シニア向けコミュニティ STAGE ステージ
50歳未満お断り! 紳士と淑女の知的コミュニティ (シニア向けコミュニティ STAGE ステージ) http://www.stage007.com

リンク集
流れて [2008年01月31日(木) ]

山渓(やま)を辿り
どぼしゅらしゃらら と
谷に小さな川が流れ
変わりのない混みいった
水と水がぶつかり
水と岩がぶつかり
水が小石を流し
さっさと行ったり
のろまに澱んで
どぼしゅらしゃらら と
朝は霧を引きつれて
川鴉の餌場を昼が与え
寂しさを知って
陽の翳る夕方に
蜻蛉(かげろう)に跳びつく
岩魚の影が橙色に光る
どぼしゅらしゃらら と
いつまでも同じ音を
そういえば友と聴いた


逝った友が月になって
せせらぎに友の顔を見て
淡い闇の蒼のなかを
どぼしゅらしゃらら と
少しは囁く流れになった

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縁のある豊岡市 [2008年01月28日(月) ]


2月に豊岡市というところへ行くことになっているが、記憶の断片が小うるさいのでメモを調べると、平成11年に引っかかりがあった。
いまでも町興しのネタ探しに市町村は必死だ特に間違いのない史実があれば、様々な演出で人を呼ぶことが出来る。その一例でもある。
豊岡市は、大石内蔵之助の妻‘りく(理玖)’生誕の地であり、夫と離別後、二児の母として凛として生き抜いた土地である。
“華やかにして 慎ましく たおやかにして 強く 凛と咲いた花影の花の人 大石りく この地に誕生す”
これは、正福寺にある『花影の花』著者平岩弓枝氏の文学碑に彫られているもの。
NHK大河ドラマ「元禄リョウ乱」放映と平行して、毎年5月に“大石りく祭り”が催されるようになったという。加えて「大石りくエッセイ賞」を募り、わたしのそれも冊子の一ページとなった次第だ。
内容:題名 「凛」
【大石りくひと子と言でいうなら「規範の人」ではないだろうか。
封建制の枠は、ときとして本人には手のほどこしようがない堅いタガとなり、泣く泣く腹を切ったり家名が途絶えたり、上意下達で体制を保つなかには理不尽な出来事が数え切れないほどあっただろう。多くの涙が流されただろう。そして歴史という波に呑まれ、いまは単に大人の思惑と子供たちの受験項目の中に埋もれていく。
しかし、りくは生きていた。自分を忘れなかった。人々は憶えていた。狭い生活環境の中で、恐れず背筋を伸ばし精一杯自分を表現した。夫良雄とのいわくある離縁、幕府の締め付けにもめげず子を育て上げ、夫と義士を弔うべく仏門に入った決断は、この時代の枠ではぎりぎりの人生観から生まれた行動だったのだろう。過去はいつも現代と比べられる運命にあるが、りくの心がどのように活かされ、活かしていくかは現代人の責任だろう。
豊岡市は、兵庫県の象徴で特別天然記念物であるコウノトリの人工飼育に力を注いできた。瑞鳥として近い日に野に放たれる。大石りくの遺志はこの鳥の羽ばたきに乗って、今を生きる人になにを訴えるのだろうか。
りくの幸せは、豊岡の人々の手で「まつり」として受け継がれ、単なる歴史の犠牲者ではなく自分の生き方を貫いた人物として尊敬されていることだ。いま、規範という呪縛から解き放たれたとき、彼女はなにを想うだろう。これからもなお豊岡から、夫を慕い子を思う心情を発信し続けていくだろう。
円山川は時間に沿ってなめらかに「生きたりく」を乗せて、日本海を目指し今日も流れていく。
いつまでも凛ときらめいていて欲しい。】
読み返してみて、なんとも漠然としており、かなりゴマスリの面もある。約9年前の話だ。

2月には東井(とうい)義雄という当地教育者に関連して募集した出版物に載るということで行くことになっている。
どういう経路で行くべきか調べてみると、5回ほど乗り換えなくてはならないようだ。6時間前後となると考えてしまう。また日本海側なので積雪の恐れもある。
しかしコウノトリを撮りたいし、日本・モンゴル館にも行きたいし、蟹も但馬牛も喰いたいし、カミさんは来ないし、近畿にはあまり縁がないので知りたいし、行ってみるか。
へぇ、兵庫県て太平洋と日本海にまたがっているんだ。今頃知るなんて、ハズカシー!(財津一郎風に)。

Posted at 18:51 | 日記 | この記事のURL
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50円寿司で良いんだ! [2008年01月26日(土) ]


この頃まともな寿司屋へ行ったことがない。
回転寿司屋はあるが、どうしても寿司だけでは済まず、ビールの一本も飲みたくなる。当然車では出かけられず、かといって、タクシーを使うほどの魅力があるわけもない。またカミさんが生魚は駄目という日本人らしからぬ性癖があり、結果としてチェーン店かスーパーで買うことになる。一つ50円でマァマァ旨い。サーモンとイカが好きで、マグロは着色ばればれのけばけばしい赤が気味悪いが、駄菓子のそれで鍛えられたせいか、平気で喰ってしまう。

昨日、アメリカから「鮪に水銀が含まれている」由のニュースがあった。特に目新しいことではないが、日本食代表格の寿司が絡んでの内容で、許容量を大幅に越えているという。
【NY マグロから高水準の水銀
 23日付の米ニューヨーク・タイムズ紙は、ニューヨーク中心部マンハッタンで日本人が経営する有名すし店などのネタのマグロを同紙が独自に調査したところ、サンプルの25%から「高水準」の水銀が検出されたと報じた。
 ニューヨークではすしは人気食品で、すし店だけでなく、スーパーやデリ(総菜店)などでも一般にマグロのすしが売られており、「衝撃的なニュース」(地元メディア)となっている。
 同紙は昨年10月、レストランやスーパーなど計20店舗で購入したすしを研究機関に依頼して調査。このうち計5店のすしから米食品医薬品局(FDA)が「販売中止を命じることができるレベル」とする1ppmを超える水銀が検出されたという。20店の商品で最高は1・4ppm、最低は0・1ppm。
 5店のうち4店はすし店で、2008年のミシュラン・ニューヨーク版で一つ星を獲得したスシ・オブ・ガリや、ノブ・ネクスト・ドア、スシ・セキといった世界的な有名店も含まれていた。
 FDAが直ちに販売中止命令に踏み切る可能性は少ないとみられるが、米環境保護局(EPA)は「1週間に6個の消費」で許容量を超えると指摘しており、5店は同紙に対し、妊婦や子供に2個以上食べないよう警告するなどの措置を取るとしている。 (共同) 】

特に高級なクロマグロの脂身の多いトロの部分に蓄積するそうで、赤身大好きなわたしとしては「助かったー」だ。牛肉も霜降りは好きではない。確かに貧乏のせいもあるが、喰いたいと思わないのだ。
たしかキンメダイも水銀含有ということで、政府が警告を出していたが、なぜかマグロにはそれがなかった。
http://www.lbv.jp/ninpu.htm

これからは妊婦さんや子供たちは口に入るものへのリスクを知っておかないと、将来が危うい時代になった。逝く時期が迫っているわたしは逆に、喰いたいものがあれば毒をも喰
らう開き直った心境になっている。ビクビクしていてもしていなくても、そう変わりはない。健康がなんだってなものだ。

カミさんはその点徹底して永生き志向だ。コレステロール値が高いと指摘された時点で、原因となるタコ、イカ、エビ、カニを、好物とはいえ口にしなくなった。大好きな卵も控えている。元々肉類は鶏の唐揚げ以外は嫌いである。ビールもメタボに絡むとしてピタリと飲まなくなった。自虐を快感にして、ストイックな食生活を味わっているとしか思えない。外出ついでになにか旨いものを買って帰ろうとしても、これでは何を買っていいのか見当も付かない。小さな饅頭ぐらいしか思いつかないのだ。
レンコン、高野豆腐、ホウレンソウのおしたし、煮豆、大根おろしなどと、その精進化がいよいよ顕著になってきた。こちとらまで影響しかねない危機感に。今必死に抵抗しているところである。その一例が50円寿司?なんともつましい週一回の晩餐だ。

ついでにもならないが、ガソリンの暫定税率騒ぎは政権与党の甘い見通しの結果と思う。双方の言い分はもう耳タコで、道路利権と生活者の対決ともいえる。
そもそも“暫定”の原則に従えば、32年もの永い暫定などあり得ない。ならば、直前に来て慌てふためき、既成の税率のように「いま暫定を外せば地方は大変なことになる」と言い募り、また「暫定分の財源はどうするんだ」と言い返す姿勢もおかしい。少なくとも2,3年前に見直して、○%は暫定から固定に移行させるとか、必要道路の一覧を国民に示すとか、医療・教育のために一般財源にするなどを審議するべき事柄だ。どん詰まりに来て、脅かし半分にごり押しするのは絶対に間違っている。
国交省とつるんでいる道路族といわれるの顔付きは、まったく国民感情と離れたそれだ。大臣自体が役人の代弁者になっている。
地方の首長、議員の決起集会も分からなくはない。予算に安易に組み込んだ結果、計算が狂ってきた。
とにもかくにも、国も地方も「必要な道路と納得できる理由」を示さない限りは、道路“工事”とそれにまつわる諸々が欲しいとしか思えない。どんな理屈をこねようとだ。

Posted at 12:10 | 日記 | この記事のURL
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小遣い稼がなくっちゃ [2008年01月23日(水) ]
昭和30年当時、働くお父さんたちの中で百円亭主と言われる層があった。今では千円だろうか。
家族を養いながら一日の小遣いとして千円でやりくりする。きびしい通勤、威張るだけの上司、文句が多い割には手取り足取りしなければまともに仕事が出来ない部下、家庭でも重んじられているとはいえない立場ーつまりは責任と義務に押しつぶされながら、コーヒー代に屋台で一杯、昼食込みのすべてを千円で賄う。なにが楽しくて生きているんだと言われても、こういう人で社会生活は成り立っている。そもそも昼飯は食費であって小遣いに入れるのは間違っているんだ。

わたしだって同じようなものだ。
年金はみんなカミさんに上納しなければ追い出されるので、小遣いは自分で稼がなければ、本の一冊も買うことが出来ない。
稼ぐったって、こんな田舎で働くところもないし、あってもシルバーセンターで斡旋される草刈りや庭の手入れといった肉体仕事が多く自信がない。
定期的な仕事は、今のところは幸いにしてネットなどを使って細々と稼いでいるが、いつまであるのか保障の限りではない。

最近は大きなものが減っているが、まあまあの結果として次のものがある。
1,豊岡市主催の作文が入賞して、金3万円と来月の表彰式に招待。つまりタダで行けるというわけだ。タダは大好き!
2,さる会社に写真が25000円で売れた。これは嬉しい。プロとはいえないが、売買の対象になっただけでも励みになる。
3,金5000円と落ちるが、29回よみうり写真大賞・報道部門の佳作に入った。佳作だから全国版には掲載されなかったが、地方版では顔写真つきで載った。一応取材を受けたが、それが結構面白かった。若い記者から電話で申し込みがあり、自宅で30分ほどいろいろ訊かれた。記事は15行ほどながら、まとまりがあった。
若い頃小さな出版社に勤めていて、取材経験があるが、ポイントを押さえながらも四方山話から人間性をつかみ、要領よくまとめて記事にする。受けた側とのズレは多少ながらあるが、その巾をいかに縮めるかが難しい。クレームを受けることもあったが、それが経験に重なっていき、勉強のバネになるというわけだ。
定期収入は別として、合計6万円ということで、今年の出だしとしては金額はともかく件数と中身ではチョボチョボというところか。明日からを期待しながら小遣い稼ぎに励むとするか。

Posted at 16:54 | 日記 | この記事のURL
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ミミ子逝く [2008年01月22日(火) ]
11年近く仲良くしてきた兎のミミ子が今朝早く死んだ。平成20年1月22
日のことである。
人が自分を慰めるために愛玩動物(ペット)を飼うわけだが、大方がそうであるように次第に擬人化の傾向が強くなる。子供なら兄弟や友だちとして、老人は孫の代わりに それも反発反抗しない都合のいい対象になっていく。当然かわいい。一つの人格としながらもイライラしていたり気に喰わないと、その捌け口にもなり得る。飼われる方は食住に困らず、意識しなくても飼い主に甘え、時には媚びる。野原に放り出されて生き抜くように育てられていないから、人間への信頼を自分の中につくっていくしかない。
時々ミミ子をじっと見ていて、「おまえの一生って、なんだろうね」と話しかけたりした。大半は檻の中だ。洗った後、乾くまで出しておくが、ある程度時間が過ぎて自分からゲージへ入ると、つい涙してしまう。
動物園へ行ったときも同じ感覚になる。見たい触りたい欲求と同時に、こんな所に閉じこめていいのかと相反するどうしようもない気持になる。

去年11月頃から両目が白内障で白獨しだした。1ヶ月前には、人間でいう下半身(腰から両後肢)が麻痺してしまった。木のチップと乾し草を敷き詰めた箱に座りっきり(寝たきり)になり、当初は食欲もあったが、五日前から食べなくなった。代わりに一日中水を飲み、名前を呼ぶと耳をキッと押っ立てたものだが、一昨日には目立った反応もなくなった。

ミミ子を飼いだしてしばらくしたとき、股間に顔を突っ込んでなにかを舐めていることに気付いた。ウンチだった。びっくりして調べたところ、兎はそういう習性があると知った。山羊のようにコロコロしたウンチは栄養や水分を絞り取った滓で、最初は養分を含んだ柔らかいウンチだという。牛の反芻を外で行なっている動作と思えばよかろう。
後足が立たなくなって舐め取ることが出来なくなり、排泄物処理が大変になった。日に5回はわたしが持ち上げカミさんが拭き取り、体を動かさなくても水や餌を摂ることが出来るようにセットした。

兎は木に登ったり水の中へ身を隠すこともできない。ましてや反撃する牙や爪も持たない。敵が近づく音を聞き取るだけで身を守らなければならない。巣を持たず鳴かない。夜、草や芽、木の皮を求めて動きまわるらしい。知れば知るほど孤独な生き物に見えてきた。

土中に埋めながら、もう哺乳類は飼うまいと決めた。

Posted at 09:16 | 日記 | この記事のURL
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必ず気持ち悪くなりますよ [2008年01月20日(日) ]


『百足(むかで)から十足(とおかで?)へ』

田舎の古い家にはムカデがいる。寝ているとき天井から顔の上にポトリという話はよく聞く。
そもそも贅沢にも足を100本も持っていてまともに歩けないとは情けない。何故そんなに足が必要なんだ。おれなんか二本足で、それも一本は半人前のつっかえ棒だが、結構まともに歩けるんだぜ。50倍もの足でだらしがない。
そうか、ありすぎて管理できないんだ。そりゃそうだ。コントロール司令が時々おかしくなって、7本くらい動かなくたって後93本あるんだから大丈夫と、さぼってほっぱらかしているに違いない。それがどんどん広がって、10本20本とデタラメな動きになったところで落下になるわけだ。人間はたった2本でも時たま蹴つまづいて転ぶのだから、中枢は大変だ。
でも足毎に簡単な反射弓を持っていて、それぞれの足で観測し判断しているとも言われている。ムカデの親類でゲジゲジがおり、ヤスデがいる。こいつは、千本足という意味の英語名(millipede)が付いているように、最多記録では710本というやつもいるとか。よく数えたもんだね。こうなると反射弓の話が本当のようだ。一本一本独立しているとなると大変ですよ。
ロシアなんかカザフスタン、タジキスタン、ウズベキスタン、キルギス、ウクライナ、ベラルーシ 、モルドバ、アルメニア、アゼルバイジャン、グルジア、トルクメニスタンと、連邦制(共和国や州等84の構成主体からなる連邦国家)だからプーチンは飴と鞭でいつもタガを締めていないと勝手に動く国が必ず出てくるらしいー余談。
ムカデの足でも、それぞれの足を尊重し過ぎると、前へ進むのに後ろに行きたがる足が居るのかな。だったら数を減らせば制御しやすくなる。そこでイガじぃは半分切り取ってしまった。それも均等ならまだしもヘソの曲がったじいさんだから、先ずは左半分を取ってしまった。100から50になったはいいが、いくら真っ直ぐ歩こうとしても左へ左へと曲がってしまう。かなりの自制と歩行能力がなけれな直線は難しい。このムカデは左翼系思想の持ち主になってしまい、生活するために競輪選手になったとか。その後、競馬も左回りだからと競走馬になったと聞く。自分で走る陸上競技だったら特性を活かして大成しただろうが、五十足(いつで)になったショックもあって、冷静な判断を下せなかったのだろう。ではと、反対の右足を取ると、左の反対だからおよそ想像がつくので書くのはやめておく。
イガじぃは更に意地悪を続けた。
贅沢な足数を改めようと、「贅足改革」と銘打って、思い切って左右5本ずつの計10本に切りつめた。
最初は慣れないせいか、かなりぎこちなかったが、集中力が10倍になったせいで神経がしっかり行き渡り、ポトリがなくなった。先ずさっぱりした。100本の蠢く魑魅魍魎が坊主頭の爽快さに変わり、ついでにテカテカ脂ぎった体にピンクの蛍光塗料を塗ったので、夜目が覚めると見上げた天井がエロティック・ワールドとなり、一緒に夢心地に夜の闇に溶け込むのである。イガじぃは本来のエロじぃとなって妄想に妄想を重ね、めくるめく真夏の夜の夢に身を委ねるのであった。

*今回の意地悪はあまりにもナンセンス。というより、画像は汚いし、超キモーイ!?
                             反省・・・。

Posted at 15:13 | 日記 | この記事のURL
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香春岳ーかわらだけ [2008年01月18日(金) ]


昭和30年代の写真を見つけた。
右から一ノ岳(491m)、二ノ岳(468.2m)、三ノ岳(511m)。


香春岳は昔は銅を産出していた。
奈良の東大寺にある大仏さんも、ここの銅が多く使われたらしい。国東半島へドライブに行く途中必ず立ち寄っていた宇佐八幡宮の御神鏡も同じと聞いた。平安時代の話である。
昭和10年からセメント原料としての石灰の採掘が始まっている。盛んな頃は日田彦山線の香春駅から町並を見ると、石灰の粉が屋根に白く積もっていたことを思い出す。
しかし消費地からも海からも離れているため工場は閉鎖され、現在では製紙原料として珍重される石灰石(寒水石)の採掘のみが行われている。
石炭産業が盛んな頃の炭坑節の中でも、
 ♪香春岳から見下ろせば・・・
と唱われていたが、一ノ岳は山頂がほぼ平らに削り取られ、すすきのカーテンから垣間見る姿は、冬のせいとはいえ淋しいものである。


山自体は堂々とした容貌である。
下側に見える角張った建造物は、修復中の二本煙突で、今年3月にはお披露目の予定である。

山の記憶では、静岡市の北側にそびえる竜爪山(りゅうそうざん)だ。腕を広げて町を守るような姿を登下校の際見上げていた。もちろん東には富士のお山である。あとは、ここ九州に来て登った九重である。
芹洋子さんが唱った山の歌でも有名なところだ。

 『坊がつる讃歌』
http://utagoekissa.web.infoseek.co.jp/bougatsuru.html

山は良い。登ることが出来なくなったが、苦しいときの岩清水の味を今でも憶えている。

山は山でも炭坑を指すヤマは廃れ、なかなか元気になれない。

Posted at 10:34 | 日記 | この記事のURL
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思い上がった優越感 [2008年01月16日(水) ]
意地悪じいさんとはいかにも長ったらしい。
かといって、‘意地爺’ではイジイジしているし、今はやりの、なんでも横文字にして‘
Obstinacy badness old man’も悪くはないが、ガンコはやっぱり漢字で頑固でないと、じじいそのもののイメージが崩れる。それではと「意地頑固爺=いじがんじい=イガじぃ」と呼ぶことに決めた。
意地悪に果たして「いたずら」が入るのかも悩みの種である。単に悪意のないものならユーモアと受けとられて、まわりからニコニコされてしまうと意地悪道に著しく反してしまい、イガじぃとしては立つ瀬がない。
しかし難しい。意地悪をしたい対象は数多くあるが、やはり優柔不断の性格が災いして、なかなか決断がつかないのだ。その典型が、以下の事柄だ。

今日のニュースで、アメリカのバカタレ団体「シーシェパード」が日本の捕鯨調査船に化学液体を投げ込んだり、スクリューにロープを絡ませようと試みたとあった。メンバーが調査船に乗り込んだともあった。

【捕鯨船侵入の活動家引渡し 豪と合意 - MSN産経ニュース
DATE:2008/01/16 15:19
URL:http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080116/asi0801161130000-n1.htm

【日本船が活動家を拘束 捕鯨抗議の米団体 - MSN産経ニュース
DATE:2008/01/16 15:18
URL:http://sankei.jp.msn.com/world/america/080116/amr0801160103001-n1.htm

【日本の捕鯨船に操業停止命令 豪連邦裁 - MSN産経ニュース
DATE:2008/01/16 15:17
URL:http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080115/asi0801151353003-n1.htm

日本の捕鯨船追跡と発表 グリーンピース - MSN産経ニュース
DATE:2008/01/16 15:17
URL:http://sankei.jp.msn.com/world/asia/080112/asi0801122212004-n1.htm


【 過去に起こした事件など
1980年 - 禁漁種のシロナガスクジラなどを含めての海賊捕鯨を行っていた独行型捕鯨船シエラ号をリスボン港でリムペットマインを使用して爆破した。また同年、マッコウクジラの捕獲一時停止に反対票をカナダの代表が投じたことで彼等を殺すとポール・ワトソンが脅迫、これによりカナダ政府は自国の警察を派遣し保護している。
1983年 - カナダ警察が乗り込んだ際 舟のデッキの周りに電気ワイヤーをはりめぐらせた17人が逮捕される。ポール・ワトソンら3名が逃走するも逮捕。
1986年 - フェロー諸島にてライフルを使用して捕鯨船のゴムボートを沈めようとし、フェロー諸島の警察にも発砲、同海域にいたシーシェパードの船舶はフェロー領海から退去命令を受ける。また、三価リンを含む信号照明弾を警察に投げつけたり、ガソリンを警察の船に散布、ガソリンに火が付くように信号照明弾を投げつけた。
1993年 - 日本の漁船に発砲を命じ、拳銃1発を発砲している。
2003年 - 太地のイルカキャンペーンの一環として、和歌山県太地町のイルカ漁に用いる網を切断する。これによりシーシェパードのメンバー2人が23日間拘束される。また、シーシェパードの公式ホームページに漁業関係者や県知事の住所、電話番号を日本語で掲載し抗議の手紙、電話を送るよう推奨している】

町村官房長官会見(1)「誤った前提の判決」豪捕鯨違反(16日午前) (1/3ページ) - MSN産経ニュース
DATE:2008/01/16 15:40
URL:http://sankei.jp.msn.com/politics/policy/080116/plc0801161355004-n1.htm

今までの簡単な経緯を、あちこちから拾ってみた。オノレの正義だけを信じる心の狭い宗教信者というところか。

“拝啓 シーシェパード様
私は日本に住む年金暮らしのジジイでございます。悪い右足を引きずりながらも、地球の環境を憂いつつ、自分の無力さをつくづく感じております。あなた方のように金もテロ暴力も持たない私は、生活上のエネルギー節約を心掛けるしかありません。
鯨を食べることにはまったく興味がありませんが、その資源的価値は充分理解しています。日本の水産庁共々、科学的裏付けのもとに飢餓地帯の為に捕鯨し、配分するという地球規模のビジョンを育てるべきです。環境を飯の種にする下劣な感性の団体は認められません。欧米諸国は平然と彼らの行為を認めており、何故か大航海時代の進出侵略開拓という歴史的事実を想い起こさせます。白人種のDNAと申しましょうか。これはあなた方の心の奥深くに住みついた性(さが)といえましょう。
ワトソン船長は典型的な白人的狡猾さを持った人物といえます。海賊行為で捕まった2名のメンバーを引き取りもせず、ひたすら人質と喚いている行為は、どこかの国のやり方とそっくりです。
抗議文を渡すのが目的と言いますが、私には子供のような幼稚なやり方としか思えません。手紙でも電子メールでも、いくらでも合法的な手段があります。乗り込んだときの雄叫びは、なんでしょう。これでもし乗り損なって死んだとしたら、ワトソン船長は「日本人に殺された殉教者」と讃えるでしょう。私は今“シャーロック・ホームズ”の友人を思い起こしています。賢明な科学的判断のもとに冷静にホームズを手助けして難事件を解決していく素晴らしさがあなたにあれば本当に尊敬するのですが、目先の有効なテロ手段に心血を注いでいる姿勢は幻滅のみです。
なんであれ、あなたも食べていかなくてはなりません。華々しい成果よりも慎ましい運動をされた方が、まわりは認めると思うのですが、『釈迦に説法』という結論で終わります。


以上の内容を、イガじぃは日本語で下記に送った。
彼らは意地悪ということにあまり真剣ではない。意識した意地悪感のない本当に如何ともし難い優越感の上に乗っかっての行動だからだ。鯨を神と崇めるのも悪くはない。「鰯の頭も信心から」と、日本人はとうの昔から知っているし認めている。その人のしたいようにすればいい。寛容な日本人の発露である。だが、そんな人間から理屈の通らない暴力行為を受けるとしたら、いくらお人好しとはいえ認めるわけがない。ごり押しの異質な考えこそ唾棄に価する観念だからである。本人が善意と思い込んでいる事柄が、すべての人に感謝され受け入れられると思ったら大間違いである。


info@seashepherd.org  総本部

australia@seashepherd.org オーストラリア
europe@seashepherd.org ヨーロッパ

意地悪より嘆いてしまったイガじぃであった。

Posted at 18:04 | 日記 | この記事のURL
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意地悪じいさん [2008年01月14日(月) ]
意地悪ばあさんが居るんだから、じいさんが居てもおかしくない。だから意地悪をすることにした。
意地悪は良いことではない。だから楽しい。こんな心持ちでなければ楽しい意地悪は出来まい。
そこでじいさんは、自分さへ楽しければ良いという大原則を心に、旅に出ることにした。家の中でばあさん相手じゃ、「又かね・・・」と言われるだけで、成果の甘い実が味わえないのだ。うさぎのミミコには耳を蝶々結びにして前と後の足を接着剤でくっつけてみたが、元々鳴きもしないので反応が分からない。インコのノン太のしっぽに糸をつけてトンボを捕らせようとしたが、「バカバカ」と言いながら池に落っこっちゃって、ミズスマシを追っかける始末だ。
先ずは手近で試してみることにした。
向かいのおばさんは口の悪いお喋りで自分勝手で、「ほんと!、いやーね」が口癖で、ついでにいつも背中を思いっ切り叩く癖がある。じいさんは、それをそのまんま真似して、ゴミ出しで会ったときやってみた。
「あんたゴミ女って言われてるよ。ほんと!そのまんまだね」と言いながら、おばさんの背中をポンと叩いてみた。途端に手のひらが猛烈に痛みだした。
おばさんはニヤッと笑いながら、
「おじいさん、いつかやるんじゃないかと思ってね。背中に大きい剣山入れといたのよ。ほんと、やーね!」と言ったと思ったら猛烈な一撃がじいさんの背中を襲った。「意地悪」を謳う割にはどうも体格が貧弱で迫力がない。ゴミ袋が満杯の置き場真ん中に頭から突っ込んでいった。
一枚も二枚もうわてなおばさんは何ごともなかったかのように、オホホのホと上品に笑いながら立ち去っていった。意地悪じいさんは空のホカ弁を頭にかぶりながら“ああでなくっちゃなー”と感心しきり。イジワル心構えを整えるために先ずはともあれ、旅立ちとなった。

媚びて生きても 無愛想しても
   世間変わらず わしゃ居らぬ

いくつになっても存在感を持ちたい。たまたま表現方法がイジワルになっちまったのかな。どこへ行くのか分からないが、これからを見据えてみるか。

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蜜柑 [2008年01月12日(土) ]


ぼくはみかんをふた口で食べる
直径五センチならふた口
四センチならひと口だ

みかんは 太陽を貯めている
陽を含んで
陽をいっぱい吸い込んで
十ばかりの袋に分けて
この中に風が
山間(やまあい)の風がそっと
砂糖を入れていく
袋はあんまり欲しくないけど
風が持っていけと怒るから
仕方なしに砂糖を入れてやる

陽と風は
僕がみかんを食べると
山へ帰っていく
温州(うんしゅう)の
暖かい日だまりで居眠りする
爺っちゃと婆っちゃの
皺寄った目頭に
小さな涙になって
地面に流れて
また
みかんの木に吸われて
ほーわらほーわら吸われて

だからぼくは
袋のまま食べるんだ
白い筋も汁も涙も
いっぺんにみんな食べるんだ

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