黒ジョカ寛政6年に橘南谿が鹿児島に訪れたのちに書き記した「西遊記」の中に次のような記述があります。
「その外は下品にて質厚く、色も浅黒く、烈火にかけて破るることなし、ゆえに下品は土瓶などに多く造り出す。これはおびただしく売買して、薩摩・大隈・日向の三州は大方民間にもこの土瓶を用ゆ。なお、大坂までもうり来たりて、薩摩焼と称して重宝とす。薩摩にてはノシコロ焼のチョカという。チョカとは茶家の心にて土瓶のことなり。薩摩の方言なり。土瓶といいては知るものなし。」(西遊記続編)
昔は茶を入れたり、薬を煎じたりと日常生活の中で非常に重宝されていました。村八分にすることを「チョカかれ」というそうなんですが、チョカをからわせて(持たせて)追い出すという意味らしいです。それほど、昔の鹿児島では生活必需品として扱われていたようです。
ちなみに黒ジョカで燗をすると焼酎の高揮発性の雑味が消え、焼酎の甘み、香りがましてきます。焼酎は、前日に水で5:5ぐらいに割っておき、それを黒ジョカで燗して飲むのが最高の飲み方ですね。
最後に私の好きな著書に次のように書いてありました。
「自分の足で歩かなければ、車とか飛行機では自然のふところに入れない。黒ジョカの飲み方は、歩速の酔いを育てるものであった。歩速の酔いだと足元の草花も見える、小鳥の声もきこえる。新緑の香りも身を包む。そうして、生きていることをたしかめる酔いが黒ジョカで飲むチョクの酔いだったのである。」(川越正則著 焼酎文化図譜)
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by 伝兵衛
at 17:32
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