

Posted at 15:02 | 日記 | この記事のURL
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商店街 [2007年12月21日(金) ]


どこでもそうだろうが、商店街と呼ばれている通りがめっきり淋しくなった。
ウィークデイの昼間は何故か黒づくめのお婆さんが多く、通路にはみ出した回転式ハンガーにたかって、ここでも黒っぽいバーゲン衣服を選んでいる。
少なくとも半分以上はシャッターを下ろしており、未練たらしく開けていても半開きで、(どうせ売れないよ)だったり(来たければおいで)と拗ねているように見える。
アーケードで空き地は珍しく、棟続きかと思ったらそうでもないらしいいが、ここはどう使うんだろうと他人事ながら思ってしまう。

「閉店のご挨拶」
終戦直後開業致しました“山田”に対し六十年間の長期に亘る御支援御愛顧を賜り感謝致しております。
この度当方の勝手な都合により閉店致すことと致しました。
皆様方に対し心より厚く御禮を申し上げる次第です有り難う御座いました。

角ッこのこの小さな飲食店は、3ヶ月前は確かに開店していた。うどんにぜんざい、鶏飯のおにぎりと太巻きを小さなウィンドウケースで見たことがある。
想像するに、年老いた夫婦が体を悪くして、仕方なく閉めたのではないか。切ない思いで使い慣れたまな板や包丁を仕舞い、調理場を隅々まで掃除し、翌朝起きて商売を辞めたことに気付いてハッとする。こんな繰り返しが何回かあったに違いない。
そう言えば母方の家は駅前食堂を営んでいた。記憶は5才までだから確かではないが、今でも昔風の食堂を見ると感触が懐かしく蘇ってくる。




Posted at 05:19 | 生活 | この記事のURL
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公園にて  [2007年12月19日(水) ]


冬枯れの芝を集め
煙り二すじ
朝の人いきれに似て昇る
十二月の遅い陽は出渋って
朝もやの静かなカーテンが上がり
足早に歩く運動の夫婦の髪を
流す風の冷たさよ

高台から住む町を見下ろすと
ひとの営みを見下ろすと
ふんわりと昔が帰ってきて
豆腐売りの昔が近づいてきて
障子に当たる陽射しまで
見えてしまう

芝の黄褐色の手触りは
まだ露を含んで
舐めて渋さを確かめ
無為な今日の予感の味に
首垂れて車に乗る

火を焚く人よ
煙を出さないで燃やしてくれ



Posted at 18:23 | 写真 | この記事のURL
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“未" [2007年12月17日(月) ]
今年をあらわす一文字が流行っている。
どこかのお寺では「偽」と表現した。毎度のことだが、特に今年は目立ったということか。それも、分かりやすい食品関係に続出した。
赤福、御福などは古くからのお伊勢詣りという信心の場を汚した偽装とも言え、他にない神の領域を商売の場としている土産物屋は、それを決して忘れてはならない。船場吉兆は看板の老舗を悪用した商法で金儲けに走った。専務の母親は腰が折れるほどお辞儀をしていたが、詫び言葉を息子に小声で教えている姿は、謝るにほど遠い心根がのぞいて、哀れでさへあった。先代の思いを伝えるプロンプトだったらば救いはあったものの、ゴマカシ、言い逃れの伝授とは呆れたものである。
政治や行政の「偽」は言うまでもないので省くとして、我々人間の地球への偽は、そのまま自分たちの破滅をあらわしており、地球儀が“地球を偽る”地球偽になっている。洒落にもなんねーな。

今までも「今年の一文字」は毎年あったことで、これからもあり得るものだ。そこで敢えてわたしが一文字で言うなら「未」だと思う。
『事のいまだ終了しないことを表わす語(広辞苑)』というように、すべてが未熟だった。政治のトップは未熟な二世議員の未熟な首相の未熟な目。公僕としてよりも、働く人間として未熟な犯罪者といえる年金横領、不作為、ゴマカシ役人がいる社保庁は未官僚のトップ。どちらも未詳だらけだ。
世界を俯瞰するとなると、多分「未」の雲に覆われて、地上が見えない事になっているのではないかと思う。「未」は永遠のテーマかも知れない。
わたし個人としては、さほどの病いもなく収入もなく、賞金稼ぎは最低で小遣いに四苦八苦したことからの反省として、来年こそはと67才にして決意している。
しかし今聞いたことも忘れてしまったり、覚えていた顔の名前がどんどん消えたり、なにしに来たのか覚えていなかったりと、記憶との戦いが次第に熾烈になってきている。少なくとも湧いてきたイメージだけはメモして守らないと、存在価値さへ危ういというのが実感だ。
なんとしてでも、自分の“未”来は自分で創らなければと、自戒を込めて来年に向き合おう。
などと、らしくない。やっぱ、もっとフザケなくっちゃと、傍らでは悪魔がささやいている年末なのだ。

Posted at 17:05 | 日記 | この記事のURL
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意味不明 [2007年12月14日(金) ]

身体のどこかが悪ければ、脳に「メシ、要らないよ」と伝える。脳は「諒解」と答える。問題はここだ。万能の脳とはいえ、それがどこから来たのか知らせてくれないのだ。ただ警告のみ。
いやいや、本当は知っているのかも知れない。どこかの役所のようにバレないように隠しているかも知れない。
肝臓の奥底で仲間が不正を働いて、食い散らかしているのを知っているが、正確な報告を上げるとその部分が切り捨てられる。だが義務は果たさなければならないというわけで、適当に「食欲がない」という曖昧な文書でごまかしている。
大体ひとくくりに脳と言っておいて、大脳やら間脳やら延髄やら小脳、脊髄なんかがあることがおかしい。わたしなんぞはノーミソという単語ひとつだけでこと足りる中身だから、ここからの発想だと、「どんな味噌かな?」にはこだわるが、「どんな働きをするのかな?」は考えない。
昔ちょっとヘボをすると“ノータリン”という暖か味のある非難を浴びた。脳が足りない。だから馬鹿であり、そうだけど足りないものは簡単に増やしようがないから、ヘボしてもいいんじゃなーい?という寛容さである。
今みたいに勝ち負けだけにこだわって、利口は利口、馬鹿は馬鹿に分けたがる風潮を認めるのは実に味気ない。
馬鹿のような利口や馬鹿に毛の生えた利口、利口と思っている馬鹿にその反対と、いろいろ混ざったモザイクが脳の本質としなければ、人間の複雑怪奇は説明できない。
従って、「何故、メシを喰いたくないのか」という苦しみは、わたしが人間として正常であるという証しなのだ。まさに医者の縄張りなのだ。脳は万能ではない。
ホント?
オメェ、なにを言いたいんだよと言われても分からないところにモザイクかけてるんじゃないの。

Posted at 12:59 | 日記 | この記事のURL
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夫唱するから婦随? [2007年12月12日(水) ]
〈日々是休日〉のダラダラした時間を過ごしている。ダラダラをどう解釈するかは中身に関わってくる。
日に一度も外出しないと、わたしの中では無為の一つの条件になる。外に出たからどうというわけではないが、体質として家にこもることに罪悪感を感じてしまう。ただの出たがりなのかもしれない。一日家で過ごして小難しい本を読み、なにかを会得すれば満ち足りたことになるのだろうが、30分でも外出して田んぼの脇で冬眠前の蛙をほじくる方が、わたしには面白い。動きが鈍くなったツチガエルをひっくり返して、「おまえはいつ見てもきたねぇなぁ」といちゃもんをつけると、ヌターと起きあがりながら、「てめぇの面も似たようなもんだぜぃ」と、蛙が言い返してくる。
ひと冬を同じ土色の中で過ごし、春を待ってまたケロケロキャッキャッと♂♀たわむれて寒天みたいな卵をつくるわけだ。ずっとそうしてきた。飽きるということがない。今の時期は背中の白一本ストライプは何故か切ない。
しかし外出が、ここ2,3日ままならない。カミさんがあまり動かなくなったのだ。先日までわたしが食欲不振でデレーとしていたが、その後、真似するかのような状態である。
布団に入って2時間ほど経った頃だから午前0時から始まった。
ドタンとベッドから足を下ろす音、あわててトイレへ向かうドタドタドタ・・・、ドアを開け閉めバタン。「ウッ!げーげーげー、カッカッ」と吐く音。これが1時間おきに朝まで続いた。
最近はビールも飲まず、特におかしなものを食べてもいないので、ふたりで「どうしたんだろう、どうしてだろう」を繰り返すばかりだった。
嘔吐と寝不足で動ける状態ではなく、落ち着いたら病院へ行くと決めた後は、コタツに入ってぐったりしていたが、やはりトイレ行きは続いた。ほんの少し治ったと思ったら今度は下痢だと言いだした。これはちょっとヤバイと病院を勧めたが、今のままではきつくて駄目というので、とにかく小康を待つことにした。
二人とも食べる気がしない。
食欲が無くなるという現象は面白い。本当に喰いたくなくなる。空腹感がないから喰いたくない簡単な図式だが、これが理解できない。あたり前だが分からない。具合が悪くなるとはそういうことなのかなと、互いの青ビョウタンみたいな顔を合わせて、午後を過ごした。
わたしは今日はかなり快復し朝飯を摂ったが、嘔吐下痢は止まったものの、カミさんは粥を少し口にしただけで、げんなりしている。昨夜はよく寝たようなので心配なかろうと、様子を見ることにした。

フランス人は「食べるほど食欲がでる」と言ったそうで、馬鹿なわたしは、食べることに精通している国民だから間違いなかろうと、あれやこれや買い込んで食べさそうとした。やわらかで甘味があれば良いかなと、よもぎ皮のアンパン、カステラ、プリンにうどん。カミさんは見ただけで“マァー!”と呆れていた。少しでも食べれば喰えるようになるんだからと勧めて、やっとゼリーを食べた。しかしフランスの言葉はどうも引っかかる。理屈に合っているようでおかしい。
彼らは「よい夕食は必ず空腹によって始まる」とも言っているからだ。空腹は最上の調味料か。調べてみると前言は「手に入れると、もっと欲しくなる」の例えらしい。腹の調子が悪いときの話ではなかった。
夕方になって、少しずつ日常の家事をするようになったので安心はしたが、以前にも似たことがあった。
わたしが風邪を引くと、その後すぐゴホンゴホンし出すし、転けると転ぶ。腹を痛くすると「あら、あたしも」と言う。あんまり真似て欲しくない。おれはもう治ったから明日にはメシつくってくれよてな心境だ。

Posted at 18:45 | 日記 | この記事のURL
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